美平館高校戦、開幕|リミット76話

「くそぉ!」

「杉浦(すぎうら)、試合前だ。切り替えろ」


 グラウンド整備が行われる中、一塁ベンチで悔しがる杉浦を神山(かみやま)がなだめていた。


「神山、俺は鈍足だ。一番を打った事がない……。わからん……セーフティバントをすればいいのか?」

「それは打順を決めた仟(かしら)と遠矢(とうや)に聞いてくれ」


 神山はベンチに座りながらバットを見つめ、集中していた。すると杉浦は、一塁ベンチを飛び出して一塁側スタンドを見た。両腕を振る杉浦の姿を発見した愛理(あいり)は、同じく杉浦を見て苦笑いした遠矢と仟を横に、「なにか……怒ってるように見えない?」と言った。二人は頷き、心の中で(はい……)と返事をした。


 すると、一奥(いちおく)がフェンスを掴んで叫んだ。


「杉浦先輩ー!今日一番って言ったら笑ってたじゃねーか!今更なんだよー!」

「ん?」


 一奥の言葉を聞いた愛理は、眉間にシワを寄せた瞬間笑った。


「アハハ!バカね本当……そういうことか……アハハッ!」


 気づいた遠矢と仟は、(そうだったんだ……)と頭を抱える。要(かなめ)は「ん?んー?」と二人の顔を不思議そうに見ていた。笑っている愛理に気づいた一奥は、「愛理先輩、何がそんなに面白いんだ?」と戻ってきた。


「ハァハァ……はぁ~苦しい。だって一奥君。杉浦君はあなたの問いが今日の調子と……プッ……勘違いしたのよ?」

「アァ!」


「騒がしいな……なにハイってんだよ?一奥(アホおく)」


 そこへ、ようやくファンから逃れた白城(しらき)が要の隣に座った。一奥の顔は青ざめていた。


「白城……やっちまった……」



「なにがだ?」

「俺が杉浦先輩を一番にしちまった!」


 一奥も頭を抱えるが、白城は興味がなかった。


「いいじゃねぇか、別に。お!愛理さん、そのアイス旨そうだな」

「今食べると吹くわよ?」


「なんすか?それ」

「それより遠矢君。杉浦君に伝えなくていいの?彼、バントの構えしてるわよ?」

「え?」


 遠矢が立ち上がると、一奥は杉浦に頭を下げて謝っていた。


「あ……」(あれではバントしろってジェスチャーだよ!)
「一奥!」

「へ?」


「ストップストップ!」


 遠矢は一奥を止め、一塁ベンチ上へ走った。


「ハハ!何焦ってんだよ。マジでアイス食わなくて良かったぜ!ハハハッ」


 白城が笑う中、一塁ベンチ上へ着いた遠矢が杉浦を見下ろす。


「遠矢、バントでいいんだよな?」
「杉浦さん。思いっきりかっ飛ばして下さい!」


「ん?いいのか?」

「はい!」


 その時、審判団が出てきた。


「集合!」


 遠矢の声を聞いていた神山は、整列に向かう前に遠矢へグッドサインを送る。それを見届けた遠矢は、(頼みましたよ……)と頷いて応援席へ戻った。


 整列し、両チームのキャプテンである神山と新道(しんどう)が握手をする。


「見せてもらうぞ。神山」

「あぁ」


 西島メンバーがベンチへ戻り、マウンドへ新道が上がった。キャッチャー小沢(おざわ)のミットに、新道の右腕から繰り出される鋭いストレートが送られる。一番の杉浦はバッターボックスへ向かった。負けじとバットが空を切る音を連発させる。


 投球練習を終えた新道は、バックネット最上段で祈りながら座る志奈(しな)の姿を見ていた。


(志奈、これは野球に対するプライドをかけた戦いだ。俺たちの歩んだ道と神山たちの歩んだ道……。どちらが正しかったのか、今日ケリをつける)


 目を瞑る志奈。隣にいる斜坂(ななさか)は、そっと声をかけた。


「志奈さん、試合始まりますよ?」

「はい、そうですね」(どうか……無事に終わって下さい……)


 志奈が目を開けると、球審の右手が上がった。


「プレイボール!」


 そして一塁側スタンドに座る愛理は、「いよいよね……」と、アイスを食べ終え口から棒を抜いた。


 杉浦への初球。新道・小沢のバッテリーは外のストレートから入った。


「むむっ……」


 アウトローいっぱいに決まったストレートに、フルスイングを決めていた杉浦は手が出なかった。


「杉浦。お前の一番は奇襲じゃないのか?」

「知るか。うるさいぞ小沢」


「相変わらずだな」


 二球目、バッテリーは外のスライダーを投げた。


(また外……)


 見逃した杉浦に、一奥はまた頭を抱える。


「くそー!杉浦先輩追い込まれちまった!」


 そんな中、愛理が口を開く。


「次はインハイのボール球。打ってもファールね。そして外のスライダーで三振か……」


 隣にいる遠矢と仟は無言で頷く。


 三球目。追い込んだバッテリーはインハイのストレートを投げ、杉浦はファールを打った。


「さぁ杉浦君、次をどうするかね……」


 愛理たちが見守る中、ピッチャーの新道が外のスライダーを投げた。


「うおぉぉぉぉ!」


 コン

 叫んだ杉浦の選択は、スライダーにくらいついたセーフティバントだった。


「走れー杉浦先輩ー!」


 一奥が叫ぶ中、捕球したファーストのタッチを杉浦はかわした。慌てたファーストがボールを投げたが、送球が杉浦の大きい背中に当たる。そのボールに押されるように、杉浦は一塁にヘッドスライディングした。


「セーフ」

『よっしゃぁぁぁ!』


 西島ベンチが騒ぐ中、一奥は泣いていた。


「ぐすん……スゲェ……よくあの足で走ったぜ!杉浦先輩……」


 一奥は、杉浦がバントした瞬間フェンスへ走っていた。掴んだフェンス越しに見ていた杉浦の姿に、一奥は感動していた。そんな一奥の姿を見た愛理は、仟に小声で聞く。


「まだ初回の先頭よね?」

「一奥さんは、杉浦さんが大好きなんです」


「そうなの?」

「あ、そういう意味ではありませんよ?」


「そうなの?でもまぁ……最低限の仕事はしたわね。そうでしょ?遠矢君」

「はい。この回、絶対に一点取りたいですからね」


「そうそう……絶対にね……」


 疑問に思った仟が、愛理に聞く。


「愛理さん。絶対なのですか?」

「うん?そんなことはないけど、絶対というのは遠矢君の気合いの表れよ。それより仟、先制したチームの勝率を知ってる?」

「確か、五割を越えていたと思いますけど……」


「そう。でもイニングが進むにつれて、その数字はさらに上がるわ。要するに……」


 愛理はスコアボードを見た。


「勝率は七割よ」

「そこまで上がるのですか……」


 ゴクン

 二人の緊張感に唾を飲み込んだ仟がグラウンドを見ると、二番の小山田(おやまだ)が送りバントの構えをしていた。そして初球のスライダーを見送りボールを奪う。


「小山田はバントをやらせたら超一流だ。杉浦さんの足でも大丈夫だろ」


 白城の言葉通り、小山田はインコースのストレートを見事に一塁線へ転がした。


「ナイスバン!」
「オッケー、小山田」


「ありがとうございます」


 ベンチへ戻った小山田は、メンバーに頭を下げた。


ワンアウト二塁に変わり、迎えるは三番の村石(むらいし)。村石がバットを構え、愛理の解説が続く。


「ここは最低でも進塁打よね?でも、得点圏にランナーがいる限りストライクは投げにくいわ。仟、よくあるでしょ?送った後のフォアボール」

「はい。なぜか、送って損した気分になります」


「それをお互いプラスに取るかマイナスに取るかだけど、ピンチに見えて守備側がプラスになるケースが多いのよ」

「はい。これほど守りやすいケースはありません」


「それがわかっているから……」


 右方向へと力んだ村石は、内野フライを打ち上げた。


「村石君みたいに、多少外のボール球でも手を出してしまう。結果はファーストフライか。進塁出来ないなら、またストライクは来ないわね」

「はい。必要ありませんね……」



「なぁ、愛理さん。さっきから冷静に仟(こいつ)と話してるけど、この回に点を取らねぇとマズイんだろ?」


 白城は退屈そうに言った。


「この試合に限っては、その通りよ。本人は気づいてないみたいだけど、相手は大嫌いなはずのリミッターだからね」

神山の覚悟

 四人はそれぞれ驚き、白城は立ち上がった。


「なにぃ!リミッター?なんすかそれ。それこそインチキじゃないっすか!」


 しかし、膝に肘を立てる愛理は冷静にグラウンドを見ていた。


「白城君。これは私の推測だけど、神山君は知っててあなたたちを外した気がするのよ」

「知ってて?何の為っすか?」


「もちろん……今向かい合ってる彼の為よ」


 五人がグラウンドを見ると、左バッターボックスには四番の神山が立っていた。


(新道……俺がお前をリミッターだと言っても、お前はわからないだろう。だから俺は、野球で失ったものを野球で取り戻す!一奥のようにな……。その為にはまず、お前のリミットを発動してもらう!)


 神山は、マウンドの新道をジッと睨む。


「どうした?神山。それがお前の歩んだ野球か?構えろ!」

「言いたい事は試合後にしてくれ。早く投げろ」


 ツーアウト二塁。構えない神山の姿に球場内がざわつく中、愛理と遠矢の目つきが鋭くなる。


「覚悟は決まっていたようね」

「はい。神山さんは、さらに厳しい道を選びました……」


「これは私の考えていた最悪のケース。でも彼らには、普通の勝敗に意味はないのよね。本当に彼のリミットを超えられるのかしら……」

「わかりません。愛理さんの作戦通り、神山さんを信じてついていくしかないです」


「イニングが先か……点が先かね……」

「はい……」