三回戦、第二シード愛報高校戦開幕|リミット61話

 両チームのノックが終了。グラウンド整備が行われる中、ベンチに座る一奥(いちおく)と遠矢(とうや)はブルペンで投球練習をする愛報(あいほう)高校先発の間口(まぐち)を見ていた。


「どうだ?遠矢。問題なさそうだな?」

「そうだね。間口さんには、早めに降りてもらわないと困るからね」


 そう言うと、遠矢は一塁ベンチにいる望月(もちづき)を見る。


(彼を早めに出して、一球でも多く投げさせないと……)


 すると、遠矢の隣に仟(かしら)がきた。


「遠矢さん。先発メンバーは、あれで本当に良かったのですか?」

「それって、白城(しらき)さん三番の事?」


「そうです。私は四番と考えてましたので」

「でも白城さんの直訴でしょ?記事の予告の件もあるし、何か考えがあるんじゃないかな?」


 そう言いながら、遠矢はベンチ前で素振りをする白城に微笑む。仟の書いた西島(せいとう)高校の先発メンバーは、


 一番センター要
 二番セカンド仟
 三番レフト白城
 四番ファースト杉浦
 五番ショート神山
 六番サード村石
 七番ライト鶴岡
 八番キャッチャー遠矢
 九番ピッチャー 一奥

 以上となっていた。


「そうだと思いますけど……」

「結局、これと言ってリバースリミット対策がないんだよねぇ……」


 二人が息を漏らす中、グラウンド整備が終わった。


「よし、集合だ!」

『おぅ!』


 キャプテン神山(かみやま)を中心に、円陣が組まれた。


「いよいよ第二シードの愛報戦だ。相手が強いのはわかっている。それと、キャッチャーの蝶蜂(ちょうばち)はリミッターだ。ピッチャーが望月に変われば、白城と杉浦がやられた球が来る。勝負は序盤三イニングだ!いいな!」

『おう!』


「行くぞ!西島~、fly!」『highー!!』


「集合!」


 両チームの挨拶も終わり、西島ナインがグラウンドに散った。神山はトスに負け、要(かなめ)に言われた先攻を取れなかった。

 守備練習をするセカンドの仟は、ゴロをさばきながら考えていた。


(望月君と愛理(あいり)さんのバッテリーを崩せなければ、得点チャンスは五イニング。一奥さんと遠矢さんが抑えられないなら、愛報高校の得点は8。序盤にエースの間口さんから何点取れるかが……)「勝負!」


 仟はゴロをさばくと、気持ちを入れてファーストの杉浦(すぎうら)に送球。ミットがパーンと心地よい音を出す。


「いてっ!ガハハ。仟、いい気合いだ!」

「はいっ!」


 杉浦が誉め、ピッチャーの一奥がラストボールを投げた。キャッチャーの遠矢が素早く二塁の仟へ送球。


「セカンド!」

「ナイスボールです!遠矢さん」


「よっしゃ、いくか!」

「はい!」


 仟からボールを受け取ったピッチャーの一奥は、仟と気合いを交換するように頷き合った。一奥がホームへ振り返ると、昨日やられた一番ショートの長谷川(はせがわ)が左バッターボックスで待っていた。
長谷川は、キャッチャーの遠矢にニヤリと微笑む。


「よろしく、自称補欠君」

「こちらこそ、お願いします」


 長谷川と遠矢が言葉を交わしたその時、三塁ベンチに座るの紀香(のりか)監督は秋のセレクション以降ずっと思い描いていた西島ナインの姿に見とれていた。


(今日の相手は第二シード。実現は難しかったけど、この光景が間に合って良かった。これなら戦える。あなたたちは、今の西島のベストメンバーよ!おもいっきり、野球を楽しみなさい!)


 そして、球審の大きな声がグラウンドに響く。


「プレイ!」


 初球、一奥が振りがぶったその時だった。バッターの長谷川がボソッと呟く。


「外のストレート……」

(え!)

 遠矢は驚く。


 狙い通りと長谷川が強打。サード村石とショート神山は一歩も動けず、打球はレフト白城の前へ。キャッチャーの遠矢は、昨日の対戦と全く同じ展開に少し戸惑っていた。


(まだリバースリミットは始まってないんだけど。さすがは第二シードの愛報レギュラー。本番はさらに一味違う。それなら……)


 結果を見た一塁ベンチの愛理(あいり)は、ため息をついた。


(バッテリーに対策なしか。これは予想外だったわね……)「長井(ながい)!」


 バッターボックスに入ろうとしていた長井が、愛理の声に頷く。


(昨日の忠告が伝わっていなかったのか?それとも本当に策がなかったのか?見せてもらうわよ、遠矢君)


 そして、二番セカンドの長井が足場を整えながらキャッチャーの遠矢にささやいた。


「愛理がさ、初回から潰せってよ……」


 長井は遠矢をチラッと見たが、遠矢は無言で真っ直ぐピッチャーの一奥を見ていた。


 バッターの長井が構え、一奥は昨日と同じスローカーブを投げる。それを見た長井は、フッとニヤつく。


(残念だぜ!)


 打球は、またもや昨日と同じくセンター前へ抜けた。結果を見届けた四番の愛理は、ゆっくりと立ち上がる。


(本当にこのままなら、初回で試合を決めるわよ)


 愛理は試合プランを変更し、ネクストバッターズサークルへ向かった。三番のセンター長間(ちょうま)と目が合うと、愛理は力強く頷く。


 左バッターの長間が構え、一奥がインコースのスライダーを投げる。同じく長間も、残念そうにニヤついた。


(俺にも同じか……今日は逃さん!)


 打球は、ファースト杉浦の左を抜けたかに見えた。


「なにっ?」


 バッターの長間が驚く。


(なぜ……セカンドがそこにいる?)


 一・二塁間を抜けると思われた打球を、セカンド仟がダイビングキャッチ。低い体勢のまま、二塁へ投げる。


「神山さん!」

「ナイスだ仟!」


 ショートの神山も、迷わず一塁へ送球。ファースト杉浦のミットに収まった。


「ガハハ!決まったな」


 4ー6ー3のダブルプレー。


「よし!」


 声を出した遠矢が右手を握る。一連のプレーに満足したネクストバッターズサークルの愛理は、フッと笑って打席に向かった。


(長間が打つ前から、仟は右に走っていた。遠矢君、どうやら昨日を全く無にした訳ではないようね。……いいわ。そんなにお望みなら、予告通りリミット勝負でいきましょう)


 ツーアウト三塁。右打席に立った愛理は、微笑みながら目を閉じた。キャッチャーの遠矢は、バットを右肩に乗せてボックスの右端に楽な姿勢で立つ昨日と同じ愛理の姿を目にする。


(リバースリミット……望むところだ!)


遠矢は一奥にど真ん中を三球投げさせ、愛理を見逃し三振にした。打席を去る時、愛理は一応遠矢に確認した。


「遠矢君、私を歩かせなくても良かったの?」

「もらえるアウトはもらいますよ?愛理さん」


「フフッ、いい表情ね」(良かったわ。この試合楽しめそうね)


 一塁ベンチへ戻る愛理に、三塁ランナーの長谷川が追いつく。


「なぁ愛理、初回から潰すんじゃなかったのか?」

「そのつもりだったけど、あのゲッツーで止めたのよ。あれはファインプレーじゃない。そう思った人が、球場(ここ)に何人いるかしらね?私を入れて10人なら、ガッカリだけど」


「アハハ、せめて11人にしろよ。まぁ、これで次の打席が楽しみだ」

「そう。それだけのことよ……」

あの時のリード

 一塁ベンチに戻った愛理は防具を着け、愛報ナインが守備につく。投球練習をする間口の球を、西島ベンチはジッと見ていた。


 愛報高校の二回戦をスタンドで見ていたメンバーたちだが、なぜ打てないのかいまだにわからなかった。


 控えキャッチャーからミットを受けとると、ラストボールを愛理がセカンドへ投げる。


「さすが愛理さん。いい肩してるねー」


 呑気に敵を誉める遠矢に、キャプテンの神山が話しかける。


「遠矢。間口攻略だが、何か掴めたか?」

「おそらくですが、最大の武器はコントロールだと思いますよ?」


「コントロール?随分地味に聞こえるな」

「神山さん。それはリミッターを相手にしてきたからですよ。でしたら、パーフェクトコントロールと言ったらどうでしょう?」


「なるほど……確かにそれは厄介だ」

「ですが、昨日の勝負の最中に愛理さんが白城さんたちにこう言ったそうですよ?コントロールを間違えないピッチャーは存在しないと。ですから、間口さんは限りなくパーフェクトに近いコントローラーなのでしょうね」


「そうか……」


 頷いた神山が打席を見ると、一番の要が普通に構えてバッターボックスに立った。その構えを見たキャッチャーの愛理は、笑みを浮かべた。


(いい構えね。さて、実力を見せてもらおうかしら)


 初球、愛理は外のストレートを要求。際どいボールだったが、要は見極めた。予定調和と言わんばかりに、愛理はテンポ良く間口へボールを返す。


(私が教えたんだから、このくらい当然か)


 二球目。同じボールを要は見送る。カウントはツーボールとなった。愛理が心で頷く。


(これで確定。要は外のストレートを完璧に見切ってる)


 三球目も同じ球。


(おやおや?)


 見送った要は、キャッチャーの愛理を不思議そうに見た。


「どうしたの?要。打っていいわよ?」

「えへへ、はい」


 だが四球目、愛理が要求したのは同じ外のストレート。しかも、ボール球だった。見逃した要は、首をかしげながら一塁へ行った。


 その様子をネクストバッターズサークルで見ていた仟は(これだ……)と、愛理のリードと呼べないリードを思い出していた。そして三塁ベンチの遠矢も、このリードを思い出していた。


「一奥、これは僕と仟がキャッチャー勝負をした時のリードに似てない?」

「おおー、言われてみればそうだな。愛理先輩ってさ、仟と要の先輩だろ?だったらこれがオリジナルじゃねーの?」


「ふんふん、なるほどね」


 二番の仟が打席に立つと、キャッチャーの愛理が話しかける。


「どう?仟。懐かしい?」

「はい。変わっていませんね、愛理さん」


「まぁね」(でも、徐々に変わるわよ……)


 仟が構え、ピッチャー間口が外のストレートを投げる。見送った仟は、厳しい表情を浮かべた。


(本当にギリギリボール。本当に間口さんは、愛理さんの求めていたコントローラーなのかもしれない。でも愛理さんは言ってた。そんなピッチャーは存在しないと)


 続く二球目・三球目も同じ球でボール。要同様、仟も見切っていた。スリーボールとなり、淡々と作業をこなすように愛理が返球。そして仟へ話しかける。


「仟、外のストレートのみよ?」

「はい」


 返事をした仟は、テンポよく投げてくる間口に目を向ける。


(わかっているけど、ボールには手を出せない。要の打席が正解……)


 四球目、宣言通り外のストレートがくる。ミットに収まったその瞬間、球審の判定を聞いた仟は違和感を持った。


「ストライク。スリーボール、ワンストライク」


(これは、間口さんのコントロールミスのはず……)


 愛理のミットをジッと見ていた仟の視線に、キャッチャーの愛理が気づく。


「そうよ、今のはミスね。次も行くわよ?」


 愛理は、サラッと言った。五球目も宣言通りの外のストレートくる。仟は同じように見送った。


「ストライク。フルカウント」


(これも間口さんのミス……)


 振らない仟に、愛理がまた声をかける。


「仟?ストライクよ?打たないの?」


 仟は一瞬下を向いて、すぐに構えた。


(フルカウント。ボールは間違いなく同じ球がくる。そして愛理さんは、ギリギリボールを要求してるはず……)


 そして、六球目を間口が投げた。


(外のストレート!際どい……でも打つしか……え?)


 パン……

 仟は見逃した。

「ボール。フォア」


 球審の声を聞いても、仟は少し呆然としていた。


(今のはなんだったの?タイミングが合わなかった……)


 返球する愛理が、仟に声をかける。


「仟?フォアボールよ?……でも、手は出なかったようね」


 バットを置いた仟は、無言で一塁へ行った。遠矢も異変を感じていたが、言い出したのは一奥だった。


「遠矢、今の仟のスイングおかしくなかったか?」

「全くタイミングが合ってなかったね。ストライクなら、見逃し三振だったよ」


 そこへ神山がくる。


「遠矢、仟に何が起きたんだ?」

「神山さんがよく知る球ですよ。一奥が投げてる球に近いですから。仟の頭になかった球が来ただけだと、今の所はそう思いますけどね」


「本当にそれだけか?」

「そうですね……。正体はわかっても、厄介な球かもしれません。最後の一球だけでしたしね」


「遠矢、詳しく説明しろ」

「あのコントロールですよ。おそらく要と仟には、全て同じ球に見えたと思います。同じ球を続けると、バッターの目が慣れて打たれやすいというセオリーがありますが、愛理さんはそれを逆手に取ってますね。目が慣れているからこそ、打てない球だと思いますよ」


 その言葉に、神山はやれやれといった表情を見せた。


「お前……何を言ってるんだ?俺にはさっぱりわからないぞ」

「すみません。要するに、同じ球であって同じじゃないんですよ。だから予測していなかった仟は、タイミングを崩されました。その同じに見えるイメージが、予測を狂わせているんです。それを可能にしているのが、間口さんのコントロールですね」


「なるほど……さすがはオリジナルって訳か……」


 神山が腕組みをしたその時、遠矢は打席に立つ白城を見てニヤリと微笑んだ。


「それでも……」


 フルスイングした白城のバットから快音が響く。


「白城さんには、関係ないみたいですね?」


 遠矢は、ライトスタンドへ飛んだ白城の打球を笑顔で見ていた。


「よっしゃー!」
「ナイスバッティング!」
「先制スリーランだ!」


 西島ベンチから声が飛ぶ中、驚いた神山が遠矢に言う。


「あいつ、今の初球はボールだろ?いつもの白城なら見逃す球だぞ!」

「さすがリミットブレイカーですね。白城さんは、常に自分の限界を超えてきますから。にしても、甘くないボールでホームランですか……今日は特に調子が良さそうですね?」


「狙っているんだろう。この大事な試合で、バカげた予告記録をな」

「頼もしいですねぇ」


 だが遠矢は気になっていた。打たれたはずのキャッチャー愛理が、ホームインした白城に拍手を送っていたからだった。その態度に、白城はいちゃもんをつける。


「随分と余裕だな?女王様。負け惜しみなら聞いてやるぜ?」

「4ホーマーあげるって言ったでしょ?お礼のつもりよ?」


「へっ、よく言うぜ。その余裕が消えるのを楽しみにしてるからな!行くぞ、カシカナ」


 白城はホームで待っていた仟と要を連れ、三塁ベンチへ下がった。その背中を、キャッチャーの愛理は横目で見ていた。


(後3ホーマー打てたとして、一体何点入るかしらね……。もし8点以下なら……終わりよ?白城君……)