選抜ベスト4の元エース|リミット44話

「なぁ白城(しらき)。監督の運転大丈夫なのかよ……」

「大丈夫な訳ねぇだろ?昨日大型免許取ったんだぞ。……ったく、最近グラウンドに顔出さねぇと思ったら、こんな事してたんだな」


 バスの一番後ろの真ん中に座る一奥(いちおく)と、その窓際を眺めながら座る白城が話す中、紀香(のりか)監督がバンドルを握る両腕はプルプルと震えていた。


「うるさいわよ!静かにしなさい!運転に……集中出来ないでしょ!」


 紀香(のりか)監督の運転するバスは、今日の練習試合の相手である名京高校(めいきょう)を目指していた。


 車の運転には慣れている紀香だが、バスはこの日が初めての運転だったのだ。


「監督、そこ右です」


 紀香監督のすぐ後ろに座る仟(かしら)が道案内をする。だが、バスが右折したその時だった。


「監督!お婆ちゃんお婆ちゃん!」

「え?」


 仟の隣で窓際に座る要(かなめ)が、横断歩道を歩くお婆ちゃんに気づく。紀香はおもいっきりブレーキを踏んだ。


 お婆ちゃんは何事もなかったかのように、杖をついて渡りきった。


「ホッ」
「ホッじゃねーよ!」


 叫んだ一奥は、椅子から転げ落ちていた。


「黙りなさい!初心者なんだから、仕方ないでしょ!それなら一奥、あなたが運転しなさい!」

「あぁ、いいぜ!やってやる!バンドルひねってアクセル踏めばいいんだろ」

「おい、一奥(アホおく)」


 白城が叫ぶ中、一奥は無視してバス内を前へ歩き出した。だが、途中で一奥はつまずいてまた転んだ。


「いてっ。おい遠矢(とうや)!足!」

「ん?どうしたんだよ?一奥」


 あくびをする遠矢(とうや)を見て、一奥は唖然とした。


「寝てたのかよ……。よく寝れ……うおぉっ!」


 紀香監督は、よろける一奥を無視して再びバスを走らせた。そして、なんとか無事にバスは名京高校へと到着した。


「やった!着いたわ!あなたたち、早く降りなさ……あれ?」


 感激した紀香監督とは対照的に、西島(せいとう)メンバーは疲れきっていた。

ただ一人を除いて。


「さぁ試合だー!やるぞー!」


 両腕を上げ、大きく体を伸ばした遠矢は今起きたところだった。


「あれ?」


 遠矢が周囲を見渡すと、後ろを見ていた紀香監督と目が合う。皆が参っている姿に、二人は苦笑いをした。


 キャプテンの神山(かみやま)の声で、ようやく選手たちは動き始めた。遠矢と一奥は、一番乗りで降りた。


「ここが名京(めいきょう)かぁ!」

「そうか、遠矢は初めてだったな?」


「そう、この前は怪我で自宅待機だったからね。監督命令だから仕方ないけど。一奥これ、バットケース」

「うおっ!重っ……」


 一奥たち1年生は、バスから道具を降ろしていた。するとそこへ、白城がやってきた。


「おい、手伝ってやるからよこせ!」

「じゃあ白城さんもこれを」


 遠矢は、もうひとつのバットケースを白城の左肩に掛けた。


「重っ」

「僕も手伝うよ!」

「助かります、小山田(おやまだ)さん」


 遠矢はボールケースを小山田に渡し、仟と要にヘルメットケースを渡した。二つの取っ手を1つずつ持ち、仟と要はグラウンドへ向かう。


 最後に遠矢がキャッチャーケースを肩に掛け、トボトボ歩く一奥を追いかけた。


「一奥、先に行くよ!」

「マジかよ遠矢」


 遠矢は、ワクワクする気持ちを抑えきれない様子で走って行ってしまった。


 すると、名京名物のお調子者が一奥の前に現れた。


「よぉ、お爺ちゃん!久し振りだな。アブねぇからバットを杖にしろよ」

「それはお婆ちゃんだ!」


「はぁ?」

「それより斜坂(ななさか)!お前に会ったら言いたい事が山ほどあったんだよ!」


「あー、……アハハ、もしかしてアレか?コメントないから気にしてないと思ってたけど、お前はアナログマンだったな」


 斜坂は、笑いながら一ヶ月前のブログ記事を思い出していた。


「あの左腕のみの写メはなんだよ!」

「謎目いてて良かっただろ?」


「まぁ、白城と仟の苦笑いよりはな……って、そうじゃねー!しかも仟と要の特集まで書きやがって。俺も特集しろ!」


 一ヶ月前、斜坂剛二(ななさかごうじ)の右肩上がりに載った仟は、その容姿から斜坂ファンのみならず、噂を耳にした野球ファンからもかなりの支持を受けていた。


 ファンのコメントから仟に双子の要がいる事を知った斜坂は、週一で行う往復30キロの集中ランニングの途中に西島(せいとう)高校へ寄っていた。


 仟は断ったが、要はノリノリ。結局仟は押し切られ、斜坂はツーショット写メをゲットしていた。その後もノリノリの要から二人の情報を聞き、それを記事にしていたのだった。


「二人のおかげでさ、アクセスがとんでもねぇ事になったんだぞ?お前の記事の千倍だ。千倍」

「それは質が違うだろ!比較にならねぇ。しかもなんだよあれ。腕だけの写メの下に一行だけ謎キャラって書いただけじゃねーか!」


「俺的にはオシャレのつもりだったんだぞ?ちゃんと左胸の校章が写ってただろ?反響ないのか?」
「ねぇよ!」


『キャー!』
『仟ちゃーん!』
『要ちゃーん!』


 一奥がツッコんだその時だった。グラウンド方向から男女の黄色い声援が聞こえた。その声の多さに、一奥は驚いた。


「なんだなんだ?」

「だから言っただろ?二人はものすごい反響だって」


 実は斜坂は、アクセス狙いで今日の練習試合をブログで知らせていた。


「おかげで俺は、甲子園で投げる前から甲子園ファンの注目選手だぜ。うんうん」


 斜坂は、腕組みをしながら満足満足と頷いた。すると、階段の上から白城の声が聞こえた。


「おい、一奥!遊んでねーで早く来いよ!」

「あぁ!」「おぉー白城さん発見!」


 斜坂は、白城の下へ飛んでいった。


「お久し振りっす」

「斜坂、これお前のブログのせいか?」


 白城は、名京グラウンドの観客席を埋める人々を見ながら言った。


「そうっすよ。白城さんも大変でしょ?」


 すると、白城は斜坂をヘッドロックした。


「うおっ!ちょ、ちょっと待って下さいよぉ」

「うるせぇ!お前のお蔭でな、たまにナメられたもんだぜって言わされるんだよ!コノヤロー」

「いててっ」


 斜坂は、白城のヘッドロックから頭を引いて抜け出した。


「ほぉ……ビックリした」

「それよりお前、何でジャージなんだ。今日は出ないのか?」


 そこへ、ようやく一奥が遅れて来る。


「聞いてないんっすか?今日は二軍が相手っすよ?」

「なにぃ?」


 二軍と聞いて驚く一奥。その声に、斜坂が振り向いた。 


「ん?一奥、西島の今日の相手は二軍だからな」


 白城は「チッ」と舌打ちをして、地面を蹴った。


「だからお前ジャージだったのか?」

「おー、一奥にしては察しがいい。ちなみに俺は遠征中の一軍のお留守番。あ、白城さん。気を悪くしないでくださいね」

「しねぇよ。まぁ名京が、一ヶ月前に練習試合を受ける暇があるとは思ってねぇからな」


 すると、一奥は斜坂と白城の間に話って入った。


「面白くねぇ。斜坂投げろよ!」

「一奥の頼みは聞けねぇな。白城さんなら考えるけど……元エースに悪いしさ」


 斜坂は、一塁ベンチ奥のブルペンを見た。


「3年の竹橋刃(たけはしやいば)さん。春の選抜ベスト4のピッチャーが相手なら、文句はないでしょ?」


 一奥は、右中間のフェンス外からブルペンを見た。同じくブルペンを見た白城がニヤリと笑う。


「へっ。どうやらそのようだな。一奥はタイムリミッターがいないから暇だろうが、俺は前哨戦を楽しめそうだぜ」

「白城さん?タイムリミッターって、国井(くにい)さんの事ですか?」


「あぁ」

「それなら白城さん、ブルペンの刃(やいば)さんもリミッターですよ?特殊なんですよねぇ、あの人のリミットは。……おっと。これ以上は、試合で楽しんで下さいね。それでは!」


 斜坂は、一塁ベンチへ走って行った。


「元エースはリミッターか。白城、俺たち操られるのかな?」

「斜坂が言っただろ?やればわかるさ」


 一奥と白城は、外野フェンスを乗り越えて三塁ベンチへと歩き出した。


「だけどさぁ、やっぱ一軍とやりたかったよなぁ」

「一奥、お前はマジでアホおくだな」


「変な言い方するなよ」

「それはあいつに言え」


「あいつ?あいつって斜坂か?」

「そうだよ。斜坂は遠征中と言ったんだぞ?どこへ行ったのかも、いつ帰ってくるかも言ってねぇ。それに、エースと元エースがここにいて、さらに監督不在の一軍はどんな遠征してんだよ」


「わかんねぇ……」
「わかれよ!あいつ汗だくだっただろ!」

「汗だく?……おぉー!」


「そういう事だ。ピッチャーは走るのも仕事だからな。持久力が違う」

「ってことは……いるんだな?名京の一軍」


「まぁランニング中、あいつみてーにどっかで女の取材をしてなきゃな」

「よっしゃあ!やる気が出てきたぜ!」


「ぜってぇ引っ張り出すぞ!一奥」

「あぁ!もちろんだ!」

遠矢のありえない条件

「にしても、スゲェ人だなぁ……」


 一奥(いちおく)が見渡した観客数は、ざっと300人はいた。


 仟(かしら)と要(かなめ)のネームボードを持つ人たちや、名前入りハチマキをする人たちなどバリエーションは豊富。ほとんど人が、二人のプレーを見に来ている。


 要は時折三塁ベンチ裏の観客席へ手を振りながら、遠矢(とうや)とベンチ前でキャッチボールをしていた。一方、仟はベンチで大人しく座っていた。そこへ一奥が到着する。


「要、ノリノリだな!」

「人気者は辛いですぜ!奥さん」


「奥さん言うな。いちが抜けてるぞいちが。要、お前何キャラだよ」

「アハハ!」


「お前ら、早く支度しろ!ランニング行くぞ」


 キャプテン神山(かみやま)の声に返事をした一奥と白城(しらき)は、バットケースを置いてスパイクに履き替え始めた。


 一奥は、ベンチで恥ずかしそうに固まっている仟に「いよいよ名京(めいきょう)戦だな!」と声をかけた。


「はい……ハイ……はぃ……」

「仟、そんなに緊張するなよ……」


 スパイクに履き替えた一奥は、仟の右手を引っ張ってベンチを出た。


「あ~ぁ、一奥さん!」

「ランニング行くぞ!」


 すると、手をつないでベンチから出てきたように見られた一奥は、観客からブーイングを浴びた。一奥は「うおっ!」と驚き、すぐに仟の手を離す。


 だが、その場に立ちすくむ仟の横に要が行くと、ブーイングは黄色い声援に変わった。そして、スマホのシャッターがパシャパシャと次々に押された。


 その様子を、先に行った一奥と遠矢が見ていた。


「すでにスターだな……あいつら」

「一奥、僕にはブーイングはなかったよ?」


「おい遠矢!くそっ、何で俺だけこんなめに……」


 一奥のツッコミに対し、遠矢はボールをキャッチャーミットへパスパスと出し入れしながら笑っていた。


「よし!行くぞ!」

『おー!』


 神山のかけ声で、西島(せいとう)高校はランニングを始めた。ランニング中も、仟と要への応援は止まなかった。


 走りながらふと一塁ベンチが気になった一奥は、名京ナインの様子を見た。だが、こちらの声援に動じる者は誰一人いないようだった。


「遠矢、さすが名京だな。淡々と試合の準備をしてるぜ」

「まぁ、彼らはこれからレギュラーを狙う選手たちだからね」


「お!遠矢、二軍だって気づいてたのか?」

「いや?ただ国井(くにい)さんがいないからそう思っただけなんだけど……やっぱりそうなんだね……」


 遠矢は何かを考え始めた。一奥には、試合のプランを変更しているように見えた。


 西島高校も一通りの準備を終え、ベンチへと戻る。その途中、一奥は遠矢に話しかけた。


「遠矢、この試合のプランは決まったか?」

「え?特にないけど?」


「はぁ?名京対策を考えてたんじゃねぇのか?」

「試したい事はあるけどね」


「ほぉ……」


そして紀香(のりか)監督が仟を呼び、先発メンバーの発表が開始された。だが、下を向いたままつぶやく仟の声が皆に聞こえない。


「おーい仟?」


 一奥が呼びかけるが、仟は「え!?以上です」と言ってキョロキョロしていた。


「え……まだなにかありますか?」

「なぁ仟、一番の要しか聞こえなかったぞ?」


 一奥の声に、仟は「ハッ!すみません」とお辞儀をした。すると、我慢できなかった要がメンバー票を仟から奪い取った。


「えーと、一番センター私。二番……」

「どうした?要」


 そう呼んだ一奥めがけて、要が丸めたメンバー票が飛んでくる。一奥がキャッチした瞬間、要は仟の両肩を掴んだ。


「仟!なんで仟がメンバーに入ってないの?」

「なにっ?」


 驚いた一奥は、丸まったメンバー票を広げて確認する。ぞろぞろ集まる西島メンバーが票を覗くと、二番はセカンド小山田(おやまだ)になっていた。


「仟!」


 声をあげたのは、紀香監督だった。仟は「はい……」と気まずそうに下を向く。


「名京を倒すメンバーを選びなさい!それだけよ」


 怒った紀香監督は、チームの輪から離れてベンチの角に座った。その態度に、一奥は腹がたった。


「監督!そんな言い方はないだろ!この状況で、仟が普通でいるのが難しい事くらいわかってやれよ!」


 叫んだ一奥を見ることなく、紀香監督は黙ったままだった。手足を組み、視線は真っ直ぐグラウンドを向いている。すると、再び一奥が絡んだ。


「監督!なんとか言えよ!」

「……仕方ないわね」


 紀香監督は、息を漏らして目を閉じた。


「観客は関係ないわ。仟は悩んでいるのよ……西島野球部の為にね……」

「監督!」


 叫んだ仟に掌を向けて黙らせ、紀香監督は言葉を続けた。


「仟は本当に真面目で優しい子よ。昨日メールで送られてきたメンバーには、要も入っていなかったわ」


 昨晩メールを見た紀香監督は、仟の気持ちをすぐに理解していた。紀香の返信内容は、“好きにしなさい”だった。



 夏の大会まで、後一ヶ月と少ししかない。仟は、最初で最期の夏までの貴重な時間を、自分や要の為に使いたくなかった。

 さらに、今日の相手は優勝候補筆頭の名京高校。この経験を、仟は自分の気持ちを抑えて西島高校の為に使おうと考えていた。


 少し重い空気の中、紀香監督は一奥を見る。


「でも一奥。そのメンバー票には、要の名前はあったのね」


 一奥は、もう一度確認した。そこには確かに、一番センター要と書いてあった。すると、仟に声をかけたのは要だった。


「仟、ごめんね。私全然気づいてなかった」

「要のせいじゃないよ。私が勝手にやった事だから」


「そっか……」


 少し涙ぐんていた要が、仟に微笑む。そして左手を上げた


「はい!私も仟と同じく、みんなに託します!」

「要……」


「エヘヘ。私だけ試合に出て、これが最期の試合かもしれないって思うのは嫌だもん。ね?お姉ちゃん!」


 要が仟の手を握った姿に、紀香監督は微笑ましく思った。話が一段落したその時、村石(むらいし)が神山へ問いかける。


「神山!先発どうすんだよ。もうすぐメンバー票の交換だぞ?」

「村石……」


 キャプテンの神山も悩んでしまう。監督の言葉通りなら答えは出ているが、本当にそれでいいのか神山にも判断できなかった。


 すると、遠矢が一塁ベンチを見ながら話し始めた。


「監督、名京高校を倒せばいいんですよね?」


 あまりに軽い遠矢の口ぶりに、紀香監督は呆気にとられた。


「え?ええ、もちろんよ」

「でしたら、仟と要を先発で使う訳にはいかないですよね?」


 微笑みながら言った遠矢に、西島メンバーはざわついた。その声に反応したのは白城だった。


「お前の考えそうな事だな」

「そうですか?僕には白城さんの顔が、俺も外せって言ってるように見えますけど?」


 白城は微笑みながら「うるせぇ」と返す。すると、それが気に入らない杉浦(すぎうら)が吠えた。


「ちょっと待て!」

「止めろ、杉浦」


「お?おぅ……」


 神山が杉浦を止め、白城が言葉を続けた。


「神山さん。俺は以前、遠矢(こいつ)がリミットリミッターだと話したっすよね?」

「あぁ。……そうか、そういうことか」


「遠矢(こいつ)は何考えているのか、表情には出してませんがね。だが、これ以上遠矢にしゃべらせると、神山さんも杉浦さんもいらねーって言い出しますよ?」


「ちょっと待て!白城」

「落ち着け、杉浦」


「おぅ……」


 再び杉浦を止めた神山は、一塁ベンチを睨む遠矢に気づいた。


(気迫溢れる表情……やはり策があるようだな……)「遠矢!」

「はい」


(表情が戻った。さっきの気迫は気のせいだったのか……?まぁいい……)「時間がない。遠矢、お前がメンバーを決めろ!」

「いえ、神山さん。決めるのは仟ですよ」

「遠矢さん……」


 話を振られた仟が困っていると、遠矢が微笑みかけた。


「大丈夫だよ、仟。僕は怒ってるからね」


 そう、遠矢は笑いながら言った。


「でも仟、1つだけ条件があるんだけど、いいかな?」

「条件?ですか?」


「うん。僕ら1年を外して、先発メンバーを考えて欲しいんだ」


その瞬間、西島ベンチが驚きで揺れた。