スポーツ新聞事件|リミット60話

 第二シード、愛報(あいほう)高校との三回戦当日の朝を迎えた。西島(せいとう)グラウンドへ来た一奥(いちおく)と遠矢(とうや)は、一塁ベンチで新聞紙を顔にかけて寝ている男を発見する。


「遠矢、あれって斜坂だよな?何してんだ?あいつは」

「アハハ、朝が早いね~アロパンサンは」


 名京(めいきょう)高校斜坂(ななさか)を遠目に見ながらグラウンドを歩く二人が一塁ベンチに着くと、スポーツ新聞の裏面に目がいった。


「なんだ?これ。昨日の今日で記事になるのか?」

「確かにそうだけど、裏一面は凄いね」


 そこには西島高校対愛報高校ではなく、大きな文字で愛理(あいり)対白城(しらき)と書かれていた。さらに二人がよく読むと、予告宣言まで書かれていた。


「これ、白城は知ってるのかな?」

「さすがに知らないと思うけどね……」


 その時、ガバッと斜坂が起きた。一奥と遠矢はビックリした。


「ん?……うおっ!」


 斜坂は起き上がると、寝ぼけていたのか少し間を置いて急に叫んだ。そして、一奥に気づき両腕を掴む。


「おい一奥!この記事はなんだ?俺のブログのアクセスが下がるだろ!」

「知らねぇよ。俺らだってビックリしてんだからさ。でも斜坂、良かったじゃねぇか」


「ん?なにがだ?」

「ここだ、ここ」


 一奥は、裏一面の下の小さい小さい記事を指差した。そこには、第一シード名京五回コールドで三回戦突破と書いてあった。


「プッ……」

「笑うな!まだいいんだよ、名京は」


「まぁな。行こうぜ遠矢」

「うん」


 そう言うと、一奥と遠矢はフェンス際でランニングを始めた。すると、斜坂もアロパンサンの格好でついてきた。


「おい待てって。この記事は本当なのかよー?」


 斜坂は、一奥と遠矢が並んで走る隣で新聞を見ながらサンダルで走る。


「うるせぇなぁ。本当だ本当。それは昨日の午後の話だ」

「でも一奥、新聞記者はいなかったよね?」


 一奥と遠矢が話す中、斜坂は新聞を見ながら「ふ~ん」と言う。すると、グラウンドに仟(かしら)と要(かなめ)が現れた。


 二人は走る三人を見て足を止め、要は「アロパンサンだぁ!」と笑った。仟はユニフォーム姿の二人と、アロハシャツ・短パン・サングラスの人物が新聞を広げて一緒に走る姿に、(この絵は何……)と、冷たい視線を送った。


 仟と要に気づいた遠矢が、二人に「おはよー!」と叫ぶ。要は軽快にフェンスを乗り越えて三人の下へ走ったが、仟はゆっくりフェンスを越えて四人をその場で待っていた。


「アロパンサ~ン!おはよー」

「おー!要ちゃん、おはよ」


 要は三人に追いつき、並走し始める。


「アロパンサン、ここで何してるの?」

「これこれ、この記事だよ」

「ん?おー!」


 要は、嬉しそうに驚いた。そしてスポーツ新聞を受け取る。


「これは白城(しら)先輩大変だね。……果たして、二人の予告は現実となるのか?だって。でもなんかカッコいいね~」


 要は新聞を読みながら走る。すると一奥は、斜坂がまだ一緒に走っている事を疑問に思った。


「そういえば斜坂。お前ら三回戦は昨日だろ?何で今走ってんだ?」

「おー!だよな?それを早く言え。あ、仟ちゃん、おはよ」


「おはよう……ございます」


 笑顔の斜坂とは対照的に、仟は意味不明な斜坂の行動に戸惑いながら走り出した。すると、要がスポーツ新聞を仟に見せる。


「仟!見てみて!」

「何が書いてあるの?」


 仟が要から新聞を受け取ると、記事を見て「ん?」と言いながら瞬(まばた)きを速めた。仟は、斜坂がここにいる理由をようやく理解した。


「んだよ……一番じゃねーのか。面白くねぇ」


 そこへ現れたのは、スポーツ新聞を持った白城(しらき)だった。



「白城さーん!おはようございます!」


 気づいた斜坂が元気よく挨拶する。5人は、フェンス越しに白城の前で立ち止まった。


「おい、アロハ。仟が持ってる新聞はお前のか?」

「もっちろんすよ。白城さんのも同じスポーツ新聞っすね」


「はぁ?よーく見ろ。その新聞、ヨダレ垂らしたみてーに濡れてるじゃねーか」


 全員が斜坂の持ってきた新聞を見ると、確かに中央部分が濡れていた。


「あー!これを顔にかけてベンチで寝ちゃったんすよ。多分、寝ながら白城さんの記事に感激して泣いたんじゃ……ん?」


 斜坂は、新聞をその場にバサッと落とした仟の冷めた視線だけではなく、嫌な空気を感じた。


「なっ?」


 すると、一奥が話ながらランニングを再開する。


「遠矢……俺にはあの名京高校のエースが早朝のベンチでヨダレ垂らしてたなんて、死んでも言えねぇわ……」

「そうだねぇ……。彼にスタンドからヨダレエースなんて声援が飛ぶのを、僕も見ていられないよ……」

「おい!」


 斜坂は二人を追いかけた。


「あの名京のスター、笑顔でピースの斜坂なのにな……」

「一生言われるなんて……不幸過ぎるよ……」

「おいおい!」


 取り残された三人は、跳び跳ねるように走る斜坂の背中を見ていた。


「本当にヨダレだったのか……」

「白城さん?適当に言ったのですか?」


「あぁ。ただ斜坂(あいつ)と同じ新聞だと、言いたくなかっただけだったが……」


 仟は苦笑いをし、要は爆笑した。


 追いついた斜坂は、一奥と遠矢に手を合わせて頭を下げる。すると仟は、思い出したように白城に聞いた。


「それより白城さん。どうしてこの記事が出来上がったのかわかりますか?」


 仟の言葉を聞いた白城は、ニヤッと笑った。


「それはな、ゲーセンの店長だ。俺が昨日、愛報高校と前哨戦をやるから行けなくなったとメールしたからな。そしたらさ、ご丁寧に昨日の夜メールで教えてくれたんだよ。まぁ、あの野球好きの店長なら記者に知り合いがいてもおかしくねぇだろ」

「おー!」


 要は嬉しそうに驚いたが、仟は不安だった。


「ですが白城さん、ここまで書かれてますけど、今日の試合の対策は決まったのですか?」

「ない」

「おぉー!」


 自信満々に言った白城と、その潔い姿を見て興奮する要。仟の不安は増した。


「いいじゃねぇか。予選三回戦のネタでこの扱いだぞ?今日のスタンドは、お前らのファン以上に入るぜ」

「おおー!さすが白城(しら)先輩。有言実行だぁ!」


『アハハ!』


 笑う二人を見て、仟も(まぁいっか)と微笑んだ。すると、部室の方が騒がしくなり始める。


「お?みんな来だしたみたいだな。おい斜坂!」


 話し合っていた三人が、同時に白城を見る。


「この証拠を隠さなくていいのか?」


 白城がグラウンドに落ちているヨダレ付き新聞を指差すと、斜坂はダッシュで戻ってきた。


「白城さん!斜坂剛二は今日、スポーツ新聞を買ってない事になりましたので。それでは」


 斜坂は、再び一奥と遠矢の下へ走り去る。そのまま三人が様子を見ていると、斜坂はスマホを取りだし、一奥と遠矢はポーズを決めた。


 白城と仟の冷たい目線がそそがれる。


「斜坂の奴、売ったんだな……」

「はい……ピース斜坂の右肩上がりに、二人の特集記事が組まれると思います」


「俺、あんな一奥(アホおく)の笑顔見たことねぇぞ……」

「私もです……」


「白城!監督が来たぞ!出発だ」


 部室からキャプテン神山の声を聞いた白城は、撮影中の一奥と遠矢を呼ぶ。


 撮影の終わった三人が戻って来ると、白城は斜坂に「これから取材だろ?」と聞いた。斜坂は新聞を脇に挟んだまま「はい……」と元気なく返事をした。


「じゃ、行こうぜ。斜坂、バス乗ってけよ」

「いいんですか!って、白城さん……カシカナの取材なら俺もノリノリで……」
「斜坂く~ん?」


 一奥が笑顔を向ける。


「わかったよ!一奥」

「ん~?斜坂君?一奥ではないでしょ?」


「わ、わかりました……紙……様……」
「よろしい!では斜坂君、バスへ行こう!」


 一奥は笑いながら、背中を曲げた斜坂を連れてグラウンドを出る。4人は後を追い、要が遠矢に話しかけた。


「遠矢(とや)君、紙様逆転しちゃったね」

「まぁ、今回は新聞紙様(しんぶんしさま)だけどね」


 一奥が部室に着くと、杉浦が声をかける。


「おい、一奥。何で斜坂(こいつ)がここにいるんだ?」

「俺と遠矢の密着取材だよ。ついでに道具も運んでくれるってさ」

「ほう」「はぁ?一奥!俺は……おうっ……」


 抵抗する斜坂は、一奥にバットケースを左肩にかけられた。


「重い……」

「斜坂、紙様は優しいだろ?右肩は勘弁してやったんだぜ?」


「お、おぅ……」

「さぁ斜坂君、愛報退治に出発だ!」


 一奥にノコノコついていく斜坂を見た杉浦は、少し気の毒に感じていた。白城たちも道具を運び、一奥と斜坂以外の全員がバスに乗り込んだ。


「監督、斜坂もよろしく!」

「え?またって言ったけど、まさか3日後だとは思わなかったわ」


「色々ありまして……よろしくお願いします」

「いいわよ」


 斜坂が空いていた一奥の横に座ろうとすると、白城の持ってきた新聞を見ている西島メンバーが目に入る。斜坂は思い出し、すぐに脇のスポーツ新聞を隠そうとした。


「おい、斜坂!」

「はい!なんでしょう」


 だが、隠す前に杉浦に捕まってしまった。


「それはこの新聞と同じか?」


ビクッとした斜坂は、一奥を見て助けを求めた。目が合った一奥は気づき、斜坂を助けようと座席を立った瞬間だった。


「よこせ」「アァ?」


 杉浦は、斜坂の脇から新聞を抜き取ってしまった。慌てる斜坂が一奥を見るが、一奥も立ったまま固まっていた。


「白城のくせに生意気な記事だな……ん?なんだこれは?濡れているぞ?汗か?」

(ハッ!)


 杉浦の汗という言葉に、斜坂はチャンスだと思った。


「アハハ、ずっと脇に挟んでましたからねぇ。いやぁ、今日も暑い暑い。たまんないっすねぇ……アハハ」


 斜坂は、後頭部をさすりながら笑顔で言った。だが、


「んおっ、くさっ!なんだこれは!」


 杉浦は臭いに敏感だった。


「斜坂……お前まさか……」

(あぁ……もうダメだ……)


「ワキガか?」
「そっちかよ!……あ、アハハ……」 


 斜坂は、ガクッと崩れるように座った。


(って……どっちも変わらねぇじゃねぇかよぉ……)


 だが、斜坂は必死に考えた。


(こうなっては仕方がない。どっちだ剛二……ヨダレかワキガか……。ちくしょう、なんて究極の選択なんだ)


 すると、後ろから杉浦が覗き込む。


「おい、斜坂。聞いているのか?」

「それは……ヨダレだぁ!」


 ヨダレだぁ……ヨダレだぁ……


 斜坂の大声がバス中にこだまし、わずかな静寂が生まれた。立ち上がって両手を握り、上を向いた斜坂の閉じられた瞳の奥には、光が降り注いでいた。


(これは……開き直りの天使が、俺の勇気を祝福してる……)


 ニヤケた口元にたどり着いた涙は、しょっぱい青春を斜坂に感じさせた。そのあまりにも酷い姿に、杉浦は逆に圧倒された。


「そ、そうか……。ヨダレか……ほれ、返すぞ」


 杉浦は、たたんだスポーツ新聞で斜坂の胸を軽く叩いた。斜坂はスポーツ新聞を優しく抱き締めると、静かに微笑みながら座った。


(紙様……ありがとうございました……)


 だが、現実は甘くなかった。


「だっはっは!」
「それじゃ誤魔化せてねーじゃん!」
「くせー事には変わりねぇ!」


「なぬー!」


 我を失った斜坂が立ち上がろうとしたその時だった。隣の一奥が立ち上がり、バスの後ろに向かって叫んだ。


「斜坂(こいつ)は嘘は言ってねーよ!これはヨダレだ!」

(一奥……お前って奴は……)


 斜坂は我に返ったが、


「一奥……ククッ……もう笑わすな……」
「はぁ、はぁ……苦しい」
「腹筋が……腹筋がぁ」

「だからなー!そこまで言わなくても……ん?斜坂?」


 再び叫ぼうとした一奥の右手を、斜坂は穏やかな表情で掴んで止めた。


「いいんだ、一奥」

「斜坂!だってお前、このままじゃ……」


「いいって言ってるだろ?」

「わかったよ」


 斜坂は受け入れた。そして、短パンのポケットからスマホを取り出す。一奥は、斜坂のスマホを覗きこんだ。


 慣れた手つきでブログを更新すると、「これでいい……」と、目を閉じて微笑んだ。一奥は、その内容に驚いた。


(こいつスゲェ……ピンチをチャンスに変えやがった!)


 この瞬間から斜坂のブログは、


‘ヨダレが出るほど面白い!ピース斜坂の右肩上がり’


 以上に変更された……らしい。

愉快な姉の助言

 西島(せいとう)メンバーを乗せたバスが球場に到着すると、場外で取材を受ける愛報(あいほう)高校のメンバーたちに一奥が気づく。


「今日は人が多いなぁ。白城(しらき)見ろ!愛理(あいり)が記者に囲まれてるぜ?」

「あぁ、女王様はご機嫌のようだな」


「監督、向こうの駐車場に止めようぜ。ここで降りたらめんどくせぇぞ?」


 バスの運転席まできた一奥(いちおく)は、空いている駐車場を指差す。すると、紀香(のりか)監督が首をかしげた。


「一奥(いちおく)、あなたまた何かしたの?」

「へ?」


「あそこは普通車しか停められないの。諦めなさい」

「ふ~ん、まぁいいか。俺は関係ないしな」


 バスが駐車を終えると、周りにぞろぞろと数十人の人が集まってきた。


「よし、降りたらサブグラウンドへ移動するぞ!」

『はい!』


 キャプテンの神山(かみやま)がバスを降り、次々に西島メンバーがバスを降りる。降りようとした仟(かしら)は、一番後ろに座る白城(しらき)が気になった。。


「白城さん、降りないんですか?」

「俺は最後でいい、先行けよ」


「わかりました」
「じゃあねー、白城(しら)先輩」


 仟と要(かなめ)がバスを降りると、数人の記者に愛理の下へ連れていかれた。バスに残っているのは、一奥、斜坂(ななさか)、遠矢(とうや)、そして白城と紀香監督だった。


 記者に連れ去られる仟と要の姿を窓から見た白城は、「しょうがねぇなぁ……」と言いながらバスを降りようとした。それを止めたのは、姉の紀香監督だった。


「白城、あなたが行ったら余計にややこしくなるんじゃないの?」

「大丈夫だよ、姉貴。ちょっと礼をされるだけだ」


「ふ~ん」


 白城はバスを降りると、数人のファンを連れて二人を追った。紀香監督が一奥を見ると、一奥は気まずそうな顔をしていた。


「一奥、今度は何をしたのかな~?」

「そんな!監督。ちょっと野球で遊んだだけだよ」


「冗談よ。あの記事、私もなかなか楽しめたし」

「もう読んでたのかよ!」


「だって、今朝白城の方から持ってきたんだから。当然でしょ?」

「なるほど……」(白城の奴、嬉しそうだったしな……)


 一奥が紀香監督を見ると、歩いていった白城をフロントガラス越しに見ていた。


「10割の満塁ホームラン対サイクルホームラン。フフッ、あの子もバカね。ん?あなたたちも早く降りなさい。閉めるわよ」

「あぁ」「はい」


 紀香監督の声に一奥と遠矢が動く。しかし斜坂は、新聞で顔を隠して降りようとしなかった。振り向いた一奥が声をかける。


「斜坂、行くぞ!」

「いいから先に行け。名京(めいきょう)の俺が、西島のバスから降りるのを見られたらマズイだろ」


「まぁ、そうだな。じゃぁ先に行くからな。ちゃんと俺の取材しろよ!」

「わかったよ、ほれ行け」


 一奥と遠矢はバスを降り、少しして斜坂はサッとバスを降りて球場とは反対方向に走っていった。


(あの子も色々大変ね……)と、紀香監督は苦笑いをし、バスの戸締まりをしてサブグラウンドへ向かった。


 サブグラウンドについた一奥と遠矢は、キャプテンの神山に「遅いぞ!」と叫ばれた。


「すみません、神山さん」

「遠矢、お前らだけか?白城たちはどうした?」


「あそこですよ?」


 遠矢が球場前の人だかりを指差すと、神山は「そうか」と息を漏らした。神山は遠矢に昨日の事を聞き、状況を把握する。


「まぁこれ以上、白城が問題を起こす事はなさそうだな」

「大丈夫だと思います」


「それより遠矢。白城は本当にあの予告に挑戦するつもりなのか?蝶蜂愛理(ちょうばちあいり)のリミットを破れなかったんだろ?」

「そうですね。僕はこの試合に勝つ事すら難しいと思ってますけど」


「お前はお前で、リードが読まれたんだよな……」


 神山は、複雑な顔をした。


「神山さん、何とかしますよ。アップ始めましょう」

「そうだな。後は本番で何とかするしかない。よし!ランニング行くぞ!」

『おーぅ!』


 西島メンバーがランニングを始めた頃、仟、要、愛理の三人は、記者からの注文で三人が映る写真を撮っていた。


 そこへ白城が現れる。


「よぉ、女王様。随分と楽しそうだな」

「そう?それともあなたが主役のつもりかしら?お陰で私は、このあり様だけど?」


 愛理は、囲む記者や観客をグルリと掌で紹介した。すると、一人の女性記者が白城の前へ笑顔でくる。


「どうも~、白城君。初めまして!限界スポーツ新聞の者でーす」


 白城はこのハイテンションな記者に「どうも……」と戸惑いながらも名刺を受け取った。だが、その名前を見て驚いた。


「これからも、リミスポをよろしくね!」
「ね!じゃねぇ!あんたこの名字……」


「そう、愛理ちゃんは私の妹でーす」

「いや……わかるけどわかんねぇ」


 混乱する白城に、愛理が説明しだした。


「白城君。実は昨日の勝負だけど、初めから姉は知っていたのよ」

「なにぃ?」


 愛理の言葉に、記者の姉は照れた。


「昨日ね、突然愛理ちゃんが車で西島高校へ連れて行けって言ったのよ……ああ!取材のつもりはなかったのよ?てへっ」

「舞理(まいり)、少し抑えて」

「あら?怒った?愛理ちゃん。ごめんなさいねぇ」


 姉のキャラに圧倒された白城は、(姉妹でもカシカナとは正反対だな……)と思い、カシカナを見る。


 目が合った仟は、「どうしました?」と首をかしげ、要は「アハハ!」と舞理を見て笑っていた。


 妹の愛理が咳払いをして話切り、記事の話を続けた。


「あの勝負の後、私は姉に感想を聞くつもりだったわ。だけど、姉も記事にする事になったと急に言ったのよ」

「だってぇ。私休みだったのに、急に先輩から電話で西島高校に取材に行けって言われたから……そうだよ愛理ちゃん!先輩にもう西島にいますよ?って言ったらね、お前はエスパーか!ってツッコまれたのよ?」


「舞理……」

「あ、アハハ……」


 白城は苦笑いしながら聞いていた。


「……まぁいいや。話が繋がったぜ。それでその先輩記者が、ゲーセンの店長の知り合いって訳なんだな?」


 すると、興奮した舞理が白城の目の前に来る。


「白城君!その店長ってラブべオタクの田口(たぐち)店長?私の先輩もゲーム好きなのよぉー。暇さえあればラブべラノベ言ってるわ!……あ!噛んじゃった。てへっ。ラノベじゃなくてラブべね?そうそう!」


「はぁ……」(俺はどっちでもいいんだけどな……)「でもさ、アンタの記事にあった俺の写真はどうしたんだよ?あれ、いつ撮ったんだ?」

「写真?あー、あれは斜坂君に貰ったのよ。仕事柄、名京高校にはよく取材に行くからね~」


「なにっ!」


 その瞬間、白城はバスに向かって走り出した。


「な~な~さかぁ!どこ行ったぁ!」(くっそ、あのヤロー。知ってて今日のリミスポ買ってるじゃねーか!だから俺より早かったのかよ!)


 走り去った白城を、舞理記者は呆然と見ていた。


「あら?白城君を怒らせちゃったかしら……?」

「ほっとけばいいのよ。それより姉さん、私もそろそろアップに行くわよ?」


「あ~そうね、愛理ちゃん頑張って!」

「うん」
 

 すると、愛理は立ち去る前に、仟と要の前へ来た。
 

「仟。白城君と……そうね、あのバッテリーに伝えてくれる?私のリバースリミットは、過去に名京のタイムリミッター国井(くにい)もストッパーのピース斜坂も超えたってね。じゃ、また試合で会いましょう」

「ハッ!」


 愛理は立ち去り、仟は思い出した。白城が斜坂の前に三振した事を。そして、一奥と遠矢のバッテリーが国井を抑えられなかった事を。


(愛理さんのリバースリミットが、名京を超えた……やっぱりスゴい人だ……)


 記者たちが追いかける愛理の姿をを仟が見ていると、「ねぇねぇ!」と声をかけられた。振り返ると、そこには舞理だけになっていた。


「なんですか?」

「ごめんねぇ、愛理ちゃんが生意気言って」


「いえ。名京高校相手にあの自信は、さすが愛理さんだと思いました」

「自信~?」


 そう言った新聞記者の舞理は、笑顔で首をかしげる。


「仟ちゃん?愛理ちゃんは、本当に練習試合で国井君と斜坂君に勝ってるわよ?」

「えっ?」


「あ~誤解させちゃうね、アハハ。試合は負けたわよ?」

「そうですか。でも、二人に勝ったのには変わりないのですよね?愛理さんは、どうやってあの二人に勝ったのですか?」


「アハハ、真剣な顔しちゃって。どうもこうもないわよ?互いのリミットがぶつかり合っただけだから。愛報高校は、四番にリバースリミッターの愛理ちゃんが入ると四回と八回で少なくとも8点は入るでしょ?普通8点もあれば勝っちゃうけど、相手はタイムリミッターの国井君。愛報が名京をゼロに抑えられたのは、五イニングだけだったよ」

「そうですか……。うん、わかります」


「じゃぁ今日の新聞が売れたから、特別にリバースリミッターの先輩として問題を出しましょう!」


 すると仟が舞理のあまりのイメージの違いに驚く。
 

「舞理さんは、リバースリミッターだったのですか?」


「えへへ、一応ね。でも愛理ちゃんは守備でもリバースリミットを発揮するから、愛理ちゃんの方が上だけどね」

「……それでも凄いです」


「ウフフ、では問題!愛理ちゃんの愛報に勝つには、先攻・後攻どちらがいいでしょう?」

「それは、西島(ウチ)が先攻です」


「賢いわねぇ。どうして?」

「先攻でしたら、四回表まで愛理さんのリバースリミットはありません。次にリミットが切れるのは六回裏です。リミットを再び発動するのは八回の裏。ですので、一~四回、七回・八回と、合計六イニングのチャンスがあります」


 仟の回答に、舞理はパチパチと拍手をする。


「パーフェクト!いやぁ、あなたのような後輩を持てて、私も愛理ちゃんも幸せだわぁ!」


「ですがそれは……」
「そう。あくまで他の愛報バッターを全て抑えた場合の話ね。ちなみに名京高校は、後攻を選んだわ。ねぇ普通選ぶ?リバースリミットを知っててよ?……まぁ愛理ちゃんはあーいう性格だからバラしちゃったんだけど……国井君も野球バカよねぇ。私にはついて行けないわよ~」

「そうですか?」

「へ?あ、アハハ。仟ちゃん、そういうことだから頑張って先攻選んでね。愛理ちゃんもその方が楽しいと思うから」


「ですが、こればかりは運ですから。でもありがとうございました。私も絶対いい試合にします!」

「お互いの健闘を~祈る!」


 敬礼をした舞理に敬礼で応えたのは、仟の隣でずっと頷いていた要だった。


「わかりましたぁ!舞理先輩」

「ウフフッ。あなたたちを見てたら、な~んか私も出たくなっちゃったなぁ……あ!」


 舞理はジーパンのポケットをごそごそ探ってスマホを取り出した。そして電話に出る。


「はい、こちら蝶蜂……え?はいっ!やっちゃったぁ、今行きます!」


 舞理は焦って電話を切った。


「やっばぁ、先輩お怒りだわ。それじゃあ二人とも、試合頑張ってね!」

『はいっ!』


 舞理は手を振りながら、球場のスタンドへダッシュで向かった。


「私たちもアップしなきゃ。要、行こう!」

「よいしゃぁ!」


 仟と要も、サブグラウンドへ走っていく。二人が到着すると、キャッチボールをしていたキャプテンの神山が抜け、二人の所へ走ってきた。


「神山さん、遅れてすみません」

「仟、白城はどうした?一緒だっただろ?」


「あ!……はい。ですが、斜坂君を追いかけてどこかへ……」

「どこかへ?」


 神山は周りを見渡したが、球場周辺にも駐車場にも、白城の姿はなかった。


「しょうがない奴だ、まぁいい。お前らはすぐにアップしろ。時間は少ないぞ」

『はい!』
「あ!神山さん!」

「なんだ?要?」

「今日、勝ったら先攻を取って下さい!」


 神山は微笑みながら「わかったよ」と頷き、白城を探しに走って行ってしまった。


 その頃、白城は斜坂を球場の敷地外で捕まえていた。そして二人は球場へ向かって歩いていた。


「ダメだぁ……元に戻らねぇよぉ……」

「何度もうるせーな!わざとじゃねぇって言っただろ。殴られなかっただけ有り難いと思え」


 捕まった斜坂は、白城にヘッドロックをくらってサングラスが曲がってしまっていた。


「そうだ白城さ~ん、アップしなくてもいいんですかぁ?」

「お前のせいで準備万端だ。逆に疲れたぜ」


「でも今日は女王様のいる愛報高校ですからねぇ。国井さんも、あの人のリミットを超えられなかったんすよ?」

「国井さんがか?お前ら、愛理のいる愛報高校と試合したのか?」


「しましたよ。俺もリバースリミット状態の女王様に、ピースパームを打たれちゃったんすよねぇ」

「なに?ストッパーのお前がか?」


「ストッパー?」


 その瞬間、斜坂の機嫌が直った。


「ムフフ……」(やはり白城さんを三振に打ち取った俺はスゲェんだ……ストッパーかぁ、カッコいいじゃん!)

「なーに笑ってんだよ……だが斜坂、礼を言うぜ!。国井さんが打てなかったリバース状態の望月を、俺が先に打つチャンスがあるんだからな」


「でも、昨日抑えられたんですよね?」

「うるせー!今日打てばいいんだよ。それでこそ記事が面白くなるってもんだ」


「白城ー!」

「ん?神山さんか?」

「では白城さん。俺はサングラスが壊れたから、外野席に行きますから」


「あぁ」


 斜坂と入れ代わるように、キャプテンの神山が白城の下へきた。


「すみません、神山さん。色々ありまして」

「斜坂だろ?終わったなら別にいい。アップはいいな?」


「えぇ……完璧に仕上がってますよ……」


 白城は、力強い目で神山を見た。神山は「よし」と言い、ランニングしながらサブグラウンドへ白城と向かった。二人がサブグラウンドへ着くと、試合終了のサイレンが響く。


 紀香監督は、神山に気合いを入れるように言った。


「神山君、行くわよ!」

「はい!よーし、お前ら移動だ!絶対に勝つぞ!」

『おーぅ!』