平凡少女とネクラの少年|no name 1話

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「進学はわかったが、しっかり考えるんだぞ?」
「わかりました……先生、失礼します」

 職員室から廊下に出ると、すぐにため息が出た。

 季節は12月。高校三年の放課後に進路で呼び出されるのは、クラスで私だけだった。

 やりたいことなんて毎回毎回言われても、私にはわからない。しかもあの担任、奈緒(なお)は可愛いからお嫁にでもいけばいいってセクハラでしょ?
 
 全く……私は彼氏とか考えた事ないし、そういう次元で生きてない。そうだよ!今学校に通ってるだけでも、私には奇跡なんだから……なんて言っても、先生には関係ないんだよね。

 そう思ってふと窓から見た外の景色は、すでに薄暗くなっていた。思い出すと、今日は説教が一時間を軽く越えてた。誰もいない廊下を歩く自分の足音も、気づけば不気味に感じる。無意識に膝をさすってしまった。立ちっぱなしだったから、足も少し痛い。

 それでもスタスタ歩いて下駄箱に着いた。スリッパを拾って靴に履き替えた時、目をつむりたくなる程の冷たい風に襲われた。手ぐしで整えた黒髪は後ろへ流され、再びため息をついた私は帰ろうと歩き出した。

 階段を降りたグラウンドでは、サッカーや陸上の運動部が汗を流してる。私は運動が苦手なので、書道部の幽霊部員だった。この高校では、通称帰宅部。

 部活の邪魔をしないようにグラウンドの隅を歩き、駐輪場へ到着。手提げ鞄からマフラーと手袋を取りだし準備完了……のはずが、今日は自転車が見当たらない。

 あれ?どこに止めたかな?

 キョロキョロすると、自転車はすぐに見つかった。今日は少し遅れて登校したのを思い出し、駐輪場の隅にポツンと置かれた自転車へ向かう。

 発見!と頭の中で言ってしまうのはなぜだろう。そんな調子で少し笑うと、また冷たい風に襲われた。

「うぅ…寒い…。」

 あまりの寒さに、思わず声がもれた。笑顔を消され、鞄の外ポケットにある自転車の鍵をゴソゴソと探す。手に取った鍵をさしてロックを外し、自転車にまたがった私は「よし!」と気合いを入れた。

 寒さを堪えながらペダルをこぎ始める。ここから家までは、約30分の道のり。でも約三年も通えば慣れたもの。鼻をすすりながら5分程で坂を下り終えると、後は平坦な通学路。これが逆ならなぁと、入学して何度思ったことか。

 坂を下りきった所にある駅は、少し遠くから通う生徒の足にもなってる。普段はおしゃべりをする生徒の姿も見るけど、今日はもう6時近く。社会人は帰宅ラッシュの様子。

 暗くなって自転車のライトが勝手に点いた。普段は明るいうちに帰るので、少し新鮮な気持ちになった。微笑んで駅前を通り過ぎようとした時、聞き慣れない音を耳にして自転車を止めた。

 路上ライブ?

 私は、ギターを抱える同い年くらいの男子を目にした。改札から少し離れた二本の大きな木の間に立つその男子は、芝生の上でアコースティックギターを奏でながら歌っていた。

 この辺りだと珍しいなぁ……などと思いながら、歌う彼から20メートル程離れたターミナル状の丸い噴水を囲むベンチの近くで、しばらくその歌を聞いていた…んだけど。

「はぁ~、せつない歌……」

 少しは気分が変わるかと思った私がバカだった。そうだよ、こういう時は寒い出来事が重なるもの。

 それにしても、路上ライブって不特定多数の人に自分の歌を聞いてほしいからやるものだよね?でもこの歌は、心の叫びにも聞こえる。とても人に喜んでもらう為の歌じゃない。

 なぜ……?

 どんな歌を歌おうと、その人の自由。なのに私は、彼の歌を聞いていたいと思ってしまった。

 自転車にまたがりながら、歌というよりも彼の歌う姿をしばらく見ていた。彼が1曲歌い終えた時、私は自然にペダルをこいで彼の側に移動していた。

 距離は五メートル程。足下にあるペットボトルの水を飲み終えた彼は、再びギターを奏で始めた。

 立ち止まる人は誰もいない。それでも彼は必死に歌っている。私はただ、そんな姿をジッと見つめていた。

 曲が終わると、私は思わず拍手をした。パチパチ音を立てる程ではなかったけど、私の手の動きに彼が気づいた。

 垂れた前髪から覗く彼の目と目が合ってしまった。上目で微動だにしない彼に、私は「あ……」と下を向いた。

「俺の歌、聴く人がいるのか……」

 その声は、孤独に満ちていた。チラッと見た横顔は、せつないような、はかないような表情だった。頭を上げた私は、勇気を振り絞った。

「あの……どうして悲しい歌ばかり歌うんですか?」

 私の声に、彼は身動き1つしなかった。すこしの間が空いた後、彼は下を向いて呟いた。

「あのさ、もう聴かなくていいからあっち行けよ……」

 はぁ!?

 それは先程とは違い、いら立つような強い口調だった。一瞬何が起こったのか、全く理解出来ない。私は無性に腹が立った。じゃあなんで路上でライブをやってるのよー!と、心で叫んだ。

 もう!まったくまったくじゃん。ちょっと心配した自分がバカみたい。

 言われた通り、私は自転車をこぎだした。駅前から歩道に出ようとしたその時、再び始まった路上ライブの音に、私は自転車を止めて振り返った。

 やはり立ち止まる人は誰もいない。家路についた私は、ボーッと前を見つめながら自転車をこいだ。

 怒りと困惑が入り交じる複雑な心境を吹き飛ばすように、私は立ちこぎで走り出した。

 なんなの……あの人……