開かれた左目と決死の覚悟|リミット48話

 打席に向かおうとする光(ひかり)が、ベンチに座る白城(しらき)の目の前で前髪をかき上げた。


「フッ、ところで白城(しらき)。僕は八番で君は二番。このまま行けば、ツーアウトランナー僕で君に回る。逆転するなら、君は僕を華麗にホームへ帰せばいい。それでいいかな?」

「おい、光線(こうせん)!」
「しっ、失敬な!名前と名字を中途半端に合わせないでくれ!僕の名前は光綿密(ひかりめんみつ)。め・ん・み・つ・だっ!」


「わあったから、早く打席に行けよ」

「全く……君という人はもっと美学を……」


 すると、同じくベンチに座る一奥(いちおく)が光綿密に冷たい目線を送った。 


「なぁ、めんつゆ先輩……」
「一奥!君も君で失礼だな!だから僕はめんみ……」


 そんな3人のやり取りを見ていたキャプテンの神山(かみやま)が、口を挟んだ。


「光」

「ハッ?神山さん」


「俺はお前の実力をわかっている。頼むぞ!」

「お……フッ、やはりキャプテンは器が違いますね。わかりました……僕のヒットは、神山さんに捧げるとしましょう」


 光は、ニヤニヤしながら打席へ向かった。腰に手をやった神山は、一奥の前で一息つく。


「一奥、光をからかいすぎだ。あいつは適当に誉めておけ」

「え?俺はからかってるつもりはないぜ?」


 それなりに真剣に訴える一奥。しかし、側にいる白城はフンと一奥に向かって笑った。


「ま、俺はからかってるけどな」

「おい、白城!なんだよそれ」


 再び神山が呆れる。


「一奥。これでも白城はな、白城なりに光を応援しているんだよ」

「マジ?あれで?」


 一奥が白城を見ると、白城はフフッと笑った。


「一奥(アホおく)。光はな、調子に乗れば乗るほど調子に乗るんだよ」

「ふ~ん……じゃあ白城。神山先輩が誉めたのもわざとか?」


「当たり前だろ?あいつは単純なんだよ。見ろ!やる気満々じゃねーか」


 一奥がバッターボックスの光を見ると、大胆にも予告ホームランのポーズを取っていた。


「ほぉ。めんつゆ先輩スゲェなぁ」

「ま、ホームランは狙ってないけどな」


「じゃ、あれは何の予告だよ」

「ただ目立ちたいだけだ。あいつの美学はな、ホームランですぐにベンチへ下がるより、一塁でも二塁でもどこでもいいから長くグラウンドにいて目立つ事なんだよ」


「おお!だからツーアウトランナー僕なのか!」

「だな。一人の方が目立つからだろう。まぁ見てな」


 一奥と白城の会話が進む中、光の予告ホームランを見たピッチャーの竹橋は……ビビっていた。


 だが、それが逆効果なのを光は知らない。光の予告はクライシスリミッターの力を上げる結果になり、目立つ事なくアッサリ三振に切って取られた。


「どうやらこの打席。僕の時間ではなかったようだ。君に譲るよ、遠矢君。フッ……」

「あ、はい」


 ネクストバッターズサークルに座る遠矢(とうや)に捨て台詞をさわやかに言い、光はベンチへ戻って行った。


 そして九番の遠矢が打席に立つと、今度は遠矢が予告ホームランの姿を見せた。「ん?」と反応した白城が一奥に聞く。


「なぁ一奥、遠矢(あいつ)は無意味に予告はしねぇよな?」

「俺も初めて見たぜ。遠矢は予告ホームランなんてやらないからな」


「あいつなりの作戦か……」

「だろうな」


「なら、リミットリミッターのお手並み拝見といくか」


 一奥と白城が、竹橋と遠矢の対決に集中する。


 ネクストバッターズサークルで光の予告ホームランを見ていた遠矢は、ピッチャー竹橋の僅かな変化を見逃していなかった。遠矢はもう一度竹橋の反応が見たくて、予告ホームランのポーズを取った。


(やっぱりそうだ。このポーズを、竹橋さんは嫌がってる。だけど光さんに投げた球は、この試合で最高のストレートだったんだよね……)


 この時、遠矢は1つの仮説を立てて探り始めた。初球、遠矢は150キロ近いストレートを見送る。


(速い……さすがリミッターだね)


 二球目、今度はアウトローのストレートを見逃した。遠矢は追い込まれる。


(スピードもコースも完璧か……。でも気になるのは、五番の村石(むらいし)さんからボール球が一球もない事。竹橋さんが首を振らないの考えれば、これは国井さんのリード……いや、違うかもしれない。これは竹橋さん用のリード!……確かめてみるか)


 三球目、遠矢はアウトローのストレートをカットした。


「ふぅ……」(探るなんてとんでもなかった。一瞬でも集中を切らせば、すぐに終わらされる。でももう少しで、竹橋さんのリミットがもっと解りそうなんだ!まだ終われない)


 続く四球目、遠矢はまたファールで逃れた。


(やはり全てストライク。そして全てストレート。でも国井さんは、なぜ変化球を多投しないんだろう?)


 しかし、ストレートに目が慣れ始めていた遠矢は五球目に裏をかかれる。


「くっ」(ここでスライダー……)


 遠矢のバットは間に合わず、手が出なかった。しかし判定はボール。遠矢は額の汗を左肩で拭った。


(助かった……今のは完全にやられた。でも竹橋さんのリミットが発動してから、初めてボールを奪えた)


 続く六球目、今度は遠矢がスライダーを見切って外れた。すると、キャッチャーの国井が静かにタイムを要求する。


「球審」

「タイム!」


 それは、六球目がボールだった瞬間から決めていたかのようだった。国井がマウンドに向かう背中を、遠矢はジッと観察する。


(国井さんがここでタイム。五球目のスライダーより遠かったけど、キレは抜群だった。二球続かなければ、僕は今のスライダーに手を出していたかもしれないけど……)


 マウンドに向かったキャッチャーの国井は、自分から目をそらしたピッチャーの竹橋を見て眉をピクリとさせた。


(やりにくそうだな。点差は1。場面はワンアウトランナー無しだが、俺の知る竹橋がここまでビビる必要はないが……。だとすれば、クライシスリミッターの力を上げている原因が、西島(やつら)にあると考えるのが普通か……)「どうだ?竹橋」

「どうと言われてもな……ヤバイぜ?国井。奴等が怖くて仕方ねぇ」


 言葉とは裏腹に、竹橋の声は迫力を増していた。


(なるほど。これでハッキリしたな……)「ならば竹橋。この大ピンチを早く切り抜けるぞ!」

「当たり前だ。俺は奴等の限界を、さらに超えてやる」


 返事をしたピッチャーの竹橋が帽子を被り直すと、今まで見えなかった左目がハッキリと現れた。その姿を目にしたバッターの遠矢に、電流が走る。


 
 人は、怖いものや見たくないものから目をそらす習性がある。竹橋の帽子は、その役目も果たしていた。竹橋は、普段は相手を片目で見ることにより、その恐怖心を和らいでいた。


 しかしこの場面。相手の気迫やチームのピンチをハッキリと両目で見る事で、竹橋の恐怖は最高点に達する。


 逃げたくなるピンチだが、竹橋の弱いメンタルを支えているのは良い結果。


 怖いから逃げるのは、彼にはイコールではない。怖いから倒すのがイコールになる。


 キャッチャー国井のかけた言葉は、普通は逆。しかし、竹橋に限り有効な言葉と理解しているからこそ、あえて国井はそう言い続けてきた。


 竹橋の、クライシスリミットのさらなる力を引き出す為に……。


 そしてマウンドに立つ竹橋の姿を見たバッターのリミットリミッター遠矢は、瞬時に竹橋の限界を修正した。


(凄い気迫だ……次は間違いなく、僕の限界予測を上回る球が来る!)


 ホームへ戻った国井が座り、球審が「プレイ」をかけた。


 七球目、大きく振りかぶったピッチャー竹橋の投げた球は、遠矢の予想を半分裏切ったストレートになった。遠矢は見逃し、判定はボール。


 だが遠矢は、竹橋の急激な変化に焦っていた。


(まだスピードとキレが上がるのか……。でも、今のは明らかにボール球だった……これも初めて……。)
「ハッ!」


 この瞬間、遠矢の竹橋に対する脅威が増した。


(やられた……。たった一球で、これまで全ての情報が無効化されてる。これは、国井さんの要求する球は来ない!リミッター竹橋刃さんの力……一体どこまで上がるんだ……)


 遠矢の分析は当たっていた。


 打ちにくい投手の特徴は様々だが、その中に荒れ球と言うものがある。これはコントロールミスとは違い、生きた球が荒れている。


 ピッチャーは、コントロールを意識するとスピードやキレが劣る。そしてこれは、遠矢自身が対一奥にピッチャー鶴岡とやった戦法だった。


 だがこの時、遠矢は1つ気づいていない。実は今の一球、バッテリーはノーサインだった。


 その副作用で、ピッチャー竹橋のテンポが上がる。八球目、またもや高めのストレートが遠矢を襲った。


 ズバーン!

 空振りした遠矢は、「しゃー!」と叫んだ竹橋を目にする。


(完全に振らされた……ボールなのに、反射的に体が動かされたようだった。凄いな……竹橋さんの球は)


 遠矢は満足げに目を閉じ、打席を後にした。しかしこの時、竹橋の限界をきっちり見極めていた。


 遠矢はベンチへ下がる途中、ネクストの一番小山田に耳打ちする。それを聞いた小山田は、体が震えていた。


「と、遠矢君……」

「小山田さん。この回で竹橋さんを降ろします!」


「うん……わかった」


 真剣な遠矢の顔を見た小山田は、アドバイスが本気だと理解した。そして打席に立つ。


 小柄な小山田は、普段から速球投手との対戦ではバットを短く持つ。しかしこの打席に関しては、バットを長く持っていた。


 構えた小山田は、緊張と恐怖から唾を飲み込んだ。


(僕がこの打席でやることは、たった1つ……)


 初球、ノーコンノーサインの竹橋のストレートが、右バッター小山田のインハイを襲った。


 ボール球をのけ反った小山田は、大きく息を吐く。続く二球目も、遠矢のアドバイスを実行した。


 一方クライシスリミッター竹橋のテンポは、どんどん早くなる。小山田は、ど真ん中のストレートを見逃した。


 キャッチャー国井の返球と、ほぼ同時に振りかぶるピッチャーの竹橋。三球目、スライダーがまたもや真ん中に決まった。


これでカウントはワンツー。小山田は追い込まれた。しかし、その目は確実に遠矢のアドバイスを実行する決意で、ピッチャーの竹橋の球を見ていた。


 四球目。インローへのストレートは外れたが、そのストレートは150キロ超えを連発させる。


 ここまでバッターの小山田は、1度もバットを振っていない。しかし、ついに小山田が動いた。


 その立ち位置は、ホームベース寄りに変わった。


(遠矢君……)


 竹橋が五球目の投球に入る。その足が上がった時、小山田のタイミングに異変が起こった。


 軽く前へステップして打つ小山田の左足が、全く動かない。そしてボールはぶん投げられた。


 カッ………

「タイム!ターイム!」


 鈍い音の後、球審が両手を上げた。頭にデッドボールを受けた小山田が、斜め後ろへと倒れた。


(遠矢君……上手くいったよ……)


 倒れながら小山田は、遠矢のアドバイスを思い出していた。


“僕に投じたラスト二球ですが、ストレートではなくシュートしていました。突如変わったぶん投げるフォームからでは、小山田さん得意の外は来ないと思います。ですから当たって下さい。白城さんに回す為に……”


「小山田ー!」


 ネクストバッターズサークルの白城が、叫びながら小山田の下へ走る。


「大丈夫か!」

「白城……大丈夫だよ。でも、この試合はダメかもしれない」


 するとそこへ、遠矢もやってきた。


「白城さん。僕が小山田さんを運びます」

「遠矢か。頼む!」


「はい」


 遠矢は、小山田を肩で背負ってベンチへ下がった。しかし小山田は、とても満足した顔をしていた。


「すみません、小山田さん」

「いいんだよ、遠矢君。僕こそ初球のインハイを逃げてゴメン。でも、あの一球で覚悟は決まったよ。君の言う通り、今の僕には打てない球だったから……」
「小山田さん、今は話さないで下さい」


 ガクッと下を向いた小山田に、遠矢は心配した。だが小山田は、顔を上げると遠矢に笑みを贈る。


「大丈夫だよ。少し頭がフラっとするけど、遠矢君のお陰で怪我はないから」

「小山田さん……」


 遠矢は申し訳なさそうに、小山田へ言った言葉を思い出していた。


“ 常に重心は後ろのままでお願いします。絶対に前へステップしないで下さい”


 すると、小山田の声が遠矢の耳に届く。


「僕の目を信じてくれてありがとう。とっさの策で出塁するにはこれしかないと……そこまで計算していたんだね。お陰で怪我なくボールをはじけたよ」

「本当にすみません、こんな作戦しか浮かばなくて……。でも、勝つにはどうしてもこの回しかなかったので」


「そっか……」


 一安心した小山田は、目を閉じて微笑んだ。二人がベンチに着くと、心配した紀香監督が小山田に声をかける。



「小山田君、大丈夫?」


 小山田は「はい」と力なく返事をしたが、連れ添った遠矢は「交代をお願いします」と紀香監督に言った。


「そうよね。無理はさせられないわ。仟、代わりを代走に送ってくれる?」

「監督、それならもう行きましたよ?」


 紀香監督が一塁を見ると、ヘルメットを被った一奥が立っていた。


「へへっ、やっと俺の出番だぜ。おい白城!俺が盗塁するまで打つなよ!」

「バカが!お前は一塁(そこ)で座ってろ!」


 二人のやり取りを見た紀香監督は、仟に球審の下へ行くように頼んだ。


「すみません。代走斉藤です」

「斉藤君ね」


「はい」


 すると一奥は、今度は仟に絡んだ。


「おい、仟!早く下がれ!逆転ムードが盛り下がるだろ!」


「うるせぇぞ!」
「おい、補欠!お前が下がれ!」


「なにぃ?」


 スタンドから一奥へ、この日最大のブーイングが飛ぶ。これに驚いた一奥に向けて、ベンチへ戻る仟は笑顔でアッカンベーをした。


 そんな事にはおかまいなく、白城は一人集中を高めていた。


「っしゃ……」


 右バッターボックスに立った白城は、バックスクリーンを睨んでいた。


 七回裏、ツーアウトランナー、一塁。


 クライシスリミッター竹橋対、ブレイクリミッター白城の対決が、ついに始まる。

リミッター勝負!白城VS竹橋


 打席の白城(しらき)が足場を整え、マウンドの竹橋(たけはし)はロジンを強く握る。その時、名京(めいきょう)のファーストが一塁ランナーの一奥の姿に呆れた。


「お前、本当にそれでいいのか?」

「何が?」


「何がって、お前一塁ベースは座布団じゃねぇぞ!」

「それは白城(あいつ)に言ってくれ」


 名京高校ファーストと話す一奥(いちおく)は、本当に白城の言った通り一塁ベースで腕組みしながらあぐらをかいていた。


 だが、西島(せいとう)ベンチから一奥に叫ぶ者はいなかった。あの杉浦(すぎうら)さえ黙っている。


 それだけマウンドの竹橋とバッターの白城が作り出す空気は、グラウンドに緊張を与えていた。


 白城が構え、竹橋の表情も厳しさを増す。


(さぁ来い!ぜってぇ打つ!)

(おっかねぇ顔しやがって……こいつも絶対に倒す!)


 にらみ合う二人。それとは対照的に、キャッチャーの国井(くにい)は冷静だった。


(このバッターもリミッターか?どちらかと言えば、関西の大堂(だいどう)より関東の星見(ほしみ)に似ている……)


 春の選抜準決勝。名京高校は、星見率いる神奈川の海風(かいふう)高校に敗れた。


 竹橋が逆転ホームランを打たれた星見を、キャッチャーの国井は白城と重ねた。


(面白い。竹橋は、夏にもう一度星見とやる為に限界を上げた。タイプは違うが、竹橋の糧にさせてもらう)


 キャッチャーミットを構えただけで他を圧倒するような国井の気迫に、竹橋は渾身のストレートで応えた。


 白城は眉間に力を入れながら、この日最速153キロのインローを見送る。国井の濁りないミット音に、グラウンドだけではなく球場全体が静まり返った。


(この場面でコントロールをものにするとはな。竹橋、今までで最高のボールだ!)


 国井が感じた手応えを、マウンドの竹橋も感じていた。


(今の球は……そうか、こいつだ!このバッターから伝わるぶっ倒れそうな気迫が、俺のリミットを高めている!)


 タイムやリズムでチームの限界を超える名京高校国井(くにい)や川石高校幸崎(こうさき)とは違い、バッターの白城とピッチャーの竹橋は、個の限界を破るリミッターだった。


 この4人を分類すれば、国井と幸崎は超のリミッター。白城と竹橋は、破のリミッターと言える。


 二人の限界を知る者は誰もいない。それは、限界を知るリミットリミッターの遠矢でさえ限界を計れなかった。 


 互いが互いの限界を破ろうとする戦いは、お互いを高め合う戦いとなった。


 竹橋が二球目もストレートをぶん投げる。154キロのアウトハイを、白城はバックネットに叩きつけた。


 さらに球速を上げる竹橋。それをファールにした白城。


 破と破のリミッターバトルは、互いが息を乱すほど呼吸を忘れさせていた。


 ここにいる誰もが自然に手を握ってしまう程熱い戦いの決着は、次の一瞬だった。


 三球目。竹橋の投げたストレートは、さらに最速となった155キロ。目一杯腕を前へ伸ばした竹橋は、投げた勢いでそのまま転倒。


 フルスイングした白城も、足を崩して尻餅をついた。


 静寂に響く打球音。


 その行方を知らない二人は、互いの健闘を称え合うかのように目を合わせ、フッと笑っていた。


 竹橋を見ていた白城の視界を、白い線が縦に裂く。竹橋の後ろに消えたボールは、バックスクリーンへ飛び込んだ。


 白城は立ち上がり、竹橋はユニフォームの砂をはらう事なく一塁ベンチへ歩き出した。


 竹橋が一塁線を踏み越えようとした時、走り出した白城は、力なく左手にぶら下がる竹橋のグローブに軽くタッチして呟いた。


「怖かったぜ……」


 足を止めた竹橋は、走り去る白城の背中を見る。


(それは俺の台詞だ……バカ野郎……)


 微笑みながら再び歩き出した竹橋の下に、一塁ベンチから走ってきた斜坂(ななさか)が声をかける。


「凄い勝負でしたよ、竹橋さん」

「ケッ!まぁ、こんなにビビったのはお前との投げ合い以来だ」


「それは誉めすぎっすよ。結局竹橋さんを打ったのは国井さんでしたし、勝負は1ー0じゃないっすか」

「それが延長23回まで笑って投げた奴の本音か。お前なら……ここで白城(あいつ)を抑えたかもな」


「どうでしょう?白城さんはブレイクリミッターですからね。まぁ、行ってきますよ」


 斜坂は、マウンドで待つキャッチャー国井の下へ走った。


(どうでしょう?か……楽しそうに言いやがって)


 竹橋がベンチに座ると、藤井監督が声をかけた。


「竹橋。お前は名京に来て以来、初めて勝負を楽しめたようだな?」


 藤井監督を見ていた竹橋は、震える自分の右手を見て、ギュッと握り震えを止めた。


「監督……かも……しれません」


 目を閉じた竹橋は、満足そうに微笑んでいた。そして竹橋が試合中に見せた笑顔は、今日が初めてだった。


 一奥がホームインし、続いて白城がホームベースを踏む。七回裏、ついに西島高校は逆転されないクライシスリミッター竹橋を打ち破り、12対13とした。


 だが、西島ベンチにはしゃぐ様子はない。彼らの視線は、マウンドの1年生エース斜坂に向けられていた。


 ベンチへ戻った一奥が、遠矢の隣に座る。


「遠矢。あれがピース斜坂だぜ」

「うん、驚いたよ。本当にピースしながら投げてる。いよいよストッパーの登場だね」


 斜坂の投球練習も終わり、三番の神山が左打席に立った。すると斜坂は、いきなりエンジン全開で襲って来た。


 初球、決め球のパームを神山が見送る。


(これが、一奥の言っていたピースパームか……)


 打者の目の高さから揺れながら落ちる斜坂のピースパームは、空振りをした神山を二球で追い込んだ。


「くっ」(タイミングが合わないどころか、まともにスイングも出来ないのか……)


 そして三球目。


 ズバーン 「ストライクバッターアウト!チェンジ」


 ピースパームの握りに体が反応せず、神山はど真ん中のストレートに手が出なかった。


 一塁ベンチへ下がる斜坂は、三塁ベンチへ向けてピースしながら笑顔で一奥を挑発した。


「面白れぇ!行くぞ遠矢!」

「え?一奥?どこへ行くの?」


「わあぁっとっと。遠矢……どこってマウンドに決まってるだろ?」

「一奥はショートだよ。そうだよね?仟」

「はい」


 サラッとうなずく仟に、一奥は「えぇー!」と叫んだ。


「続投続投!行くよー!一奥ん」


 一奥の背中をグローブで叩き、要はマウンドへ先に行った。


「俺ショートかぁ……参ったなぁ」


 一奥が困っていると、ウザイケメン光が寄ってきた。


「一奥、なんなら僕がショー……」
「まぁいいか!」
「って、おい!」


 一奥は、光を無視してショートのポジションについた。一奥にツッコんだ光も、何事もなかったかのようにセンターへ走る。


(一奥め……仕方がない。こうなったら華麗なる守備で魅了……)

 
 カキン!

「来たぁー!」


 打球はショート後方、センター前へ飛んだ。ショートの一奥が下がりながらオッケーと言うが、センターの光にその声は届いていない。


「一奥!任せなさーい!」

「え?」


 ボールへ一直線にダイビングした光と、一瞬ボールから目を離した一奥が衝突。


 足下をすくわれる形になった一奥は、光の背中に乗っかった。光のはじいたボールは、コロコロと三塁線に向かって転がる。


 それを見たバッターは、一気に二塁へ到達した。


「一奥、早くどけ!カッコ悪いじゃないか!」

「ん?あ、はいはい。よっと」


「んげっ!」


 一奥は、光の背中を押して立ち上がった。光は、ショックで体を震わせる。


「ありえない……なんてカッコ悪さだ……」


 すると、一奥の視界を要が横切る。要はセンターのポジションへ行ってしまった。


「へ?」(要がセンター?)

「一奥~!マウンド!」


 叫んだのは、マウンドに向かう遠矢だった。


「遠矢?お!おうー!」


 一奥は、うつ伏せの光を置いてマウンドへ向かった。サードの神山が光を起こしてショートの守備につくよう声をかけると、光はすぐに立ち直った。


 そして迎えるは名京高校の大黒柱、公式戦通算20ホーマーの国井。国井は、無表情で歩きながらバッターボックスへ向かった。その姿を目にした一奥は、興奮していた。


「そうか!バッターは国井か!遠矢。ランナーありって、タイムリミットの条件だったよな?要はお膳立てしたのか?」

「うん。ここからメインイベントの始まりだね」


 そう言った遠矢と一奥がホームを見ると、国井はバットを左手で持ちながらマウンドの二人を見ていた。


「白城にあんなもん見せられた後だからな。今度は俺たちの番だ!」

「よし、行こう!一奥」


「ああ!」


 八回表、ノーアウト二塁。
点差はたったの1。得点圏打率10割のタイムリミッター国井との勝負が、今始まる。


 ホームへ戻った遠矢は、国井に話しかけられた。


「1つ、リミットリミッターに答えて欲しい」

「さすが国井さんですね。バレてましたか」


「フッ……。それで、お前の頭はどちらを選ぶ」

「そうですね……バカだと思いますよ?」


「そうか……」


国井は微笑み、ゆっくりとバットを構えた。