リミッターを外せ|リミット73話

「取り消せ!新道(しんどう)」

「何を言っている。神山(かみやま)、事実を言って何が悪いんだ!」


 斜坂(ななさか)と志奈(しな)が西島(せいとう)グラウンドへ到着すると、神山と新道が言い合う声が聞こえる。斜坂は歩き出そうとしたが、険悪な空気を感じた志奈(しな)はバックネット上の階段から動けなかった。


「志奈さん、行きますよ?」

「う、うん……」


 斜坂と志奈が階段を降りる姿に、一塁ベンチ前にいる杉浦(すぎうら)が気づいた。


「お?あれは志奈じゃないか。なんで斜坂と一緒なんだ?」


 杉浦の声に6人がバックネット裏を見ると、「お疲れさまで~す」と斜坂が明るく言い、志奈は斜坂の後ろを頭を下げながら歩く。一塁ベンチ前に集まる6人の下へ二人が着くと、斜坂はスマホの音声録音ボタンを押してポケットにしまい、「どうしたんすか?」と6人に聞いた。


 話したのは、気まずそうに下を向いたままの志奈の姿にため息をついた新道だった。


「別に何もない。言いたい事はもう言ったからな」


 そんな新道の肩を神山が後ろから掴む。


「待て!新道。俺は認めていない。お前の言った事は結果にすぎないんだ」


 反論する神山に対し、新道は「フッ」と笑った。


「結果にすぎないか……それはお前の大好きなリミッターの力で、愛報(あいほう)高校に勝った結果の事か?」

「違う!だから俺は……リミッターのあいつらの事は認めているが、リミットが全てだとは思っていない」


「フッ……変わらないな、神山。ならなぜ、お前はリミッターを目指したんだ。なぜ憧れたんだ」

「確かに俺はリミッターを目指した。憧れもした。だが、お前の野球を否定した覚えは一度もない!」


「その台詞は聞き飽きた。だから俺は何度も言っている。お前はリミッターのおかげで、二回負けてる俺たちにも勝てると思っているんだろ?」

「新道!てめぇ!神山はなぁ……」
「止めろ!杉浦」


 殴りかかろうとした杉浦を止めたのは、怒りを堪える村石(むらいし)だった。その後ろから、鶴岡(つるおか)が新道に顔を向ける。


「新道。今さらこんな事を言っても仕方ないが、お前はあの時の俺たちと同じだ。リミッターの力を勘違いしている。神山や俺たちがリミッターを目指したのは、お前らより野球が下手くそだったからなんだ」

「鶴岡。その下手くそがリミッターになれば、野球が上手くなるのか?」


 新道の挑発に、鶴岡の拳も揺れる。


「それはない……。だから神山は、リミッターが全てではないと言っている。神山はお前らの力にリミッターが加わればもっと強くなると、チームの為にそう言ったんだ」

「その結果、チームは壊れた。リミッターを目指すと言った、お前らのせいでな」


「もう止めて!」


 泣き叫んだ志奈の心からの声が、グラウンドに響いた。


「そんなのどうでもいい……。どうして楽しく野球が出来ないの?高校生活最期の試合なんだから、いい思い出にしようよ……」

「志奈……」


 申し訳なさそうに名前を呼んだ神山は、志奈の姿を見て決めた。


「わかった……。新道、リミッターを目指さなかったお前には、リミッターが通常では超えられない常識を超えてしまう存在だと言ってもわからないだろう。お前はまた、インチキだと言うだけだからな」

「それがなんだ。あんなものは、理解出来ないのが普通だ」


「違う……違うが……」


 神山は、震える右拳を左手でパチンと止めた。


「四回戦にリミッターは使わない……。新道、これで満足か?」

「あぁ満足だ!神山、お前らが負けた言い訳にしないならな」


「わかった。言い訳はしない……」
「神山!」


 叫んだ杉浦の目を見て、神山は無言で頷いた。それ以上杉浦は何も言わなかった。


(こ……これは大スクープだぁ!)


 斜坂は心で喜んでいたが、空気を読んだ表情は真剣そのものだった。


「試合は二日後、楽しみにしてるぞ。行こう……」


 新道と小沢は歩き出したが、志奈は下を向いたままだった。そんな志奈に、神山は優しく声をかける。


「志奈、球場に来いよ。最高の試合を見せてやるからな!」

「神山君……うん」


「志奈!行くぞ!」


 新道に呼ばれ、志奈は共に帰って行った。


 三人が姿を消すと、杉浦はその場に座り込む。斜坂以外の3人は、疲れた様子でベンチへ腰を下ろした。斜坂に話したのは、神山だった。


「ところでお前、なんで志奈と一緒だったんだ?」

「あ、俺はブログをやってますんでね。色々と人脈が広がるんっすよ」

「そうか。まぁ、いいけどさ……」


 神山は背をベンチにもたれかけ、目を閉じて首をそった。


「そろそろスマホの録音を止めてもいいんじゃないか?」

「え?アハハ、神山さんにはバレてましたか……」


 斜坂は、苦笑いしながらスマホを取り出してスイッチを切った。それをポケットにしまうと、座り直した神山が話を続ける。


「斜坂、ついでにこの事を記事にしてくれ。あいつらに説明する手間が省ける」

「え?いいんですかぁ!さすがキャプテンっすよ。でも試合は勝って下さいよ?俺はリミッターを理解してますからね」


「だろうな……。あれは……リミッターは限界の先を信じた者だけが実力で到達する聖域だ。魔法のように見えるから、新道や小沢みたいに勘違いしてしまう。中学の頃の俺たちも、愚かだったんだよ」

「ですね。俺は国井(くにい)さんや竹橋(たけはし)さんを毎日見てますから、よくわかるっすよ。半端な気持ちや練習量では、到達は無理っすね」


 話を聞いていて不安になった村石が口を挟む。


「なぁ神山。新道にリミッターは使わないとは言ったが、誰を外すんだ?」

「ん~そうだな……」


 斜坂の目が光る。


(お?そうだよ村石さん!ナイスだぜ!)

記事にしてくれ

 斜坂の隠れ取材が続く中、神山が答えた。


「遠矢(とうや)……白城(しらき)……後は一奥(いちおく)もだろうな……」

「一奥も外すのか?あいつはリミッターじゃないだろ?」


(だよな……)
と、斜坂は不思議そうな顔をする。


「いや、一奥はリミッターだ。あれほど解りやすい奴はいないだろ」


(マジかよ!)
と、斜坂は内心驚く。村石は笑った。


「アハハ!神山、そりゃどんなリミッターなんだよ」

「野球バカだな」


「バカリミッターか!」

『アハハ!』


 四人が笑う中、よくわからない斜坂は渋い顔をする。すると、杉浦が口を挟んだ。


「おい神山。仟(かしら)と要(かなめ)もリミッターなんだろ?」


 その声に、再び斜坂の目が光る。


(おお!やっべぇ……本当にカシカナはリミッターじゃないか!)


「まぁ、愛報の愛理(あいり)がそんな事を言っていたな。確か遠矢も言って……ん?」


 笑顔で神山の言葉を待っていた斜坂の視線に、神山が気づいた。


「あ、いえ。俺は耳塞いでますんで」


 そんな斜坂の姿に、神山は微笑んだ。


「構わないよ。お前には竹橋のクライシスリミットを教えてもらったからな。だが……名前だけだったよな?」


「は、はい……そうっすね……」


 苦笑いした斜坂を見た神山は、フッと笑う。


「愛理はカシカナを、エクストラリミッターだと言っていたな」

「うおっ!エクストラリミッターっすかぁ!」


「なんだ?その顔は。発動条件と効果を知ってるのか?」

「いえ、全然っす。でも十分っすよ。決勝までまだ時間はありますからね」


「決勝かぁ……。お前は名京高校だからな。サラッと言いやがって」

「でも相手は西島高校だと思ってますよ?」


「そうか。なら、今度こそ新道に勝たないとな」


 神山は立ち上がった。


「帰ろうぜ!」


 四人は部室へ向かって歩き出した。それを斜坂が追う。


「あ!待って下さいよー、神山さん。それで、外すリミッターは誰になるんすかぁ?」

「そうだな……5人だ!しっかり書いてくれよ。下手な記事にすれば、コメントを荒らすからな!」


 神山はニコリと笑い、再び歩き出した3人と帰って行った。ポツリとグラウンドで一人になった斜坂は、右手の指で数える。


(遠矢にカシカナに白城さんで四人……それと一奥?確かにあのバカの球は速いけど……まぁいいか)「こうしちゃいられない。ブログ更新だぁ!」


 斜坂は走って階段を登り、西島高校を後にした。すっかり暗くなった道端で、斜坂はスマホを触りながら思い出したように焦る。


(しまった……ここから名京寮まで約20キロ……)「ひいぃ!」