ダブルリミッターを超えろ|リミット67話

 愛理(あいり)のホームランに、キャッチャーの遠矢(とうや)は驚いていた。


(愛理さんがここでホームランを?なぜ……)


 当初、愛報(あいほう)高校の狙いは八回での満塁ホームランだった。リバースリミットをより完璧にする為の準備を、一番長谷川(はせがわ)・二番の長井(ながい)は三振という形で繋いだ。


 そして三番長間(ちょうま)の三振も同じだと、長谷川と長井の二人はそう思っていた。だが愛理に任せると言われた長間の三振だけは、意味が違った。


 それは、ソロホームランでなければ愛理の守りのリバースリミットは継続出来なかったからだった。長間が望月(もちづき)を呼んだのは、愛理の覚悟を見て必ずピッチングで応えろ!との意味が込められていた。


「長谷川、長井。これで俺たちの次の打席は10割リバースではないぞ。自力で満塁を作り、もう一度愛理に回すんだ」


 長間の低く冷静な声に、長谷川と長井が頷く。


「あぁ、わかっている」
「そうだ!プライドを捨てて勝利を選んだ愛理の為にも、必ず逆転するぞ!」


 そして、ずっと下を向いたまま淡々と一周してきたバッターの愛理がホームを踏む。

 スコアは8対5。


 キャッチャーの遠矢は、一塁ベンチへ下がる執念としか言いようがない愛理の姿に感服した。


(この愛理さんのホームランは予定外だ。西島高校対愛理さんにした試合の流れが、このホームランでなくなった。さすがの見極めですよ、愛理さん。これで流れは互角……試合は西島高校対愛報高校になりましたね……)


 遠矢は立ち上がると、西島ナインに向かって叫んだ。


「しまっていこー!」

『おーぅ!』


 ここから遠矢は、本来の限界リードに切り替える。


(まずはこれだ)


 サインに一奥が頷き、五番バッターに対して初球を投げた。インコースのストレートを空振り。続く二球目、遠矢が同じストレートを要求すると、一奥はニヤリと首を振った。


(一奥?そっか……秋のセレクションを思い出すね。自ら投球に制限を決める、一奥が一番勝負を楽しめるスタイルか……)


 苦笑いした遠矢だったが、一奥の顔を見て最善の策だと判断した。


(ピッチャーに気持ちよく投げさせるのもキャッチャーの役目。でも、この方が慣れてる一奥に勝算がある!)


 二球目は外のスライダーを空振り。三球目は、インコースのスプリットで空振り三振にした。


「ナイスピッチング!一奥」

「おう、さすが遠矢だ。やっとノッてきたぜ!」


(それは僕の台詞だよ?一奥。ボールはキッチリ、バッターの限界を超えてる)


 だが、六番ピッチャーの望月がバッターボックスに立った瞬間遠矢から笑顔が消えた。


(これがあの望月?すごい気迫だ)

「よっしゃー、遠矢。バンバン行くぜ!」

「え?あ、うん」


 一奥が
「うりゃー!」と初球を投げた。


「ぬおぉ!」


 インコースのストレートに詰まった望月の打球は、平凡なショートゴロ。ショートの神山が難なくさばき、ファーストの杉浦へ送球。


「ナイス神山先輩!」

「おう。ドンドン打たせろよ。一奥」


「アハハ、頼りになるぜ!」


 西島ナインが喜びながらベンチへ下がる中、遠矢だけは望月を不思議に思っていた。


(結局ボテボテのショートゴロか……あの気迫は何だったんだろう……)


 その遠矢の疑問は、すぐに解決される事となる。


 六回裏、この回先頭の六番サード村石(むらいし)への初球。ピッチャー望月の投げた球は、キャッチャー愛理の狙い通りダブルリミットのままだった。


 バッターの村石は、空振りを奪われ加速した球に驚く。三塁ベンチの遠矢を見たが、遠矢は頷くだけだった。


(愛理さんの狙いはこれだったんだ。望月に何かあるとは思ったけど、まさか守備のダブルリミットが継続しているとはね……)


 三振した村石は、ネクストバッターズサークルへ向かう遠矢に話しかけた。


「遠矢……あの球は加速だけだよな?」

「はい、今のところはそうです」


「そうか……。なら俺の気のせいだ。最後は止まったように見えたんだけどな」

(え……止まった?)


「遠矢、任せたぜ」

「はい……」


 確信のない遠矢は、三塁ベンチへ下がる村石にハッキリと言えなかった。ネクストサークル内にしゃがんだ遠矢は、七番鶴岡(つるおか)の打席を食い入るように見る。


(疑っていた止まる球……愛理さんは、ここで使ってきたのか?)


 バッターの鶴岡は加速する球を捨て、来ないボールを狙って打席に立っていた。


(俺の今の実力では打てない。見た目のタイミングで、来ないボールを三回振るしかない!)


 しかし初球・二球目とボールは加速し、空振りした鶴岡は追い込まれた。


(鶴岡さんの狙いは来ない球か。でもここまでの二球は加速。止まる球は、本当にあるのか……?)


 遠矢が見つめる中、鶴岡のバットが完璧のタイミングで来ないボールを捉えようとしていた。勝ちを確信したその瞬間だった。捉えたはずの鶴岡バットが空を切る。


「くそぉ!」


 三振した鶴岡は悔しがり、遠矢がバッターボックスへ向かう。


「鶴岡さん、最後の球は止まりましたか?」

「なに?止まる?……そうか。来ない球にしては、あまりにも遅すぎる気がした。おそらくお前にもくるぞ」


「わかりました。ありがとうございます」


 そして、八番の遠矢が打席に立った。キャッチャーの愛理は、怖いくらいの気迫に満ちていた。


「遠矢君。バットを叩きつけたマーキングは見事だった。でもこの打席では関係ない。通用しないわよ」

「ですね……」


 遠矢がバットを構えた。


(止まる球に絞る!)


 初球。遠矢はバットを振りだしたが、加速した球に手を止められる。


(初球は加速……。でも、狙いは変えない!)


 キャッチャーの愛理が外に構えた。それは、止めろという望月へのサインだった。望月は頷き、二球目を投げる。


(止まる球ならまだ我慢……ここだ!)


 それでも遠矢のバットは、ボールより速く通過した。体感した遠矢の表情が曇る。


(バットが先に通るのを、空中でボールが待っているかのようだった。本当にボールが止まって見える……。鶴岡さんの言う通り、来ないストレートとは明らかに違う……)


 返球した無表情の愛理は、またも外に構える。望月が振りかぶっり、遠矢は無意識にグリップを強く握った。


(加速すれば終わり。止まっても終わり。今の僕の力では、このダブルリミットを超える糸口がわからない……どうすれば……)


 望月が三球目を投げた。その瞬間、遠矢はバントの構えに変えた。


(これなら、どの球でも対応出来る!)


 遠矢が意地のスリーバントへ行ったその時だった。右手で支えているはずのバットが微妙に揺れる。


(無駄よ、遠矢君)

「なっ……」

 パーン……


(バントでも……当たらない……)


 愛理は、背中越しにボールをヒョイと遠矢へトスした。素手でボールを受け取った遠矢は、それを見つめながら最後の止まる球を思い出していた。


(やっぱりそうだ。スイングでもバントでも、バットがボールから逃げたような感覚。これが、守備に特化したダブルリミットの力……)


 試合は終盤七回へ。

 愛報高校は、七番からの下位打順。一奥のストレートも、負けじとうなりだした。


 この時一塁ベンチの愛理は、空振るバッターの様子を全く見ていなかった。腕を組んで目を閉じ、頭の中に集中していた。


(後4点。愛報(ウチ)の打線は元々強い方ではない。私が入れば、名京高校戦までは楽勝だと思っていたのに……)


 その時、愛理の側に立つ愛報高校の監督が呟いた。


「ストレートにスライダー。そしてスプリットか……」


 その声を聞いた愛理が立ち上がり、ネクストバッターズサークルに座る間口(まぐち)の下へ歩いた。


「間口」

「どうした、愛理。作戦か?」


 愛理は頷いた。


「でも、作戦とまで呼べるものではないわ。ただ、空振りした球は二度来ない。それだけよ」

「本当か?……わかった。試してみよう」


 愛理はベンチへ戻り、九番バッターにも同じことを伝える。そして、八番の間口が打席に立った。


(初球はストレートだったな)


 初球、間口は見逃した。


(ストライクか。空振りしなければ、次も同じ球か……)


 二球目もストライク。間口は見逃す。


(インコースのストレート……変わらない)


 三球目、バッテリーはインコースのストレートを選択。間口は狙い通り打ちに行く。


(愛理の読み通りだ!)


 しかし、間口はバットに当てるのが精一杯だった。サードの村石が突っ込み、これを豪快にさばく。


「ファールファール!」


 球審が大きく両手を振る。打球は、間口の足に当たっていた。


「ちっ、ファールか」

「村石先輩!いいダッシュだったぜ」


「おうよ、一奥。暇潰しにもっと打たせろよ!」

「さすが先輩。言ってくれるぜ」


 愛理は無表情で見守る。遠矢がリードを変えてから、ここまでファールはなかった。バッターの間口はベンチの愛理を見る。愛理は左手の人差し指と中指をくっつけ、2~3センチほどクイッと上下させた。


(次もストレート!俺もそう思っていたぜ!)


 カウントはツーナッシング。間口はバットを短く持った。愛理はセオリーではないリードがワナだとも感じていたが、愛報高校へのリミットリミッターの挑戦とも感じていた。


(遠矢君は、間口の握りに気づいてる。それでもインコースのストレートでくるわ。そして間口の限界を、前の142キロから上げてくる……)


 そして、四球目を一奥が投げた。間口は迷わず振りにいく。


 パーン「ストライクバッターアウト!」

「くそっ!」(わかっていて空振りするのかよ!)


 間口の三振を見た愛理は確信した。


(リミットリミッター、恐るべきだわ。ラストは145キロ……)


 そして、九番が打席に立った。初球、インコースのストレートを空振り。二球目、今度はインコースのスライダー。バッターは、これを見逃し追い込まれる。


 この時、ベンチの愛理は八回逆転へのシナリオを着々と進めていた。


(このリードはハッキリ無策と言える。でも、リミットリミッターの投げさせる球なら納得できる。どんな球でも、バッターの限界を超えればいいだけの話にしてしまうのが、リミットリミッターの力……)


 三球目、バッテリーはスライダーを選択。バッターは空振り三振に終わった。守備に向かう愛理は、リードとは別の弱点を見つけた。


(これなら、次の八回に逆転出来る!)


 七回裏。西島高校は九番の一奥から。元気に打席へ向かう。


「よっしゃー!こいや!」


(元気いいわね。でも、この回は三人で終わらす。八回に勢いを繋げる為に……)


 ピッチャー望月が、初球から140キロ台のストレートを投げた。一奥は、地面を見ながらタイミングを計ってスイングに入る。


(あれ?)


 一奥の手が止まり、ストライクを奪った愛理が話しかけた。


「一奥君、マーキングなら無いわよ?」

「へ?」(バレてたのか……。こりゃ参ったな)


 二球目、望月は止まるように見えるストレートを投げた。一奥は、全くタイミングの合っていない大振りを見せる。


「スゲェ……。マジで止まってるように見えたぞ!」
「おいバッターぁ!」

「ん?」


 その声に、一奥はバックスタンドを見た。すると、ヤジを飛ばしていたのは五回表と同じ男の二人組だった。


「どこ振ってんだよ!」
「そうだそうだ!」



(くっそー。そこからじゃこの球はわかんねぇんだよ。なら、バッティングの限界を超えてやる!)


 三球目、バッテリーは止まる球を選択。しかし一奥の狙いは加速ボールだった。予測を外した一奥は豪快に空振る。その姿に、再び煽った観客が叫んだ。


「三振だ!ざまぁみろー!」


 誰もがそう思ったが、一奥は諦めていなかった。振り終えたバットが、コンと音を立てる。


「へへっ」


 一奥は、空振りしたバットをそのまま右手1本で後ろから残し、止まる球に当てた。しかし、打球は前に転がっただけ。キャッチャーの愛理は素早く前へ出ると、ワンハンドキャッチしジャンピングスローで一塁へ投げた。


 一奥は固まったまま、愛理のプレーに見とれてしまった。


「女王様!今のは仟が見せた守備じゃねーか!」

「仟?それなら私がオリジナルよ」


「そっか。あ、走るの忘れてたわ。アハハ!」


 はじゃく一奥に、つい微笑んだ愛理は試合中だという事を忘れてしまった。


「あなたって、本当に不思議な人ね」

「そうか?俺はギリギリの勝負が好きなだけだぜ?」


「確かにそのようね。今の球も、よく当てたわ」

「だよな?でもアウトだったけど……」


 一奥と愛理が話す中、興奮ぎみの要がバッターボックスへ来た。


「一奥ん!今の打法はいつ考えたの?」

「ん?二球目を空振りした後だよ」


「スゴスゴ……。よーし!愛理さん、私もお願いします!」


 まだ一奥がいるにもかかわらず、要は構えてしまった。


「要、頼んだぞ!」

「了解!」


 一奥がベンチに戻る中、愛理は二人を羨ましく思っていた。


(西島高校の強さの秘密がわかった気がする。私は自惚れていたのね……)「要、水を指すようで悪いけどタイムよ」


 集中し過ぎていたのか、笑顔の要は反応しない。


「要?」

「え?はい」


 その時、球審が「タイム」と叫ぶ。要の前を横切った愛理の姿に、要は苦笑いした。


「あはは……」


(凄い集中力ね……)と、愛理はマウンドへ行った。


「どうしました?愛理」 

「う~ん。これといって策はないんだけど……何かない?」


「いきなり言われても困るっすねぇ……。俺、変化球は得意じゃないっすし……」
「ん?それよ!」

「え?どれっすか?」


「今言った下手くそな変化球よ!」

「愛理、それ誉めてないっすよね……」


「望月はスライダーをひねろうとする。だから、ひねらなくていいわ。ストレートのように投げなさい」

「ストレートっすか?それだと人差し指の横に少しかかるだけっすけど……」


「それでいいわ。終速は今のまま。後は私が加速させる」

「それってどんな球が行くんすか?」


「投げればわかるわよ」


 愛理はホームへ戻った。


「要、お待たせ。今のあなたにとっておきの球が用意できそうよ」

「わぁ!」


「よし……勝負よ!」

「はい!」


 愛理はど真ん中に構えた。ピッチャーの望月は、愛理に言われた通りに腕を振りボールを人差し指にひっかける。


 すると、右回転のボールが変化することなく真っ直ぐ進んだ。その球を、キャッチャーの愛理が加速させる。


 ズバーン「ストライク」

奇跡の球、ドリル

 くのいちクロスで構える要の手は、前に出なかった。目をパチクリしながら見送ると、捕った愛理も驚いた。


(恐ろしい球が来たわ。正に現存するボールの限界を超えた球……ドリル)


 投げた望月も、自分の右指を見て驚いていた。


(なんだ?今の球は……。イメージよりも速く愛理のミットに収まった。凄い球だった……)


 異変を感じたネクストバッターズサークルの仟は、三塁ベンチの遠矢を見る。


(ベンチからでは厳しいと思うけど、遠矢さんは異変を感じたはず。今までの加速がさらに速くなった。要には、一瞬ボールが消えたように見えたかもしれない……)


 二球目・三球目と、バッテリーはドリルの連投を選択。要のくのいちクロスのコンパクトスイングでさえ、バッテリー二人の加速は上回った。


「ストライクバッターアウト!」


 球審の声を聞いても、バットを出せなかった要は呆然としていた。


「愛理さん、この球は消えます……」

「やはり、そう見えるのね」


 無表情でバッターボックスを去る要を、ネクストの仟が止めた。


「要……」

「仟、あの球は消えるよ。そんな感じ」


「わかった」


 そして仟が左打席に立つ。愛理は気を入れ直した。


(要は抑えた。これで双子のリミットはない……)


 仟は大きく息を吐き、くのいちクロスの構えを取る。


(まずは見る!それしかない)


 しかし、ドリルを目の当たりにした仟も固まった。


(これは、加速なんてレベルじゃない。ベース手前で消える……目で追えない)


 二球目、仟は振りに行こうとするがタイミングが全く合わない。



(追い込まれた……なんとかしなくちゃ!)


 必死にくらいつこうとする仟だったが、なす術はなかった。バットを出そうとしたに瞬間ミット音が聞こえ、仟はショックでバットを落とす。キャッチャーの愛理は、(よし!)と心で叫びながら一塁ベンチへ下がった。


 仟はバットを拾い、右手で立てたバットを見つめたまま三塁ベンチへ歩き出した。


(やっぱりあのバッテリーは凄い……この球を、白城さんは打てるの?)


 すると、ネクストバッターズサークルにいた白城が声をかけた。


「仟、お前が一度も振らずに三振するのは初めてだな」

「白城さん……」


「お前が出てサイクルホームラン達成と行きたいところだったが、まんまと女王様に八回の先頭バッターにされちまった。嫌な流れだぜ」

「そうですね。八回の表は一番の長谷川さんからですから、愛理さんも動いてくると思います」


「だな……」