エースのプライド|リミット7話

スポンサーリンク

四月某日。私立西島(せいとう)高等学校は入学式を迎えた。青空の下、散り始めた桜の花びらが暖かい風に舞っている。

 入学式を終えた一奥(いちおく)は、あくびを繰り返しながら遠矢(とうや)と体育館を出た。

 二人は紺のブレザーを身にまとい、入学生の列に流されながら校舎への渡り廊下から教室へ向かっていた。

「なぁ遠矢。何で入学式ってのは眠くなるんだろうな」

「そうかな?寝てたのは一奥だけだよ?」


「そうかぁ?みんなよく我慢できるよなぁ。俺には退屈だよ」

 早く野球やりてぇなぁと一奥が思ったその時、この日を半年間待ち望んでいた杉浦(すぎうら)の巨体が目に入った。

「ちょっと待て!一奥」

「お?懐かしい。この声は杉浦先輩だな」

 すでにユニフォーム姿の杉浦は、ブンブンと素振りをしていた。その豪快なスイングに、一奥は「へぇ~」と口角を上げた。
 

「とりあえず入学おめでとう…とは言わん!挨拶はボールで伝えてやる」

「面しれぇ」

 一奥は、杉浦の態度に微笑んだ。

「挨拶しないの?」

 遠矢は微笑みながら一奥を見るが、杉浦に構わず列の流れのままに前を向いた。

「いいんだよ、遠矢。ボールで挨拶って言ったのは杉浦先輩だぜ?それに、遠矢も気づいただろ?その方が面白そうじゃん」

「まあね。じゃあホームルームが終わったら、グラウンドで挨拶しよう」


「だな」

 止まらない二人を見た杉浦が、「おい……」と素振りを止めた。


「ちょっと待て!一奥」

「なんだよ杉浦先輩。止まったら渋滞しちゃうだろ?逃げないから先にグラウンド行っててよ」

 軽くあしらった一奥に、杉浦は「ぐぬぬ」と悔しがっていた。

「早く来い!一奥。今すぐ勝負だぞ!」

 二人が校舎に入っても聞こえる杉浦の大声に、遠矢は苦笑いをした。新入生たちの注目を浴びてしまった杉浦は、少し照れていた。

「杉浦さん、相変わらずだったね」

「変わってないのは性格だけだといいんだけどな」

 教室へ向かう二人は、すっかり杉浦のペースにはめられていた。早く野球がしたいのは、二人も同じだった。

「杉浦さんのパワーは別格だからね、なんだかんだ言っても、一奥もチームの力として考えてるんだね。」

「まぁな。甲子園で優勝して廃部になるのは嫌だしさ。それより遠矢。あの日、先輩たちをセレクションをしたって言ってたけど、この半年でどれだけ伸びたかな?」


「そうだねぇ。レベルは上がってると思うけど、今日から数ヵ月が勝負だと思ってるよ」

「なるほど。まぁ、まずは監督との勝負だな」


「アハハ。そう言えばそうだったね」

 教室に戻った二人は、窓際の前後の席に座った。
 
「でもさ~遠矢。なんで俺たち負けたんだろうな?」

 振り返った一奥は、半年前の紀香との勝負を思い出していた。遠矢は肘をつき、窓の外をぼんやり見ていた。

「そうだね。一奥のクセが読まれてたのは確かだけど、僕も油断したつもりはなかったんだよね」


「だよなぁ……」

「紀香監督は、只者じゃないって事かな?」


「アハハ!かもしれねぇな」

 短いホームルームを終え、二人は校舎を出てグラウンドへ向かった。その途中、部室らしき木造の建物を発見する。二人が中を覗くと、片方は道具が散らかっている部屋だった。「一年はこっちだろ?」と一奥が言うと、壁沿いに蓋のないロッカーがあることから、遠矢は「そうだね」と言いながら中へ入った。

 ユニフォームに着替えた二人がグラウンドへ小走りに向かうと、ノックを受ける先輩たちの姿に足を止めた。レフトフェンス際で二人が目にしたのは、軽快にボールを打つ紀香の姿だった。

「遠矢……監督って素人だったよな……」

「うん。まるで別人だね。ノック上手いなぁ」

 二人はノックを見ながら、レフトファール際の隅を歩いて三塁ベンチに近づいた。すると、今年度から正式に西島(せいとう)高校野球部の監督となった西島紀香(にしじまのりか)が振り向いた。

「ストーップ!来たわね、あなたたち。ようこそ、西島(せいとう)野球部へ。それにしても身長伸びたわね」

 半年前のスーツ姿からは想像もつかない、すっかり様になってるユニフォーム姿の紀香監督がそこにいた。

「もうすぐ180センチくらいかしら?まぁ、変わったのは身長だけじゃないようだけど」

 紀香は怪しげに二人を見た。一奥は「そうかなぁ?」ととぼけたが、秋のセレクション終了後、一奥と遠矢は一から体を作り直していた。一回り大きくなっていた体に、紀香は(本当に甲子園へ行くつもりなのね)と微笑んだ。

「っていうか、俺たちより監督の方が別人だよ。アップが終わったら、早速リベンジさせてもらうぜ」

「見せてもらうわ。この半年の成果をね」

 三塁ベンチでスパイクに履き替えた二人は、グラウンドの隅をランニングしながら先輩たちのノックを見ていた。

「一奥、どうやら変わったのは監督だけじゃないようだね」

「ホントだぜ。今の守備力なら、半年前の監督のポテンヒットはなかったな……」


「アハハ。まぁそれはそれだよ。だから野球は面白いんだよ」

「だな」

 笑顔でランニングをする二人が、三塁側からぐるりと外野を回って一塁側ベンチに近づいた時だった。パーンというミット音に、二人は目を奪われ足を止めた。

「ナイスボールだ!鶴岡(つるおか)!」

 威勢のいいかけ声と共に、キャッチャーが返球する。そこでは、二人の男がブルペンで投球練習をしていた。

 パシッ「ん?お前らか」

 鶴岡(つるおか)と呼ばれたピッチャーが、捕球と同時に二人に気づく。

「どうも~」
「宜しくお願いします」

 一奥は両手を後頭部へ回し、遠矢は軽く頭を下げた。

「三年の鶴岡だ」

 挑発的に言った鶴岡の元に、球を受けていたキャッチャーが二人を睨みながら歩いてきた。

「俺は三年の村石(むらいし)だ」

 先輩二人の鋭い眼光に、遠矢は口を真一文字にし、一奥はキョトンとしていた。

「杉浦はお前らを認めているが、俺たちは認めない。あの程度のピッチングで、ウチのバッテリーを譲るつもりはないからな!」

 喧嘩腰の村石(むらいし)の態度は、最上級生としてのプライドを感じさせた。しかし、そんなバッテリーに対して一奥はニヤッと笑いブルペンへ入った。

「なら先輩、勝負って事なんだろ?」

「そうだ」
「あぁ」

 三人の闘志がぶつかり合う。そこへ、気まずそうな遠矢が一奥の隣に立った。

「あの、先輩方。この勝負に僕は入ってませんよね?」

「なにぃ?」

 鶴岡の眉間にシワが寄る。間髪入れずに村石が「お前ふざけてんのか!」と遠矢に一喝した。

「すみません。どう考えても勝ち目がないと思いましたので」

 遠矢は照れるように頭を下げた。その態度に、村石は顔を真っ赤にした。

「この野郎ー!」

「辞めろ、村石」

 鶴岡がキレた村石を止めた。遠矢は上目で鶴岡を見るが、動揺のない表情に苦笑いをした。

「勝負はすでに始まってるという事だ!」

「あぁ、すまねぇ鶴岡」

 村石は一歩下がると、鶴岡の前に一奥が立った。

「で?鶴岡先輩。なにで勝負するんだ?」

 ワクワクする一奥に、鶴岡は鋭い視線を送った。