春のお土産|リミット89話

 二回裏、四番国井(くにい)の一発で先制を許した梯(かけはし)高校。だがスタンドにいる西島(せいとう)メンバーとは違い、マウンドにいるピッチャーの松原(まつばら)とキャッチャーの九条(くじょう)は微笑んでいた。


「松原、これで国井(くにい)のタイムリミットは始まった。試合はここからだ」

「あぁ。早く竹橋(あいつ)を下ろして、斜坂(ななさか)を引っ張り出すぜ」


「フフッ。頼むぞ」


 松原は強く頷き、九条はホームへ戻った。二人の姿に、三塁ベンチの木村(きむら)監督は微笑んだ。


「ホホッ」(さて……ここからですなぁ……)


 名京(めいきょう)高校五番バッターが打席に立つ中、ざわつく観客たちは状況を理解している。ここから連打が始まる事を。


 しかし、その声はすぐに驚きへと変わる。松原の投げたストレートに、バッターは空振りした。


 それを見た遠矢(とうや)は、「アッハハ」と笑った。そんな遠矢を見た愛理(あいり)は、「遠矢君?」と話しかける。


「え?あ、愛理さんすみません。これは、僕らもやったんですよ」

「どういうこと?国井君のタイムリミットは始まっていないの?」


「いえ、始まってますよ?」

「ちょっと!矛盾してるじゃない」


 立ち上がった愛理に向けて、遠矢は両手を前に振った。


「いえいえ。僕らも国井さんを抑える事が出来なくて、わざとホームランを打たせたんですよ。どうやら木村監督は、どこかで練習試合を見ていたようですね」


 座った愛理は、「ふ~ん……」と右肘を膝に立てて顎を乗せた。そしてグラウンドを見ると、五番バッターがサードゴロに倒れる。


「タイムリミットにそんな策があったのね……。でも遠矢君、次の国井君の打席はどうするの?」

「そうなんですよねぇ……。毎打席ホームランを打たれるのも、ピッチャーが竹橋さんだけにキツイですし……」


「そうよ。竹橋(かれ)は逆転されないクライシスリミッター。この一点で、さらに限界は上がるわ」


 遠矢と愛理の思惑通り、ここから試合は投手戦模様となった。九条は二打席目も竹橋の前に三振。対する松原も、国井以外は抑えた。


 0対1のまま迎えた四回の裏、ツーアウトランナーなし。打席には、再び四番のタイムリミッター国井を迎えた。


 スタンドの遠矢は両肘を両膝に乗せ、国井を見ながら手を合わせて強く握る。


(ここでまたホームランを打たせるなら、タイムリミットは不発のまま。でも点差が2に広がる……)


 すると、一奥(いちおく)が一人言のように笑いながら言った。


「まぁ木村(タヌキ)監督の事だからさ。ここはまたホームランを打たれるんだろうな」


 その声に愛理が笑う。


「なによそれ。ピッチャーは竹橋君よ?そんなはずは……」

 カキーン!「え?」

「ほら!」


 笑顔の一奥と驚いた愛理が打球を目で追う。センターの七見(ななみ)は、一歩も動いていなかった。
そのまま打球は、バックスクリーンへ飛び込む。


「な!愛理先輩。俺の言った通りだろ?」


 一奥が愛理を見ると、愛理の表情はダイヤモンドを回る国井を見ながらこわばっていた。


 グラウンドに目を移した一奥は、(確かに、このままじゃ勝てねぇよなぁ……)と、キャッチボールをする一塁側のピッチャー竹橋を見ていた。


 後続を抑え、四回を終えた梯ナインがベンチへ戻ると、梯高校は円陣を組む。


 「おっ?」と言った一奥が目にしたのは、両手を後ろに組んで円の中心へと歩く木村監督だった。遠矢は「木村監督だ……」と呟く。


 西島メンバーたちが顔を合わせてざわつく中、不思議そうな顔をしている愛理に記者の舞理がにこやかに話しかけた。


「木村が動けば試合が決まる!って言葉、愛理ちゃん知らない?」

「あ……そういうことね。って事はつまり……」


 右を向いた愛理の目に、ワクワクしている四人の顔が映る。そして愛理は、口角を広げてグラウンドの木村監督の背中を見た。


(点差は2。言葉通りなら、この五回にクライシスリミッターが打たれる……)


 すると、遠矢がシナリオを話し出した。


「ここまでピッチャーの松原は、国井さん以外は抑えてる。おそらく木村監督は、斜坂への継投前に仕掛けた。国井さんは後二打席。ホームランでも4点なら、この五回に5点取ればいい。斜坂が打てなくても、そのまま試合を決めるって事かな」


 遠矢の話を聞いていた一奥・仟(かしら)・要(かなめ)は頷いた。


『よっしゃぁー!』


 気合いと共に梯メンバーがベンチへ下がる中、木村監督がスタンドを見上げた。ニコッと笑った木村監督は、一奥を見ていた。


(一奥君。君に頂いた春のお土産を、ここで開けるとしましょう)


 木村監督の笑顔を見た一奥は、バッターボックスへ向かう一番の五十嵐(いがらし)に向かって叫ぶ。


「いけー!五十嵐!」


 一奥の声に振り向いた五十嵐は、左手一本でバットを一奥に向ける。そしてピストルを撃つように、バットをそのまま上へ上げた。


(見てろ!一奥。名京を倒した後は、お前の番だ)


「五十嵐のヤロウ。かっこつけやがって」


 嬉しそうな一奥が座り、五十嵐が左打席に立った。ただならぬ梯高校の空気に、マウンドの竹橋はビビる。


(この回。梯(やつら)の雰囲気が変わったな……)


 ボールをグローブに叩きつけた竹橋は、帽子をかぶり直した。開かれた両目が、バッターボックスの五十嵐に向けられる。


 その時、竹橋の変化を目にしたスタンドの白城(しらき)は、鋭い目つきで竹橋との対決を思い出していた。


(来た!クライシスリミッターの本領発揮だ。危険察知能力はさすがだぜ。こいつのリミットを超えるのは厄介だ。どうする……木村監督)


 武者震いした白城は、初球の結果に立ち上がって目を疑った。


「マジかよ……」


 初球のストレートを振り抜いた五十嵐の打球は、ライトスタンドへ入った。白城はすぐに電光掲示板を見たが、そこに表示されていたスピードは、白城が練習試合で死に物狂いで打った155キロだった。


 大歓声につられ「うおぉ!」と喜び叫ぶ一奥の隣で、遠矢はダイヤモンドを回る五十嵐を冷静に見ていた。


(お調子者の五十嵐がガッツポーズをしない。打って当然という感じだ……)


 遠矢はすぐにネクストバッターの七見を見たが、七見は立ち上がってニコリとしているだけだった。


(やはりそうだ。この回に木村監督は動いた。梯ナインは、竹橋さんのクライシスリミットを超えているんだ)


 真剣な顔の遠矢に、隣に座る仟が同じ表情で感想を述べた。


「遠矢さん。これは一方的になるかもしれませんね」

「うん。まさか、ここまで梯ナインの限界が上がってるとは思わなかったよ」


 二人は、ホームインした五十嵐を立ったまま見ている一奥を見た。


「んっ?なんだよ。俺のせいじゃねーぞ?」


 一奥はサッと座り、腕組みをして目を閉じた。遠矢と仟が見つめ合って微笑む中、二番の七見が右打席に入る。その初球。

 カキーン!

『オォォォォォォ!』


 大歓声の中、逆転されないクライシスリミッター竹橋からの同点ホームラン。レフトスタンドに入った打球を見ていた西島メンバーは、大歓声とは逆に言葉を失っていた。

「ふ~ん……」と息を漏らした愛理は、西島メンバーの誰もが思った言葉を口にした。


「さすが名将木村監督。名京高校は、負けるかもしれないわね」


 愛理をチラッと見た四人が視線をグラウンドに向けると、キャッチャーの国井がマウンドへ走り出していた。


「竹橋、まだ同点だ。慌てる事はない」

「国井……わかってんだろ?これは一人じゃない。梯高校(あいつら)が俺のリミットを超えているんだ」


「それがどうした?お前が打たれても、俺は驚きはしない。相手が上なら当然だ」

「くっそ……くそぉ!」


 マウンドで叫んだ竹橋を見た国井は、不敵に微笑みながらホームへ戻った。そして、三番の二宮が打席に入る。


「国井さん、ピッチャーを斜坂に代えなくていいんすか?」

「フフッ……その言葉、ありがたく受け取っておく」


「そうっすか……それは残念だ……」

試合を決める5点目

 この時、すでに球場内は少しずつ不穏な空気に包まれ始めていた。五十嵐・七見の連続ホームランで同点になった時、観客は試合が面白くなってきたと感じて興奮していた。


 ここにいる誰もが県三連覇のかかる春の選抜ベスト4名京高校に、大会初出場の梯高校が勝つとは思っていない。


 しかし、梯打線は止まらなかった。


 五番の八木(やぎ)がレフトスタンドに放り込んだ時には、球場全体が完全に静まり返る。五者連続ホームランを見たスタンドの遠矢の拳は、強く握られていた。


(試合を決める5点目が、梯高校に入った……)