開かれた2つの翼|リミット43話

 一奥(いちおく)は川石(かわいし)高校の監督の横に座り、その後ろに白城(しらき)と仟(かしら)が座った。一奥の目に、川石高校の監督は三十歳位に見えた。


「ねぇ監督さん」

「なにかな?」


「名京(めいきょう)高校って、やっぱり強い?」

「そりゃ強いさ。川石(ウチ)は本気で勝ちに行ったけど、エースの幸崎(こうさき)が打たれたんだ。仕方ないな」


「四番の国井(くにい)はタイムリミッターなんでしょ?やっぱり止められないの?」

「難しいだろうな。秋も同じようにやられたよ。あーなるとな、何をやってもこっちは上手く行かなくなるんだよ」


「ふ~ん。でも、国井を止めないと勝てないよね?」

「そうだな。今のところ、国井を得点圏でバッターに迎えてはダメだ!くらいだろうな」


「それも難しいなぁ」

「西島(きみたち)も、名京高校と試合をするのかい?」


「そのつもりだよ。監督に練習試合を申し込んでもらったから」

「勝てるといいな。応援してるよ」


「監督さん、ありがとう。頑張るよ」


 すると、後ろで聞いていた白城(しらき)が、仟(かしら)にこそこそ話した。


「一奥(アホおく)がまともな会話してるな」

「白城さん!聞こえますよ?」


 二人のこそこそ話に気づいた一奥が、ムクッと立ち上がった。


「今、俺の事言ってなかったか?」

「言ってねぇよ。いいから大人しくしてろ!」


「白城、お前も準備しとけよ」


 不明な一言を残し、一奥は座った。準備と言われた白城は、嫌な予感しかしなかった。


 そうこうしている間に、バスは川石高校へ到着。


「一年は道具を片付けて解散していいぞ!みんなもお疲れ!」

『はい!』


 川石の監督がバスを降りながら解散を伝え、幸崎のかけ声で一部の川石メンバーのみが残った。そのまま彼らと一奥たちは、川石グラウンドへ歩いて向かった。


「斉藤君。僕らは何をすればいいのかな?」

「そうだな。俺はリズムリミッターの封印を解くつもりなんだけど」


「封印?なんか、魔法使いみたいだね」


 歩きながら会話を進める二人だが、白城は気になって仕方がなかった。


「一奥、幸崎さんに無理させんなよ」

「大丈夫だって。まぁ、多分な……」


「その多分が不安なんだよ!」

「めんどくさい奴だな。なら大丈夫だ!これでいいだろ?白城」


「お前、ナメたマネしたら後で覚えとけよ」

「しねぇって!」


 そして、グラウンドに到着し、一奥は各々に指示を出した。


「幸崎さんはピッチャーね。バッターは俺。後、キャッチャーとショートとファーストが欲しいな」


 幸崎以外のメンバーは乗り気ではなかったが、幸崎の頼みを断る事はなかった。白城と仟は、一塁ベンチに座って見守る事にした。


「一奥!姉貴が来るまでの30分だからな」


 ベンチから白城が叫ぶと、一奥はバッターボックスで頷いた。


「大丈夫ですよね?白城さん」

「ここまで来たら、一奥にやらせるしかねぇな」


 そしてマウンドの幸崎は、一奥に内容を聞いた。


「これは、感想をもらった六回の再現かな?」

「そうだよ」


「なら、やることは決まっている訳か」

「そういうこと。じゃあ幸崎さん。始めようか!」


「あぁ」


「ちょっと待て!一奥」


 一塁ベンチの白城が叫んだ。


「なんだよ、白城。それ杉浦(すぎうら)先輩の口癖だぞ?」

「うるせぇ!そんなことはどーでもいいんだよ。それよりお前、ピッチャー返しを打つつもりなのか?」


「つもりもなにも、それしかないだろ?」

「このバカ野郎!」


 怒った白城が、一奥を止める為にベンチを飛び出した。


「西島君!」


 マウンドの幸崎の声を聞いた白城は、途中で足を止めた。その目が幸崎を見る。


「君の目に、今の光景がどのように映っているかはわからない。でも一奥(かれ)は本気だ。そして、僕もね」

「幸崎さん……くそっ」


 白城は、幸崎の真剣な目を見てベンチへと下がった。


「行くぞ!斉藤君」

「来い!」


 幸崎はストレートを投げ、一奥はピッチャー返しを打った。しかし、打球を捕ったのはショートだった。その姿に一奥が叫ぶ。


「おい!幸崎さん!」

「ごめんごめん。ピッチャー返しは避けるクセがついていてね。次は捕るよ」


「頼むぜ。じゃなきゃ、なにも始まらないからな」


 そして再び、一奥はピッチャー返しを打つ。だが、ワンバウンドを逆シングルで捕った幸崎は、二塁に投げずにその場で固まった。


 そのまま一奥をチラッと見る。その目は泳ぎ、何かを考えているようだった。


「どうかな?幸崎さん」

「わからないね。でも、もう一球頼むよ」


 幸崎の言葉は、何も感じないという意味ではなかった。感じた違和感が、何を意味しているのかわからなかった。


「幸崎!もう辞めてくれ!」


 突然一奥の後ろから叫び声を上げたのは、去年からバッテリーを組んでいる3年の中西(なかにし)だった。


 キャッチャーの中西は、涙を堪えながら話し始めた。


「俺は……いや、俺たちは幸崎(おまえ)に二度とあんな思いはさせないと、監督を含めみんなで話し合ったんだ。お前が元気に野球が出来れば、それでいいじゃないか……」

「中西?」


 幸崎が首をかしげる。中西の姿を見た川石メンバーは、複雑な顔をしていた。


 しかし、一奥は納得出来なかった。


「それは川石高校の問題だろ?幸崎を巻き込むなよ!早く続きをやろうぜ」


 バットを構えた一奥に対し、キャッチャーの中西は一奥の胸ぐらを掴んだ。


「いい加減にしろ!お前はどれだけ幸崎が苦しんで来たかを知らない。無責任にも程があるぞ!」


 しかし一奥は、胸ぐらを掴む中西の右手を払いのけた。


「何言ってんだ!それがお前らの優しさなら、逆に幸崎を苦しめてるのがわからねぇのかよ!」

「てめぇ!」

「辞めろ!中西!」


 一奥に殴りかかろうとした中西を、幸崎が止めた。


「中西、僕はどんな野球をしていたんだ?頼む、教えてくれ!」


 幸崎の心からの叫びに、中西はメンバーの顔色を伺っていた。


「中西!」


 再び叫んだ幸崎の悲痛な叫びを聞き、それを見ていたベンチの白城は、「くそっ……」と言いながら下を向く。その左手は、右の拳が壊れそうな程強く握っていた。


 仟は顔色1つ変えずに、強い眼差しでグラウンドを見守っている。


 そして、ついに中西が重い口を開いた。


「俺だって本当は……幸崎(おまえ)に戻って来て欲しいとずっと思っていた!だけど……言える訳ねぇだろ。言えばお前はまた……」

「リスクを冒すんだな?」


 一奥の言葉を聞いた白城は、夏の記憶と共にハッと大きく目を開いた。


(まさか俺は……あの時、幸崎さんにピッチャー返しを打たされたのか……?)


 白城が驚きを隠せない中、一奥はキャッチャー中西の表情から、疑問を確信に変えた。


「やっぱりそうか。幸崎が試合前に投げていたストレートが、試合中は全くなかったからな。俺には県で五本の指に入るピッチャーには見えなかったんだよ。あれは、タイミングを外すのが上手いだけの投手だった。幸崎に制限をかけたのは、中西(あんたの)リードだったんだな」

「中西、本当なのか?僕はタイミングを外して打たせて取るピッチャーではないのか?」


「くっ……そうだ。幸崎(おまえ)の本来の姿は、かわすのではなく攻めのピッチングだ」

「そうか……中西、お前をみんなの代表として、言わせてもらうよ」


 幸崎はマウンドを降りてホームへ歩いてきた。


「辛い想いをさせてすまなかった。ありがとう」


 幸崎は右手を出し、中西は少し間を置いて握手をした。それは、中西が覚悟を決めた握手だった。


「幸崎……ど真ん中のストレートを投げろ。後は一奥(こいつ)が、思い出させてくれる」

「わかったよ」


 再びマウンドへ向かう幸崎の背中を見たキャッチャーの中西は、強気の攻めで相手のリズムを奪う本来の姿が戻ると確信した。


 マウンドで振り返った幸崎の姿は、正に事故の前の幸崎そのものだった。


(この喜びに震える感覚が、俺の違和感を取り除いていくのがわかる)
「行くぞ!斉藤!」

「え?ちょっと待った!」


 一奥は、人格の変わった幸崎に驚いてキャッチャーの中西を見た。中西はニヤリと笑い、あれが本来の幸崎の姿だと言わんばかりに頷いた。


(この気迫が、リズムリミッター幸崎の本来の姿……。なら……)「タイム!代打西島君!」


 手を挙げて宣言した一奥が、ベンチへ走ってきた。


「ほれ白城、バット」

「一奥てめぇ……いい加減にしろよ」


「そんなに誉めるなって。まぁ、イラつくわな。リベンジしてこいよ。幸崎が待ってるぜ」

「お前、何度言わせるな……いや、今は幸崎でいい。バットを貸せ」


 白城は、奪い取るように荒々しくバットを握った。そしてそのままバッターボックスへと向かう。


 仟は、どうして白城が動いたのかわからなかった。首をかしげる仟に気づいた一奥は、自分なりに説明した。


「一奥さん……」

「仟(かしら)。白城(あいつ)は多分、幸崎がリズムリミッターだと知って、操られていた事に気づいたんだよ。だから俺を許したんだろうな」

「そういう事ですか。納得です。でもなにか、一奥さんらしくないですね?遠矢さんみたいですよ?」


「たまには俺もやるんだよ。まぁ、見せてもらおうぜ」



 去年の夏、本当はこうなるはずだった光景へと、今記憶は書き直されようとしている。


 白城は険しい表情で打席に入り、そして構えた。別人のようにホームを睨むマウンドの幸崎。セットポジションから投球動作に入る。


 その瞬間だった。

 キャッチャーの中西は、目の前の投球フォームが本来の幸崎の姿と重なって見えた。


 力強く振り抜かれた幸崎のストレートが、ど真ん中を構えるキャッチャー中西のミットめがけて放たれる。


 その瞬間、キン!とボールにかする音がグラウンドに響いた。思わず一奥は、「おお!」と声を出した。


「仟!ファールだけど、白城が金属バットでど真ん中を当てたぜ!」

「はい!タイミングもバッチリでした」


「だな。だからカットしたんだろうけど……」

「え?タイミングが合っているのにカットしたのですか?それは逆ですよ?本当に白城さんがミートを外したのですか?」


「多分な。幸崎はバッターのタイミングに、逆に合わせるんだと思うぜ。実際打ちやすかったからな」

「ピッチャーがバッターにですか……信じられません」


 すると、一塁ベンチに女性の声が響いた。


「一奥。どうして白城が勝負をしているの?」

「ん?」


 突然ベンチに現れたのは、3人を迎えに来た紀香(のりか)監督だった。その姿に、一奥は少し焦った。


「監督!今いいところだから、絶対止めないでくれよ」

「ピッチャーは幸崎君か……仕方ないわね。責任は、私が取るわ」


 紀香監督が話し終えたその時、二球目のファール音がグラウンドに響く。マウンドの幸崎は、眠っていた感覚を楽しんでいた。


(思い出した……最高の気分だ……。これが俺の本来のピッチング。相手のリズムを奪い、会心の当たりを打たせて獲る……リズムリミットだ!)


 一方、白城は操られるギリギリで踏ん張っていた。


(くそっ、ダメだ!俺のリズムでスイングしている気にさせられる。相手がリズムリミッターとわかっていなければ、すでに結果は去年の夏と同じだ)


「行くぞ!西島!」

「くっ」


 キン 

 またもファール。だが、ピッチャーの幸崎は手応えを口にした。


「西島。お前のリズムは完全に見切っている!そのバットがボールを捉えた時、打球はピッチャー返しになるぞ!」

「ご丁寧な説明だな。ならその限界は……俺が超える!」


「あーー!そのせりふぐっ…はひら(かしら)?」

「一奥さん、シーっ。お二人の邪魔です」


 仟は、隣で大声を出した一奥の口を右手で塞いだ。しかし目線は、グラウンドに向けられたままだった。


 幸崎が投球モーションに入る時、白城はそのタイミングに合わせて打撃モーションに入る。そして、投じられたタイミングに合わせてバットを出す。


 ここまではどのバッターも同じだが、世の中には打てそうで打てない球がある。


タイミングが合っているのに打てない。もしくはタイミングが合っているように、バッターに思わせると言った方が正確かもしれない。


それを操るのが、幸崎のリズムリミット。バッターに捉えたと思わせて、実は打たされていた。


 幸崎はバッターのリズムに合わせてボールを投げ、打つ瞬間に予測をほんのわずか上回る球を投げていた。


 白城がそれに気づいたのは、初球のファール寸前。今は、カットで対策を考えるしかなかった。


 この時白城の頭には、事故の記憶は消えていた。この球を打ち返す!
ただそれだけだった。


そして、幸崎がセットに入る。


(俺は、バッターのタイミングを外すのが得意なのだと思っていた。だが、それは逆だった。だから中西たちは、相手のリズムがわかる俺に、かわすピッチングをさせていたんだな。確かに、リスクを回避するにはベストな選択だ……だが!) 


 幸崎が投球モーションに入る。


(気持ちに反する野球では……)


 ビシュ!


(甲子園は掴めない!) 


 再びど真ん中のストレートが、白城のタイミングに合わせて放たれた。


(くっそぉぉぉ……) 

 カキーン! パーン……


夏の忘れ物

 皆が目撃したのは、完璧に捉えたバッターの白城と、それを不敵な笑みでピッチャーライナーをキャッチした幸崎の姿だった。


 沈黙の中、マウンドの幸崎がホームへ向かう。そして勝負が終わったと感じた紀香監督以外の全員も、ホームへ自然と集まった。


 幸崎は、白城に礼を言った。


「去年の夏の忘れ物を、最期の夏を迎える前に届けてくれてありがとう。西島君」

「幸崎さん、それは俺の台詞っすよ。あの夏から俺は、金属バットでど真ん中のストレートが打てない体になってましたから」


「そうか……君は君で、苦しんでいたんだな」

「ですが、おかげで俺も封印が解けましたよ。また、リズムリミッターには負けましたけどね」


 微笑む二人の姿を見たキャッチャーの中西は、大粒の涙を流しながら向かい合う2つの肩に、両手を置いた。


 その両手は、病室で目を覚まさない幸崎の右肩と、見舞いに来ていた白城の左肩に置いた手を中西に思い出させていた。


 中西に言葉はないが、幸崎と白城には中西の気持ちが充分過ぎるほど伝わっていた。


そんな3人を見ていた仟は、笑顔で一奥を見た。その顔は、満足そうに3人を見ていた。


 仟の視線に気づいた一奥は、仟を見て「へへっ」と微笑む。そして、視線を白城に移した。


「なぁ白城、監督がベンチにいるぜ?」


 一奥の声に無言で応じた白城は、一塁ベンチで腕組みをしながらホームを見ている姉の姿を確認し、フッと息を漏らした。


「幸崎さん、また勝負しましょう。今度は俺が、勝つっすけどね」


 微笑みながら右手を差し出した白城を見た幸崎も微笑み、ガッチリ握手をした。


「楽しみにしている。夏に会おう」


 手を離した白城は、紀香監督の下へ歩き出した。仟はお辞儀をして白城を追い、一奥は幸崎に差し出された右手に対して、頭を掻きながら恥ずかしそうに困っていた。


「俺は、握手を求められる事はしてねぇんだけどな……」


「いいから握手しろよ!」
「俺たちも嬉しいんだ!」
「お前のお蔭だからな!」


 川石メンバーに背中をいいようにされ、一奥は幸崎から目を逸らしながら握手した。


「またな、斉藤一奥。次は試合で勝負しよう」


 幸崎の声に引き寄せられるように、一奥はいつもの元気な顔で目を合わせた。


「あぁ。西島(せいとう)とやる前に負けるなよ!」

「お前らもな」


 幸崎は、握った手をさらにギュッと握った。「いてぇ!」と叫んだ一奥が手を振り払うと、川石メンバーが笑った。


「スゲェ握力だな……へへっ」


 振り返った一奥は、ホームを横目に見ながら手を振り、一塁ベンチへ駆け出した。


「じゃあな!」

『おう!』


 川石メンバーは、一塁ベンチを出てすぐの駐車場に停めてある車に乗り込む4人を見ていた。


 車が去る中、幸崎は白城に言わなかった夏の記憶を、川石メンバーに話し始めた。


「白城(かれ)は負けたと言ったが、次は勝つと言ったな。あれは、本当だよ」

「なにっ?それは、勝ったお前の言う台詞じゃないぞ?」


 驚いて声を出したのは、キャッチャーの中西だった。


「僕が今日勝ったのは、白城(かれ)が満足しただけさ」

「どういう事だよ?幸崎」


「フフッ。ピッチャーライナーを捕った時、全てを思い出したんだよ。あの夏、僕は負けていたんだ。それを白城(かれ)が惚けたかは、わからないけどね」

「マジかよ……」


「僕の封印も解けた。同時に、白城(かれ)の封印も解けた。今度は間違いなく化けるだろう……ブレイクリミッターとしてね……」


 幸崎は、帰路についた。だが、納得のいかない中西は、幸崎を追いかけて問いただした。


「待てよ、幸崎。対策は考えるんだろ?」

「もちろんさ。それと、彼の対策も考えないとな」


「彼ってお前……まさか!」

「僕らの封印を解いたのは、誰だったかな?」


 複雑な表情の中西の横で、幸崎は嬉しそうに語った。


 
……そして、時は一ヶ月後の六月を迎える。


 一奥と仟が楽しみにしていた名京高校との練習試合が始まろうとしていた。


 だがその試合は、思わぬ展開となる。


 名京グラウンドに姿を現した一奥たちを待っていたのは、新たなリミットを持つ者だった。