不気味な雲|リミット80話

 部室に張りつけたトーナメント表に赤マジックを滑らす仟(かしら)は、(ついにここまで来た……)と微笑みながら隣に立つ遠矢(とうや)と頷き合った。遠矢は手に持ったリミスポの切り抜きを、その隣に画ビョウで止めて読む。


「止まらない強打西島(せいとう)高校。リミッター不在で決めた13年ぶりのベスト8……か……」


 遠矢は(甲子園まで後3つ……)と、腕を組んで目線をトーナメント表に移す。


 四回戦の次の日の練習は休みだった。だが彼らに休息はない。何より野球がやりたくて仕方がないメンバーたちは、自然に西島グラウンドへ顔を出していた。マジックに蓋をした仟が逆サイドのトーナメント表を見てうなずく。


「第一シードの名京(めいきょう)高校。第五シードの川石(かわいし)高校も上がってきましたね」

「うん。それと木村(きむら)監督率いるノーシードの梯(かけはし)高校。このまま行くと準決勝は……」
「幸崎(こうさき)さん率いる川石高校ですね……」


「リズムリミッターか……」


 遠矢は、トーナメント表を見ながら仟の言葉に深くうなずく。


「おそらくもう一試合は、名京対梯ですね」

「うん。斜坂(ななさか)対松原(まつばら)の元チームメイトの投げ合いだね」


「松原さん、気合い入るでしょうね」

「まぁね。その為に梯に来たんだから、スゴい試合になると思うよ」


「楽しみですね!」

「うん、楽しみ……」


 すると、仟と遠矢の目は合った途端同時に笑い出した。


『アハハ!』

「仟、気が早いよ」

「遠矢さんもですよ」


 笑い終えた二人は、仟が書いた反対側の線の下を見る。


「次の僕らの相手は高雲(こううん)学院」

「はい。毎年四回戦・準々決勝まで来る高校です」


「そっかそっか」


 すると、仟が口を真一文字にして首を傾げた。


「ん?仟、何か気になる相手なの?」

「あ……いえ、たいした事ではありません。打力も守備力も西島(うち)の方が上です。ただ……一つだけ変なんですよね……」


「変?」

「はい。高雲高校は、三回戦で強打の第六シード相手に完封しているんです。でもその他の試合は平凡で、3対2とか4対3なんですけど……」


「仟、ちなみに三回戦のシード戦のスコアはいくつだったの?」

「初回に一点取り、そのまま1対0でした」


 すると、遠矢の眉間にシワが寄る。


「強打相手にイチゼロか……確かに気になるね……」


 バタン!

「仟!」


 部室にいた二人が振り向くと、豪快にドアを開けた一奥(いちおく)が笑顔で立っていた。


「お?なんだ遠矢。ここにいたのか」

「一奥さん、どうしたのですか?」


「おお!そうだ仟。ついに要(かなめ)がやりやがった!校舎上段直撃だぜ!あと少しでフェンス激突だったぞ」


「おお!凄いね」
「本当ですか?」


「早くグラウンド来いよ!」


 一奥は、嬉しそうに先に行ってしまった。


「遠矢さん、行きましょう!」

「うん」


  仟はグラウンドへと飛び出したが、部室を出ようとした遠矢はふと振り返ってトーナメント表に目をやった。


(考えすぎかな……)


 遠矢がいない事に仟が気づき、部室へと叫ぶ。


「遠矢さーん!早く行きましょう!」


 声を聞いた遠矢は、すぐに「今行くよー!」と部室を出て仟の下へ走る。


「どうしたのですか?」

「なんでもないよ。行こう」


「はい」


 遠矢と仟がグラウンドへ着くと、杉浦のホームランボールが飛んで来る。二人がグラウンドを見ると、杉浦は「ガハハ!」と笑い、一奥は「もういっちょだ!杉浦先輩!」とボールを投げていた。すると、二人の姿にレフトを守る白城(しらき)が気づいた。


「ん?お前ら早く打てよ。雨降ってくるぞ」

「はい」


 仟は返事をしてグラウンドへ入っていったが、遠矢は空を見上げていた。


(明日の天気予報は雨……。中止かなぁ)


 遠矢はボールを拾い、仟の後を追ってグラウンドへ入って行った。二人が三塁ベンチ前に着くと、要が「う~ん……」と言いながらスイングのチェックをしている。


「要、凄い飛ばしたんだって?」

「うん。ねぇ仟~、ホント~に惜しかったんだよ?あそこまで飛んだんだぁ」


 要が笑顔でライト方向を指差すと、仟の視界に一塁ベンチで肩を落として座っているピッチャーの鶴岡(つるおか)の姿が映った。仟は苦笑いする。


(鶴岡さんから打ったんだね……)

「仟、聞いてる?」

「え?うん、聞いてるよ。それより要、今度は一奥さんから打とうね!」


「えー。一奥んの球は、なかなか当たらないもん。でも当たれば飛ぶんだけどね。エヘヘ」

「でもよくあんな遠くまで飛んだね?」


 要はニヤッと笑った。


「偶然こうなったんだぁ」

「ん?」


 要は一本足のタイミングから、左足一本でケンケンした。


「ついバランス崩しちゃってね、まぁいいかぁ!って振ったらビューんって飛んでったよ」


 要の笑いに仟は再び苦笑いしたが、聞いていた遠矢は「へぇ~」と感心した。


「よーし。じゃあ僕も打たせてもらおうかな」


 遠矢は一塁ベンチへと歩いて行く。


「まさか要にあんな打ち方であそこまで……」

「鶴岡さん、聞こえてますよ?」


 落ち込んでいた鶴岡が、ハッ顔を上げて遠矢を見た。


「お前か……」

「要の一本足は強力ですね」


「あぁ……正直参ったよ。理事長の言葉ではないが、よくまぁ毎日成長するものだな」

「ですね。このグラウンドは、本当に不思議な場所なんですよ」


 遠矢はヘルメットを被り、バットを手にした。


「では、リズムリミッター対策と行きますかね」


 遠矢がバッターボックスへ向かうと、杉浦がフルカウントまで粘ったが三振をした。


「ぐぬぬ……またか。またこの展開なのか……」

「杉浦さん、交代ですよ?」


「うるさい!なら遠矢、お前が一奥を倒せ!」

「そう言われましても……できますかねぇ」


「いいからやれ!」


 杉浦はドカドカと三塁ベンチへ行ってしまった。


(さてと……)「一奥!勝負だ!」

「いいぜ!遠矢。今日も打たせねぇけどな」


 すると、遠矢の構えに一奥が「お?」と不思議がる。


「一奥。幸崎さん対策だ!」

「懐かしく感じるなぁ。遠矢がゼロスイングか……面白れぇ!」


 そう言って投げた一奥が「あれ?」と首をかしげる。


「どうした?遠矢。ど真ん中だぜ?」

「いや、これは難しいよ」


 空振りした遠矢は、キャッチャーの村石に呟く。


「幸崎さんはよくこれで打てるなぁ……」

「だから超のリミッターなんだろ?あいつも元々、実力が半端ねぇからな」


「……ハハッ、そうでしたね……」


 しかし二球目を遠矢がファールにすると、一奥は「遠矢!当たったじゃねぇか!」と興奮した。


「一奥、これだと幸崎さんには当然打たれるって事だよ?」

「あー、そうか!ダメじゃん」


「もう一球いこう!」

「ああ!」


 一奥がど真ん中のストレートを投げた。引き付けるだけ引き付けた遠矢が動いた瞬間、一奥の表情が焦る。


 しかし、結果は平凡なピッチャーフライだった。一奥はキャッチしたが、遠矢と共に微笑みながら首をかしげた。


「やっぱ、幸崎はスゲェな」

「そうだね」


 すると、遠矢はキャッチャーの村石にツッコまれた。


「っていうかお前ら。笑ってるじゃねぇか!」

「アハハ、そうですね」


 そう言いながら、遠矢はまた空を見上げた。

高雲高校のリミッター

「あ……」


 遠矢の頬に雨が当たる。すると、瞬く間にどしゃ降りになった。グラウンドにいた西島メンバーは、キャプテン神山の声で急いで片付けて部室へと走る。


「ハァ……疲れた。……あれ?」


 バックネット裏の階段にカッパを着て現れた斜坂(ななさか)が、グラウンドを見て誰もいない事に気づいた。


「誰もいないじゃねーか!下手くそなんだから練習しろよな……くそっ、俺の超大作、志奈さんドキュメンタリーの感想を聞こうと思ってたのに……チェっ、つまんねぇの」


 斜坂は再び走り去った。


「あいつら、次もリミッターがいるって知ってるのかなぁ……まぁいいか!うおぉぉぉ!」


 そして明日、西島高校はベスト4をかけて高雲学院との準々決勝に挑む。