それぞれの限界と決意|リミット51話

 7月某日。

 放課後の西島(せいとう)グラウンドは、いつものように活気に溢れていた。マウンドには一奥(いちおく)、バッターボックスには白城(しらき)が立っていた。


「一奥!もう一打席だ」

「なぁ白城。気合い入ってんのはわかるけどさ、後ろで怖いお兄さんがにらんでるぜ?」


「なに?」


 白城が後ろを見ると、そこには順番待ちをしていた杉浦(すぎうら)兄が立っていた。


「あぁ、すんません杉浦さん。後一打席だけ……」
「ダメだ!どけ!予選までに俺は一奥からホームランを打つ!……今日こそ……今日こそ打つんだぁ!」


 杉浦は、白城のユニフォームを掴んで後ろへ引っ張った。


「うおっ!」


 白城は尻餅をつき、杉浦は嬉しそうに打席へ入った。


「ガハハ。さぁこい!一奥」

「よっしゃ、行くぜ!杉浦先輩」


 ブン! パーン!
 豪快に空振る。


「くそぉ!」


 悔しがる杉浦だが、これが毎日続く本人は気づいていなかった。春から比べれば、杉浦の限界はかなりのレベルになっていた。


 白城同様、キャッチャーの遠矢(とうや)は杉浦の相手もしんどく感じていた。


(変化球はともかくだけど、杉浦さんにストレートは危ないんだよね……)


「もう一球だ!一奥。真っ直ぐで来い」

「いいぜ?杉浦先輩。って言っても一打席だからな。頑張らないと、後二球で終わるぜ?」


 パーン!と遠矢のミットが、再び爽快な音を立てる。杉浦はまた豪快に空振りした。


「だぁー!くそぉ。一奥!曲ってるじゃないか!」

「杉浦先輩、仕方ねぇって。試合じゃ何が来るかわかんねぇだろ?」


「ぐぬぬ……もう一球だ!」


 杉浦が悔しがる中、キャッチャーの遠矢からの返球を捕った一奥がバックネット裏を見る。


 その視線に気づいた遠矢がマスクを外して後ろを見ると、名京(めいきょう)高校の斜坂(ななさか)が陽気に階段を下りてきた。


「やぁ、西島野球部の皆さん。仟(かしら)ちゃんと要(かなめ)ちゃんはいるかな?」


 すると、センターを守っていた要(かなめ)が斜坂に気づき、ジャンプしながら両手を振った。


「斜ちゃーん!ここだよー!」

「おー、いたいた」


 要の親しげな反応に、一奥は「なっ、斜ちゃん?」
と驚いた。


「おい斜坂。いつから斜ちゃん要ちゃんの仲になったんだよ?」

「ん?そりゃお前、今日も取材にきたんだから当たり前だろ?」


「取材って、お前まだ記事にしてたのかよ」

「人気者は辛いんだよ……。あ!お前にはわからないか。悪いな、一奥」


 しみじみ言った斜坂に、一奥はキレた。


「くっそ……斜坂!グラウンドに入れ!今ここで勝負だ!」

「へ?アホかお前は。もうすぐ夏の予選だぞ?投げる訳ないだろ……まぁ、名京(ウチ)は第一シードだから、西島が1つは勝たないと当たらないけどな」


「うるせぇ!お前らとやるまで負けるかっつーの!」

「アハハ。それは楽しみだ。それより一奥、仟ちゃんはどこだ?」


「仟はいねぇよ。っていうかお前、今日が何の日か知らねぇのか?」

「はぁ?う~ん……おぉ、誕生日か!」


「アホか!仟と要は双子だろ。今日はお前が今言った、夏の予選の組み合わせ抽選日だ!」

「おぉー、そうかそうか!第一シードだから忘れてたわ」


 斜坂の余裕な態度に、一奥は走ってバックネットに飛び付いた。


「ななさかぁ……やっぱりお前グラウンドに入れ!」

「だからな?俺は取材に来たって言ってるだろ?まぁ、仟ちゃんがいないなら仕方ないか……。要ちゃん、またね!」


「おい!待てよ!斜坂!」


 一奥を無視し、斜坂は要に手を振って階段を登っていった。そしてそのままランニングへと戻っていった。


 お気楽な姿を見た一奥は、バックネットから降りて不満そうな顔をした。そしてマウンドへと戻る。


「全く、あいつに遠慮って言葉はないのかよ。なぁ杉浦先輩?」

「遠慮だと?一奥、そんな言葉は俺にもない。早く続きを始めるぞ!」


「わかったよ。じゃあ、遠慮しねーぜ!」


 打席に立つ杉浦を走って横切り、一奥は再びマウンドへ。そして振りかぶる。


 パーン!「くそぉー!」


 杉浦は、ど真ん中のストレートを空振りした。するとそこへ、ニヤニヤしながら白城が近づく。


「杉浦さん。三振だから次は俺っすよ」

「うるさいぞ!白城。もう1打席だ」


「マジっすか?」


 白城は諦めてホームから離れた。


 そんな西島グラウンドが騒がしい中、組み合わせ抽選を終えたキャプテンの神山(かみやま)と仟は、紀香(のりか)監督が運転する車の後部座席に座っていた。


 組み合わせトーナメント表を、仟が見つめる。


「結局、第一シードの名京高校は反対ブロックですね」

「あぁ、そうだな」


 返事をした神山は、腕組みしながら窓の外を眺めていた。仟には、神山が考え事をしているように見えた。


「神山さん。これを見ると、やはり三回戦が気になりますか?」


 すると神山は、一つため息をついた。


「仟。それは気が早くないか?確かに俺たちは、梯(かけはし)高校や名京(めいきょう)高校といい試合はした。だがそれは、お前ら双子の力があっての事だぞ?」



 その言葉に、仟は微笑んだ。


「言い過ぎですよ、神山さん。私の目には、今の西島高校は名京に負けてませんから」

「それこそ言い過ぎだ。……だがな、俺も自信がなくて言っている訳ではない。野球はやってみないとわからないと言いたいんだ」


「確かにそうですね。でも私は、この四ヶ月を信じています。誰よりも野球を愛し、誰よりも野球を楽しんだのは西島高校ですから」

「そうだがな……」


 すると、運転中の紀香監督が割って入る。


「仟、もしウチが一・二回戦を勝ったとして、三回戦に当たる第二シードの愛報(あいほう)高校をどう思うの?」

「そうですね……正直わからないというのが本音です。今年の愛報高校に名京高校のダブルエースのような速球派はいませんが、失点がものすごく低いのです。これはあくまで、相手が名京高校以外の話ですが……。強いのは確かです」


「そうよねぇ。名京高校には国井定勝(タイムリミッター)もいる事だし……愛報もわからないわね……」


 すると、神山には二人の会話が呑気に聞こえた。


「監督!……仟もですが、気が早くありませんか。まずは、一回戦の棚谷(たなや)高校に勝ってから先を考えて下さい」

「フフッ、そうよね。さ、着いたわよ」


 紀香監督の運転する車が西島高校の駐車場に停止した。紀香監督がシートベルトを外す。


「私は理事長に報告があるから、グラウンドはお願いね」

「はい」「わかりました」


 紀香監督は理事長室へ向かい、神山と仟はトーナメント表を貼るために部室へと向かった。


 部室に入り、仟がトーナメント表をセロハンテープで壁に貼り終える。すると、座っていた神山は大きく息を吐いた。


「神山さん、どうしたのですか?」

「色々とな、複雑な思いなんだよ」


 気を落とす神山に、仟は小首をかしげる。


「仟、正直に答えて欲しい。お前の考える西島高校のレギュラーに、お前と要は入っているんだろ?」


 すると仟は、両手を腰に回してトーナメント表を見つめた。


「神山さん?それは最初からわかっていた事ですから。ただ、もうすぐ現実になるだけの話です。私と要は、甲子園常連の名京高校との練習試合を、精一杯戦えました。西島高校に入学しなければ、その試合は私たちに無かったものです。今日までの楽しい野球もそうです。私たちは、満足してるんですよ?」

「そうだが、それは答えに……」
「神山さんも、三年生という限界です。変わりありませんよ」


「くっ……」


 神山自身、どうする事も出来ない壁だとはわかっている。ただ、1つの心残りを大会前にきちんと整理したかった。


 西島高校が、チームとして全力を尽くす為に。


「公式戦だけが野球じゃない……か。仟、すまなかった。気持ちの整理できているんだな」


 振り返った仟は、笑顔を見せた。


「はい!でも、自分がもし男だったら……と、考えた事もありましたよ。今はありませんが、ベンチに入れない2・3年生と同じです。私は西島野球部も皆さんも大好きですから、一生懸命応援します!」


 そんな明るい仟に、神山は目を閉じて何度も頷いた。


「……わかった。お前らの分も、グラウンドで暴れてやる」

「神山さん?もちろん甲子園でも暴れて下さいね?」


 意地悪っぽく言った仟の言葉に、安心した神山はつい笑ってしまった。


「フフッ。仟、それこそ本当に言い過ぎだ。じゃ、野球バカ共に抽選の結果を伝えに行くか!」

「はい」


 部室を出たキャプテン神山と仟は、制服のままグラウンドへ向かった。レフトフェンス側に二人が顔を出すと、最初に気づいたのはキャッチャーの遠矢だった。


「一奥!ストップ!」

「お?」


 立ち上がった遠矢がレフトを指差すと、皆が神山と仟に気づく。抽選結果を待ち望んでいた一奥は、跳び跳ねるようにレフト方向へ走って行ってしまった。


「神山先輩~!抽選どうなったんだぁ~?」


 一奥がフェンスに着くと、神山はフェンスを乗り越えてグラウンドへ。仟はレフトのファールフェンス入り口へと歩いていった。


「仟~!お前もここから入れよ!」

「一奥さん!私は今スカートです!」


「あ、そっか。アハハ……」


 照れた一奥に、神山は一奥が心待ちにしているであろう言葉をかけた。


「一奥。名京なら決勝で待っているぞ」

「決勝?そうか決勝かぁ……」


 二人は話しながらグラウンドを歩く。すると、神山は西島部員に向けて叫んだ。


「トーナメント表は部室に貼ってある。見たい奴は行っていいぞ!」


 その声を聞いた部員たちが、ゾロゾロと部室を目指す。グラウンドには、1年生の4人と2年生の白城が残っていた。


 隣を歩く一奥に、神山は一応問う。


「やはり、お前は見に行かないんだな」

「あぁ。名京高校は決勝だしさ。まぁ幸崎(こうさき)の川石(かわいし)や梯(かけはし)も気になるけど、やっぱり俺は名京とやりたいよ」


「そうか?お前は名京というより、国井(くにい)とやりたいんだろ?」

「アハハ、そうかもな。さすがキャプテンだわ」


 つられてフッと笑った神山と一奥は、ホームベース付近に集まる白城、要、遠矢の下に着いた。少し遅れて仟も合流。


「お前らも見に行かないって事は、一奥と同じか?」


 神山の問いに遠矢が答える。


「そうですねぇ。一奥が残念そうな顔をしてましたし、名京戦は遠いのかなと」

「そうか。ただでさえ、遠い決勝だけどな」


「本当に決勝ですか。でも、見方を変えればこの上ない結果ですよね」


 どこか嬉しそうな遠矢に対し、キャプテンの神山は現実的な話をする。


「お前らに水を指すようだが、俺たちの目標は初戦突破だ。自信の問題ではない。まずは1つ勝つぞ」


 すると、白城が神山に聞く。


「それで神山さん。その初戦はどこっすか?」

「棚谷高校だ。春の四回戦チームだな」

一回戦の前哨戦

「棚谷っすか……」


 白城は、棚谷高校の名を聞いた直後に右手で顎を掴み、考え事を始めた。気になった神山が、すぐに白城に話しかける。


「どうした白城、棚谷高校に何かあるのか?」

「あ、いえ。たいした事じゃないんすけどね。俺が野球部を離れていた時に、たまたまゲーセンで棚谷の野球部員に絡まれたんすよ」


「お前、あんな遠くまで行ったのか?」

「えぇ。野球辞めて、近場のゲーセンにいるのが嫌だっただけっすけど」


「まぁいい。それで白城、何があったんだ?」

「くっだらねぇ話っすけどね。野球の通信ゲームで挑まれたんで、相手してやったらこれが弱くて弱くて……。まぁ相手はわからなかったんすけど、わざわざ名乗り出て来ましてね。素行の悪い奴等でしたよ」


「まさかお前、喧嘩してないよな?」

「しないっすよ。めんどくせぇからプレイ代払って帰ろうとしたんすけど、その金でもう一度勝負しろと言い出しましてね。それで俺は負けたんすよ」


 白城は、バッターボックスにあった小石を尻ポケットに両手を入れながら一塁ベンチ方向へ蹴った。


「だぁ~くっそ。思い出したら胸くそ悪いぜ」


 たかがゲームの話だったが、遠矢はそれが気になった。


「あの白城さん。最初は楽勝でしたよね?なのにどうして負けたのですか?」

「はぁ?俺はな、ゲームとはいえ野球をバカにされたんだぞ!自滅で負けたんだよ」


 気になったのは、仟も同じだった。


「白城さん。自滅というのはどんな野球だったのですか?」

「仟、お前もか?……まぁいいか。ゲームの話だから真に受けんなよ?」

「はい」


「結果は10対0だ。俺のリードで俺の試合放棄だが、得点は全てデッドボールの押し出しだった。頭にきた俺はあいつらの笑ってる態度にアホらしくなって、そのまま帰ったんだよ」

「そうですか」


 拍子抜けした仟と違い、一奥がニヤリと笑う。


「なぁ白城、それやり返そうぜ」

「はぁ?おい一奥(アホおく)。んな事で夏を終わらせてたまるか!」


「違うぞ白城。やり返すのはゲームだ」

「ゲーム?」


 白城が小首をかしげる。すると要が笑顔で両手を上げた。


「面白そう!私もやりたい!」

「要っ!」


 仟が注意するが、一奥と要はノリノリになってしまった。そんな二人に構わず、神山は冷静に事を運ぶ。


「白城、今は辞めておけよ」

「神山さん。俺もくだらねぇって思いますけど、これも何かの縁かもしれないっすね。あいつらもノリノリだし、挨拶代わりにやってきますよ」


「お前なぁ……」


 この場を収めたのは、遠矢だった。


「神山さん、明日1日だけでどうですか?このままでは、一奥は本当に試合でやりかねませんよ?」


 考え込む神山を横に、遠矢が続ける。


「一奥も、明日リベンジ出来ないなら諦める!それでいいよね?」

「俺はいいよ」


 ここで考えていた神山が口を開く。


「……わかった。遠矢、お前が責任を持って着いていけ。それが条件だ」

「わかりました」