連続ボーク|リミット83話

 四回を終え1ー0。この試合4つ目のダブルプレーは、仟(かしら)を始め西島(せいとう)ナインに謎のリミットの衝撃を与えた。


 五回の表、高雲(こううん)学院は六番の宇野(うの)から始まる。宇野はニヤリとしながらベンチを出た。


「この回行けるぜ!」

「待て宇野。動かすな」


「フッ……わかったよ」


 その声に微笑んだ宇野は、初球をあっさり打ちセカンドゴロに倒れた。さばいた仟は、アウトになっても笑顔で戻る宇野の顔が気になった。


(やっぱりわざと試合を早めてる。このままだと、また次の回もダブルプレーされる……)


 バッテリーは七番・八番も打ち取り、五回表を終えた。しかしベンチへ戻る西島ナインに笑顔はない。


 五回裏。四番の杉浦(すぎうら)が打席に向かうが、西島高校に策はなかった。しかし杉浦はあっさりとレフト前へヒットを放つ。


 だが、表情を崩す者はいない。それは、どうしてもダブルプレーが頭から離れないからだった。皆、表情はこわばっている。


 バッターボックス手前でベンチを見る五番の神山(かみやま)は、仟からのサインを待っていた。しかし、仟も遠矢(とうや)も迷っている。すると、一奥(いちおく)が突然叫んだ。


「神山先輩!フルスイングで放り込め!ライトスタンドが呼んでるぜ」


 驚いた神山は一瞬口を丸くしたが、一奥に向けて微笑みバットを構えた。叫んだ一奥を見た仟は、隣にいた遠矢と目を合わせる。二人は微笑み合い、仟は遠矢の奥にいる笑顔の一奥を見た。


(本当に不思議な人……。一奥さんを見てると、試合とリミットが関係なく思えてくる)


 すると、仟の視線に一奥が「ん?」気づいた。


「どうした?仟。……まさか!相手のリミットがわかったのか?なら早く超えようぜ!」


 興奮した一奥が仟に迫る。仟はつい頭を引いて両手を前に出した。


「一奥さん!ちょっと待って下さい」

「え?」


 よく理解していない一奥の顔に、仟は疑問を持った。


「あの……まさかと思いますが、何も考えずに神山さんに叫んだのですか?」


「おう!……へ?」


 仟は苦笑いすると同時に、(ありえない……)とプイッとグラウンド方向へ体を向ける。その瞬間、カキンという打球音に二人はグラウンドの様子を見た。


「おお!」


 叫ぶ一奥。神山の打球は、ライナーでセカンドの右を襲っていた。


(セカンドライナーか!)


 そう思ったランナーの杉浦が一塁へ戻った時、その姿を見たセカンドの片倉(かたくら)は、ショートバウンドで打球を処理。すぐに一塁へ投げた。ファーストの松浦はランナー杉浦にタッチした後、一塁ベースを踏む。ポカンとする杉浦の姿に、ベンチの一奥は悔しがった。


「くっそ!またダブルプレーかよ!これで5個目だぞ」


 その声に、後ろに座る白城(しらき)が応える。


「おい、一奥(アホおく)。お前が神山さんに打てって言ったからじゃねぇかよ」


「そうだけどさぁ。白城、打たなきゃ野球は始まんねぇだろ?」

「いい加減悟れ。今は打ったら終わりなんだよ」


「ちぇっ……」


 ふて腐れて座る一奥。すると、二人の会話を聞いて遠矢が「そうか!」
と閃いた。そしてベンチへ戻ってきた神山の下へ行く。


「神山さん、次の守りで試合を動かしてもいいですか?」

「なに?お前、それはウチが失点するという意味か?」


「はい」


 思わぬ言葉に、神山は苦悶の表情をした。


「ふぅ……遠矢、何点やるつもりだ?」

「それはわかりませんが、失点は最小にします。現状相手のリミットを超えられないなら、あえてそのリミット内で勝負したいんです。四回戦でセーフティリミッターを超えた、神山さんや先輩たちのように……」


「そうか……」(相手のリミット内であえて戦う……危険だが、このまま試合が動かないよりマシかもしれない……)「わかった。お前に任せる」

「はい!ありがとうございます!」


 その後、六番の村石(むらいし)がレフト前にヒットを打つが、七番の鶴岡(つるおか)はセカンドゴロに倒れる。五回裏が終わった。


 六回表。打席に立った九番の山名(やまな)に変わった様子はない。初球を簡単にショートゴロを放つが、ここでショートの神山がエラー。弾いたボールを拾った神山はフッと笑い、ピッチャーの一奥へ返球。


 一方、出塁した山名は厳しい表情で一塁に立っていた。


 迎えるは、一番の坂手(さかて)。しかし坂手が打席に入ると、キャッチャーの遠矢はスッと立ち上がった。それを見た坂手は、(なにっ?)と右の眉毛をピクリとさせる。


 初球を外し続く二球目、またも遠矢は立ち上がる。するとここで珍事が起きた。バッターの坂手は、外したボールに対して全く当てる気のないスイングで空振りをした。


「ストライク」


 ボールを捕った遠矢は、マスク越しにチラッとバッターの坂手を見る。


(やはり試合を淡々と進めるのが狙い。そうはさせない!)


 遠矢と目が合った坂手は、フッと笑って視線をピッチャーの一奥に向けた。


(どんな球でも関係ない。バットを振れば三振だ)


 三球目も坂手はわざと空振り。同じ結果になった事を確認した遠矢は、球審にタイムを要求した。


「タイム」


 遠矢がマウンドへ走る。一奥はニコリと迎えた。


「高雲(むこう)は本当に点を動かしたくないようだな」

「うん、間違いないね」


「どうする遠矢。点を動かすんだろ?これじゃあいつ、素直に歩いてくれないぜ?」

「大丈夫だよ。こうなったらもっと強制的に動かすよ」


「ほぉ!で?」


 遠矢はミット越しに一奥へ話すと、指示を聞いた一奥は笑った。


「じゃ一奥、頼むね」

「アハハ、わかったよ」

奇策開始

 遠矢がホームへ戻ると、バッターの坂手は余裕の表情のまま立っていた。プレイがかかり、一奥がセットに入る。右足を上げ、左腕を振った一奥の四球目は……ホームへ来なかった。


「うおっ!」「タイム!」


 踏み出した右足が地面につくと同時に、一奥の左腕は止まってしまう。タイムをかけ、「ボーク!」と叫んだ球審の右手が一塁ランナーの山名を二塁へ誘導した。


 微笑みながら「ごめんごめん」と内野陣に声をかける一奥。山名は無表情で二塁へ行った。


 そんな中、キャッチャーの遠矢は厳しい表情のバッター坂手を目にした。遠矢は座りながら静かに二回頷く。


 そしてやり直しの四球目。一奥がセットに入った。ショートの神山とセカンドの仟が交互に二塁へ入ろうとする中、一奥は頭を二塁とホームに振る。


「ボーク!」


 またも球審から声がかかった。一奥は、20秒以上セットのまま投げなかった。またも無表情のまま三塁へ行くランナーの山名。


 しかし山名は、そのまま歩いて三塁を回った。三・本間に立ち止まるが、その姿を見た一奥はセットに入る。その瞬間、球場がざわついた。

「なんで牽制しないんだ?」「ピッチャーはアホか?」などの声が飛ぶ中、ホームへ走ろうとしないランナーの山名にも、「走れ!」「完全にセーフじゃねえか!」などの声が飛ぶ異様な雰囲気。


 すると一奥が、セットを解かずにライナーの山名を追い始めた。


「タイム!ボークボーク」


 左足をプレートから外さなかった一奥は、三度目のボークを取られる。そしてニヤリと山名の前で立ち止まった。


「おいライナー。突っ立ってないで早くホームインしろよ」

「てめぇ……くそっ」


 山名は、バッターの坂手を見ながらしぶしぶホームインした。この光景に、内野スタンドから見ていたリミスポ記者の舞理(まいり)は大興奮した。


「愛理(あいり)ちゃん!これだから西島高校の試合は人気記事になるのよ!にしてもすごいわねぇ。三連続ボークって大会記録にあるのかな?うわぁ、また新聞売れちゃうよ!私ラッキーだわ。特別ボーナス出ないかなぁ。ねぇ愛理ちゃん。後でエピソード聞いておいてね?」

「……姉さん、少し落ち着いて」


 隣で試合を見ていた愛理は、(でもこれで、試合は面白くなったわね……)と微笑んでいた。


「興奮して暑くなっちゃったわ。あ!すみません、アイスください!」

「はい、ありがとうございます」


 舞理が売り子を呼び止めた。


「愛理ちゃんも食べるでしょ?」

「もちろん食べるわよ」


 そんな蝶蜂(ちょうばち)姉妹がアイスを食べる中、遠矢は一奥を落ち着かせると見せかける為、マウンドへ行った。


「どうだ?遠矢。わざとらしくなかったよな?」

「上出来だよ。これで、初回以降初めて点が動いたからね」


 遠矢は三塁ベンチを見た。


「睨まれてるねぇ。顔にやられたって書いてあるよ」

「だな。それで、次はどうするんだ?」


「そうだね。どうやら一点で十分みたいだし、あまり失点すると神山さんが心配するからここまでにしようかな」

「アハハ!だな」


 そんな二人がショートの神山を見ると、神山は首をかしげた。その姿に、二人は微笑んだ。


「よし、ここから反撃しよう!」

「よっしゃ!」


 得点は2対0。そして、ようやくの四球目となった一奥が腕を振る。


「いっくぜー!」

 パーン!「ストライクバッターアウト」


 坂手は厳しい表情を崩す事なく見送り、そのまま無言で打席を後にした。続く二番・三番もバットを振ることなく三振。


 変化が訪れるであろう六回裏の攻撃を、西島ナインは迎える。