古豪対名門の決着|リミット50話

 一塁からサインを出した仟(かしら)が初球から仕掛ける。


「走ったぁ!」


 名京(めいきょう)内野陣が叫ぶ中、右バッターの影山(かげやま)はバントの構えを見せた。


 だが、キャッチャーの国井(くにい)はスクイズを警戒していた。初球に選んだのは外のスライダー。


 パン!「スイング!」

(もらった!)


 マスクを外した国井が、すぐさま三塁ランナーの要(かなめ)を見る。


(なに?走っていない)


 その間に仟が二盗へ成功。国井は警戒して投げなかった。


(今度はバントの空振りがフェイクか。狙いは一塁ランナーを確実に二塁へ行かせる為)


 続く二球目、仟はまた仕掛ける。斜坂のスライダーに対し、またもやバッターの影山はスクイズの構え。国井の視界に二塁ランナーの仟の姿が映る。


(走っていない。セーフティスクイズか!)


 パン!「スイング!ストライクツー」


 影山が再び空振る。しかし、二塁ランナーの仟が飛び出してしまった。国井は三塁ランナーの要の位置をチラッと確認してセカンドへ投げる。


 パン「セーフ」


 懸命のヘッドスライディングは、素早く戻った仟の手が早かった。


 続く三球目、キャッチャーの国井は立ち上がって一球外す選択をする。


 だが、遠矢(とうや)の最大の狙いはここだった。


 初球をバッターの影山にバントを空振りさせ、スクイズ失敗と見せかけ二塁へ仟を進塁させた。


 二球目はセーフティスクイズの空振りと見せかけ、仟を飛び出させた。


 通常、初球から三球続けてスクイズの確率は低い。油断ならない相手とわかっているキャッチャーの国井は、ツーストライクの状況こそ本物と怪しんだのだ。


 三球連続スクイズは、逆にありえると。


 その読みは合っていた。外された球に、バッターの影山が飛びつく。しかしそのバットは届かず、すかさず国井は三塁の要を見た。


(走っていないだと!)


 国井が目を細めたその時だった。走っていた二塁ランナーの仟が急ブレーキ。しかし三遊間で足を滑らせてしまい、仟は慌てて二塁へ戻る。


 バントの空振りでバッター影山はアウト。またもや飛び出してしまった仟をセカンドで刺せば、スリーアウトでチェンジになる。


 国井の体は瞬時に判断した。


 ボールを外し、立ったままの投げやすい体勢。転んで必死に戻る仟の姿。自信のある自分の肩。


 そしてアウトカウントが2つになった事と、二球目と同じ展開で三塁の要がホームを狙わなかった事。


 これら要素が重なり、迷うことなく国井は再び二塁へ投げる。ピッチャーの斜坂(ななさか)はノーカット。


 しかしこの時、仟がわざと転んだ事に国井は気づいていなかった。


 遠矢は、二度目は確実に仟を刺せる瞬間をわざと作っていた。三連続スクイズ空振りでワンアウトを犠牲にし、ツーアウトにして国井の隙を狙ったのだ。


 その国井が見せたほんの僅かな隙を逃さず、三塁ランナーの要が同点のホームを狙う。


 セカンドがボールを取った瞬間、アウトのタイミングの仟は足を止めてタッチを逃れる。


 サードが「ホーム!」と叫ぶ中、セカンドは仟を見ずにホームの国井へ送球。
だが送球は、ホームベースから一塁側へ少し流れる。


 俊足の要が真っ直ぐ足からホームへスライディング。それた送球に左腕を伸ばしてキャッチした国井が、左に倒れながらタッチへ行った。


 タイミングは同時。そして球審の手と声が上がる。


「アウト!」


 コールを聞いた国井は、平然と面を拾ってベンチへ歩き出した。遠矢の策、そして仟と要の決死の走塁は、キャッチャー国井の前に紙一重で破れた。


 嬉しそうに悔しがる要と、本当に悔しそうな仟がベンチへ戻る。影山を労った遠矢が、二人を笑顔で出迎えた。


「要、惜しかったね。仟もよく走ったよ」

「遠矢さん……すみません」
「くっやし~!」


「要、やれるだけの事はやったよ。それにまだ九回裏があるし、一人出れば白城(しらき)さんに回る。一点差のまま行こう!」


 遠矢はホームへ走って行った。


 一方、要をアウトにした国井だったが、一塁ベンチへ戻りながら一連のプレーを運が良かったと考えていた。


(バッターが倒れなければ、ホームベースに砂がかかる事はなかった。あの砂が無ければ、セーフだったかもしれないな……)

「国井さん?どうしたんすか?」


 振り向いてホームベースを見ていた国井に、斜坂が話しかけた。


「いや、何でもない」


 フッと微笑む国井。その様子にニコッとした斜坂は、ベンチへ戻る国井の横をついていく。


「にしても危なかったっすねぇ。さすが美人双子姉妹すよ」

「斜坂、だからお前はカットしなかったのか?」


「いえいえ!とんでもないっす。国井さんが楽しそうだったので、邪魔しないようにと思っただけですよ。ということで、この回一発お願いしますね」

「フッ。まだ点がいるのか?」


「そうでしたね!アハハ」


 国井と斜坂が会話をする中、西島ナインが守備につく。投球練習の間に、遠矢はこの回の三人目である国井の打席をどうするか考えていた。


(この回、ツーアウトランナーなしで国井さんを迎えたい。二点差はマズイ……)


 そして西島高校対名京高校の練習試合は、ついに最終九回へ。


 国井以外の打者の限界を見極めたリミットリミッター遠矢は、緩急自在に攻めてツーアウトとした。そして予定通り国井を迎える。考えがまとまらない遠矢は、タイムを取って一奥(いちおく)の下へ走った。


「ナイスピッチ、一奥」

「おう!今日はリリーフだからな。足りないくらいだぜ」


 一奥は遠矢にピースで応えたが、バッターボックスへ歩く国井の姿を目にして表情が険しくなる。その様子に、遠矢の表情も険しくなった。


「一奥……」

「あぁ、マジで国井はヤバイな」


「どうする……?」


 すると、少し考えた一奥が閃いてニコッとした。


「そうだ遠矢、こういうのはどうだ?」


 一奥がグラブ越しに話すと、遠矢は微笑んだ。


「なるほどね。それで行こう!」

「にひひ」


 ホームへ戻ると、今度は遠矢から国井に話しかける。


「国井さん、じっくり見せてもらいますよ」

「フッ。その顔は、俺の弱点でも見つけたのか?」


「いえ。国井さんに弱点はありませんよ」


 座った遠矢がサインを出す。バッテリーの楽しそうな雰囲気に、国井はフッと微笑んだ。


「面白い……ならばよく見ておけ。俺たちを知れば知るほど、お前たちが絶望に包まれる現実をな」


 強気に出たバッターの国井だったが、次の瞬間微笑んでバットを止めた。


 パン 「ストライク」

「なるほどな。お前はタヌキか?」

「そう……かもしれませんね」


 すると、一塁ベンチから斜坂が叫んだ。


「おい!一奥。今のはピースパームじゃねぇかよ!勝手にパクるな!」

「え?あぁそっか。ならお前の許可を取れば、次も投げていいよな?」


「そういう問題じゃねぇ!著作権だ、著作権!」

「アハハ!」


 笑った一奥の提案とは、国井に大して斜坂のピースパームを投げる事だった。


 さすがにオリジナルとはいかないが、それに近い球を国井に投げた。国井が初球を見送ったのは、味方の決め球の打ち方を敵に知らしめる事になるからだった。


 だが国井という男の器は、バッテリーが思う程小さくはなかった。


「じっくり見る……だったな?」

「はい。国井さん、打ってもらえますか?」


「フッ……俺に通用しないのも、計算の内という訳か……」


 国井が言い放った言葉に、遠矢は唾を飲み込む。


(やはり国井さんはピースパームが打てる……)


 そして二球目、再び一奥がピースパームを投げる。その瞬間、国井を横目に見ていた遠矢は驚いた。


(国井さんが目を閉じた!ボールを全く見ていない……)


 国井は、一奥が投げる瞬間までボールを見ていた。目は閉じたが、体はピースパームを打つタイミングで動いている。


 国井は一奥が投げた瞬間の位置からボールの軌道を予測し、ボールから目を切る事によって揺れに乱されない準備をしていた。再び開かれた両目が、ボールを点で捉える。


 カキーン! 

「マジかよ!」「仟~!」


 一奥が驚き遠矢が叫ぶ。ボールを引きつけて打った国井の打球は、セカンド仟の頭上を襲った。


 瞬時にこの位置では取れないと判断した仟は、斜め後ろへジャンプする。


 パーン!


 抜ければ長打は確実だった打球を、仟は見事にキャッチした。


 一奥は「おおー!」と興奮したが、遠矢は苦笑いをしていた。その前を、一塁ベンチへ下がる国井が通りすぎた。


「じっくり見れたか?」


 微笑みながら話す国井と目が合った遠矢は、「はい……」と力なく両膝をつく。その目は閉じられ、なんとも言えない顔をしていた。


(全く参考にならなかった……凄い人だ……)


 遠矢の態度に満足した国井が微笑みながら立ち去る。その背中を見た遠矢は立ち上がると、三塁ベンチへと歩き出した。


 国井を打ち取り、スリーアウトチェンジ。西島高校は、最後の攻撃を1点差のままで望みを繋いだ。


 最終九回の裏は、八番の光(ひかり)から始まる。


 バッターボックスへ向かう光を遠矢が呼び止めたが、光は悟ったように左の掌を遠矢に向けた。


「大丈夫だよ遠矢。僕はわかっている」

「いえ、光さ……」
「任せなさい」


 遠矢の言葉を制して、光はバッターボックスへ行ってしまった。すると、二人の様子を見ていた白城(しらき)が遠矢に話しかける。


「遠矢。光にピースパームは捨てろと言おうとしたのか?」

「はい」


「お前、それ言わなくてよかったぜ?カッコマンのあいつの頭には、それを打つ事しかねぇからな」

「ですけど白城さん。国井さんの打ち方をマネするのは、あまりに無謀すぎますよ?」


「いいからやらせてみろよ。なにもしない三振よりはマシだろ?」

「そうですね」


 ヘルメットをかぶった遠矢は、ネクストへ向かった。


 光は左バッターボックスに入るとヘルメットを取り、ブラウンに中分けされた髪を右手でかき上げた。そして、さわやかにバットを構える。


(狙いはピースパーム。華麗に打ち返せばヒーロー……フフフッ)


 だが、やはり初球・二球目とピースパームは来なかった。光は国井と同じ打ち方で対応したこの二球、当然バットにかすりもせず追い込まれる。


 それでも光は余裕の表情を崩さない。しかしそれは、国井も同じだった。


(こいつは次もピースパーム狙いだろう。だが、決め球の本当の意味を知る事になる。終わりだ)


 三球目、国井はピースパームのサインを出した。うなづくピッチャーの斜坂も、光がピースパーム狙いなのはわかっている。


 ストッパーと呼ばれる絶対的守護神が投げる、わかっていても打てない球。


 それが斜坂のピースパームであり、追い込んだバッテリーにとって当たり前の配球だった。


 斜坂が投じた瞬間、光は前二球と同じように目を閉じる。そして予測した位置へとバットを進めた。


 左バッターの光を三塁側から見ていた一奥と白城は、タイミングとバットの軌道から期待した。


 カスッ……


 かろうじて打球は、僅かにバットの先をかすめた。これが絶妙な三塁線へのバントのように転がる。


 その瞬間、盛り上がる西島ベンチ。一奥は、「走れー!めんつゆ!」と叫んだ。


 サードが猛ダッシュで打球を処理。光は一塁へ頭から突っ込む。


「アウト!」


『あぁ~』と、三塁ベンチから声が漏れた。アウトになった光は、サッと立ち上がってユニフォームの砂をササッと叩く。


 さわやかに戻ってくる光に、ネクストの遠矢が声をかけた。


「ナイスガッツでしたよ。光さん」

「フッ、当然だよ?遠矢。あのボールを打ったのだからね。これでまた僕のファンが増えてしまった……フフッ」


「そうですね……」


 光は三塁ベンチへ小走りに下がる。見送った遠矢は苦笑いをしていた。


 九回裏、ワンアウトランナーなし。


 バッターボックスが目に入った瞬間、遠矢のスイッチが切り替わった。


(1点差だ……僕か次の一奥が塁に出るしかない……)


 遠矢は、逆転の気合い十分で打席に立った。


「お願いします!」


 その声を聞いたキャッチャーの国井は、遠矢を気に入った。


「フフッ……」(今年の夏は、面白くなりそうだ)


 遠矢は、構えながらピッチャー斜坂を頭で整理する。


(握りは全てピース。そこから同じ腕の振りで、4種のボールでバッターを打ち取る。まずは、あの握りに反応してはダメだ)


 初球、斜坂はピースの握りから外のストレートを投げた。


 パーン!「ストライク」


 見送った遠矢がバットを見つめる。


(ストレートか……厄介だね……150を超えてる)


二球目、今度はインコースのシュートを見送る。きわどい球ではあったが、球審の判定はボールだった。これに国井がうなづく。


(選球眼はいいようだな。だが、斜坂のピースパームは甘くない……)


(今度はシュートか……やはり決め球のピースパームを……)


 国井と遠矢の思考が交わる中、カウントワンワンで投じられた球は、


(ピースパーム!)「くっ……」

 パーン!「ストライクツー」


(まさかここで使ってくるなんて……)


 その瞬間、遠矢の脳裏によぎったのは次の球だった。


(間違いない。国井さんは、ピースパームの連投で来る!)


 追い込まれてはいるが、遠矢は三振覚悟でヤマをはる。斜坂が振りかぶり、四球目を投じた瞬間遠矢は目を閉じた。


 パーン!


 バットは空を切り、ボールは国井のミットを激しく鳴らした。


「ストライクバッターアウト!」


 球審のコールを聞き、遠矢は打席を後にした。


(やられた。最後はど真ん中の……ストレート……)


 国井のリードの前に、遠矢は全く手が出なかった。立ち止まった遠矢は、背中越しに悔しさをあらわにした。


「国井さん、試合はまだ……終わらせません……」


 遠矢は再びベンチへ歩き出す。国井は遠矢の背中を見て、不敵に微笑んだ。


 ベンチへ戻ろうとする遠矢に、ネクストの一奥が声をかける。


「やられたな」

「うん……思った以上に、厄介なバッテリーだよ」


「仕方ねぇ。白城に回すには、ピースパームを捨てるしかないな」

「頼んだよ、一奥」

「おう!」


 九回裏、ツーアウトランナーなし。ピースパームを攻略したい気持ちを抑え、一奥が打席に立った。


「さぁこい!斜坂」

「いきがるな一奥。お前で終わりだ」


 斜坂が投球モーションに入る。そして、一奥の両手がグリップをギュッと握った。


(あの握りに惑わされるな。ピースパームのイメージは捨てるんだ!)


 その瞬間、一奥は驚いた。

「なっ!」


 投じられたボールは、頭の高さからユラユラ揺れてストライクに。


(初球からピースパームかよ!)


 ふと一奥がキャッチャーの国井を見ると、国井はフッと笑った。余裕の表情で返球する国井に、一奥は悔しがった。


(くそっ。俺の心を見透かしたような顔しやがって。次は打ってやる!)


しかし、それは一奥の勘違いだった。


 二球目、またもピースパームが一奥を襲う。頭になかった一奥は、見逃すしかなかった。


(またピースパーム?……ハッ!まさか俺には全て……)


 一奥は、国井の笑みにようやく気づいた。


 斜坂のピースパームは、コースや球速でバッターを撹乱させる意味はない球だということに。


(そうだ……このピースパームは、白城の言ったストッパーの球だ。わかっていても打てないなら、三球で終わるじゃねぇか!くっそ。次も間違いなくピースパームだぞ……)


 余裕のない一奥の姿に、キャッチャーの国井が厳しい視線を送る。


(名京の野球は隙を与えない。次で終わりだ!)


 一奥の考えがまとまる前に、斜坂はゲームセットを告げるピースパームを投げた。


 ピースパームとわかっていながら、頭が真っ白になってしまった一奥は目を閉じなかった。


 頭の高さで揺れながら向かって来るボールに対して、キョロキョロと目で追ってしまう。


追い込まれている為、なんとか当てようとバットを出す。しかし、ピースパームの点がインかアウトかもわからない。結局、腰の入らないガタガタの手打ちスイングにさせられてしまった。


(くそっ。このままバットに当たっても内野ゴロだ……)


 その意識が項をそうしたのか、急に一奥のバットが止まった。当てただけのバッティングは、コンと音を立てて一塁線に転がるバントのようになってしまった。焦る一奥。


(しまった!これじゃ、めんつゆ先輩と同じじゃないか!とにかく走るしかねぇ)


 バットを投げ捨て、全力で走り出す。しかし、ピッチャーの斜坂は余裕で処理する体勢。


「オッケー。これで終わ……ふぐっ」


 斜坂が捕ろうとした瞬間だった。ファーストが自分のボールだと思い、二人が衝突。斜坂は勢い余って倒れたが、ボールは立っているファーストの目の前に。


「投げろ!」というキャッチャー国井の言葉がグラウンドに響き、ファーストはすぐにボールを一塁へ投げた。


 一奥は、懸命のヘッドスライディング。


「うおぉぉぉ!」


「セーフ、セーフ!」

「よっしゃぁ!」


 立ち上がった一奥は、飛ばしたヘルメットをかぶり直した。すると、その姿を見たピッチャーの斜坂がチャチャを入れる。


「お前、喜びすぎだろ。悪運強ぇな」

「はぁ?バーカ、お前こそ喜べ。今から大好きな白城にツーランを打たれるんだからな」


「おー!そうか。次は白城さんか!」


 一奥の挑発に、動じないどころか喜ぶピッチャーの斜坂。そして二番の白城が打席に。


 二人は出会いから2年以上経っているが、真剣勝負は初めてだった。斜坂にとっては、待ちに待った対戦でもある。同時に、西島にとっては勝利への最後の希望。


 斜坂がマウンドへ戻り、白城を見る。


「白城さん、借りはここで返しておきますよ。俺はあの時とは、別人ですからね」

「奇遇だな、斜坂。実は俺も別人なんだよ」


「なるほど。……では、別人対決といきますか!」


 斜坂が、国井のサインに頷きセットに入る。


 この白城の打席の前、白城は遠矢とピースパーム攻略を話していた。


“ 白城さんのスイングスピードでも、ライトに放り込む以外ないですね”

“ だろうな。確かに俺は、ユースの紅白戦でピースパームをライトにぶちこんだ。中2の斜坂の球だがな”


“ そうですか。やはり引き付けるだけ引き付けて、狙いはライトポール際ですね”

“ それしかねぇな……”


 しかし、初球はインコースのシュート。ストライクのコールの後、白城は斜坂を睨み付けた。


(俺には決め球としてピースパームを使う気か……面白れぇ!)


 二球目、またもインコースのシュートに対して白城は見送る。追い込まれたが、ピースパームを狙う白城の心は変わらない。むしろここからが勝負と思っていた。その時だった。


 返球を捕った斜坂の口角が広がる。その表情に、白城は嫌な予感がした。


(いや、リードは国井だ。斜坂が逆らう訳がない。だが……一奥とは逆に、俺にはピースパームは来ないかもしれない……)


 だが、そのピースパームが三球目に来る。


(くそっ。セオリーかよ!)


 白城の体勢が崩れる。バットを出そうとしたが間に合わない。しかしボールは、国井がワンバウンドでキャッチしボール。

白城は一息ついた。


(斜坂(あいつ)の顔からすると、打ち損じより空振りを狙った一球だったか……ナメやがって……。次のパームを捉えてやる!)


 四球目、国井は外のストレートを外す。
だがこの一球は、白城の心に余裕を持たせた。


(光栄だぜ。国井は俺へのピースパームを絶対的と判断していない。次が勝負だ!)


 そして五球目。決着の球を斜坂が投げる。


(ど真ん中のストレート!ナメるなぁ!)


 白城がフルスイングで対応。バットとボールが徐々に近づく。


 その時、白城の認識に異変が起きた。


(違う!これは……)


 パーン!「ストライクバッターアウト!ゲームセット」


 マウンドでガッツポーズをする斜坂。空振り三振に終わった白城は、バットを呆然と見つめていた。


(最後はスプリット……別人の意味はこれだったのか……)


 斜坂はピースの握りから、白城の知らないスプリットを投げたのだ。


「くっそぉぉー!」


 両手でバットをホームベースに叩きつけた白城の目に、整列する国井の足が映る。淡々とした国井の姿に、白城はクッと歯を食い縛った。


(あのなんでもねぇ四球目のストレートだ……。国井は外の高めに外した。普通はありえねぇ。だがそれが、五球目にピースパームを意識させる為の布石だったのか……)


 三塁ベンチへ振り向いた白城は、下からバットを投げ捨てた。そして整列へ向かう。


 小山田の決死の姿を始め、この試合に勝つ為に必死で戦ったチームメイトの姿が、この時白城の脳裏には浮かんでいた。


 国井に負けた事よりも、チームの期待に応えられなかった自分が許せなかったのかもしれない。


 並んだ白城の両手が膝につく。その折れ曲がった体を、キャプテンの神山が無言で起こした。


 そんな白城の姿を目にした西島高校の選手は、誰一人彼を責める者はいなかった。気持ちは白城と同じ。皆が自分達の力の無さを知り、そして王者の力を見せつけられた。


6月初旬。

西島高校は、愛知の絶対王者である中豊大名京に14対13で破れた。

あなたのボール

 試合終了の挨拶を終え、両チームがそれぞれのベンチへと戻る。西島ナインは、無言で悔しそうに片付けを始めた。その時、グラウンドに活気のある声が響く。


 名京の選手たちの気合いの入った返事に、西島ナインが振り返った。すると、斜坂はマウンドへ行き、国井はホームへと向かっていた。


 そして、二軍のバッターたちとのシートバッティングが始まる。西島ナインが見つめる中、バッテリーはことごとく凡打の山を築いていった。


 それを真剣に見ていた一奥と遠矢に、神山が話しかける。


「お前ら、帰るぞ」


 その言葉に、目をそらした一奥は唇を噛む。遠矢は目を閉じ、スッと腰を上げた。


「行こう、一奥」

「……くそっ」


 立ち上がった一奥は、バスへ戻る先輩たちの一番後を歩く。その目は、しばらく名京の練習を追っていた。


 グルリとグラウンドを周って階段を降りると、立ち止まる白城の姿が映る。気になった一奥は、白城の横で止まった。


「どうしたんだよ?白城」

「一奥か、アレを見ろ」


「ん?」


 白城が指差したのは、雨天練習場付近で倒れ込む名京の選手たちだった。一奥の表情が、一気に険しくなる。


「戻ってきた名京の一軍か……」

「あぁ。何キロ走ってこの姿になったのかは、わからねぇがな」


 一奥の抱えるバットケースの肩紐がギュッと音を立てる。


「やっぱ、国井は化物だな」

「あぁ。おそらく戻ってすぐに試合に出たんだろう。それであのパフォーマンスだ。国井が戻らなければ、俺たちは勝っていた。だが結果は、疲労していた国井に全てを止められたってことだ。マジでムカつくぜ」


 そんな白城が歩き出すと、一奥は「くっそぉ!」と白城を追い抜いて行く。遠矢たちが道具をバスに積む中、一奥はササッと片付けてバスに乗り込む。そして紀香監督が座る運転席の横で立ち止まった。


「監督!どこでもいいから強い高校と試合を組んでくれ!俺たちはもう負けねぇから、頼むよ!」


 一奥の必死な姿に、紀香監督は静かに「落ち着きなさい……」とさとす。


「一奥。私も悔しいのは同じよ。だけど、試合は組まないわ」

「なんでだよ!監督は勝ちたくねぇのかよ!……このままじゃ、本当に廃部を待つだけになっちまう……」


 うつむく一奥の姿に、座っている西島ナインたちも心を揺さぶられた。鼻をすする音が、いくつもバス内に響く。後から乗ってきた遠矢・仟・要は空気を感じ、一奥の後ろを静かに通って席に座った。


 その空気を、紀香監督が動かす。


「私はね、夏に優勝すると信じてる。西島グラウンドで大好きな野球をする、いつものあなたたちがね」
  

 その言葉に、一奥はハッと顔を上げた。そしてニコリと微笑む。それは、聞いていた遠矢も同じだった。


「監督。帰って野球をしてもいいですか?僕も一奥も、途中からの出場だから物足りないので」


 すると紀香監督は「フフッ」と微笑んでエンジンをかけた。思わず一奥が「おおっ!」とよろける。


「好きにしなさい!」
『はい!』

「よっしゃー!」
「やってやるぜぇ!」


 空気は一変し、盛り上がる選手たち。そしてバスは西島高校へと走り出した。


 負けたとはいえ、紀香監督の言葉で元気を取り戻した選手たち。その声がバス中に広がる中、運転する紀香監督は試合をしないと言った真意を思い浮かべていた。


(確かに強い高校との練習試合はプラスになる。でも、それでは名京には勝てない。今日の竹橋君や斜坂君を打つには、他の試合で得る経験以上の自信が必要。彼らより凄い投手を、私は一人しか知らない。……一奥、気づいているのかしら?あなたのボールが、西島を優勝に導くのよ……)


 紀香監督が「フフッ」と微笑んだその時だった。


「監督!前!前!」
「え?」


 焦った一奥の声を聞いた紀香監督が前を見ると、赤信号の交差点にバスが突っ込もうとしていた。すぐにキーッと急ブレーキが踏まれる。


 身を乗り出していた一奥は、運転席の側まで飛ばされうつぶせに倒れた。


「いててっ。頼むぜ監督」

「うるさいわね!あんたのせいでこうなったのよ!」


「へぇ?お、俺のせい?」


 その時、信号が青に変わって再びバスは走り出した。立ち上がろうとした一奥は、その勢いで「うおっ!」と尻餅をつく。


「なぁ監督」

「なによ、一奥。文句があるなら、甲子園までこのバスで行くわよ?」


「えー!」


 一奥が急いで席に戻ると、バス内は爆笑の渦となった。いたずらに舌を出す紀香監督。



 そして時は過ぎ、夏の県予選一週間前を迎える。