早朝トラブル|リミット71話

 第二シード、愛報(あいほう)高校戦の翌日早朝。一奥(いちおく)と遠矢(とうや)は、日課である川沿いをランニングしていた。すると、見覚えのある紺色のジャージを身に付けた男が新聞を広げながら走ってくる。


「遠矢、あれって」

「斜坂(ななさか)だね」


 だが斜坂は、広げた新聞で二人に気づかず通りすぎた。


「ん?行っちゃったぞ?」

「いや、戻ってきたよ」


 斜坂は、後ろ向きのまま戻ってきた。


「これはこれは。有名人の白城(しらき)さんの お友達ではないですか」


 斜坂は広げた新聞の上から目を出し、二人に話しかけた。

 

 バッ「あーっ!おい!」


 一奥が新聞を取り上げ、遠矢と記事を読み始めた。


「遠矢、今年の名古屋リミッツはBクラスかなぁ」

「でもまだ三位と5ゲーム差だからね」


「お前ら!さりげなくプロ野球の結果を見てんじゃねぇ!今日はこっちだろ、こっち」


 斜坂は、地方欄を開いた。それを一奥が読む。


「おお、白城(しらき)有言実行!カシカナ勝利の号泣か。へぇ~、これ愛理(あいり)先輩と抱き合ってるとこじゃん。いい写真だな」

「ほんとだね」


 すると、斜坂はムッとする。


「って、気づけよ!カシカナって書いてあるだろ!」


「ん?」と一奥が斜坂を見る。


「それがなんだよ?」


「わっかんねぇかなぁ。カシカナってのはな、俺のブログで有名になった言葉なんだよ!」

「よかったじゃねぇか」


「まぁ……そうだな。おかげでアクセスはマスコミに持っていかれ……あ、カシカナもか……」


 斜坂は、ショックでその場にしゃがみこんだ。すると一奥は、そんな斜坂を覗き込む。


「それより斜坂。へこんでるとこ悪いけどな。俺たちの特集はどうしたんだよ?」

「はぁ?知らねぇよ……」


「知らねぇってお前……」
「一奥!」

「ん?」


 呼ばれた一奥が遠矢を見ると、遠矢は地方欄の下を見ていた。


「ここに一奥の記事があるよ。えーと。投げてはMAX162キロの斉藤の活躍で、ノーシードの西島高校が第二シードの愛報高校を下した。だって」

「おぉ!」


 立ち上がった一奥は、カシカナ記事の下に遠矢が読んだ文章だけの記事を目にした。しかし、左手で顎を掴み表情は冴えなかった。


「ふ~ん、それだけか。でもまぁ、斜坂のしぼんだブログより全然いいよな」
「しぼんだ言うな!また膨らむ……」


 すると、あぐらをかいて腕を組んだ斜坂が「あ!」と閃く。


「そうだ一奥。カシカナの過去でも教えてくれよ」

「知らねぇよ。って言うかお前、仟と要がいないと本当にブログの人気ないんだな?」


「うるせぇ!まだ世間が俺の魅力に気づいてないんだよ。名京は国井(くにい)さん一色だしな……」

「なるほど、そりゃ相手が悪い。タイムリミッターとピーストッパーじゃあな」


「ハン!お前だってリミッターじゃないだろ!」

「そうだけど……お!斜坂。それならいいネタがあるぞ?」


「マジか?」

「ま、名京にはバッドニュースだけどな。マスコミも気づいてないカシカナネタだ」


「おぉ!早く教えろ!」


 バッと立ち上がった斜坂は、笑顔で一奥に詰め寄った。


「わかったって。カシカナはな、リミッターらしいぞ」


「うおっ!出た!で?どんなリミッターなんだよ?」

「それは言えねぇだろ。お前は敵だし」


「なんだよそれ!」

「俺はよく知らねぇんだよ。遠矢が言ってただけだからな」


 すると斜坂は遠矢に詰め寄る。だが遠矢は、開いた新聞に顔を隠した。


「ごめん、一奥。それ勘違いだったよ」

「勘違い?嘘つくな!遠矢。一奥の顔はマジだったぞ?」


「それより斜坂。犬のフン踏んでるよ」

「はぁ?ウゲッ!」


 斜坂が靴の裏を見ると、見事にフンが付いていた。すぐに川へ洗濯に行く。そんな斜坂はさておき、一奥は新聞の周りをキョロキョロ見る。


「そう言えば遠矢。俺たちの四回戦の相手は載ってないのか?」

「それなら今日決まるみたいだよ」


「お?じゃあ直接見に行くか!」

「ダメだよ一奥。神山さんに休めって言われたんだから。ランニングだってナイショだよ?」


「ちぇっ、つまんねぇなぁ」


 一奥がつまらなそうに両手を後頭部へ回すと、歩いて近づいてくる女性に気づく。


「ん?」

「あ、すみません。この辺りでこの子のフンを見ませんでしたか?」



 突然一奥に話しかけてきた女性は、トイプードルを散歩させていた。


「もしかして、これの事かな?」


 一奥が指差すと、女性は潰れたフンに「あ!はい」と普通に返事をした。


「ふぅ。やっとキレイになったぜ」


 そこへタイミング悪く、洗濯を終えた斜坂が戻ってくる。女性は左手で持ったスコップでフンを袋へ片付けると、「では……」と頭を下げて立ち去ろうとした。


 斜坂は女性に気づく。空気を読んだ一奥は「斜坂!」と、激怒するであろう斜坂の前で両手を広げて止めた。しかし一奥が斜坂の顔を見ると、その表情はフニャフニャだった。


「かわいい……」

「へ?」


「なんだ……あの眼鏡美少女は……」


 ボーッと女性の後ろ姿を見つめたままの斜坂に、一奥は固まった。そして斜坂は、ダッシュで女性を追いかけた。


「あのー!」


 斜坂の声に女性が振り返る。すると「えっ!」と驚いた。


「あなたは……もしかして名京高校の斜坂君ですか?」

「え?はい!そうです!」


 元気に返事をした斜坂。その様子を見ていた一奥は(なんで知ってるんだ?)と、呆然とした。驚いた顔のまま一奥が遠矢を見ると、遠矢は苦笑いしながら首をかしげる。


「遠矢……これって運命の出会いってやつなのか?」

「さぁ……どうだろうね……」



 すると、20メートル程先にいる二人が一奥と遠矢の方へ振り向く。一奥は、肩を落とす斜坂に気づいた。


「あれ?斜坂の奴、テンション下がってないか?」

「わかりやすいねぇ」


 そして女性は、元気のなくなった斜坂と一奥たちの下へ戻ってきた。


「斜坂君から聞きました。お二人は西島高校の方でしたのね」

「まぁ……」
「そうですけど」


「気づかなくてすみませんでした!」


 お嬢様のような志奈が頭を下げる。


「私は美平館(みへいかん)高校野球部でマネージャーをしております、木崎志奈(きざきしな)と申します」


 そんな志奈に、一奥と遠矢も「どうも……」と照れるように頭を下げた。そして遠矢が志奈に話す。


「あの。美平館高校という事は、今日三回戦ですよね?」

「はい、午後の第二試合です。……でも勝ちますと、また西島高校との試合になりますね……」

「また?」


 一奥が首をかしげた。


「遠矢。西島(ウチ)は美平館とやったのか?」

「いや……やってないと思うけど……」

同級生

 遠矢が閉じた新聞を胸にポンポンと当てながら考えていると、志奈が笑顔で口を開いた。


「今年、女子校でした美傘(みかさ)女子と男子校の平立館(へいりつかん)は統合しましたので、ご存じないかもしれませんが……」

「平立館?そっかぁ」


 遠矢が目を閉じて上を向いた。


「一奥。平立館には去年の夏と新チームの秋に、西島高校は負けてるんだよ」

「おぉ、そうだったのか」


 そんな二人に、志奈は優しい声で話す。


「はい。ですから美平館の野球部は、平立館のメンバーです……」


 すると、志奈が少し寂しそうな顔をしたのを、遠矢は見逃さなかった。


「志奈さん?」

「あの……神山(かみやま)君たちは元気ですか?」


「あの、知り合いなのですか?」

「はい。神山君と杉浦(すぎうら)君は、同じ中学の同級生です。シニアで同じチームだった鶴岡君や村石君も知っています。私はよく、練習を見ていましたから」


「そうなんですか」


 遠矢が志奈の話に夢中になる中、斜坂はスマホでメモを取っていた。


「ふむふむ……それで志奈さん、他にも何かありそうですけど?」


 いつの間にか立ち直っていた斜坂に、一奥がツッコむ。


「お前、いつの間に」


「うるさいぞ一奥、取材の邪魔だ」

「お前、なんでもアリになってきたな……」


「んー?なんか言ったか?」

「なっ、なんでもねぇよ」


 斜坂のプッシュに、志奈は話を続けた。


「それで志奈さん、続けてください」


「あ……はい。中学時代は、楽しそうに毎日野球をする良いチームでした。それがある日、神山君と新道(しんどう)君が野球でもめるようになりまして……」

「ほぉ!これはドラマの予感がしますなぁ」


 スマホを操作する斜坂を後ろで見ていた一奥と遠矢は、冷たい目線を送っていた。


「卒業して私は女子校へ行きましたが、チームは別れてしまいました。それは仕方のない事ですが、私はずっと心に引っかかっていまして、それで……」
「なるほど。試合になれば西島高校三度目の正直……いえ、二度ある事は三度あるのか?と……志奈さん!」


 スマホをポケットにしまった斜坂が、志奈の左手を両手で握った。その時、カランと志奈の持っていたスコップが落ちた。


「はっ、はい!」

「今日の試合、斜坂剛二の右肩上がりブログの記事になりました。必ず勝って西島高校と試合しましょう!」


「わかりました……」


 斜坂の勢いに困惑する志奈。すると、斜坂の後ろにいる一奥が斜坂の後頭部を指差さしてクルクルと回した。その手を広げた姿に、志奈は右手を口に当てて微笑んだ。


 そんな志奈を見た斜坂が後ろへ「ん?」と目を回すと、一奥は口笛を吹いて知らんぷりをした。


「あのさ、斜坂……言いにくいんだけどね……」

「なんだよ遠矢?」


 遠矢が下を指差すと、斜坂が志奈の手を握った瞬間落ちたスコップのフンが靴に乗っかっていた。


「ぬおぉぉぉ!」


 斜坂は再び、川へ洗濯へ走る。斜坂が走り去る姿を見ていた3人は笑っていた。遠矢が志奈に「逃げた方がいいですよ?」と言うと、志奈は「でも……」とためらう。


「あっ!」

「いいからいいから。志奈先輩、早く逃げようぜ!」


 志奈の背中を押した一奥につられてトイプードルも走りだし、志奈の右手は愛犬に引っ張られて三人は走り出した。



「ったく。また靴がビショビショに……ん?あれ?おーい」


 斜坂が川沿いを左右に見渡すが、そこにはもう3人の姿はなかった。足下に落ちていたスコップを拾って川へ投げようとしたが、斜坂はニヤッと笑ってスコップを持ったまま走り出した。


「良いこと思いついたぜ。ちょっと遊んで来よっかな~」


 走りながらスマホをいじりだした斜坂が調べていたのは、美平館高校の場所だった。