名無しバントの秘密|no name 3話

 スタジオreadyから歩く事20分。商店街を抜けて裏路地をクネクネ曲がると、赤提灯が二つぶら下がる日本食の出そうなお店に着いた。

 築30年くらい?引き戸の上にある横長木製の看板には、英語でburstと書いてある。凄いギャップだね…と思っていると、レイを先頭にガラガラと扉を開けてno nameのメンバーがお店に入っていった。

「いらっしゃい!」

 中から声高な男性の声がした。早苗(さなえ)の背中からお店を覗き込むと、赤い短髪を立てたねじりハチマキをする男性が、カウンター越しにおたまで鍋をかき混ぜていた。

 やっぱり凄いギャップ……

すると、男性がレイの顔を見て「お?」と微笑んだ。

「なんだレイか。ライブお疲れ」

「あぁ、次は参加してくれよ。大夢(ヒロム)がいないと面白くないからな」

 今参加って言ったけど、この人もno nameのメンバー?

「俺は店があるからな。また都合のいい日に参加するわ」

「そうしてくれ」

 ヒロムとレイの会話に続くように、ギターとベースを弾いていた二人ものれんをくぐった。

「ヒロムお邪魔!」
「うわっ、今日も客少ねー」

「お前ら、一言多いぞ!嫌なら飲ませねーからな!」

 二人はカウンターに座り、早苗(さなえ)に続いて私ものれんをくぐった。

「お?サナ、その子は新入りか?」

「違う違う。私の親友の菜緒(ナオ)。今日ライブ見に来てくれたの」


「そっかそっか。可愛いからま~たレイがスカウトしたのかと思ったわ」

 ヒロムの見た目は怖いけど、悪い人ではなさそう。

「俺は本気なんだけどな」

カウンターに座るレイの呟きに、早苗が飛びつくように座った。

「レイ、マジ!!菜緒になにやらせるの?」

 あの……勝手に話が進んでますけど、私の気持ちは……

「何でもいいさ」

 レイの意味深な言葉に、私はモジモジしてしまった。どうしていいのかわからない。

「おいレイ、その子菜緒ちゃんだっけ?困った顔してるぞ。あんまりいじめんなよ」

「そうなのか?」

「えっ?」

 ヒロムとレイに見つめられ、私は思わず下を向いた。

「私はno nameに入るつもりは……」

「まぁいいや。とりあえず座れって」

「はい……」

 私は早苗の隣に座った。

「レイはビールだな?」

「あぁ」

 手慣れた仕草で、ヒロムはレイにジョッキを差し出した。

「それよりネオはどうした?また打ち上げはサボりか?」

「いつものことだろ」

 ヒロムとレイの声に、私は周りを見渡した。そういえば、彼は来てなかったんだ。妙に緊張してて気づかなかった……

「サナと友達はウーロン茶でいいか?」

「ヒロム!私は今日こそビール!」


「まだ19だろーが。未成年だからダメだよ~ん!」

「う~飲んでみたいのにぃ」

 早苗の気持ちはわかるけど、それはさすがにね……

「菜緒!大学生だしビールだよね!」

「え……」

 早苗の目が助けを求めてる。でも……

「う、ウーロン茶でお願いします」

「菜緒の裏切り者ー!」

「だって……」

 その直後、ヒロムの笑い声が聞こえた。

「サナ。一年後なら嫌でも飲めるんだ。我慢しろよな」

 レイはさとすように話す。大人だなぁ……

「レイまでそう言うかなー。せっかくの打ち上げなのに……」

 諦めきれない様子の早苗に構わず、ヒロムはウーロン茶を差し出した。

「まぁまぁ。ほれ、ウーロン茶」

「あ~ぁ、つまんないなぁ……」

 口を尖らせる早苗に続き、「どうも……」と私もウーロン茶を受け取った。

「奈緒」

「はいっ!」

 突然呼ばれたレイの声に、背筋が伸びた。

「そんなに驚くなよ」

「すみません……」

「まだ紹介してなかったからな。こいつ、ここのマスターのヒロム。って言っても店が実家なんだけどな」

 実家なんだ……なるほど。

「よろしくな。ヒロムちゃんでいいよん」

「あ、よろしくお願いします」

 会話をしながら、ヒロムは冷奴やもろキューをカウンターに置いていく。ギターとベースの二人にもビールが差し出され、そんなヒロムの顔に穏やかさを感じた。

 へぇ~とヒロムを見ていると、「ん?」とヒロムに気づかれた。

「奈緒、そんなに緊張するなよ。no nameはな、家族みたいなもんだ。上下関係もないし、呼び捨てタメ口がルールだ」

「そうなんですか?」

「まぁ、一応レイがルールなんだけどさ……」

 少し照れ臭そうに、ヒロムがレイを見た。

「ヒロム。お前は大げさなんだよ」

「わっ、悪かったな!」

 二人の会話に、私は思わず笑ってしまった。大人だからなのか、気を使ってくれてるのかな?

「なにか、no nameってバンドの感じがしませんね?」

「おっと、ナオ!敬語はなしだ。サナなんてよぉ、最初からだからな」

「わ……わかっ……た……」

 言われた通りにしてみたけど、なんか照れ臭い。初対面なのに、本当にいいのかなぁ……

「ナオを見てるとさ、なんか初々しいよな。まさかサナにこんな親友がいるとは……信じられねぇ」

「いーでしょーヒロム。ナオに手出ししたら許さないからね!」

「出さねーよ、なぁレイ?」

「それより奈緒」

「無視かよ!」

 ヒロムは苦笑いしてるけど、明るい雰囲気のおかげで「はい」と普通に返事ができた。 

「お前さえよければ、本当にno name入らないか?」

「no name……私、楽器とか何にも出来ないけど……」

 困った私がレイの返事を待っていると、ヒロムから意外な言葉が出てきた。 

「ナオ、ウチでバイトしてもいいぞ?」

「バイト?それなら……」

「おぉ、看板娘ゲットだわ!」

 ヒロムは喜んでるけど、なにか違うような気が……

「だからナオに手を……」「出さねーって。サナ、いいから座れ」

「全く……」

 ヒロムが手を下げ、立ち上がった早苗は座った。

「あのー、レイ?」

「ん?」

 話そうとしたその時、レイの向こう側に座る二人が声を上げた。

「おいレイ!早く乾杯しよーぜ!」
「マジ喉カラカラ」

「そうだな。それじゃ、ライブ成功に乾杯!」

『乾杯ーーぃ』

 みんながグラスを合わせ、私は早苗と乾杯した。その時、再びレイと目が合った。

「で、ナオは色々聞きたいんだろ?」

「うん……でも色々あって混乱しちゃって、何から話せば……」


「なら、no nameの紹介からするか。リーダーが俺っていうのはいいよな。それから、後のメンバーは決まっていないんだ」

「え?どういうこと?早苗やみんなはメンバーじゃないの?」

「まぁ……ちっと複雑なんだがな……」

 目を閉じたレイは、なにかを思い出すように手で顎を触った。すると、早苗がこっちを見た。

「ナオはもうno nameのメンバーなんだから、今日からサナでいいよ」

「え?私もうメンバーなの?でもメンバーはいないって……」

 もう、なにがなんだかわからないよぉ……

「私がいいって言ってるんだからいいの!ねぇ?レイ?」

「まぁな……」

 強引にメンバーにされた……でも、悪い気はしないかな……

「さ、サナ……なんか変な感じする」

「そう?」

 早苗はサラッと言ったけど、なんか照れ臭いよ。慣れ……かな……

「サナ、続けていいか?」

「ごめんレイ。邪魔したわ」

 サナがウーロン茶を一口飲むと、レイが話し始めた。

「例えばこいつ、ヒロムはダンサーなんだ」

「そうなんですか……」

「駅前でのパフォーマンス中に、俺が拾ったんだけどな」

「おいレイ、拾ったとか言うな!ちゃんとスカウトって言えよ」

 この二人は面白い。じゃあ私も今日拾われたってことなのかな……

「うるせぇからこいつ(ヒロム)は置いといて、今日のギターとベースはそこの二人にやってもらったんだ」

「今日の?」

 メンバーじゃないって話と繋がる……

「ちーす」
「どーもー」

 笑顔の二人にピースされ、私は頭を下げた。

「二人はno nameのメンバーだが、他のバンドがメインでヘルプのようなものだ。つまりno nameは、メンバーがいない自由参加バンドなんだよ」

「自由……参加?」

 だからなにもできない私をno nameにってこと……

「あぁ。それからサナか。サナはライブ終了後に楽屋に飛び込んで来た時に拾った」

「レイ!私がno nameに入ったのー!」

「まぁまぁ落ち着け。それで後はネオか……」

 レイの口から出たその名前を聞いて、ゴクンと唾を飲み込んてしまった。

 ネオ……

「あいつはな……」

「路上ライブで……拾ったってこと?」

「ナオに先に言われたか。そうだな、ネオは路上ライブで拾った。けどあいつは少し違う」

「違う?」

「ネオは断って来たんだ。というより、元々no nameはネオのバンドと言った方が正しいだろうな」

「えっ?」

 no nameが……あの人のバンド?

「あ、悪いヒロム。ビールくれ」

「はいよぉって。レイ、今日はペース早くねぇか?」

「そうか?」

『アハハ!』

 何事もなかったかのような周りの空気に、私は一人取り残された。視点の合わない私に、おかわりのビールをグビッと飲んだレイが話を続けた。

「ネオってさ、変わってるだろ?だけど俺はさ、あいつの才能に惚れたんだ。だから提案した。自由参加ならどうだ?ってな」

「ハッ」

 そういうことか……

「ヒロムがno nameは家族みたいだと言ったが、あれは俺の口癖だ。それくらい大切で仲がいいってのもあるが、家族はネオの心を動かした唯一の言葉なんだよ」

 声が出なかった私は、小さく頷くだけだった。

ネオとレイの過去

「ネオを拾ったあの日、アイツは夜遅くまで歌ってたなぁ。誰もいない駅前で、声かけたが無視しやがった。あげくには、あっちへ行けだと言いわれたな」

 私と同じだ……

「ムカついたからさ、目の前であぐらかいてやったんだ。するとアイツは、俺に背中を向けて歌い出したんだ」

「へぇ~それでそれで?」

 イタズラ顔でサナが割り込む。サナも知らないんだ……

「そうか、お前に言ってなかったな。それから……」


―――
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―――――――――sideレイ
今から約三ヶ月前……


 なんだこいつ。普通客に背中を向けるか?それでもまだ歌い続けるって……?なんだ?この感覚は……

 気づくと俺は、なぜか鞄からスティックを出しリズムを取りだした。

 ここはライブ会場?大観衆の客が……見える……アイツの後ろで、俺がドラムを叩いているのか?

 これが孤高のアコギストと呼ばれた、コイツの見ていた世界……

 実現したい……


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―――sideナオ


「いい話~」

「うん」

 サナやみんながレイに惹かれる理由がわかった気がする……

「それでさ、どうしてネオは家族って言葉に反応したの?」

「サナ、今日は食いつくな。そう、ネオは家族って言葉に反応した。その後アイツは………」


―――
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―――――――――sideレイ
再び約三ヶ月前……

 終わったか……だが、最高の気分だった……

「なぁ、これが孤高のアコギストと呼ばれるお前の見ていた景色か?」

「……」

 黙ったままか……

「なにか言え……って……」

 お前……まだ歌うのか?

 呆れて立ち上がった俺は、振り返って歩き出した。

「俺は帰るからな!また来る……」

 そう言った俺の耳に、わずかだが返事をしたような声が聞こえた。

 少しは通じ会えたのか?

 嬉しくなった俺は、すでにガラガラ声になりつつあるネオの歌を止めたくなり、背中を向けるネオの肩を掴んだ。

「今日はもう止めろ!大事な喉を潰すぞ。時間も深夜だ。家族は心配しねぇのか?」

「いない……」

「いないって……お前……」

 やっと口を開いたかと思えばこれかよ。参ったな……

「そうだ!お前バンド組むつもりはないか?」

「……」

 ダメか……

「ならわかった。参加は自由でいい。固定のメンバーがいないならいいだろ?」

「……それなら……」

「よし、じゃあ決まりだな。連絡先を教えてくれ」

 相変わらず返事はなかったが、ネオはポケットからスマホを取り出した。連絡先を交換し、俺は再び帰路についた。

 意外に素直なところもあるんだな……

「じゃ、また連絡する。今日はもう帰れよ!」

「……」

 振り向いた俺が目にしたのは、ハードーケースにアコギをしまうネオの姿だった……

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―――sideナオ


「それから、俺が組んでいたバンドは解散した。形を自由参加に変え、バンド名を考えたんだが……アイツは名前を言わなかったんだ……」

「それでバント名がno nameなの?」


「あぁ。俺のスマホに登録したアイツの携帯番号の名前をそのまま使った。ようやく名乗ったのは一ヶ月後だったが……変えた方がいいか?」

「ううん、no nameでいいよ。なんとなく謎めいててカッコいいし」

 サナの明るい態度に、レイは「フッ」と微笑んでいた。

「俺はさ、ネオにとってno nameが家族みたいな感じになってくれればいいと思ってる。でもな、それは俺一人では無理だ。だからお前らを強引に誘ったが、重く感じなくていいからな」

 少ししんみりとした空気になったけど、みんなは笑顔でレイに寄り添った。私も小さく、「うん」と密かに頷いた。

「そうだそうだ!ナオ。お前はこの店の看板娘だからな?」

「あ」

 そっか。no nameの一員として私にできるのは、ヒロムのお店を手伝うことだ!

「ナオ?ほんとにヒロムの店でバイトするの?」

 肘をたてたサナは、私を止めたい様子。でも……

「大丈夫!私やりたいことないし、no nameの一人って言われて嬉しく思えた。だからここでバイトするよ!」

 思わず立ち上がった私は、拳を握りしめていた。

「じゃあ、今度この写真にキスマークを付けてくれ!壁に貼るから」

「えぇー!」

 私の写メ……ヒロムいつのまに……

「調子乗りすぎ!no nameでも私の親友なんだからダメ!」

「冗談だよ、サナ」

 助かった……ありがとうサナ。なんか雰囲気でやるって言っちゃったけど、私本当に大丈夫かな……心配になってきた……

「ということでナオ、明日から頼むな!」

「あ、明日から?……うん」

 でも頑張ってみよう。そしたらなにか変わるかもしれな……

「え?」

「お?」

 ヒロム……それってまさか……

「どうした?ナオ。これがウチの制服だぞ?」

「やっぱり無理です……」

 どうしてこの居酒屋の店員がメイド服なの?

「あれ?俺なんかしたか?」

「当たり前でしょ!ねじりハチマキで腹巻きしてるおっさんとメイド服の店員って、どんな居酒屋なのよ!」

「待てサナ、お前には夢がないのかよ。男のロマンってやつがよー」

「私は女だし!そんなロマンはこのボロい店と一緒に潰れちゃえ!」

「そんなぁ……」

『ダハハ!』

 サナの叫びにみんなが笑う中、ヒロムはトボトボとカウンターの奥へメイド服を置きに行った。

 ヒロムごめんなさい……それは着れないけど、バイトは頑張るから……

 それから一時間程みんなと騒ぎ、楽しい時間を過ごして解散となった。私とサナは帰ることにしたけど、ヒロムは店を閉めて四人でまだ飲むと言っていた。

「じゃあねーみんなー!」

「おう、またなー!ナオは明日待ってるからな!」

「うん」

 ヒロムに頭を下げ、みんなに手を振ってサナとburstを出た。そのまま二人で、駅前に止めた自転車乗り場を目指した。

「サナ」

「どうした?」


「ううん、今日はありがとう」

「なによそれ」

 サナは照れてるようだった。それでも楽しい一日が過ごせたのはサナのおかげ。結果的に変な方向へ行ってしまったけど、なんでもやってみないとわからない。とりあえず、明日からburstでバイトかぁ……

 サナと歩いて駅前に近づいたその時、静まり帰った夜の町に響くギターの音を耳にした。

「サナ?これって……」

「ネオでしょ」

 驚いた私とは違い、サナは冷静だった。駅に近づくにつれ、その音は大きくなる。ライブハウスreadyのある通りまで来ると、その音とネオの姿はハッキリとした。

 私が立ち止まると、サナは「孤高のアコギストかぁ……」と、鼻から息を漏らした。

「そうだね……」

 no nameとしてreadyの舞台に立ってるのに、路上ライブを続けるのは自由参加だからかなぁ……

「私は見慣れてるけど、ライブがあった日くらい休めばいいのに」

「え?ネオって毎日路上ライブしてるの?」


「そうだよ。no nameに参加しても、これは変わらないみたい」

 どうして……?

 ジッとネオを見つめる私に、サナは笑顔で腕を肩に回した。

「帰ろっか?ナオ。あの状態は、ただの危険人物だからさ」

「だね……」

 ネオの歌声が響く中、自転車に乗った私はサナに手を振って別れた。帰り際、自転車をこぎながらネオを遠目に見る。やっぱり、別人のように映ってしまった。

 家族……か……。