二回戦開始とあの日の苦痛|リミット55話

 二回戦当日を迎えた西島(せいとう)高校の選手たちは、この試合の勝者が三回戦の相手となる試合をスタンドで見ていた。


「おい遠矢(とうや)、一奥(いちおく)はどうした?」


 キャプテンの神山(かみやま)が、スタンドを見渡しながら遠矢に聞く。


「いませんねぇ」


 遠矢も探すが、一奥は見当たらなかった。「まぁいい」と、神山は遠矢の横に座る。


「それよりどうだ?愛報(あいほう)の間口(まぐち)は」


 神山と遠矢が見つめるマウンドには、第二シードである愛報高校エースの間口が投げていた。


「そうですねぇ。打てそうで打てない感じでしょうか」

「なるほど。だがリミッターではないようだな」


「えぇ。強豪校にしては珍しいですね」


 一方。そんな二人が探していた一奥は、トイレを探していた。


(やべぇ。今朝食ったパンが古かったのかなぁ……。うっ……トイレどこだよ……腹痛てぇ)


 すると、一奥はユニフォームを着た一人の男に通路で出会う。


「君は……」


 男も一奥も気づき、立ち止まる。一奥は、ユニフォームに書かれた文字を読んだ。


「あ、水衣(みずい)高校の人か……うおっ!」


 お腹を押さえる一奥に、彼は微笑んだ。


「大丈夫?お腹が痛いのかな?」


「そう……トイレ知らない?」


 すると水衣の選手は「そこを右だよ」と言いながら指差した。


「さ、サンキュー……」


 一奥は、急いでトイレへ行った。


(背番号18……彼があのピッチャーだったか)


 水衣高校エースの森泉(もりいずみ)は、一奥の背中を見て緊張を高めた。


「あった!」


 一奥がトイレに入ってドアを閉めると、隣で用を足す者がいる事に気づいた。


「くっそぉ。カシカナの取材に来たのに、トイレから出れねぇ。うっ……」


 一奥は、その声で隣の人物が誰なのかわかった。


「おい!斜坂(ななさか)だろ?」

「誰だよ……今話かけんな」


「俺だよ!いち……ううっ……」

「いち?あー、一奥か」


「お前、何でここにいるんだよ……」

「取材に決まってる……だろ。カシカナだ、カシカナ」


「カシカナ?誰だよ……それ」

「二人しか……うっ、いねぇだろ」


「そうか、仟(かしら)と要(かなめ)……うっ、斜坂。ちょっと休戦だ」

「だな……ううっ」


 一奥と斜坂がトイレから出られない中、グラウンドでは愛報高校が三回戦進出を五回コールドで決めた。


 西島高校の選手たちは、キャプテン神山の号令でグラウンドへ向かう。ベンチへ着き、皆がスパイクに履き替える中、神山は一奥がまだいない事に気づいた。


「遠矢!」

「いませんねぇ。どこ行ったのかな……」


 会話を聞いていた仟(かしら)が、「私、探してきます!」と言ったが、「仟は仕事あるでしょ?」と言った要が代わりに一奥を探しに行った。


 神山は紀香(のりか)監督に伝えようとしたが、その監督もいなかった。


「監督もいないのか……何もなければいいがな……」


 心配する神山に、遠矢が話かける。


「心配しても仕方ないですし、僕らはアップしましょう」

「そうだな。よし、行くぞ!」


「はい」


 神山と遠矢は、先にランニングへ行った選手たちを追った。体操、ストレッチをしながら、神山と遠矢は度々一塁ベンチを見る。


 すると紀香監督が現れた。気づいた神山は、急いで一塁ベンチへ向かう。


「お前ら、次はキャッチボールやっておけ!遠矢、お前は一緒に来い」

「はい」


 外野から真っ直ぐ一塁ベンチへ二人が戻り始めると、紀香監督は少しそわそわしていた。


 その様子を感じ取った神山は、ベンチに着く前に口を開く。


「監督!一奥に何かあったのですか?」

「え?一奥がいないの?」


「えっ?」と神山は言葉を返しながら、遠矢と一塁ベンチに着いた。


「一奥と一緒じゃなかったのですか?」

「違うわよ。まぁ、その内来るでしょ?バスにはいたんだから」


 神山は一奥が問題を起こした訳ではないと安心したが、もうすぐノックが始まってしまう。


 仟は、メンバー表をどうするのか神山を見ていた。


「……仕方ない。仟、ピッチャーは鶴岡(つるおか)で行くぞ。いいな?」

「そうですね。わかりました」


 返事をした仟は、一奥抜きのメンバーを書き始めた。すると、遠矢が仟に話しかける。


「仟、僕も抜いてもらえるかな?」

「どうしてですか?ん?」


 仟が遠矢を見ると、その目は三塁側ブルペンを見ていた。


「遠矢さん?私には普通のピッチャーに見えますけど、何が気になるのですか?」

「僕もそう思ってるよ。ただ……なんとなくね」


 厳しい顔の遠矢を見た仟は、遠矢のベンチスタートを決めた。


「わかりました。私も遠矢さんと試合を分析するのは楽しいですから、付き合います」

「ありがとう、仟。……それにしても、一奥はどこに行ったのかなぁ」


 すると、仟が微笑みながら言った。


「遠矢さん。一奥さんの事ですから、こっそり名京(めいきょう)高校とやりあっているかもしれませんよ?」

「え~、それはズルいなぁ」

「ですよね!」


『アハハ!』


 遠矢と仟がベンチで笑っているその一方、トイレでは二人が戦っていた。


「くっそぉ。試合始まっちま……うっ……クソぉ」

「一奥!くそくそ言うな」


「しょうがねぇだろ!……なぁ斜坂、お前中学の時もこんな感じだったのか?」

「やっとわかったか!しかもお前らに負けたからな」


「負ける?そうだった!俺は試合に出るぞ!」


 一奥は立とうと腰を上げたが、お腹がギュルル~と鳴った。


「うっ……ダメだ、出れねぇ……」

「一奥!負けんじゃねぇ……ぞ」


「中学の時に負けた奴に言われてもなぁ……」
「くっそぉー!」



 その時、要の声が通路に響く。


「一奥~ん!どっこだー」

『ハッ!』


 その声を聞いたトイレの二人は、すぐに要だと気づいた。


「かな……め!……うう」


 一奥が叫んだが、要の声は遠ざかっていった。すると斜坂が叫ぶ。


「一奥、お前は早く行けよ!」

「うるせぇ。今……その為に集中してるんだよ。静かに……しろ」


「わかった……俺も集中……する」


 そしてグラウンドでは、試合前のノックも終了。水衣高校の先攻で試合が始まろうとしていた。


 西島高校の先発メンバーは、


 一番センター光(2年)
 二番レフト白城(2年)
 三番サード神山
 四番ファースト杉浦
 五番ライト加藤
 六番キャッチャー村石
 七番ピッチャー鶴岡
 八番セカンド小林
 九番ショート小山田(2年)


 以上となった。


 ピッチャーの鶴岡とキャッチャーの村石(むらいし)は、ブルペンで久々の感覚に喜んでいた。


「行くぞ村石!」


 パーンと村石のミットが鳴る。


「いってぇ!いいぞ鶴岡、しびれるぜ!」

「あぁ、一奥の分も飛ばして行くぞ!」


 そんな二人の投球練習を見ていた三塁ベンチの水衣高校エース森泉は、監督と話していた。


「森泉、向こうのエースはなかなか速いな」

「鶴岡君ですね。前は一度崩れると、立て直せない投手だったそうです。それより監督、僕ら相手に西島高校は、12連続奪三振の18番を温存……でしょうか」


「かもしれないな。ウチは、強くも弱くもないチームに見えるからな」


 この言葉に、森泉は苦笑いをした。


「西島高校が噂通りの野球バカなら、僕は天敵ですね……」

「そうだな。是非そうであって欲しいものだ」


 一方。西島ベンチでも、遠矢と仟が水衣高校の分析をしていた。整列を済ませた二人がベンチに座る。


「そういえば遠矢さん」

「ん?」


「エースの森泉さんですが、面白いデータがありましたよ?」

「へぇ」


「水衣高校の一回戦は、春も二回戦負けと強くはない高校でした。森泉さんは8点も取られて、1点差で水衣は勝ち上がりましたよね?」

「うん」


「でも水衣高校は、愛報高校との練習試合では2対1の惜敗だったそうです」

「ん?それは凄いね。お互いフルメンバーだったのかな?」


「中盤からでしたが、愛報高校はフルメンバーでしたね。ですがそこから試合をリードしたのは、水衣高校だったみたいなのです」

「ってことは、2点しか取れない愛報高校の監督がしびれを切らしてフルメンバーにしたのに、ピッチャーの森泉さんは四イニングをゼロに抑えて一点差まで追い上げたって事だよね?」


「はい。森泉さんは控え選手に打たれて、レギュラーを完璧に抑えたそうです」


 ここで遠矢は、1つ疑問に思った。


「仟……それってもしかして、名京の斜坂ブログ情報?」

「はい、そうですけど……」


 遠矢は、試合の始まったグラウンドを見ながら微笑む。


「どうしたのですか?」

「仟は困っていたけど、もしかすると斜坂に感謝する日がくるかもしれないよ?」


 パーン!「ストライク」


 鶴岡の初球を見た後、仟は再び口を開いた。


「そうですね。ピース斜坂の右肩上がりには、西島高校関連の情報が満載ですから。あのブログを見れば、相手を調べる必要がないです」


 すると遠矢が笑った。


「え?遠矢さん?」

「いや、斜坂がブログのタイトル変えてたのを知らなかったからさ、ついね」


 遠矢と仟が話している中、鶴岡・村石の3年バッテリーは、一番バッターを三振に取った。

「よし!」

「ナイスだ!鶴岡」


 その様子に、遠矢と仟が微笑む。


「調子いいねー、鶴岡さん」

「そうですね。今の鶴岡さんの力なら、まず打たれないと思います」


「だね」


 すると、遠矢がスタンドを見渡した。


「それにしても、一回戦もそうだったけど、相変わらず仟と要は大人気だね。前の愛報の試合より、お客さんが増えてきてるよ」

「そうですか?」


 仟は、一回戦から本当に気づいていなかった。


 ピース斜坂の右肩上がりには、カシカナ情報がたくさん載っている。それを見た二人のファンが、球場へ足を運んでいた。


「でも遠矢さん。私はブログのコメントに試合は出ませんからと書きましたよ?」

「知ってる。それ見たよ。その後の反響がスゴかったよね?」


「そうなのですか?う~ん、気持ちは嬉しいですけど、それは無理ですから」


 すると、遠矢は仟が知らなそうな情報を言い出した。


「大会一週間前にさ、僕ら名古屋の近くに行ったよね?」

「ゲーセンですか?」


「うん。実はさ、帰りに要が大変だったんだよ」

「え?私、聞いていませんよ?」


 仟は悪い意味で驚いたが、遠矢は笑っていた。


「じゃあ、仟が見なかった記事みたいだね。斜坂はファンイベントに無理矢理呼び出されていたらしいし」

「はぁ……」


 仟は、野球関連記事のみチェックしていたので、全ては読んでいなかった。


「まぁ、それでも斜坂はノリノリだったけどね。最初ノリ気じゃなかったのは、おそらく国井さんに言われて自粛中だったんじゃないかな。大会前だしね」


 遠矢の言葉を、仟は頷きながら黙って聞いていた。


「そこにタブレットもあってさ、二人のプレイ動画がずっと再生されてたよ」


 遠矢の話を聞いた仟は、驚き過ぎてボーッとしていた。

カシカナ

「その顔は知らなそうだから言うけど、今ではカシカナって呼ばれて二人は有名人だよ?」

「えー!か、カシカナ……ですか……」


 二人の声を聞いた紀香監督が、仟を笑顔で見る。気づいた仟は紀香監督にペコリと頭を下げたが、遠矢は紀香監督の顔を見て、(監督は知ってるね)と思った。


 そんな紀香監督は、相変わらずそわそわしていた。すると、サードゴロが飛ぶ。キャッチャーの村石が指示し、サードの神山がリズム良くさばいた


「神山!」

「オッケー」


 遠矢は、チェンジで戻ってくる西島ナインを拍手で迎えた。


「神山さん!ナイスプレー!」


 仟は座ったまま、頭の中がグルグル回っていた。すると、ようやく要がベンチへ戻ってきた。



「仟、一奥んいなかったよ。あれ?仟?どうしたの?」

「あ……要」


 照れている仟の顔を見て、要は不思議そうな顔をした。


「円陣だよ?カシカナ」


 遠矢が笑顔で声をかけると、要は「おー!」と元気よくベンチを飛び出し、仟は下を向きながらベンチを歩いて出た。


 そしてピッチャーの森泉は、マウンドへ行く前に監督と話していた。


「森泉、初回は様子見だったかな?」

「はい。……この裏から……始めます」


「西島高校には悪いが、早速操り人形になってもらうか……」

「わかりました……」