超オーソドックスを貫け|リミット77話

「ストライクバッターアウト!チェンジ」


 見逃し三振した神山(かみやま)は、静かに一塁ベンチへ下がった。二塁から戻ってきた杉浦(すぎうら)が神山に声をかける。


「神山。なにを考えているんだ?」

「すまない。だが付き合ってくれ。みんな、守備の前に少し話を聞いてほしい」


 ベンチ前の神山の声に、西島(せいとう)メンバーが耳をかたむける。


「西島(ウチ)は先制されるまで点は取らない。先制されたら逆転する。以上だ……」


 意味がわからない選手たちが戸惑う。足取り重くナインが守備へつく中、紀香(のりか)監督が神山に聞いた。


「神山君。まさかとは思うけど、新道(かれ)はリミッターなの?」

「はい、そうです」


「そう……それがわかれば十分だわ」

「ありがとうございます、監督」


 神山はダッシュでサードへ向かった。その姿を三塁ベンチで見ていた新道(しんどう)は、イラついていた。


「偉そうに言ったこの一年の成果がこれか。上手くなるどころか、リミッターに頼った結果ふ抜けになっただけじゃないか!」


 タオルをベンチに叩きつけた。不穏な雰囲気の中、新道に近づいたのはキャッチャーの小沢(おざわ)だった。


「新道、まぁいいじゃないか。弱小だった西島が、リミッターのおかげでベスト16まで来たんだ。それを知ってここで消える。神山たちも満足だろ?」


「まぁな」


 そして、一回の裏が始まった。ピッチャーの鶴岡(つるおか)は気持ちを入れ直し、気合いが乗った表情でマウンドに立っていた。キャッチャー村石(むらいし)のサインに頷き、投球モーションに入る。


(行くぜ!村石)

(来い!)


 パーン「ストライク」


 村石のミット音を聞いた新道と小沢は、同時に電光掲示板を見た。


「142キロか。鶴岡にはなかったストレートの速さだな。アイツは少しは成長したって事か」

「小沢、それでも142だ。たいした球ではない」


「だな……」


 一方、受けたキャッチャーの村石は鶴岡の出来に調子の良さを感じていた。


(いってー!今日の鶴岡はキレてるぜ!よし、スライダー来い!)


 二球目も外いっぱいに決まる。返球する村石も、鶴岡の球に同調する。


「鶴岡!ナイスボールだ!」

「あぁ!」


(次はコントロールだ!)


 三球目、村石はインローのボールになるストレートを要求した。サードゴロに詰まらせる。


「神山!」

「オッケー!」


 サードの神山はスムーズにさばき、ファーストの杉浦も乗ってきた。


「ナイスプレーだ!神山」

「あぁ!ドンドン来い!」


 一連のプレーを見ていた新道は、立ち上がって腕を組んだ。


(なるほどな。守備は良くなっている……)


 そんな新道の背中をポンと叩き、小沢はネクストへ向かった。


「そんな固い顔するなよ。この回、お前に回すからな」

「あぁ」


 二番バッターが打席に立つ中、ネクストバッターズサークルの小沢は鶴岡の球をじっくり見ていた。


(村石の強引なリードも、やっとまともになったようだな。俺にソックリだぜ)


 二番もショートフライに打ち取り、三番の小沢をバッテリーは迎えた。


「村石、いいリードするようになったな」

「そうか?なら、お前の見本がよかったんだろ」


「調子に乗るなよ。まだまだって所を、俺のバッティングで教えてやるよ」

「それはありがてぇ」


 初球、村石は外のスライダーから入った。ボールになった球に、小沢は頷くだけだった。二球目もバッテリーは外のスライダーを投げた。今度はストライクを奪ったが、やはりバッターの小沢は頷くだけだった。


(それなら狙いはこれか……)


 村石がサインを出す。鶴岡の投げたストレートがインコースを襲った。


 カキン……

『オォォォォォォ!』


 小沢の打球はレフトスタンドへ消えた。美平館(みへいかん)高校の先制のソロホームランに、スタンドの愛理(あいり)が呟く。


「今のインコースはボールで良かった。これで、新道(かれ)のリミットが始まるわね……」


 先制のホームを踏んだ小沢は、キャッチャーの村石に向けてニヤッと笑う。


「惜しかったな、村石。リードは間違っていなかったが、相手が悪かったって事だ」

「そうか。わざわざ忠告ありがとよ」


 ネクストの新道とハイタッチをした小沢がベンチへ下がり、四番の新道が右バッターボックスに立った。


「どうやら、秋と少しは違うようだな」

「当たり前だろ。今やってる試合は、秋の一回戦と夏のベスト16の差があるからな」


「フッ。村石、お前はまだリミッターの力でここまで勝ち抜いて来たと言いたくないのか?」

「あぁ。俺たちのキャプテンは神山だからな。あいつがそう言うなら、俺たちの気持ちも一緒だ」


 バッターの新道は、(神山の気持ちか……)とサードの神山を見てバットを構えた。


初球、村石はインローのボール球から入る。三塁線を鋭く襲った新道の打球は、サード神山を狙ったかのように左へ飛んだ。神山は飛びつくが、ボールはファールグラウンドを転がっていった。


 二球目、新道は外のスライダーを見逃す。ボールとなり三球目、バッターの新道は外のストレートを流し打ちした。今度はファーストの杉浦を狙ったかのように右へ飛ぶ。杉浦も飛びつくが、打球はファールグラウンドを抜けていった。


 四球目、外のスライダーが外れる。見切られたキャッチャーの村石は、インコースのスライダーを選択した。しかし、


 カキン……

「これもいった!」
「文句なしだな」


 バックネット裏の観客が話す中、新道の打球はレフトスタンドへ飛び込んだ。一塁を回る新道は、ファーストの杉浦の顔を見る。だが杉浦は、腕を組んだまま一塁ベースを見ていた。


(杉浦、俺が踏み忘れるとでも思っているのか……)


 そして、三塁ベースへ近づいた新道がサードの神山に話しかける。


「神山、これで二点差だ」

「問題ない。逆転するだけだ」


 神山の台詞を聞いた新道は、フッと笑って三塁ベースを蹴った。ホームへ近づいた新道がバッテリーを見ると、秋のような同様は感じられなかった。


(お前らの成長は認める。だが試合結果は変わらない。成長したのはお前らだけではないからな。ゆえにその差は……縮まる事はない)


 新道が静かにホームインし、小沢に続く連続ホームランで2対0となる。ベンチへ戻った新道は、守備の支度をする小沢に話しかけられた。


「新道、やはり試合は変わらない。前の二試合と同じように、先制・中押し・ダメ押しで終わりだな」

「あぁ。……だが少し残念にも感じる。一昨日感じた神山の気迫は本物だった。お前に言わなかったが、神山がリミッターを使わないと言ったあの時、俺はそれを証明して欲しい気持ちが瞬時に生まれた。それは、あいつらが俺たちの野球を肯定する意味になるからな」


「そうか。でもそれだと、俺たちに勝つ方があいつらにとって辛い事になるんじゃねぇのか?」

「……かもしれないな」


 二人が会話をする中、バッテリーは五番バッターをセンターフライに打ち取り初回を終わらせた。チェンジになり、小沢がミットで新道の背中を押す。


「さて、この試合も二点先制だ。新道、いつものように終わらせようぜ」

「あぁ」


 美平館バッテリーが守備につく。一塁ベンチへ戻ったピッチャーの鶴岡は、神山に「すまない」と謝った。


「気にするな鶴岡。これでいい。ここから逆転してこそ、この試合は意味があるんだ。みんな、集まってくれ」


 西島高校は円陣を組んだ。


「いいか!俺たちは昨日の愛理の野球を貫く。とにかく離されずに、一点ずつ返して行くぞ」

『おう!』


 だが愛理と遠矢の思惑通り、この回からピッチャー新道の球が一変した。五番の加藤(かとう)は外のスライダーでファーストゴロに打ち取られ、打席には六番の鶴岡が入る。鶴岡は、出塁する事だけを考えていた。


「くっ」


 しかし三振に終わり、鶴岡は悔しそうに打席を後にする。


(バッティングの成長は、それほどでもなかったな。残念だせ、鶴岡)


 そうキャッチャーの小沢が思う中、ベンチへと歩く鶴岡は厳しい表情をしていた。


(やはり速い。今日の新道なら、150キロが出てもおかしくない。アイツは尻上がりに調子が上がるというのに、二回でこれほどの球がくるとは……)


 頭を下げながら戻ってきた鶴岡の姿に、神山は確信した。


(新道のリミットが発動したか……やはり条件は変わっていない……)


 続く七番の小林はインコースをつまらされ、サードゴロに終わった。二回表、無得点に終わった西島メンバーに対して神山はベンチを出ると同時に叫んだ。


「鶴岡!この点差のままついて行くぞ!」

「ああ!」


 その言葉通り、鶴岡は3人で二回裏を抑える。だが、それを見た美平館バッテリーに焦りはなかった。


「俺たちの試合展開(ペース)だ。こっちも行くぞ!新道」

「任せろ!」


 三回表、八番の影山(かげやま)はバットを振らずフルカウントまで粘る。しかし際どいアウトローに手が出ず、惜しくも三振となった。


 それを見届けたネクストの光(ひかり)は立ち上がると、(なぜこの僕が一奧(いちおく)と同じ九番なんだ……)と不満顔をした。すると、一塁ベンチの神山が声をかける。


「光!お前からだ。繋いで行くぞ!」

(俺から?)


 光は瞬時に悟り、ベンチの神山を見てニヤリと頷いた。


(この打順。次は本来四番の杉浦さんではないか!ということは、今の僕は三番!)「フフッ……」


 左バッターボックスに立った光は、「かかって来なさい!」と右手に持ったバットをピッチャー新道に向けた。


(そういえば、こんな奴がいたな……くだらない)と、新道は全く表情を変えない。


 それを見ていたスタンドの一奧は、「いけー!めんつゆ先輩!!」と叫んだ。


 ようやく構えた光に対し、キャッチャーの小沢も全く変わらなかった。初球、光は外のストレートをファールにした。二球目、外のストレートを見逃しボール。三球目、今度は外のスライダーをファールにした。


 カウントはワンツー。光は追い込まれた。


 四球目、インハイのストレートを見逃しボール。その時、キャッチャーの小沢がニヤリとした。


(次で終わりだ!)


 五球目、ピッチャーの新道はインローへスライダーを投げた。


(よし!ナイスボールだ!新道)


 しかし次の瞬間、キャッチャーの小沢が驚く。


(当てた?)「セカンド!」


 引っ張った光の打球が、ゆっくり一・二塁間を襲う。コロコロ転がる打球に対し、深い位置で腕を伸ばして捕ったセカンドが一塁へ送球した。


「セーフ」

「よっしゃー!めんつゆ先輩が出たぜ!」


 一奧の叫び声が光の耳に届き、一瞬光はムッ!っとスタンドを見た。しかしすぐに「ナイスだ!光!」と叫んだ西島ベンチの神山を見る。

すると、サインを出した神山に光の口が僅かに開いた。バッターボックスの杉浦も驚きを隠せない。


 キャッチャーの小沢も神山を見ていたが、(ワンアウト。ここは強行ゲッツーで終わりだな)と思っていた。だが慎重な小沢が初球に選んだのは、(だがまずは……)とエンドランを警戒した外のボールになるストレート。


 新道が投げた瞬間、バッテリーは驚いた。


(あの杉浦がまたバントだと?)


 構えた杉浦は、冷静にバットを引いてボールを奪う。それを見たスタンドの愛理は仟に聞いた。


「この采配、仟はどう思う?」

「私は打たせます。まだ三回ですから」


「まだ?」

「はぃ……私、変な事を言いましたか?」


「仟、それならあなたは何回なら送るの?」


 ハッとした仟は愛理から目を逸らして下を向き、「そっか……」と呟いた。


「わかったみたいね。神山君が選んだこの送りバントに、ツーアウト二塁を作る意味はない。その気持ちを見せるのが狙いなのよ」


 頭を上げた仟は、納得するように頷いた。


「だから愛理さんは、オーソドックスの前に超を付けたのですね」

「そうよ。相手が嫌がる事をしなきゃ、この試合は動かせない。オーソドックス相手におおざっぱな野球は楽勝よ。イニングが進めば、その傷はドンドン大きくなるわ。特に一発勝負はね」


「そうですね」

「でも、神山君の狙いはもっと深いかもしれない……」


「深い?ですか?」

「えぇ……」


 二球目も外のストレートを投げたバッテリーは、バットを引いた杉浦にバントを確信する。


(やらせるぞ!新道)

(わかった)


 三球目、バッテリーは真ん中のストレートを選んだ。転がった打球を新道が処理し、杉浦は見事な一塁線へのバントで光を二塁へ送った。ベンチへ戻る杉浦は、右手を強く握りながら険しい顔で歩いていた。すぐに神山が声をかける。


「オッケーだ!杉浦」

「神山……」


 杉浦は、歯を食い縛ったまま小さく頷いた。そして二番の小山田がバッターボックスへ入る。表情は気迫溢れるものだった。


(杉浦さんのバントを生かすには、初球から狙うしかない!)


 小山田は、初球の外のストレートを狙った。


 パン!「アウト、チェンジ」

「ああ……」
「惜っしい……」


 西島ベンチから声がもれる。ファーストライナーに倒れた小山田も、打った後に悔しがった。


(ボールなのはわかっていたのに!振り遅れた……)


 悔しがる小山田に、守備へ走る神山が声をかける。


「いい当たりだった。切り替えろよ!」

「神山さん。はい!」


 三回裏、ピッチャーの鶴岡はナインに檄を飛ばすように九番から始まる攻撃を3人で終えた。「オッケー!鶴岡」と鶴岡を指差しながらベンチへ下がるキャッチャーの村石に、鶴岡は笑顔で右拳を向けた。


 序盤三回を終え、試合は2対0のまま中盤四回へ突入。西島高校の攻撃は、クリーンアップの三番村石から。


 しかしさらにエンジンを上げたピッチャー新道の球に、村石・神山・加藤は三者三振に倒れてしまった。加藤を三振にした外のストレートは、150キロを計測。


 ベンチへ下がったキャッチャーの小沢は、新道の球にいつも以上のキレを感じていた。


「今大会最高の球が来てるぜ!いい感じだ。あいつらに今のお前は絶対打てねぇ」

「そうか。俺もいい手応えを感じていたところだ」


「ハハッ、だろうな。それなら……」


 防具を外してバットを両手で掲げた小沢が宣言した。


「この勢いで、そろそろ中押し点と行くか!」


 不気味な笑みでバッターボックスへ近づいてくる小沢の顔が、キャッチャー村石の目に入る。ラストボールをセカンドへ送球すると、村石はマウンドへ行った。


「鶴岡。わかってるな」

「あぁ。絶対に小沢を抑える」


「よし、いい目だ!」

流れを決める次の一点

 村石がホームへ戻る。四回裏、三番小沢の打席が始まった。初球、村石は外のストレートを選択。小沢はストライクを見送る。


(あくまでオーソドックスでくるか……。だがそれでいい。九回をトータルで考えれば、ギャンブルリードは必要ないんだ。ようやく勝つ為に、俺たちの野球を認めたようだな)


 二球目、アウトコースのスライダーを小沢はファールにした。


(そうだ村石。次はインコースの見せ球か……)


 小沢はボール球を見切る。


(いいリードだ村石。キャッチャーは、ワンツーのカウントを作る事を考えればいい。こうなれば、次の球は何でもアリだ)


 小沢は、外のスライダーも見切った。


(村石。ここで決めたつもりだっただろうが、これでカウントはツーツー。スライダーには目が慣れたぞ)


 続くスライダーを、小沢はカットしてファールにした。


(俺に同じ球は通じない。コースが厳しくてもカットはできる。だがいい攻めだぞ!村石。こうなれば次は……)


 鶴岡はインローのストレートを投げた。しかし小沢はニヤつく。


(こうなるよな……)


 パン「ボール。フルカウント」


(ここまでだ村石。残念だが、鶴岡に決め球があれば……)


 カキーン!


(こうはならなかったな……)