愛報高校戦、決着|リミット70話

 愛報(あいほう)高校との夏の県予選三回戦も、残すところ九回の裏のみ。五回以降、キャッチャーの愛理(あいり)と愛報高校の前にゼロに抑えられた西島高校は、最後の攻撃となった。


 スコアは9対8。一点を追う西島(せいとう)高校の先頭は、九番の一奥(いちおく)。一奥は、愛理を抑えた勢いそのままに左バッターボックスへ入った。愛理は一奥・遠矢(とうや)のバッテリーの前に満塁で三振をしたが、結果的に守備のリバースリミットを再び発動させる。


 八回裏。無いと思われたドリルが加速し、小山田(おやまだ)と遠矢は倒れた。そんな一奥の狙いは、加速ドリルのみだった。


「女王様。今はダブルリミットだから、加速ドリルだよな?」

「当然よ。あなたたちと同じ、逃げも隠れもしないわ。このドリルは、私たちバッテリーの全てであり最強よ」


「よっしゃ!なら三回は振らせてもらうぜ!」


 一奥と愛理が構える。


「始めるわよ」

「おう、いつでも来い!」


 初球、望月が加速ドリルを投げた。キャッチャーの愛理は集中を高める。


(球速、伸び、申し分ない。ここから私が加速させる!)


 一奥も初球からフルスイングで対応。


「うりゃー!」

 カキン!

「えっ?」


 愛理が最高と思った球を、一奥はセンター前へはじき返した。


「よっしゃー!」


 オーバーランして一塁ベースへ戻ると、一奥は左手を上げガッツポーズ。


「ナイスだ!一奥!」
「まぐれ当たりが大事な場面で出たぜ!」
「あの加速ドリルを打っちゃったよ。すげぇな一奥は。でもなぜだ?」


 西島ベンチが興奮と困惑の中、キャッチャーの愛理もなぜ一奥に打たれたのかわからなかった。


(本当よ……どうして打たれたの?一奥君のバッティングは、ボール球も見切れないチーム最低のゼロ段階。なのに最終段階を超えた加速ドリルを打った……まさか!)


 愛理は一塁の一奥を横目に見る。そしてフッと微笑み目を閉じた。


(……さすがに考えすぎね。遠矢君じゃあるまいし、それこそ伝説の選手よ。存在も未確認……ありえないわ)


 ノーアウト一塁。打順は一番の要(かなめ)へ。バッターボックスへ入った要は、前の打席でやられた加速ドリル攻略に燃えていた。


「愛理さん!私もダブルリミットに挑戦します!」

「望むところよ。超えてみなさい」


「はい!」


 要は、バットを一番短く持ったくのいちクロスで構えた。そしてピッチャーの望月はセットに入り、愛理も構えた。


(ここで要と仟(かしら)。やっぱり嫌な打順ね。三番の白城(しらき)君に回るとしても、彼のブレイクリミットのみで迎えたい。双子のリミットは発動させないわ!)


 初球、要は加速ドリルに空振り。


「う~ん」


 だが二球目。要はバックネットへのファールを放ち、「うんうん!」と喜ぶ。続く三球目・四球目と、要はファールを続けた。


「もう少しかな?」


 手足を動かし、試行錯誤する要。だが愛理は自信に満ち溢れていた。


(確かに前には飛ぶかもしれない。でも、前に飛べばゲッツーよ)


 そして、五球目を望月が投げた。


「走ったぁ!」


 ファーストが叫び、加速ドリルはど真ん中に向かっている。追い込まれている要はスイングに入った。愛理は(エンドラン!)と、送球体勢に入る。


「うーん!」
 

 要は捉えきれず、打球はまたもバックネットへのファール。だが愛理の目には、紙一重の打球に映った。


(今のは危なかったわ。要の限界が少しずつ上がっているのかもしれない。それなら……)


 六球目、一奥が再びスタートを切る。投球はど真ん中へ。しかし、振りに行った要は(んー?)とボールを見せられてしまい、顔が前へ流れる。


「あれれ?」


 来ないストレートに、要は空振り。キャッチした愛理は素早く二塁へ送球。


(要は取った!後は二塁が間に合うかどうか……)


 一奥は足からスライディング。


「セーフ」


 二塁塁審の判定を見た愛理は、唇を噛みながらマスクを拾った。


(要を優先した分、一奥君は取れなかったわね……)


 走った一奥は、止まる球のおかげでセーフとなった。要の粘りが進塁を成功させた形となる。要は渋い顔をしながら打席を後にした。


(要、本当に成長したわね……。でもこれで、双子のリミットは抑えたわ)


愛理は「ワンアウトー!」と叫び、外野を前進させた。


(加速ドリルなら、仟に長打はない。もし当てられるならポテンヒット。それもこれで防げる)


 仟がバッターボックスへ向かう。仟は要が三振した球に、愛理の執念を感じていた。


(強気の愛理さんらしくない配球だった。要がリズムを変えたなら、つけ入る隙はあるかもしれない。うまく裏をかければ……勝負は……初球!)


 二番の仟が打席に入り、くのいちクロスで構えた。ワンアウトランナー二塁。仟は、勝負と決めていた初球の加速ドリルをなんとかファールにした。


(よし!ファールに出来た!これでいい)

(初球から当ててくるなんてね。要との続きをしてる気分……やりにくいわ)


 続く二球目、仟はまた加速ドリルをファールにする。


(タイミングが合ってきてる。それでも要と同じよ。前に飛んでも……)


 キャッチャーの愛理は、仟の狙いに(ハッ……!)と気づいた。


(進塁打がある。ツーアウト三塁なら、望月がドリルをしくじればワイルドピッチもあるわ。次は白城君だし、仟の性格を考えると十分ありえるわね)


 三球目、四球目。仟も加速ドリルをファールにする。


(とにかく粘るしかない!)


 そんな仟の姿に、愛理は疑問を持った。


(仟の狙いは進塁打ではないわ。おそらく前へ飛ばそうとしていない。なら、そろそろくるわね……)


 そう思っていた愛理が予想した、しくじった加速ドリルが仟を襲う。愛理のミットが空振りを予測し、キャッチに備えて自然に大きく開かれる。


(どうする仟?この加速スライダーはキレるわよ?)


 キン!「ファール」

「ふぅ……」(ここでドリルのしくじりがきた。危なかった……)


 そう息をついた仟を見た愛理は、自分の読み間違いに気づいた。


(仟が安堵した?そっか、初めから止まるドリルを狙っていたのね。そうなると、今の球を加速させなければやられていたわ。……私たちに運があったわね)


 六球目。愛理のサインを見た望月は、自分に言い聞かせるかのように六回細かく頷いた。その姿を見たバッターの仟は、ほぼ確信した。


(あの望月君の仕草……間違いない!止まるドリルが来る!)


 望月が投げた瞬間、仟の目に力入る。ベタ足でドリルを十分引き付け、スイングへ移行。が、ここで仟に(え……)と異変が起こる。仟が引き付けたはずのタイミングでも、ボールがバットに近づいて来ない。


 ここで愛理が要求したのは、140キロ台の止まるドリルではなく120キロ台の止まるドリルだった。


(ボールが……遠すぎる……)

「ストライクバッターアウト!」


 散々加速ドリルに目を慣らされた仟のバットは、待ちに待った来ないドリルに打ちたい気持ちに押され、止められなかった。仟の狙い球に気づいて罠をはった、愛理の読み勝ちに倒れる。空振り三振した仟の肩が震えるのを、愛理は頷きながら見ていた。


(恐ろしいバッターになったわね。仟、紙一重の勝負だったわ……)


 足取りの重い仟が球審の後ろを通ると、ネクストの白城がバッターボックスへ来た。


「仟、よくやったぜ。後は任せろ!」

「白城さん……うん……」


 仟がベンチへ下がり、三番の白城が打席に立った。


(九回裏、ツーアウト二塁。そして白城君か……)

「さてと……あえて愛理さんと呼ばせてもらう。本当に最高の時間だった」

「そうね……。ここまでやられるとは、正直思わなかったわ」


「ここまでか……。それはどこまでなのか、聞いてもいいか?」

「言葉通りよ。勝負はここで終わるわ」


「最期の予告か……」


 白城がゆっくりと構えた。愛理の勝負球は変わらない。初球から望月は、全力の加速ドリルを投げた。白城は全く打つ様子はなく、これを見送る。


 キャッチした愛理は、白城が最高の時間だと言ったこの瞬間が過ぎるのを惜しんでいた。同時に、白城もそう感じていた。


(まだ……終わりたくない……)
(終わらせたく……ねぇな……)


 二球目も見逃した白城は、ボールを捕ったまま動かない愛理の姿を目にする。一度バッターボックスを外して、素振りをした。


(このボールを離したら……)


 目を閉じる愛理。そしてミットを反転させ、ボールをジッと見て微笑んだ。


(ねぇ……。三年間も待ったんだから、もう一度だけ私のミットに帰って来てよ……。それくらい、わがまま言ってもいいでしょ?)

盟友の行方

 愛理は願いを込めた紙飛行機を投げるように、そっと望月へ盟友を送った。それを望月が受け取った瞬間、愛理の肩の力がスッと抜ける。そっとミットを構えた愛理の姿を見た望月は、懐かしい記憶を思い出した。


 それは、二人が初めてバッテリーとなった三年以上前の姿だった。



‘ 終速の落ちないあなたの球に私が風を乗せれば、どんなバッターもてんてこ舞いよ!’



「……フフッ」(愛理。この球はキリキリ舞いっすよね?)


 微笑んだ望月は、この日最速の加速ドリルを投げる。愛理がその球を見た瞬間、唇はアリガトウと動いた。


 限界バトルを見届けた盟友が最後に選んだ場所は、場外だった。


『オォォォォォォ!』


 白城は、立ち上がって打球を見ていた愛理にヘルメットをそっと放り投げる。愛理がヘルメットに目を奪われている間に、白城は愛理に一礼してダイヤモンドを回り出した。右手にヘルメットを乗せた愛理が白城の背中を見たその時、目を閉じた勢いで涙が溢れる。


(悔いはない……最高に熱い、ダブルリミットだった……)


 愛理は気づいていた。

 仟と要が必死の姿で連続三振した時、超のエクストラリミットが発動していた事に。


 一奥がホームインし、愛理は泣き顔で一奥に微笑む。そして、白城から受け取ったヘルメットをそっと一奥に放り投げた。一奥がヘルメットを受け取ると、愛理は右手を差し出す。


 一奥は、笑顔で愛理と握手した。


 そして白城がホームインした瞬間、三塁ベンチの西島メンバーが歓喜と共に飛び出した。一人一人が笑顔で白城と手を合わせながら整列する。泣き崩れた長谷川、長井、長間の体を支えた愛報メンバーも整列した。


「ゲーム、西島高校!」


 一礼した選手たちは、互いの健闘を讃え合った。ピッチャーの望月は愛理と目が合うと、必死で堪えていた涙が溢れる。アンダーシャツで涙を拭う望月の右肩を、愛理の左手が優しく讃えた。


 そんな愛理の下へ遠矢が来ると、二人は握手をする。遠矢が礼をして去ると、入れ代わるように来た仟と要の二人が愛理と抱き合って泣いた。しばらくして愛理が二人の頭を各手でポンポンと叩くと、振り返って右手を上げながら一塁ベンチへ下がった。


 一礼した二人は、しばらく愛理の背中を見ていた。そこへ一奥が歩いて来る。


「行こうぜ!次は四回戦だ」

 
 二人は力強く頷き、一奥と共に三塁ベンチへ下がった。


 最終スコアは10対9。


 愛理の予告満塁ホームラン。
 白城のサイクルホームラン。


 二つの予告記録を残した試合は、こうして幕を閉じた。