白城VS愛理、第二ラウンド|リミット64話

 三回裏、西島(せいとう)の攻撃は一番の要(かなめ)から三番の白城(しらき)へと回る。満塁ホームランでリバースリミットを発動した愛理(あいり)の守備は、ここから一変する。


 それをよく知る要の構えは、少し固かった。


(ドキドキだね……)


 そんな要の姿を、キャッチャーの愛理は冷静に見ていた。


(要に仟(かしら)と続くこの回。白城君の前に出したくはないわね。ただ、ここからは簡単には打てないわよ?)


 初球、愛理が選択したのは外のカーブ。積極的に打ちにいった空振りした要は、口を丸くした。


(キレキレ……)

(驚いてる暇はないわよ?要)


 二球目、キャッチャーの愛理はまたもカーブを選択。要は空振りした。


(……やっぱり当たらない。どうしよう……)


 三球目、愛理は遊ぶ事なく外のボールからストライクになるカーブを選択。


(終わりよ……要)


 そう愛理が思った瞬間、間口のカーブは要のバットよりも早くホームベースを通過した。


「やられたぁ!」


 結果は空振り三振。悔しがった要は愛理にペコリと頭を下げ、打席を後にした。キャッチャーの愛理はニコッ笑顔で返し、二番の仟を打席に迎える。


(要が全く当たらないなんて……)


 仟が唾を飲み込む。そんな双子の固い心が気に入らなかったのか、愛理は仟に予告した。


「仟、全て外のカーブよ。私のリバースリミットを超えてみなさい!」

「え?……はぃ」


 驚いた仟が、一瞬だけ愛理を見るそしてすぐに打撃体勢に入った。初球、予告通りのカーブが外からくる。仟はストライクを見逃し、電光掲示板を見て驚いた。


(今のが101キロ?白城さんも言ってたけど、愛理さんと対戦したバッターはみんなこう感じていたんだ……)


「次も外のカーブよ!」


 愛理の声に、仟は気持ちを切り替えて構えた。そして投じられたカーブを食い入るように見る。


(ここまでは同じ……)


 ボールがホームベース手前まできたその時、仟の集中力が上がる。


(ここからが全然違う!)


 見送った仟が再び電光掲示板を見た。

「ハッ!」(今度は112キロ……初速は違うけど、二球とも振りに行くタイミングで曲がりが加速してるんだ……)


 追い込まれた三球目、やはり同じカーブが仟を襲う。頭に残るイメージを頼りに、仟はバットを出した。しかし、スイングの途中で遅れている事に気づく。


(ダメだ!カットして逃げるしか……え?)


 パン!「ストライクバッターアウト!」


 要同様、仟もタイミングが合わず振り遅れての三振。


(やっぱり加速してる……完全に振り遅れた)


 バッターボックスを後にしながら電光掲示板を見ると、仟は再び驚いた。


(あの球が122キロ!……信じられない。初速が違うのに、ほぼ軌道がイメージと変わらないなんて。タイミングが合わないはずだわ……)


 肩を落として帰ってくる仟に、バッターボックスへ向かう白城が話しかけた。


「リバースリミットのカーブは、速かったか?」

「はい。そう感じました。振り出そうとすると、すでにミットにボールが入っている感じです」


「上出来だ。おそらくリバースリミット内の球は、ミットがボールを吸い込んでるんだよ」

「え?吸い込むなんて、そんなはずはないですよ!」


「実際はな。だが、感覚はそうなる。そう思わなければ、対応できないんだよ」


 仟を横に、白城は右バッターボックスへ歩き出した。


「さぁて、女王様。たっぷり楽しませてもらうぜ!」

「自信ありそうね?白城君」


「じゃなきゃ……ここに立ってねぇ!」


 白城は、バットを短く持って構えた。そのグリップの位置に、愛理は細かくうなずく。


(言うだけの準備はしてきたようね)「白城君、今日は本気よ!」

「ああ!」


 愛理は初球、仟と同じ100キロ台のカーブから入った。外に決まったカーブを、白城は見送る。


「珍しいわね。どうしたの?」

「うるせぇ。まだ二球あるだろ」


「まだ二球?もう二球よ」

「くっ……」(なぜだ?なぜこの球はベース付近で加速する……)


 その時、白城の顔に僅かだが風が当たった。


(なに?風が出てきたのか?)


 白城がバックスクリーン上の旗を見るが、風になびいてはいなかった。そして二球目、またも外のカーブが110キロ台で白城を襲う。これも見送った。


 ストライクとなったボールを白城が睨む。


(今のは気のせいじゃねぇ!ふざけんじゃねぇぞ!こんな事があってたまるか)


 白城は打席を外し、素振りをしながら考える。


(リバースリミットが風の影響だとしても打つしかねぇ……。切り替えろ!)


 そして再び打席に立った。


「ラストよ?白城君」

「わかってるさ。次は貰う」


 三球目。120キロ台に調整されたカーブが外角を襲う。愛理は瞬時に距離間を計る。


(空振りよ、白城君。そのバットの長さでは、外のキレに対応できないわ)


 ここで白城がスイングを開始。だがキャッチャー愛理の思う通り、白城のバットは加速するボールに対して、バットの距離もタイミングも合っていなかった。


(終わりね……)


 愛理が空振り三振を確信した、その瞬間だった。ボールをキャッチしようとしたその目が驚く。


(バットが伸びた?)


 カキーン!


 ライトへ上がった打球を、懸命に野手が追う。しかし、白城の打球はライトポールを巻いた。一塁塁審の右腕が大きく回されるのと同時に、一塁を回った白城が力強く「よし!」と右腕を上げた。


『よっしゃー!』


 三塁の西島(せいとう)ベンチから喜びの声が飛ぶ中、キャッチャーの愛理は白城の置いたバットを見つめていた。


(やられたわ。あの短く持ったバットに、そんな秘密が隠されていたとはね……さすが、ブレイクリミッターといったところかしら)


 白城は加速するカーブに対し、短く持っていたバットに放り投げる力を加えた。軽く握った両手にグリップを滑らせ、バットを加速させた。瞬時に長く握ったバットはボールを捉え、そのまま振り抜いた結果だった。


 愛理は白城のバットを拾った。


(いつから考えていたのかわからないけど、こんな方法で私のリバースリミットを超えるなんてね)


 そして、白城が同点のホームを踏む。愛理は白城にバットを差し出した。


「白城君。わかっているとは思うけど、今の方法は二度と通用しないわよ?」


 白城はバットを受け取る。


「マジかよ。まぁ、負け惜しみを言う女王様じゃねぇからな。ありがとよ、また考えてくるわ」


 白城は一塁ベンチへ下がる。愛理は微笑んでいた。


(まるで、ぶっつけ本番でやったような言い方ね。でも、そうでなくちゃ面白くないわ)


 愛理の推測は正しかった。四番の杉浦(すぎうら)が打席へ向かう中、ベンチへ下がった白城に一奥が興奮しながらバットを持って近づいた。


「白城!今のどうやったんだよ?俺にも教えてくれ!」

「はぁ?お前に出来る訳ねぇだろ。一塁ベンチにバットを投げ込むのがオチだ。乱闘でもやる気か?」


 白城がそう言ったその時だった。三塁ベンチにガラガラ~ンと音が響く。


「うおっ!」
「あっぶねぇ……」
「ちゃんと握れや!」


 一塁の愛報ベンチから罵声が飛ぶ。その一人が、歩いてきた杉浦にバットを渡した。


「ほれ、気を付けろよ」

「ガハハ、すまんすまん」


 杉浦は、初球から実戦してバットを一塁ベンチへ放り投げてしまていた。


「げっ……」


 それを見た一奥は、無言でバットをケースにしまう。そして何事もなかったかのようにベンチへおとなしく座った。すると、今度は遠矢が白城の下へくる。


「白城さん、僕には教えてくれますか?」

「……って、そうじゃねぇだろ?お前の聞きたい事は」


「アハハ、そうでしたね」


 会話を聞いた仟が、「ん?」と二人に近づく。


「白城さん。ホームランの前に、打席を外したのはなぜですか?あの時なにか気づきました?」

「あれか。あれはな、あの人は女王じゃなくて魔女なんじゃねぇか?って思っただけだ」


「魔女ですか?」

「あぁ。リバースリミットは、おそらく風が味方してる。球の伸びもキレもそのせいだ」


「風だったのですか……ということは……」
「逆の球もあるって事だ。女王様に、あの打法はもう通じないと死刑宣告されたしな。この二択は厄介だぜ?」


 仟が右手を口に当てて考える。すると遠矢が思い出すように言った。


「なるほど。だから愛理さんがピースパームを打った時に、バットがボールを吸い寄せたように見えたんですね」


 その言葉に、白城はベンチに寄りかかっていた背中を浮かせた。


「おい、遠矢!それを早く言え。なら確定じゃねぇか!……ま、そりゃホームランにもなるはずだな……」

「打つ時も、打った打球にも風が味方したんですね。うん、確かに魔女みたいだ!上手いこと言いますね?白城さん」


「お前、それ誉めてんのか?まぁ女王様に魔女と言ったら、怒られそうだけどな……」


 話し終えた白城がバッターボックスを見る。追い込まれた杉浦は、豪快に食らいついていた。


「ふんがぁー!」


 ブォン!と音を立て、短くバットを持つのを辞めた杉浦の豪快な三振で三回の裏が終了。スコアは4対4の同点になったが、ベンチへ戻るキャッチャー愛理は充実感で満たされていた。


(やっぱり野球は楽しいわ……。グラウンドで感じる風は、最高に気持ちがいい。熱くなった私を、いつも癒しに来てくれる。そして、私の味方になってくれる……)


 そんな中、三振した杉浦がベンチへ戻ってきた。


「当たらない……なぜお前だけ当たるんだ!」


 白城の前に立った杉浦。しかし白城は、杉浦の横を抜けて守備へと歩き出した。


「杉浦さん。一回くらいなら、いつか当たりそうだったっすよ?」


「いつかだと?白城……貴様ぁ!」


 振り向いた杉浦は、白城を睨む。


「やべっ!」

「お前のいつかはさっきか!」


「知らねぇっすよ~」


 白城はレフトの守備へ逃げた。


「待て白城!……くそっ。次は打つ……」


 悔しがりながら、杉浦もファーストへ行った。

インコース攻めの進化と真のノーリード

 四回の表、愛報高校は六番から始まる。ベンチに座った愛理は、この試合のプランを考えていた。


(スコアは4対4。このまま行けば、仮に白城君に打たれても最大でソロの3点。愛報(ウチ)は最低でも4点は入る。この試合は決まりね)


 だが、一奥が六番バッターに投じた初球を見た愛理の顔が曇った。


(ん?初球から落とした?)


 二球目、遠矢はまたもインコースへ落とした。追い込んだキャッチャーの遠矢を、愛理が見つめる。


(やはりインコースのフォーク。でもこれは……)


 三球目もインコースのフォーク。空振り三振したバッターは悔しがり、愛理は左の肘を立て、顎を乗せた。


(また厄介な球を使い分けるわね。でも遠矢君がリミットリミッターならそれも可能……最後はインローのスプリットか。危険なインコースに高低差を加えたリード。試合の流れを読み、勝負に来たわね)「間口(まぐち)!」

「わかってるよ、愛理。俺はライトでいいのか?」

「お願い。監督、次の回から望月で行きます」

「どうやらそのようだな。よし、行ってこい」


「はい!」


 続く七番・八番と、遠矢はインコースのフォークを軸にスプリットを混ぜた配球を見せる。インハイからインローへのフォーク。高めのボールからインコース真ん中へのフォーク。そして高めボールからインハイへスプリット。インハイからインコース真ん中へスプリット。インコース真ん中からインローへと決まるスプリット。


 緩急差と高低差を利用し、バッテリーはこの回をゼロに抑えた。


「くそっ。打ちにくい……」


 愛理は守備に向かいながら、三振した八番の間口に声をかけた。


「どんまい間口。じゃ、飛ばないけどライト頼むわね」

「あぁ。そうしてくれ」


 そのまま愛理は球審の下へ行き、守備の交代を告げた。球審が三塁ベンチへ走り、紀香監督にそれを伝える。


「六番にピッチャー望月君。八番の間口君がライト。以上です」

「わかりました」


 球審のやり取りを見ながら三塁ベンチへ戻ってきた西島ナインは、マウンドの1年生ピッチャー望月を見ていた。声を出したのは白城だった。


「間口さんはライトか……」


 それに遠矢が応える。


「ですね。このまま行けば、愛理さんのリバースリミットが切れる七回・八回は間口さんという事でしょうね」


「だな……」


 会話を終えた白城と遠矢は、ベンチに下がった。


 そしてついに、白城と杉浦のやられたバッテリーのパーフェクトピッチングが始まる。


 五番神山(かみやま)、六番村石(むらいし)、七番鶴岡(つるおか)の三年生が、1年生ピッチャー望月の前にど真ん中9球全て空振りで終わった。この光景に、球場全体がなぜ打てないと静まり返った。



 それを見ていた紀香(のりか)監督は、愛理の掲げる真のノーリードに驚く。


「仟!」

「はい」


「一奥の球をあれだけ真剣勝負で打ってきた彼らが、あの程度のストレートをここまで当てらないものなの?」

「はい。お二人とあのバッテリーの球は、バッターの手元で予測を上回る点では変わりません。ですが、その中身が全く違います。あのバッテリーは今、来ないようで来る球を投げています」


「え?来ないのに、来るの?」

「はい。では監督、チェンジですので行ってきます」


「あ……そうね」


 走って守備へ向かう仟の背中を見ながら、紀香監督は少し安心した。


(元先輩とチームメイトとの試合で固くなっていたけど、やっと冷静に見れるようになったわね。それにしても、あのボールを西島(ウチ)はどうやって打つの?)


 すると、ベンチにいた二年の小山田(おやまだ)が紀香監督に声をかけた。


「あの……監督。素振りをしてもいいでしょうか……?」

「ええ、いいわよ?」


「ありがとうございます!」


 そんな小山田の姿を見たウザイケメン光(ひかり)も、「小山田君、僕の華麗なスイングを見本にしなさい!」と、バットを持ってベンチを出ていった。


 彼らがこの試合で必要とされるかはわからない。ただ彼らは、野球がやりたくてジッとしていられなかった。そんな彼らを見た後、紀香監督はグラウンドの西島ナインを見る。


(悪い癖ね……。いつの間にか、負けられない気持ちが勝たせたい気持ちになっていた。私に余計な感情は必要ない。主役はいつも、この子たちよ……)


 スッと立った紀香監督は、グラウンドへ向けて叫んだ。


「あなたたち!今日もおもいっきり好きにしなさい!いいわね?」


 突然の声に西島ナインは驚いたが、すぐにに『おぉー!』や『しゃー!』とそれぞれが叫んだ。


 再びベンチに座った紀香監督は、肩の力が抜けてスムーズに手足を組み直す。紀香監督の気合いがナインに伝わり、マウンドの一奥は野球バカの血を騒がせていた。


「遠矢!こっちも9球で終わらせるぜ!」

「そのつもりだよ。こい!一奥」


 だが、この五回の表は九番から始まる。愛報高校一番の長谷川(はせがわ)は、ネクストで不気味に微笑んでいた。