森泉のリミット|リミット56話

 ベンチへ戻ってきた白城(しらき)が周りを見渡す。


「一奥(アホおく)はいねぇのか。どこいきやがったんだ」

「いいじゃねぇか白城。打って打って打ちまくればいいだけだ!ガハハ」


 杉浦(すぎうら)が応えると、神山(かみやま)続いた。


「杉浦の言う通りだ。一奥(いちおく)は忘れろ!コールドで終わらせる気持ちで行くぞ!」

『おう!』


 そして一番の光(ひかり)と二番の白城がそれぞれのボックスへ向かう。


「おい、光線(レーザー)」

「白城君!僕は光綿密(ひかりめんみつ)だ!そんな恐ろしい横文字ではない。いい加減に漢字を間違えないでくれ」


「でもよ……カッコよくねぇか?一奥の綿密(めんつゆ)よりいいだろ?」

「まぁ……確かに」


「ならいつもみてぇに、レーザー打球見せてやれよ!」

「レーザー打球?」(美しい……華麗過ぎるネーミングではないか!)「フッ……フフフッ。白城君」

「なんだよ?」


「これからも僕の名前を、華麗に間違えなさい!アハハ!」


(ハイったか……よしよし)


 白城はバッターボックスへ向かう光を見ながらニヤつく。打席に立った光は、やはり予告ホームランのポーズを取った。


「これからあなたに、レーザー打球をプレゼントしましょう」

「え?」(一体何の事だろう……)


 ピッチャーの森泉(もりいずみ)は理解出来なかったが、普通にど真ん中のストレートを投げた。


「美打(びだ)!」


 叫んだ光の打球音と、ピッチャー返しを捕った森泉のグラブ音が順にグラウンドへ響く。森泉は、ボールを見ながら驚いていた。


「はぁ」(これがレーザー打球……凄い打球だったな)


 その顔を見た光は満足し、ベンチへと歩き出す。


「フフッ。やはり美打には美技が似合う……」


 ニコニコする光の姿に、ネクストの白城は不満そうだった。


(なんだよ……これじゃツーランの予定がソロになっちまうじゃねぇか……)


 そんな白城が構えると、森泉はただならぬ気迫を感じていた。


(このバッターが二番か……。西島高校は、恐ろしい打線を組んでるよ……)


 初球、ピッチャーの森泉は再びど真ん中のストレートを投げた。


(俺にも同じだと?)「ナメられたもんだぜ!」

 カキーン!

『いったぁ!』


 西島ベンチから喜びの声が出る。しかし、センターは余裕で打球を追いかけていた。


伸びなかった打球に、遠矢(とうや)が「ん?」と眉を動かす。センターフライに倒れた白城は、舌打ちしながらベンチへ戻ってきた。

 すぐに遠矢が白城に声をかける。


「白城さん、どうしました?伸びなかったですね?」

「はぁ?あぁ、これだよこれ」

「ん?」


 白城がバットを片手で左右に振ると、中からカラカラと音がした。


「中が割れてますね」

「一奥(アホおく)の球で、金属疲労を起こしてたんだろうな。そういうことど、しょうがねぇ」


 続くは三番の神山。


(3人で終わる訳にはいかない。ここからだ!)


 投じられたど真ん中を、神山も狙う。しかし、バキンと音を立てた平凡なファーストゴロに、「なっ!」と声にした神山は走らなかった。


「球審!今のは打撃妨害です。ミットに当たっていた!」

「バッター、当たってないよ」


「いえ、本当に当たっています。キャッチャーに聞いて下さい」


 納得いかない神山の下へ、守りにつくキャッチャーの村石(むらいし)が体で止めた。


「まぁまぁ。神山、判定は仕方ねぇ。切り替えて行こうぜ」

「くっ……わかった」


 この時、確かに神山のバットはキャッチャーミットに当たっていた。神山は、怒りを堪えて守備へ向かう。


 一連の結果を見た遠矢は、隣に座る仟(かしら)に感想を聞いた。


「仟。結果はともあれ、今の西島打線(ウチ)を120キロ中盤のど真ん中で抑えられると思う?」

「それは無理です。光さんはともかく、白城さんと神山さんの打席は変です」


「森泉さんは、狙ってど真ん中に投げているって事かな?」

「はい。そう考えるのが普通です」


「だよねぇ……やっぱり森泉さんは……」
「遠矢さんの思った通り、何かしらのリミッターです。もしこの二回に点が入るようでしたら、一番厄介な国井(くにい)さんや幸崎(こうさき)さんと同じ、超のリミッターかもしれません」

「う~ん、それは穏やかじゃないね……」


 森泉がリミッターと確信した仟は、すぐに遠矢をキャッチャーにと考えた。だが、動こうとしない遠矢を見てそれを辞めた。


(遠矢さんも、相手の限界を知るリミットリミッター。でも、西島(ウチ)には攻撃に影響を与える超のリミッターはいない……。破のリミッターの白城さんの前に、ランナーを溜めるしかない。でも、その白城さんまで打ち取られてる。手遅れになる前に、何とかしなくちゃいけない!)

「仟?」

「え?はい。何ですか?遠矢さん」


「考えはまとまったかな?」


 仟は頭を左右に振った。「ふ~ん」と、遠矢もバッターの森泉を見ながら悩んでいた。


 二回表。水衣高校の先頭は、四番ピッチャー森泉から。だがピッチャーの鶴岡は、難なく3人で抑えた。二人の予想は外れ、戻ってくるナインを出迎える。


「遠矢さん。特殊なリミッターなのでしょうか?」

「まだわからないね。試合は動いてないけど、ペースは握られてる気はするよ」


 「確かに、そうですね……」


 二回裏、西島高校の先頭は四番の杉浦。遠矢は、バッターボックスへ向かう杉浦を追いかけた。


「杉浦さ~ん」

「ん?なんだ?遠矢」


 すると遠矢は、杉浦のバットを振って音を確かめた。


(よし、問題ない)

「なんだ?いいのか?」

「はい、豪快な一発をお願いしますよ!」


「ガハハ!当たり前だ」


 そして、杉浦が打席に立った。森泉は、右手に握ったボールを見つめる。


(このバッターは、ゴロをホームランにしていたよね。あり得ないよ……)


 森泉は、またもやど真ん中のストレートを投げた。杉浦もフルスイングで応える。


「だりゃぁ!」


「うおぉぉ!」
「これは間違いないぜ!」


 再び西島ベンチが打球を見上げる。力んだ杉浦の打球は、高く高くレフトへ上がった。飛距離は十分と思われた、その時だった。


『ああ?』


 西島ベンチは目を疑う。打球は、空を飛ぶ鳥に当たってしまった。落ちてきたボールをレフトがキャッチ。


「なんだとぉ!」と杉浦が叫ぶ中、鳥は普通に飛んで行った。


「タイムお願いします!」


 遠矢は紀香監督と目を合わせ、互いに頷いて球審の下へ走った。


「すみません、今のは認定ホームランではありませんか?」

「そうだね。確かに鳥に当たらなければ入ったかもしれない。少し待ちなさい」


 球審は、塁審を集めて話し合いを始める。しかしすぐに終わった。球審が改めて宣告したのは、杉浦のアウト。


 紀香監督は遠矢を見るが、遠矢はわかっていたかのようにベンチへ戻ってきた。

 遠矢は、怒った杉浦の為に確認しただけだった。


(間違いない。こんな偶然が続く訳がない。だけど、森泉さんは何のリミッターなんだろう……)


 遠矢の気配りのおかげで、ベンチへ戻った杉浦は気にする事なく「ガハハ、次は弾丸ライナーで放り込む!」と言った。


 ベンチのイケイケムードは変わらない。そんな中、仟が遠矢に話し始めた。


「遠矢さん、これはリミッターの支配が続いていると考えるべきですが、超のリミッターではないかもしれません」

「僕に似てるって事?」


「はい。守備に特化したリミットではないでしょうか?」

「確かにね。国井さんや幸崎さんとは、似ているようで違う。こっちの攻撃が支配されてるよね」


「ですが、リミッターには発動条件があるはずです。国井さんはタイムリー。幸崎さんは連続ヒットや捨て身のプレー。竹橋(たけはし)さんは僅差。白城さんは、対リミッター……」
「でも森泉さんのリミット支配は、突然始まる……」


「はい……」

「どうやら森泉さんのリミットは、試合状況は関係なさそうだね」


 仟は遠矢の言葉に頷き、五番加藤(かとう)の打席を見る。不快な状況が続いていた加藤は、初球のど真ん中を見逃した。


(相手はリミッター。どうすればいい……何の変哲もない球だけど……)


 二球目も、ど真ん中の同じストレートがくる。迷った加藤だったが、フルスイングで応じるしかなかった。


(ダメだ……打つしかない!)
「えっ?」


 打った加藤は驚いた。予想に反し、打球は三遊間を抜けていく。
この結果に、西島ベンチの誰もが唖然とした。


 一塁に到達した加藤も、西島ベンチを見てポカーンとしている。その沈黙を破ったのは杉浦だった。


「よーし!よくわかんねぇが続けー!村石!」


 村石は、バッターボックスの手前でどうすればいいのかボーッと立っていた。


「お、おう。わかったぜ、杉浦」


 村石は返事はしたが、混乱したまま打席に入った。


(加藤はど真ん中をいつも通り打っただけだ。それなら俺も、同じように打つだけだ!)


 すると初球、この試合初めてアウトコースのストレートがくる。


(アウトコース?だが球威は変わらねぇ。甘いぜ!)

 カキン「なっ!」


 村石の打球はファーストライナー。ベースについていたファーストは、捕るだけでダブルプレーを完成させた。


 この瞬間、西島ベンチに寒気が走る。チェンジだというのに、ナインが守備へ立とうとしない。


 その沈黙の中、遠矢は森泉の僅かな変化を見逃さなかった。


(どうして森泉さんはホッとした顔をしたんだろう?抜ければピンチの場面なのに、抑えても喜んでいないように見えた……)


 仟が真剣な遠矢の顔を見つめる中、キャプテンの神山が無理矢理檄を飛ばす。


「行くぞ!お前ら!」


 一番にグラウンドへ駆け出した神山と違い、ナインの足取りは重かった。すると、遠矢はまだベンチにいた白城に気づく。白城は、腕組みをしたまま遠矢の横に立っていた。


「あれ?白城さん守備ですよ?」

「とぼけんな。森泉(やつ)のリミットがわかったんだろ?」


「いえ、まだ仮説の段階ですよ。それに、もう一打席白城さんを見たいので」

「なんだよ。ホームランでも参考になるのか?」


「なりませんね」


 白城はフッと笑い、守備へ走っていった。すると、今度は仟が遠矢に聞く。


「遠矢さん、今おっしゃった仮説を教えてもらえますか?」

「うん。まぁ仮説というか、ゲームプランになるけど。まず、白城さんはブレイクリミッターだよね?一打席目は、完全に相手がリミッターだと理解していなかった。森泉さんのリミット支配が続くなら、この試合の西島(ウチ)は少なくても白城さんの三ホーマーのみ。リミットを見破らなければ、4点取られると追いつけないんだよ」


「4点ですか……。もし白城さんの打席で森泉さんが攻めを変えてくると、ハードルは高くなりますね」

「うん。4点も取られたら、この試合は終わりだよ」


 その瞬間、仟が閃く。


「でも遠矢さん!森泉さんは、一回戦で8失点しています!そう決めるのは早くありませんか?」


 すると遠矢は、大きく息を吐いて続けた。


「そうだといいんだけど、試合状況が関係ないリミッターだからねぇ……。今となっては、森泉さんかがどうしてそんなに失点したのかわからないよ」

「そうですけど……」


「だから加藤さんのヒットもわからないんだよ。打ったのか?打たされたのか?ね」

「はい……」


 楽勝と思われたこの二回戦。大ピンチの中、一奥はまだ戻らない。


 遠矢のゲームプランを聞いた仟は、点がやれない状況を打開するには一奥と遠矢の力が必要だと思っていた。


(せめて一奥さんがいれば、水衣(みずい)打線を抑えられるのに……)


 やるせない気持ちになった仟は立ち上がると、ベンチ裏へ歩いて行ってしまった。そして、大きく息を吸って大声で叫んだ。


「アホおくー!」

「おやおや?」


 ベンチ裏を見た要(かなめ)は、思わず仟の言葉に笑ってしまった。その声は、トイレにこもる一奥に届いていた。


「斜坂(ななさか)。今俺呼ばれなかったか?」

「知らねぇよ。話しかけんな……」


「おぉ……ううっ」


 その頃。三塁ベンチの森泉は、コップ一杯のスポーツドリンクを一気に飲み干していた。そんな姿を見た監督は、森泉にタオルをポンと投げる。


 頭にかかったタオルを手に取り、森泉は汗を拭った。


「あ……監督、ありがとうございます」

「ナイスピッチングだ。よく抑えているぞ」


「はい……。ですが、この回からは点を狙っていきます」

「そうだな。お前のリミットが破られるとは思っていないが、点は何点あってもいい。頼むぞ」

「はい」


 水衣高校は円陣を組んだ。その中心には森泉がいる。


「いつも通り攻撃を進めよう。後は僕がなんとかする」

『おう!』


 三回表、水衣高校は七番から。

 左打席に立ったバッターは、バットを左肩に乗せたまま構えていなかった。それどころか、少し余裕を感じさせるように微笑んでマウンドの鶴岡を見ていた。


 キャッチャーの村石は、その打つ気のない姿を逆に警戒した。



(鶴岡、フォークから入るぞ)


 頷いた鶴岡が、真ん中のフォークを投げた。


 カキーン!


 厳しく落ちたフォークを狙い打ちしたかのように、ボールはセンター前へ返された。ベンチの遠矢は、素直に感心する。


「初球からあのフォークを完璧に打つなんてね」

「遠矢さん、感心してる場合ではありません。今のが七番のスイングですよ?」


「だね。まるで、こうなる事がわかっていたようなスイングだった……」


 その瞬間、仟に衝撃が走る。


「まさか……。遠矢さん、それは守備と同じではないですか!」

「そうなんだよねぇ……本当に超のリミッターかもしれないよ」


 だが仟は、焦っていない遠矢の姿に少しだけ安堵した。


「遠矢さん、その余裕の言葉を信じていいのですよね?いつものズル賢さを、見せてるだけですよね?」

「あっ、勘違いさせてるね。ごめん仟、今は本当にお手上げなんだよ」


「そんな……」


 仟は再びショックを受け、続く右バッターの八番を見る。その構えは同じだった。


 それを見たキャッチャーの村石は、頭にきていた。


(鶴岡、こいつらは打つ気がないフリをしているだけだ!ここはバントはないぞ)

(インコースのスライダーか。よし……)


 鶴岡がセットポジションに入り、初球を投げた。


 しかし、またもや完璧に捉えられた打球がヒットになる。サードの神山とショートの小山田(おやまだ)は、全く動けなかった。


 たった二球でノーアウト一・二塁。しかも、初球から厳しい球を連続で完璧に打ち返された。タイムを取ったキャッチャーの村石は、マウンドへ向かう。


「鶴岡、あのバッティングはマグレじゃねぇ。だがいい球は来てる。ここから抑えるぞ」

「あぁ。だが村石、ストレート中心にリードを変えてくれ。ここはピンチだ。俺は自信のある球を投げたい」


「わかった。コース間違えんなよ!」

「任せろ!」


 村石が戻り、迎えるはラストの九番バッター。左バッターボックスに入ったその構えは、バントの形をしていた。


(九番だしな。さすがに送ってワンアウト二・三塁を作ろうって訳か)


 村石は、鶴岡の要求通りインコースストレートのサインを出す。しかし投じられた次の瞬間、村石が驚く。


(バスターだと!)


 キャッチャーの村石がファーストの杉浦をバントに備えて前に走らせていた為、打球は杉浦のすぐ横を抜かれた。


 ライトの加藤がバックホームの体勢に入る。しかし、二塁ランナーは三塁で止まり満塁。ピンチを広げ、キャッチャーの村石が動揺する。


(今の鶴岡のストレートも厳しいはずだ。球速もコースもバッチリだったのに……。一体どうなってるんだ……なぜ打つ気のない構えで打てるんだよ……)


 村石は一塁ベンチを見る。だが、遠矢も仟もタイムをかける様子はなかった。


(ピンチじゃねえって事か……。なら抑えてやる!)


 場面はノーアウト満塁。一番バッターが右打席に入ると、構えを見た村石の表情が険しくなる。


(くそっ。こいつも同じ構えかよ)


 村石はインコースのストレートを要求。だが、またも見事に打ち返された。


 三遊間を抜けた打球を、レフトの白城がバックホーム。サードの神山がカットするが、ランナーの進塁は一つずつだった。


 三回表、先制したのは水衣高校。得点は1対0となる。ここからさらに水衣高校の短打は続き、二番・三番と連続タイムリー。


 3対0。バッテリーは、ガックリきていた。ベンチの仟は、静かにグラウンドを見つめる遠矢を見る。


(遠矢さんは動かない。次に打たれたら、試合が決まると言っていた4点目……)


 仟の両手がギュッと握られる。我慢の限界だった。


「遠矢さん!タイムをかけなくていいのですか!このままでは……」

「仟」

「はい」


「根拠はないけど、多分ここで終わると思うよ」


 遠矢は、横に座る仟に笑顔で言った。

知ると負ける

「本当ですか?バッターは四番の森泉さんですよ?」

「うん。僕の読みが合ってるなら、この瞬間は森泉さんのリミットは効かない」


「この瞬間?」


 仟は理由が知りたかったが、遠矢はグラウンドを見つめ続けている。聞いたのは紀香監督だった。


「遠矢、なぜ森泉君のリミットが効かないの?」


 遠矢は困ったように、おでこをポリポリかいた。


「すみません監督。僕は森泉さんのリミットがわかったのですが、理由を言えば試合は負けになります」

「なによ?それ。ますます意味がわからないわ」


「この回。これ以上点が入らなければ、信じてもらえますか?」


 遠矢の真剣な目を見て、紀香監督はフフッと笑った。


「いいわ。好きにしなさい」


 二人の会話を聞いていた仟も、遠矢に従うと決めた。だがその表情は優れなかった。


(私たちが知ると負ける……どうして……?)


 その答えを求めて、仟は再びグラウンドを見守った。