斜坂、美平館高校へ|リミット72話

 走る事20分、斜坂(ななさか)は美平館(みへいかん)高校に着いた。


「さすがに誰もいないかな?」


 正門から入ってグラウンドへ行くが、やはり誰もいなかった。疲れた斜坂は、ベンチへ横になる。


(コメントチェックでもしておくか)


 スマホを出した斜坂が開いたページは、先程投稿した記事だった。


「おぉー!」(もうコメントが来てる。やっぱりこういう記事は反応がいいな。なになに……)


“また汚れ記事かよ”
“タイトルが汚れてるしな”
“ついにカシカナネタが切れたか……”


(なんだよこれ……)「ん?」


“リミットリミットうるせぇんだよ!”


(挑発的なコメだな……リミッターの努力を知らねえのか?コイツは。リミットを超えるってのは、メチャクチャ大変なんだぞ。まぁいいや)「ふぁ~あ……ンゴー……」


 斜坂は眠ってしまった。しばらくして、美平館高校の選手たちが現れた。


「こいつ……名京(めいきょう)高校の斜坂(ななさか)じゃないか?」
「だな、なにしてんだ?」
「おい!起きろ斜坂!」


「ん?」


 目をこすりながら斜坂が目覚めると、そこにはユニフォームを着た美平館の選手たちが睨んでいた。


「やべ、また寝ちゃったのか……」
「寝ちゃったじゃねぇよ!お前勝手にグラウンド入って、しかもベンチで寝るってどういう神経してんだよ!」


 部員たちが騒ぐ中、斜坂は「悪い悪い……」と、あくびをしていた。


「なんの騒ぎだ?」


 ベンチ前にいた数人が振り向く。その輪を割って一人の男が斜坂の前にきた。


「お前……名京の斜坂か?」

「そぉっすけど……やっぱ俺って結構有名じゃん。で?あんたは誰?」


 斜坂が話しかけたのは、体格のいい優しそうな顔の選手だった。


「三年の小沢(おざわ)だ。俺はお前みたいな選手が好きなんだよ」


 笑顔で話す小沢に、体を起こした斜坂はニヤリと腕を組んで上機嫌になった。


「そうかそうか……やっぱりわかる人にはわかるんだよな」


「ああ、俺は名京でも国井(くにい)や竹橋(たけはし)は認めてないからな」

「アハハ……へ?」(ドユコト?)


 つい笑ってしまった斜坂だが、次の瞬間小沢に腕を引っ張られた。


「調度いい。練習相手してくれよ」

「いやいや、ちょっと待てって!」


「これから試合なんだ。ストッパーの球を投げてくれよ!」

(ストッパー?)「ムフフ……仕方ないっすね。いいっすよ」


「おおー!そう言ってくれると思っていたぜ。おい!誰かボールを捕ってくれ。それと斜坂にグローブを貸してやってくれ」

「はい!」


 小沢が斜坂の手を離すと、斜坂はマウンドへ行き、小沢はバッティングの準備を始めた。マウンドの斜坂にグローブとボールが届くと、斜坂はキャッチャーと練習を始めた。


(なんか変な展開になっちゃったなぁ……)「あのさぁキャッチャー。今って何時?」

「そこの校舎に時計あるじゃん。えっと、9時だな」


「9時っ!」(やべぇ……やっちまった。もう集合時間に間に合わないじゃん……二時間も寝てたのか)

「でもさすが名京高校だな?三回戦はエース抜きなんだろ?」


「はぁ?お、おう。当たり前だ」(竹橋さん、すんません……)


 すると、突然一塁ベンチに置いてあるスマホがピリリリリッと鳴った。


「あ!」


 斜坂が驚く。スマホに気づいた一塁ベンチにいる美平館の選手が手を伸ばそうとする。


「お?」

「バカ!触るな!」


 斜坂がダッシュでスマホを手に取ると、そのままグラウンドのフェンスの隅でしゃがみこんだ。画面を見た斜坂の表情が焦る。


(やっぱり国井さんだ……どうするどうする……。くそっ!出るしかねぇ!)


 斜坂は鼻をつまんだ。


「あーもしもし。この携帯の持ち主の知り合いかい?彼ならランニングの途中に川で溺れた子どもを助けて、そのまま救急車に乗って行ったぞよ?」

《そうですか。ご迷惑をおかけしました》


「いやいや。携帯はワシが届けておくから、なーんも心配せんでえーよ」

《わかりました。ありがとうございます。アイツによろしくお伝え下さい》


「はいよはいよってね。はいはーい……」


 電話を切った斜坂は、その場に大の字で倒れた。


「ハァハァ……あっぶねぇ……マジでヤバかった……」


 立ち上がった斜坂は、何事もなかったかのようにスッキリした顔でマウンドへ歩き出す。マウンドへ着くと、バッターボックスに小沢が立っていた。


「もういいかな?斜坂」

「おぉ小沢さん、ごめんごめん。じゃあ、投げますぜ!」


「よろしく……」


 斜坂がストレートを五球程投げると、小沢は見本のようなバッティングで次々にセンター前へ打ち返した。


(へぇ~、いいバッターじゃん。なら、もう少し上げてみるか。140キロでどうだ!)


 力を入れた斜坂の球を、小沢はあっさりとセンター前へ弾き返した。


「おー!ナイスバッティング!」

「どうも」


 小沢がニヤつく。その構えた姿に、斜坂のスイッチが入った。


(余裕だな。ならもっと上げていくぜ!150キロでどうだ!)


 カキーン「へ?」


 またもセンター前へ打たれた斜坂は、後ろを振り向いて驚いた。そんな斜坂に、小沢はバットを片手に背負って声をかける。


「さすが名京のエースだ。速いな!」


「いや、小沢さん打ってますし」

「まぐれだよ、まぐれ」


 再び小沢が構える。斜坂の表情が本気になった。


(こうなったら意地でも空振り取ってやる!よ~し、くらえ!)


 斜坂がピースパームを投げようとしたその時だった。バット構えていた小沢が、何かに気づくように遠くを見ていた。それに気づいた斜坂は、「おっとっと」とボールを離さず前にケンケンした。


 斜坂が小沢の目線を追うと、そこには数時間前に会った志奈(しな)と、もう一人の男が外野フェンス付近を歩いていた。志奈と男がバッターボックスの小沢に近づくと、表情を曇らせた小沢が志奈に話しかける。


「志奈、どういう風の吹き回しだ?試合には来ないんだろ?」

「待て小沢」


 止めたのは、いかにも真面目そうな顔立ちの選手だった。


「志奈は俺が連れてきた。最期の夏くらい、マネージャーらしく試合に来いってな」

「お前が?」


 マウンドの斜坂は、ニヤリとしながらスマホを取り出して3人に近づく。


「志奈さん、さっきはどうも」

「あ、いえ。でも斜坂君?どうしてここに?」


「スコップを返しに来たんすよ。あと俺、西島(せいとう)高校には詳しいっすからね」


 すると、志奈と共に来た男が斜坂に怒鳴った。


「お前、西島の名を出すな!それにお前は名京だろ!口を挟むな」

「それより名前を聞いていいっすかね?もしかして、あなたは新道(しんどう)さんっすか?」


「だとしたらなんだ!」

「まぁ、そんなに怒らないで下さいよ。それより何故そんなに西島にムカついてるんすか?」


 すると、新道は志奈を見た。


「話したのは志奈か?」

「だって……私はただ……」


「志奈。俺と小沢はあいつらと別の道を選んだんだ。お前が試合を見ないのとは関係ないだろ」


 すると、志奈は涙目になった。


「あるよ!新道君も小沢君も、全然楽しそうじゃない……そんなの野球じゃないよ!」


 志奈は、走ってグラウンドを出て行ってしまった。ネタが欲しい斜坂は、きっかけを作ろうと新道に話しかける。


「あのー、新道さん。俺は志奈さんにスコップ返しに来たんっすけど……」

「知るか!行くぞ小沢」

「ああ」


「え?ちょっと待って下さいよぉ!」


 斜坂の制止を聞かず、二人は歩いてグラウンドを出て行った。斜坂はポツンとグラウンドにたたずむ。


(なんだよこれ……。残るは国井さんに怒られるだけになっちゃうよ……)


 他の美平館部員も、試合への支度を進める。斜坂は、トボトボと美平館高校を後にした。


(全く……遠矢にリミスポは取られるわ、犬のフンは踏むわ、ストレートは打たれるわ、秘密は聞けずに続き記事にはならないわ……くそっ、今日は運が……)「あ、あった!」


 川沿いを歩いていた斜坂は、グラウンドを飛び出した志奈が川を眺めている姿を発見した。


(こんな綺麗な人に応援してもらえないなんて……なら名京高校を応援……いや、俺の応援をしてくれないかなぁ……)


 斜坂が志奈に近づくと、振り向いた志奈が気づく。


「あ……斜坂君」

「大丈夫っすか?」


「あんまり、大丈夫じゃないかも……」


 再び川を見た志奈は、背中まである髪を風で後ろへなびかせた。少し上を向いて目を閉じる。そんな志奈を横に、斜坂は見とれてしまった。


「め、女神だ……」

「え?」


「あ!いえ、なんでもないっす。事情はよくわからないっすけど、元気出して下さいね」

「ウフフ。ありがとう、斜坂君」


 微笑んだ志奈の姿に、斜坂は心臓を撃ち抜かれた。


 ドキン!
(おぉぉ、やべぇ……。今なんかキター!)


「誰か助けてー!」

「ん?」


 声の方へ向く斜坂。二人の耳と目に飛び込んできたのは、小学生の声と溺れる友達だった。


「俺に任せろ!」


 斜坂が川へ走り出す。


「斜坂君!」

「志奈さん、大丈夫っすよ!ササッと助けますから!」


 斜坂は川へ飛び込んだ。バシャバシャとクロールで泳ぎ、溺れる小学生へと近づく。


(こいつを助けて志奈さんに……ムフフ)「もう大丈夫だぞ!」


 斜坂は、子供の両脇を掴んで水から上げた。上を向かせ、左腕で体を抱えながら右腕一本で岸を目指す。川岸に近づくと、志奈が手を伸ばして子供を引き上げた。助かった小学生を目にした斜坂は、(やったぜ!)
と喜んだ。


「もう大丈夫だよ」

「うん……」


(これで志奈さんの心は俺の……)「ふげっ!」


 川から上がろうとした斜坂の手元が崩れ、その勢いで川へ戻された斜坂は頭を打つ。志奈が気づいた時には、斜坂は上向きのまま流されていた。


「斜坂君!」

「志奈さん……」


「凄く……かっこよかったわ……」


 志奈は目を閉じた。


(ここここ、これってチュ……チューだよな?)


「志奈さん!」ピシャン!「は?」

「良かった。斜坂君、目が覚めたのね」


「志奈さん?あれ?」


 斜坂は病院のベットで寝ていた。目覚めて起き上がる勢いで看護師さんに抱きつき、ビンタをされていた。


「エヘン!斜坂さん、その元気があれば大丈夫です。異常がなければ帰っていいですよ」

「え?あ、はい……」


 看護師さんは部屋を出ていき、椅子に座る志奈と斜坂の二人になった。


(ここは病院?あれは夢だったのか……)


 現状がわからずボーッとする斜坂に、志奈が話しかける。


「子供の助けを呼んだ人たちが、気を失った斜坂君を助けてくれたの。子供の為に呼んだ救急車に斜坂君が乗って、今に至るんだけど……あの子は無事だったから安心してね」

「はぁ、良かったっす。そっか……」


 すると、病室のドアが開く。助けてくれたらしいおじいさんが斜坂の下へきた。手にはスマホを持っている。


「ほれ兄ちゃん。川沿いに落ちてたから、ワシが届けにきてやったぞ」

「ん?」


「なんじゃ?どうかしたのか?」

「あー、いえいえ。ありがとうございます」


「じゃあな、兄ちゃん」


 おじさんは出て行った。ドアが閉まると、志奈が思い出したように話し出した。


「斜坂君。美平館(ウチ)ね、三回戦に勝ったみたい。次は西島高校と試合に……」

「志奈さん……。だ、大丈夫っすよ!きっといい試合になりますって」


「斜坂君……」


 斜坂は周りを見た。


(ふ、二人きり……。チャンスだ!志奈さんのこの顔は、マジで俺に惚れてるって。行け!剛二!言っちまえ!)


「し、志奈さん……」

「はい……」


 斜坂は、志奈に笑顔を贈る。


「こういう時は、男に頼るのが一番っすよ!」

「斜坂君……」


 斜坂は目を閉じた。


「志奈さん……好きだ!」


 両手を出した斜坂の手が空振る。ベットから落ちた斜坂が目を開けると、志奈はスマホ片手に出て行ってしまった。すると、斜坂のスマホが鳴る。


「お!国井さん。はい斜坂っす。……ええ、おじさんが届けてくれたっすよ。え?まだ病院っすけど……はい。おー!勝ちましたか!さすがっすね。はい、はーは、失礼しまーす」


 失恋と安堵で斜坂は一息ついた。


(助かったけど……なんか悲しい……)


 そんな斜坂が時計を見ると、時間は午後4時だった。


(今日はよく寝たなぁ……)


 斜坂が伸びをしたその時だった。バタン!とドアを開けた志奈が病室へ飛び込んでくる。


「斜坂君!大変なの!」

「志奈さん?」

スクープの匂い

「今、新道君に電話したの」


(くっそぉ……志奈さんの彼氏は新道さん……)


「そしたら今、西島高校にいるって……」

「え?西島高校?」


 驚いた斜坂の前で、志奈は手を合わせた。


「お願い!一緒に来てくれる?嫌な予感しかしないの」

「わっかりましたぁ!速攻で行きましょう!」


 斜坂は請求書を名京高校へ送ってくれと受付に伝え、志奈とタクシーで西島高校へ向かった。


「ありがとう、斜坂君」

「いえいえ、スクープのニオイがしますからね」


「スクープ?」

「あ、いえ。こっちの話っす」


 切り替えの早い斜坂と志奈を乗せたタクシーが西島高校に到着すると、志奈はタクシー代を精算した。降りた二人がグラウンドへ走り到着すると、そこにいたのは練習をしていた3年生の四人と、美平館高校の新道と小沢だった。