リミッターは誰だ!?準々決勝高雲学院戦開幕|リミット81話

「また降ってきそうだな……」


 試合前のノックを終えた白城(しらき)は、ベンチで座りながらどんよりした空を見ていた。するとそこへ、メンバー交換をしたキャプテンの神山(かみやま)がベンチへ戻ってきた。


「仟(かしら)、後攻だ」

「はい!」


 神山が仟に高雲(こううん)学院のメンバー表を渡すと、ボールをクルクル回す一奥(いちおく)がいつものようにベンチに座る紀香(のりか)監督の下へ来た。


「なぁ監督~。いくら仟の頭がいいからって、試合中にスコア書かせなくてもいいだろ?監督が書けばいいじゃん」

「ん?」


 紀香監督が右にいる一奥を見ると、二人の間にいた仟が口を挟んだ。


「一奥さん、私は大丈夫です。慣れていますし、小山田(おやまだ)さんが助けてくれますから」

「そうだけどさぁ。ん?あー!」


 一奥がグラウンドを見ると、雨がパラパラと降ってきた。それを見た紀香監督は、仟からペンを奪って天気雨とスコアブックに書いた。


「もうすぐ試合始まるんだからさ~雨は辞めてくれ……あ?」

「何よ?一奥。書いたわよ?」


「それだけかよ」

「当たり前でしょ?そもそも一奥?あなたスコアを見るの?」


「げっ……」


 一奥が一歩引くと、紀香監督はフッと笑って髪をかき上げた。


「仟の頭に入ってるから意味があるのよ。私が覚えても仕方ないわ」

「ま、そりゃそうだわな」


 そして審判団が出てきた。


「集合!」


「よし、行くぞお前ら!」

『おーう!』


 神山のかけ声と共に、両チームがベンチを出た。皆が整列すると、天気を心配した球審が一言話す。


「今日はこのような天気ですから、攻守交代は迅速に。それから投球練習は三球。では、キャプテン握手を」


 高雲学院キャプテン坂手(さかて)と神山が握手をし、両チームのかけ声で西島高校は守備についた。西島高校は、三回戦と同じ布陣。ダブルリミットを生かす為、白城を三番に置いて神山は五番に入った。


 小雨が降る中、一奥が三球に減った投球練習を始める。キャッチャーの遠矢(とうや)は「滑るからね!」と、声をかけた。


「ああ」と返事をした一奥がラストボールを投げた。足下を気にしながら、遠矢は強肩を見せる。


「神山さん!」

「オッケー遠矢!ナイスボール」


 ショートの神山がピッチャーの一奥に返球し、高雲学院一番センターの坂手が右バッターボックスに立った。


「プレイ!」


 球審の手が上がり、一奥がインコースのストレートを投げる。その瞬間だった。「あ!」と一奥は前日の雨でぬかるんだマウンドに足を取られる。


 バッターは失投を逃さす、打球は三遊間を破った。


 一奥は遠矢に「悪い!」と左手を向けて苦笑いし、遠矢は汚れたボールをチェンジし、「ドンマイ!」と一奥にボールを渡した。


 ノーアウト一塁。二番ファーストの松浦(まつうら)は、送りバントの構えを見せる。じりじりとサードの村石(むらいし)が前に出る中、一奥はインコースへスライダーを投げた。


松浦はバットを引き、ボールとなった二球目。インコースに投げた一奥のストレートをバントした松浦の打球は、小フライになった。


 三塁側に上がった小フライにサードの村石がダッシュするが、ノーバウンドでは取れなかった。

しかも、きれると思われたボールはボトッと落ちて転がらずフェアーに。


「ファースト!」


 キャッチャー遠矢の指示で、すぐに素手で捕った村石は一塁へ投げた。松浦の送りバントが決まり、ワンアウト二塁。迎えるは三番ピッチャーの桂(かつら)。


 だが桂は、この場面でバントの構えをしていた。


(バントはない。揺さぶりのバスターだ……)


 遠矢はファーストの杉浦(すぎうら)を下げ、初球外のシュートをボールにした。桂はバットを引く。


 遠矢はもう一球外のシュートを要求。だが一奥が足を上げた瞬間、ショート神山とセカンド仟が同時に『走ったぁ!』と叫んだ。


(やはりバントはフェイク!刺せる!)


 遠矢がボールを捕ろうとしたその時だった。


 コン……

 (え?)


 マスクを外す遠矢が驚く。それは奇襲のバントエンドランだった。桂のバントはまたもや小フライになり、一・本間に落ちる。ファーストの杉浦がダッシュするが、捕った時に足を滑らせてしまった。


「うおっ!」

「杉浦先輩投げろ!」


 一奥が叫ぶが、杉浦は一塁を見るだけで投げられなかった。


(このグラウンド状況は厄介だなぁ……)


 そう思いながら、キャッチャーの遠矢はグラウンドを見渡した。


 ワンアウト一・三塁。バッターボックスには、四番レフトの藤田(ふじた)を迎えたが、またもバントの構えを見せた。キャッチャー遠矢の眉がピクリと動く。


(四番が見え見えのスクイズ……いや、このコンディションならセーフティスクイズもある……)


 バッテリーは初球を外した。遠矢は様子を見たが、藤田はバスターだった。


(これもフェイクかもしれない。まだスクイズはある……)


 二球目、インコースのストレートにバッターの藤田はスクイズを決行。だが遠矢の狙いは空振りだった。


(このストレートなら失敗する。もらった!)



 藤田の空振りに、遠矢はすぐに三塁ランナーを見る。しかし遠矢の顔は曇った。


(走っていない?)


 すぐに一塁ランナーも見たが、走っていなかった。遠矢は一奥へボールを返し、マスクを拾う。


(面白いね。これはかなり策を練ってきてる)


 座った遠矢は外のストレートを要求した。バントの構えを続ける藤田に対し、杉浦を前へ走らせるサインを出した。


 三球目、一奥が投げると同時にファーストの杉浦がダッシュ。しかし、バッターの藤田はバットを引いてバスターに切り替えた。しかし打球は平凡。それでも前に出た杉浦の横を抜けるかに見えた。


「しゃあ!」


 ゴロを捕ったのは、投げた後に右に動いていたピッチャーの一奥だった。遠矢はセカンドを指差す。


(よし!)「ゲッツー!」


 遠矢の指示で一奥は二塁の神山へ送球。アウトを取ったが、神山はボールを捕球した瞬間目を瞑ってしまう。ボールについた泥が、キャッチした反動で顔にかかってしまった。


 神山は「くそっ」と右目を開けて一塁の仟へ送球。しかし、ボールは仟が捕れないほど高く逸れてしまう。ライトの鶴岡(つるおか)がカバーに入ったが、バッターの藤田は二塁へ進んだ。


 その間、三塁ランナーはホームイン。西島高校は、罠にはまったかのようなエラーで先制された。


「すまない!」


 顔の泥を袖で拭いた神山にキャッチャーの遠矢は、「大丈夫ですか?」と叫ぶ。神山は笑顔でオーケーマークを送った。


 ツーアウト二塁。迎えるは、五番キャッチャーの川原(かわはら)。しかし、川原もやはりバントの構えだった。遠矢はセーフティバントに警戒する為、初球をスローカーブから入った。


 川原はバスターに切り替えた。バントの構えに二歩程前に出たサードの村石とファーストの杉浦が、その場で足を止める。だが、バッターの川原は再びバントに切り替え、三塁へ転がした。


 サードの村石がバランスを崩し、スタートが遅れる。


「任せろ!」


 素早くカバーしたのは、ピッチャーの一奥だった。なんとかアウトにした一奥の口から、「ふぅ~」と声が漏れた。


 サードの村石に「サンキュー!」と声をかけられ、一奥は「にひひ、ドンマイ村石先輩!」と笑いながら、共にベンチへ下がっていった。


 一点を追う西島高校の一回裏。先頭一番の要(かなめ)は、笑顔でバッターボックスへ「行ってきまーす!」と歩き出した。すると、バッティングの準備を終えた仟が遠矢に空を見ながら話しかけた。


「嫌な雨ですね」

「そうだね……」


 仟には、遠矢の顔が上の空に見えた。


「遠矢さん?なにか考えてるのですか?」

「え?う~ん……ちょっとね。それより仟。早めに逆転しておこうよ」


「それは……やはりリミッターの存在ですよね……」

「おそらくね」


「わかりました。行ってきます」

「頼んだよ」


 仟はネクストバッターズサークルへ行った。そして、二人の会話を聞いていた神山が遠矢の隣に座る。


「遠矢、高雲学院にリミッターがいるのか?」

「いえ、可能性って話ですよ」


「そうか……」


 神山がグラウンドを見ながら呟いた瞬間だった。グラウンドに快音が響く。


「抜けた!」
「ナイス要!」


 左ピッチャー桂(かつら)のストレートを、要は流して三遊間を抜いた。要が一塁で軽くガッツポーズをする中、この日も一万人を超える観客の一部からざわめきが起こった。


 仟は左ピッチャーの桂に対して、この大会初めて右バッターボックスに立った。この反応に、ベンチの一奥が遠矢に微笑みかける。


「そっか!仟の右打ちは公式戦で初だったな。俺らはいつもの事だけど」

「だね。一奥は左だから、僕らには仟の左打ちの方が違和感があるよ」


 すると、バットケースからバットを抜いた白城が構える仟を見ながらニヤついた。


「最近俺に似てんだよな。仟の右は」


 答えたのは遠矢だった。


「白城さん、仟にパクられたんじゃないですか?」

「はぁ?それはお前じゃねぇか」


 ニコッと遠矢が笑った瞬間、快音が遠矢の目を奪う。仟の打球は、ライナーで左中間を襲った。


(抜け抜け!)と判断した一塁ランナーの要が俊足を飛ばして二塁ベースを蹴る。その時だった。


 打球を追うセンターの坂手は、雨で濡れた芝生を利用して早めにダイビング。その体はスルスルっと加速し、ギリギリで打球をキャッチした。


 坂手はレフトの藤田に素早くトス。西島ベンチからは『戻れー!』の叫び声が飛び、要は再び二塁ベースを蹴って一塁へ走り出した。レフト藤田はファーストの松浦へワンバウンド送球。


 要はスライディングも出来ず、ファースト藤田がボールを取る姿に力を弱めた。


 最悪のダブルプレー。


 一塁を回ろうとしていた仟と要がベンチへ戻ると、遠矢が二人に話しかける。


「ピッチャーの桂さんはどう?」


 二人は顔を見合わせたが、要は笑い、ニコッとした仟が感想を言った。


「ストレートは130キロくらいです。西島(ウチ)の打線なら問題ありません」

「そっか。あ……」


 遠矢が頷いたその時、三番白城の打席で雨が強くなってきた。構える白城は、悪くなるコンディションにイラついていた。


「チッ……」(急に雨が強くなりやがった。見づれぇな…)


 白城は初球を見逃しストライク。続く二球目のストライクも見逃した時、バッターボックスを見ていた遠矢は嫌な予感がした。


(ミスが起こる可能性がある……)「白城さん!カットして下さい!」


 白城はその声にチラッとベンチを見る。そして三球目、際どいアウトローが白城を襲った。


(カットか……だがボールだぜ)


 パン「ストライクバッターアウト。チェンジ」

「なに!審判外れてるぜ!」

「白城さん!」


 抗議した白城に、遠矢はすぐに叫んだ。ベンチを飛び出すと、雨が弱くなってくる。側へ来る遠矢の姿を見た白城は、(くそっ)とベンチへ歩き出した。


「白城さん……」

「納得はしてねぇ。あれは外れている。誤審だ」


「僕もそう思いますが……白城さん。これは誤審ではないかもしれません」

「なに?」

端1のスコアボード

 一塁ベンチに入った二人は、守備の準備をしながら話を続けた。


「遠矢。球審のミスじゃないならなんだ?このチームにリミッターはいねぇんだろ?」

「いえ、今はいると思います。ですが正確には、まだいると思った方がいいとしか言えませんが……」


 白城は三塁ベンチを見た。


「リミッターがいるならどいつだ?」


 白城は全ての高雲学院のメンバーを見たが、わからなかった。


「で?そのリミッターの力はなんなんだよ。すでに発動したんだろ?条件はわかったのか?」


 遠矢はミットを右手でパンと拳を当てた。


「……まだ、ハッキリとはわかりませんね」


 遠矢と白城は守備に向かう。


「なら遠矢。雨で中止になった方がいいじゃねぇか」


 白城がそう言った瞬間、雨があがった。白城は眉間にシワを寄せ、空を見上げて舌打ちした。


「チッ……なんだよこれ……」

「とにかく抑えますよ。まだイチゼロですから話は後ですね」


「だな」


 白城はレフトへ走って行った。その背中を見ていた遠矢がチラッと三塁ベンチを覗くと、数人の高雲学院メンバーが空を見てニヤリと笑っていた。


(高雲学院の三回戦は晴れだった。天気は偶然だよね……)

「遠矢!」


 一奥に呼ばれた遠矢は、マウンドを見て「ごめんごめん」とすぐに座った。


 (まだイチゼロ……か……)