超オーソドックス|リミット74話

「ななな……なんですかぁ?これはー!」


 リミットスポーツ編集部のデスクでパソコンをいじっていた愛報(あいほう)高校愛理(あいり)の姉である記者の舞理(まいり)が、夜の8時頃突然叫んだ。


「何の騒ぎだ?舞理」

「川口(かわぐち)先輩!これこれ」


 隣に座る川口が立ち上がり、舞理のパソコンを覗く。


「ん?斜坂剛二(ななさかごうじ)の右肩上がりか……ほぅ。タイトルをまた戻したんだな」

「そうじゃないですよぉ!」


「ハハッ、わかってるって。しかしこれは先を越されたな。西島(せいとう)高校の四回戦も面白くなりそうだ。お前は明日、取材に行ってこい」

「はい!もちろんです!これは大変だぁ!」


 そんな二人がブログを見ている間も、アクセスとコメントは増え続けた。この晩、同じく記事を見た紀香(のりか)監督は、弟の白城(しらき)伝える。それを仟(かしら)と要(かなめ)に電話をし、仟は遠矢(とうや)に連絡していた。


 そして翌日午前の練習前。一奥(いちおく)は、一塁ベンチ前で神山(かみやま)に絡んでいた。


「神山先輩!勘弁してくれよ。俺は投げたいんだ!」


「一奥。キャプテンが決めたんだから、仕方ないよ」


 納得がいかない一奥を、遠矢が止めていた。


「わかるけどさぁ……」


 つまらなそうに肩を落とす一奥。その肩に神山が手をかける。


「一奥、俺たちは必ず勝つ。いいから任せろ」

「神山先輩……くっそ」


 すると、グラウンドへ白城が入ってきた。歩きながら一奥の叫び声を聞いていた白城は、その状況を把握して自分の気持ちを神山に伝える。


「神山さん、俺も一奥と同じっすよ。あいつらがリミッターを認めないなら、その実力を見せつけてやればいいじゃないっすか」

「白城か……それもダメだ。新道(しんどう)は絶対に認めない」


「はぁ。マジで訳わかんねぇ……」


 すると、神山はベンチ前で土下座をした。


「お前らにとっても最期の夏だ。負ければ廃部なのもわかっている。だが、俺たちを信じて任せてくれ。頼む……」


 一奥と白城は戸惑う。そしてチーム全員が、そんな神山の姿に決意を感じた。頭を下げる神山の肩に手を置いたのは、仟だった。


「わかりました」

「仟……」


 仟は神山の手を取ると、そのまま立ち上がらせた。


「でしたら神山さん。秋に負けたオーダーで勝ちませんか?私は自信ありますから」


 笑顔で話した仟に、神山は「すまない……」と帽子をかぶり直した。そして遠矢が指揮を取る。


「神山さん、美平館(みへいかん)高校はオーソドックスな野球ですよね?」

「あぁ。高校野球の見本のようなチームだ。だからこそ、アイツらは強い」


「では紅白戦をやりましょう。去年の秋のチームで」

「そうだな」


「おっはようございまぁ~す!」


 突然グラウンドに響いた女性の声に、メンバーたちが振り向く。西島メンバーがバックネット上を見ると、リミスポ記者の舞理がいた。そのままベンチまで来ると、舞理は神山の下へ笑顔で立ち止まる。


「神山君、ちょっとでいいから取材させてくれないかな~?なんて思ってね」

「そうですか。ですがすみません。今は時間がありませんので」


「やっぱり!」

「え?」


「そう言われると思って、美平館をよく知るコーチを呼んできたのよ!」


 舞理が階段の上を向くと、もう一人階段から降りてきた。一奥が「おおー!」と叫ぶと、そこには妹の愛理が練習用のユニフォーム姿で歩いていた。「エヘヘ」と笑った舞理が、再び神山を見る。


「愛理ちゃんなら文句ないと思うんだけど……あー、そうそう。愛理ちゃんはサービスだからね?取材は出来高でいいからお願い!ね?」

「……わかりました」


 神山が渋々返事をしたその時、やる気満々の愛理が一塁ベンチへ入ってきた。


「美平館高校のデータなら、私は全てわかってるわ。……まぁ、四回戦の相手だと思っていただけだけど」


 すると、腕を組んだ愛理の表情がムッとする。


「それにしても、リミッター抜きなんて意味がわからないわ。私たちをなんだと思ってるの?……ムカつくわね……」


 そんな愛理の前に遠矢が立つ。


「愛理さん、メンバーは秋に負けたオーダーで挑戦したいのですが、練習見てもらえますか?」

「そうねぇ……」


 話を進める愛理と遠矢だが、不安になった神山が仟に呟く。


「仟、愛理が凄い選手なのは十分わかっている。だが任せて大丈夫なのか?」

「はい。愛理さんはリミッターとしての力がどうしても目立ってしまいますが、基本に厳しい人ですから」


「そうか」
「そこ!」


 突然叫んだ愛理に、神山は驚いた。


「しゃべってないで始めるわよ!」


 愛理はマスクを手にすると、ホームベース方向へ歩いて行ってしまった。そんなやる気満々の姿に、嬉しくなった神山は仟に微笑む。


「仟、行ってくるわ」

「ウフフ、はい!」


 ホームベース後ろに立った愛理臨時コーチを中心に、選手たちが円陣を作る。リミッターとして省かれた五人は、一塁ベンチからその様子を見ていた。話を進める愛理の姿に、一奥はつい笑ってしまった。


「これじゃ、どっちが勝ったチームかわかんねぇな」

「そこ!うるさい!」


「げっ!はい!」


 愛理に怒鳴られた一奥は、ピッと真っ直ぐに立つ。そんな一奥を無視して、愛理は明日の試合プランを話し始めた。


「西島(せいとう)がリミッターなしで明日の試合に勝つには、立場を逆転させる必要があるわ。美平館がオーソドックスなら、こっちは超オーソドックスで行くわよ」


 愛理の凛とした自信溢れる態度は、ナインに対しての影響力は抜群だった。


「西島高校はリミッターを生かす野球に慣れてるから、まずは基本のセンター返しから始めるわよ。同時にバッテリーの配球も見るわ」

『はい!』


 ナインが愛理の気迫に圧倒されて、はいと返事をしたのが面白かった一奥は、またクスクスと笑っていた。すると、やはり愛理はそんな一奥を見ていた。


「一奥!あなた暇そうね?ランナーをやりなさい!」

「はいっ!」


 鶴岡(つるおか)・村石(むらいし)の三年バッテリーに、残りの7人がバッター。残りはベンチメンバーを中心に守り、リミッターたちはランナー役になった。球審の愛理の合図で、超オーソドックス練習が始まる。


「いい!ピッチャーはとにかく低めに投げる事。キャッチャーは外と内を投げ分けさせ、ボールを絶対に後ろへ逸らさない事。バッターは、バットは短くもってボール球には絶対に手を出さない事。守備は確実にアウトが取れる打球をエラーしない事。いいわね!」

『はい!』


「では始めましょう。プレイ!」


 ピッチャーの鶴岡が外のストレートを投げた。ボールになったその球に、球審の愛理から声が飛ぶ。


「鶴岡君!スピードはいらない。コントロール重視!」

「はい」


 二球目も、同じアウトロー。


「ナイスボール!いいわよ。とにかくストライク先行を意識して。キャッチャーいいわね?」

「はい!」


 その後も愛理の熱い声は響き続ける。


「ナイスバッティング。次!コンパクトに繋ぐ意識を忘れずに!」


 そんな中、姿を見せた紀香監督は(えらく活発ね?)とグラウンドへ歩いてきた。一塁付近まで来ると、ランナーをしている仟と目が合う。


「仟」

「あ!監督、おはようございます」


「ねぇ、あの球審は誰なの?」

「愛報高校の愛理さんですよ?」


「えっ?愛理さん?」

「はい。昨日の事で、秋に負けたオーダーで明日の試合に勝つ為に、お姉さんの舞理さんが連れてきてくれました。舞理さんは、恩を売って取材をしたいらしいのですが」


「そう、わかったわ。ありがと」


 紀香監督は、一塁ベンチにいる舞理記者の下へ行った。ノートパソコンをパカパカ叩いていた舞理の手が止まり、紀香監督に頭を下げる。


「あ、監督さん。お邪魔してます」

「構いませんよ。お話は聞きました。愛理さんのコーチなら、こちらから頼みたいくらいですよ」


「本当ですかぁ!よかったぁ!どうなるかと思ってドキドキしてたんですよぉ。愛理ちゃんは野球になると厳しいですから……あ、でも仟ちゃんと要ちゃんの後輩コンビがいるからなんとかなっちゃうかなぁなんて期待しながら来たんですけどね!アハハ」

「はぁ……」(凄い早口……)


 紀香監督がベンチに座ってグラウンドを見始めると、いつもと違う選手の顔に気づいた。


「これが練習、なのでしょうね……」

「はい?監督さん?どういう意味ですか?」


「ほら。ご存じかもしれませんが、ウチは野球で遊んでいるだけですから」

「すみません監督さん!もっと詳しく教えて下さい!」


「これも取材なの?」

「アハハ。私は一応、仕事で来てますので」


 そんな舞理に紀香監督が微笑む。取材を受ける中、愛理の特訓は続いていた。


「振りが大きい!もう一度!」

「はい!」


「ナイスバッティング。次、送りバント行くわよ!」

『はい!』


 続く打席には、杉浦(すぎうら)が立った。バントを試みるが、「ぐぬぬ……」とファールになった打球に不満げな顔をする。


「もう一度!四番でも明日はバントをするわよ!」


 愛理の声に我慢出来なくなった杉浦は、次の球を弁慶打法で打ってしまった。


「ガハハ!」

「はぁ…。ちょっとストップ」


 愛理はため息をついてマスクを外した。


「集合しましょう」

『はい!』


 再び選手たちがホームベース付近で愛理を中心に円陣を組んだ。


「今の杉浦君の行動が、明日の負けを意味するわ。試合は我慢出来なくなった方が負ける。とにかく一点ずつ取る事。その為に一人一人がチームの為に出来る事をする。そうなれば相手が自滅するわ。そこまでは絶対に我慢よ。いい?」

『はい!』


 選手たちがそれぞれのポジションへ戻る。愛理はマスクをつけながら、バッターボックスに立つ杉浦に話した。


「杉浦君。神山君の決意を無駄にしたくないでしょ?」

「お、おう。すまん……」


「じゃ、もう一回送りバント行くわよ!」


 再開後の初球、杉浦は中途半端なバントをしてしまう。


「杉浦君もう一度!ボールは確実にバットを引く!」


 頷いた杉浦は、次の球を一塁線へ上手く転がした。


「ナイスバント!いいわよ杉浦君。次!」


 そんな杉浦のバントを初めて見た一奥は、新鮮な気分だった。


「杉浦先輩って、意外にバント上手いんだな。普段絶対やらねぇのに、形になってるじゃん」


 これには遠矢も感心していた。


「だね。普段ならサイン無視だから、これは衝撃映像だよ」


 始めは愛理の罵声だらけだったが、徐々にナイスの声が増える。そして約三時間、こうして愛理のコーチは終わった。


「集合!」

『はい!』


「お疲れさま。最後にもう一度だけ言うけど、ペースを乱した方が負ける。負けた私たちの分も、明日は絶対に勝ってね」

『はい!』

「では解散」

『ありがとうございました!』


 バラバラと散る選手たち。愛理も一息つくと、そこへ神山が来た。


「愛理。まだ試合から二日だと言うのに、本当に感謝している。ありがとう」

「それはこっちの台詞よ。仟と要にきちんとお礼出来なかったからね。これでも返せたとは思ってないけど、おかげで私は最高の夏をメンバーと過ごす事ができたわ。感謝してるのよ」

「そうか」


『愛理さ~ん!』
「わっ!」


 要が愛理に抱きついた。


「お疲れさまでしたぁ!さすがでした!」

「ウフフ。ありがと」


 そこへ仟も現れる。


「愛理さん、お疲れさまでした。ありがとうございました」

「仟。西島高校のメンバーって、本当に野球に対して純粋ね。私も楽しかったわ。それで、明日のサインはあなたが出すの?」


「はい。そうなると思います」


 すると、愛理がベンチに座る紀香監督を優しい目で見る。


「あの人のおかげで、私やあなたたちはこの夏を楽しく過ごしてる。野球の指揮は取らないのにここまでのチームを作るなんて、不思議な魅力の監督さんよね……」

「はい。私たちも紀香監督には本当に感謝してます」


「そうだ仟。私はね、次の試合は紀香監督がキーマンかもしれない、とも思ってるのよ」

「紀香監督がですか?」


「そう。西島高校が超オーソドックスに戦えば、おそらく試合は後半に動く。それは、紀香監督が動かすんじゃないかなってね」

「わかりました。覚えておきます」


「ま、あなたたちリミッターは使わないと思うけど。それと姉さんの取材お願いね。このお礼は、スイーツ食べ放題になってるから!」


 愛理は嬉しそうに、バックネットの階段上に止めてある車へ着替えに行った。そんな姿に、神山はつい微笑んでいた。


「あの愛理からスイーツなんて言葉が出ると、リミッターだという事を忘れるな」


 見上げる神山に、仟もつい微笑んでしまう。


「神山さん失礼ですよ?」


「確かにな。あの笑顔を見せられると、あれだけの選手でも普通の女子高生だなと思わされる」


「厳しいのは、野球だけですからね」

「そうだ仟、約束の取材に行くぞ」

「はい。要!取材に行くよ~!」

「はーい!」


 一奥と勝負しようとしていた要も、舞理の取材へ向かった。

勝敗の行方

つまらなそうな一奥は、軽くキャッチボールをする遠矢へボールを投げた。


「要も取材かよ。白城もだし……明日は出番ねぇしなぁ」

「まあまあ、一奥。明日は休ませてもらおうよ」


「遠矢、明日勝てると思うか?」

「美平館は秋ベスト16のチームだからねぇ。まぁ、それとは別の不安要素もあるけど」


「なんだ?それ。初耳だぞ?」

「僕もさっき思っただけだからね。愛理さんが薦めた超オーソドックスだけでは、おそらく勝てないって事だよ。プラスアルファが欲しいね」


「プラスアルファか……」

「うん。おそらくだけど、明日の試合はリミッター不在の試合にはならないと思う」


「はぁ?なら遠矢か白城が出るって事か?」

「違うよ、一奥。新たなリミッターが……」


 遠矢は一奥にボールを投げた。



「現れるって意味だよ……」