謎の少女|リミット 7話

(ストレート!ど真ん中だと!?ナメるなぁ!)

 カキーン!

「あ、あれ?」


 打たれた一奥(いちおく)は、驚きながら振り返り、打球を目で追った。高々とセンターに上がった打球は、バックスクリーンへ一直線に向かってる。

 フェンスに背中を付けたセンターがボールを見上げる中、再び振り返った一奥(いちおく)はバッターボックスから1歩も動いていない白城(しらき)を見て嬉しそうに笑った。

 一奥(いちおく)と目が合った白城(しらき)が無表情で三塁ベンチへと歩き出したその時、フェンスに背中を付けていたセンターが、一歩二歩と前進し始めた。

 パシッ「アウト!」

『おぉー!』という歓声が、なぜか三塁ベンチから発せられる。

 神山(かみやま)は戻ってきた白城(しらき)に声をかけたが、白城(しらき)は無言のままブレザーとネクタイを持って三塁ベンチを出ていった。

「待てよ!」

 そんな白城(しらき)を止めたのは、一奥(いちおく)だった。

 若干不満そうな白城(しらき)だが、ブレザーを背負ったままバックネット越しに一奥(いちおく)を見た。

「なんだよ?」

「もう一打席だ!次は三振だぜ」


「バカかお前は。いつから野球は、試合でアウトになったバッターが連続で打っていいルールになったんだよ」

「あ、そっか!」

 笑った一奥(いちおく)を見た白城(しらき)は、それほど悪い気分ではなかった。

 一息ついて再び帰ろうとした白城(しらき)だったが、少女がバックネット裏からスピードガンを構えていた事に気づき、近づいた。

「測ってたのか。お前も普通じゃなさそうだな」

「あ、いえ。大した事はありません」

 白城(しらき)がスピードガンの画面を覗くと、そこに表示されていた数字を見て息を漏らした。

「147。ナメられたもんだな」

「そうですか?ブランクのある白城(しらき)さんが、木製バットであそこまで運んだのですよ?もし金属バットなら……」「止めろ!お前は慰めのつもりかもしれないが、これ以上俺に言わすな」

「わかりました」

 白城(しらき)はそのまま、階段を登ってグラウンドを去った。

 少女は金属バットなら白城(しらき)は勝っていたと言おうとはしたが、本音は違う。

 もし白城(しらき)がそう言ったのなら、それが白城(しらき)の限界と思わざるをえなかった。

 延び白はないと判断出来なかったのが、白城(しらき)の背中を見る少女は嬉しかった。

(今日は完敗でしたね、白城(しらき)さん……)

「おーい!」

 一奥(いちおく)は白城(しらき)に向かって叫んだつもりだったが、その声はバックネット越しにスピードガンを見た巨体の杉浦(すぎうら)に火をつけた。

「一奥(いちおく)!次は俺だ。白城(しらき)とばかり遊んでんじゃねーぞ」

「打てるのかい?杉浦(すぎうら)先輩。まだつまったラッキーヒットだけだぜ?」


「お前に必殺技を見せてやる」

「必殺技?」

 バッターボックスに立った杉浦(すぎうら)は、右手一本で構えた。

「あ、あのさ……必殺技って、それ?」

「うるせー!ハンデだ!」

 一奥(いちおく)はスローカーブから入り、天上ボールの後チェンジアップで杉浦(すぎうら)を空振り三振にした。

「杉浦(すぎうら)先輩、いいウチワだったぜ」

「うるさいぞ!一奥(いちおく)。くそっ、お前がさっきの147を投げていれば、俺は今頃一周していたんだ……」


「そりゃ、悪かったね」(ふ~ん、147キロだったのか……)

 この後試合は引き分けに終わったが、紀香(のりか)監督は結果よりも内容に満足していた。

 そして、白城と共に現れた少女が紀香(のりか)監督によって紹介された。

「今年入学した、仲沢仟(なかざわかしら)よ。このチームのマネージャーをやってもらう予定よ」

「仟(かしら)です。宜しくお願いします」

 突然白城(しらき)と現れ、突然マネージャーと紹介された仟(かしら)への部員の印象は様々だったが、美少女マネージャーの誕生を喜ぶ声はすぐにかき消された。

「紅白戦を見させて頂きましたが、このチームは甲子園どころかベスト8もありません。特に斉藤一奥(さいとういちおく)さん。あなたは欠陥だらけです」

「俺っ!?」


「はいっ」

 笑顔で淡々と話す仟(かしら)。その横で笑う紀香(のりか)監督を見た一奥(いちおく)は、仟(かしら)の言葉よりも紀香(のりか)監督の態度が気に入らなかった。

「監督!これはなんの嫌がらせだよ。どうせこのマネージャーを連れてきたのは監督だろ?」

「もちろんそうよ?一奥(いちおく)。私は野球をルールしか知らないんだから」


「じゃあなんだ?このマネージャーが監督の代わりなのかよ」

「相変わらずいい感してるわね。あなたたちに任せるわって、私が言ったからかしら」


「マジで!?」(それって、俺と遠矢(とうや)の二人じゃなかったのか……)

 驚いたのは一奥(いちおく)だけではなかったが、唯一冷静だった遠矢(とうや)は仟(かしら)に紅白戦の総括を求めた。

「仟(かしら)。これから僕らはどうすればいいのかな?」

 遠矢(とうや)の言葉に、仟(かしら)は変わない笑顔で淡々と話し始めた。

「その前に一奥(いちおく)さん。あなたはドMですか?」

「んな訳ねーだろ!」


「嬉しそうに打たれてましたけど……では、なぜ手抜きをするのですか?」

「手抜き?俺はそんな一度もやってないぜ」


「冗談ですよね?嘘は辞めて下さい。一奥(いちおく)さんの力なら、三回戦程度のチーム相手なら完封しています」


「ちょっと待て!マネージャー」

 杉浦(すぎうら)が一奥の肩を掴んで前へ出た。

「おぉー!」(そうだそうだ杉浦(すぎうら)先輩。言ってやれー!)


「その三回戦程度のチームって言葉を取り消せ!」

(先輩そこかよ……)

 呆れる一奥(いちおく)。これには仟(かしら)もため息をついた。

「わかりました。では。二回戦程度のチームなら……」「変わらねーぞ!」


「杉浦(すぎうら)さん、これでは話が進みません……」

 仟(かしら)の言葉にほとんどの部員が唖然とする中、村石(むらいし)が一奥(いちおく)をフォローした。

「マネージャー。初回の事を言ってるなら、あれは俺のミスだ」

「あ!はい。あなたのリードは酷いです!」


「く~」

「まぁまぁ村石(むらいし)さん。彼女の話を聞きましょう」

 村石(むらいし)をなだめた遠矢(とうや)だったが、今度は遠矢(とうや)が仟(かしら)の標的になった。

「遠矢(とうや)さん、試合の総括でしたね。一奥(いちおく)さんもそうですが、私は遠矢(とうや)さんにもガッカリしました。監督は、二人を過大評価していたようです」

「仟(かしら)?そうなの?」

「はい、残念ながら。失点した六回は、明らかに遠矢(とうや)さんのミスです。良く言えば投手への信頼ですが、悪く言えばリードの放棄です。そして一奥(いちおく)さん同様、遠矢(とうや)さんも手抜きをしていました」

 言い返さない遠矢(とうや)の態度が決定的と感じたのか、誰もが口を閉じた。
 その沈黙を破ったのは一奥(いちおく)だった。

「なぁ仟(かしら)、お前キャッチャーできるか?」

「はい。出来ますけど……」


「なるほどな。なら監督、明日もう一度試合をやらせてよ」

「いいけど一奥(いちおく)。チームはどうするの?」


「ちょっと変則だけど、三回戦チームと九イニング勝負してぇ」

「ちょっと待て、一奥(いちおく)!」

「わかってるって、杉浦(すぎうら)先輩」


 話を進める一奥(いちおく)の提案は、ピッチャーは一奥(いちおく)で守備も代わらない。

 だがスリーアウトごとに、遠矢(とうや)と仟(かしら)が交互にキャッチャーをやるという事。そして三塁側チームが攻撃のみというものだった。

 つまり、同じチーム相手にキャッチャーだけを代えて結果を競うというものだった。

「僕は構わないけど……」

 返事をした遠矢(とうや)が仟(かしら)を見る。

「私も構いませんよ、遠矢(とうや)さん」


「じゃ、決まりだな」


一奥(いちおく)の言葉に、遠矢(とうや)と仟(かしら)は頷いた。

「では、私は明日の準備の為に、今日は帰らせて頂きます」

 頭を下げた仟(かしら)は、バックネット裏の階段からグラウンドを去った。

 その後、一奥(いちおく)は打撃ピッチャーを名乗り出て三塁側チームのバッティングを鍛えた。

 こうして、ようやく初日の練習が終了した。

「一奥(いちおく)!しっかりグラウンド整備しておけよ!実力はともかく、お前らは新入部員だからな」

「了解ですよー、村石(むらいし)先輩」

 一通り整備を終え、照明が照らされたグラウンドは一奥(いちおく)と遠矢(とうや)だけになった。

「さてと……じゃあ遠矢(とうや)。今から決勝って感じで始めるか!」

「そうだね」

 公式戦は、勝てば勝つほど日程が短くなる。相手との戦いはもちろん、自身の疲労との戦いにもなるのだ。

 そんな体作りを、二人が始めようとしたその時だった。

 帰ったはずの仟(かしら)がバックネット裏の階段を降りてくる姿に、マウンドの一奥(いちおく)が気づいた。

「あれ?仟(かしら)、勝負は明日だろ?」

「勝負?私は今からでもいいけど?」


「今からって。もう結構遅いし、ここに3人しかいないぞ?」

「3人いれば十分でしょ?私、打ってもいいかな?」


「打つのかよ!まぁ、いいけどさ」

3人野球

 突如始まった仟(かしら)との勝負。
静まったグラウンドが、再び熱気に包まれる。

 仟(かしら)は慣れた動きで、左バッターボックスに立った。そして、マウンドの一奥(いちおく)が投球モーションに入る。

「そんなに時間もないしな。早速行くぜ!」

「手加減なしだよ?」


「あったり前だぁ!」

「えい!」

 コン…コロコロコロ…

「はぁ?」

 呆気に取られた一奥(いちおく)は、バントで三塁線に転がる打球と一塁へ駆け抜ける仟(かしら)を見ているだけだった。

「セーフ!セーーフ!」

 笑顔でセーフのポーズを取った仟(かしら)は、一塁ベースを跳ねるように駆け抜けて行った。

 三塁側に転がったボールを拾っても、一塁手はいないので投げられない。

「これ、ヒットでいいんだよね?」

 振り返った仟(かしら)は、一奥(いちおく)に満面の笑顔を見せた。

「そりゃそうだけど……この状況でやるか?」

「やるよぉ。だって弱点を突くのは勝負の鉄則でしょ?もしサド君が怪我でもしてて動けなかったら、ピッチ君はどうするの?」

「なっ!」

 一奥(いちおく)は驚いたが、遠矢(とうや)は納得していた。この状況でセーフティーバントがないと決めつけたのは、バッテリーの二人だったからだ。

「なるほどね。一奥(いちおく)、これはヒットと認めるしかないよ。簡単にバントをさせた僕らの負けだね」

「そうだよー、キャッチ君の言う通り。油断大敵」

 仟(かしら)は、転がっているボールを拾う一奥(いちおく)を得意気に指差す。マウンドへ戻った一奥(いちおく)は、一塁ベース上にいる仟(かしら)へグローブでホームへ戻れと手を振った。

「わかった。ならもうひと勝負だ。」

「いいよ!そのつもりだしっと」

 駆け足で戻った仟(かしら)は、バットを拾ってバッターボックスに立った。

「いくぜ~」

「ピッチ君、待った待った!その前に、そっちは二人なんだから私にも仲間をちょーだい」

*1そう思った二人だったが、彼女が指差したのは二塁ベースだった。

「この後盗塁成功、ノーアウト二塁で再開ね!」

 仟(かしら)の予想外の回答に、一奥(いちおく)は苦笑いした。

「仲間って仮想ランナーかよ!俺は白城(しらき)かと思ったぜ」

「白城(しらき)?あー、あのひねくれた先輩か。違う違う。じゃあ第二打席開始ね。一点返すよ~」

 再び構えた仟(かしら)に対し、ようやくスイッチが入る一奥(いちおく)と遠矢(とうや)。

 ノーアウト二塁を抑えるとはいえ、これは3人野球。野手はいない。サインを出そうとした遠矢(とうや)だったが、立ち上がってグラウンド全体を見渡した。

(さっきのバント。完全に打球が死んでいた。力こそ感じないけど、ミートに関しては上手い。目も相当良さそうだね。でもどうしてノーアウト二塁にしたんだろう……)「仟(かしら)、ちょっといいかな?」

「ん?なに?」

 構えを解き、バットを左肩に乗せた仟(かしら)が振り向いた。

「このケース、盗塁はないよね?」

「盗塁かぁ。絶対はないけど、こっちに不利な条件が多いからなぁ。私は左でキャッチ君は投げやすいし……うん、なしだね」

「オッケー、わかった」(彼女の狙いは右方向だ。外でも甘く入れば強引に引っ張るだろう。ここは……)

 サインが決まり、一奥(いちおく)がセットボジションから投げた。
そして仟(かしら)がスイングに入る。

(インコース……ボールからのスライダーか!え?曲がるの!?それでも……) 

 カキン

 仟(かしら)の捉えた打球は、引っ張りきれず一奥(いちおく)の足下を襲った。


「おっと!」

 いい当たりだったが、一奥(いちおく)がダイレクトキャッチ。結果はピッチャーライナーだった。

「へへっ、これでワンアウトだな」

「いい当たりだったのになぁ。ランナ君を進められなかったかぁ」

 打ち取られた仟(かしら)に、言葉ほどの落胆はない。しかし、この二球で、遠矢(とうや)の分析はかなり進んでいた。

「仟(かしら)、ちょっとタイムね」

「ん、いいよー」

 マウンドへ向かった遠矢(とうや)は、一奥(いちおく)に作戦を言い渡した。

「そういうことか。まぁ、野手がいないからやるしかねぇけど」

「頼むね」

 再び遠矢(とうや)がホームへ座ると、仟(かしら)のバットの握りが少し浅くなっている事に気がついた。

(駆け引きか……色々とやるもんだね。でも一奥(いちおく)、とりあえずこれで)

(オッケー、遠矢(とうや))

 セットから一奥(いちおく)が投じたのはスライダー。今度は外ギリギリに配球した。


パシッ「仟(かしら)、ストライクでいいよね?」

「うん、このスライダーすごいね。曲がる曲がる!」

 仟(かしら)は嬉しそうに話してはいるが、遠矢(とうや)にはそれが余裕と取れた。

(今のスライダーを見てバットの握りは短いままか。なら同じ球で)

 一奥(いちおく)がモーションに入ったその時だった。

(握りを戻した!?)

 遠矢(とうや)の気づきは遅かった。すでに一奥(いちおく)の腕は止まらない。

 しかし、一奥(いちおく)も異変に気づいていた。投げる瞬間、仟(かしら)のニヤッとした顔が目に入っていたのだ。

(任せろ遠矢(とうや)、ドンピシャだぜ)

 ビシュッ

 バットを長く持ち変えた仟(かしら)がスイングに入る。

(さっきと同じコースからのスライダー。外いっぱいに決まるから……ここかな?)

 捉えたと思った仟(かしら)の表情がわずかに曇る。

(さらに曲がった?でも……) 

 カキン、パン!

「あらら……」

 打ち損じても仟(かしら)は抜けると思った打球だったが、投げ終えた瞬間右に動いていた一奥(いちおく)に抑えられた。

そのまま一奥(いちおく)は、走って一塁ベースを踏んだ。

「よっしゃ、これでツーアウト!でもランナーは三塁に行ったな」

「うん。でもピッチ君よく捕ったよ。今のは一・二塁間抜けてたでしょ?」


「かもな。でもさぁ、今の球を三遊間へ打たずによく言うぜ。まぁ、このルールならではなんだろ?」

「おー!気づいてたんだ!」


「俺じゃなくて遠矢(とうや)がな」

「ふむふむ、やるねぇキャッチ君。これでツーアウト三塁、ラスト勝負だね!」

 意気揚々と構えた仟(かしら)だったが、「あ!」とバッターボックスから外れた。

「ピッチ君、もうわかってると思うけど一応。本当ならワイルドピッチとパスボールは一点だからね?」

「本当なら……か。お前の決着が見えたよ。ご教授終了だな?」


「それは言い過ぎだよ~。……でも、こっちはチャンスでそっちはピンチ。これでお互い本気になれる……」

 再び構えた仟(かしら)は、センター方向にバットを向けた。

「予告ホームランか。面白れぇ。なら仟(かしら)、スリーアウト目は三振だ!」

「三振?決着は予告通りだよ!」

 二人の集中力が一気に高まる。

 ここまでの野球は、セオリーの確認でもあったが、仟(かしら)が二人を本気にする為の準備でもあった。

 ついに一奥(いちおく)対仟(かしら)の本番が始まる。

 予告ホームランの構えに応えるべく、一奥(いちおく)はボールを握った左手を仟(かしら)に突きだし、予告ストレートのパフォーマンスを見せた。

「いくぜ仟(かしら)。白城(しらき)に投げた、147キロのど真ん中だぁ?!」

*1:誰かいる?