リミッターとストッパー|リミット41話

 驚いた一奥(いちおく)だが、すぐに首をかしげた。


「で?白城(しらき)。操り人形って事は……どうなるんだ?」


 白城(しらき)は頭を抱え、仟(かしら)は苦笑いをした。


「お前なぁ……。それなら意味もわからず驚くなよ」

「だってさー、何となくスゲェって事はわかるだろ?」


「まぁな……」


 呆れ顔の白城(しらき)。だが仟(かしら)は、そんなマイペースな一奥(いちおく)に安心感を持った。一奥(いちおく)なら、リミッターの支配を超えられるかもしれないと。


「一奥(いちおく)さん。昨日幸崎(こうさき)さんに打たれた時、変な感じはありませんでしたか?」

「う~ん、特に感じなかったけど……」


「リズムリミッターの幸崎(こうさき)さんは、相手のリズムを狂わせたり仲間のリズムを良くしたりするんですよ」

「へぇ~、だから操り人形なんだな。俺は踊らされてたって事か。仟(かしら)の説明はわかりやすいな!」


 すると、白城(しらき)が咳払いをした。


「名京(めいきょう)の国井(くにい)もそうだ。あいつの作り出すタイムリミットは、相手と味方に時間的制限を与える。二人とも、試合の流れを操る点は似ているな。ついでに言うが、一奥(おまえ)と遠矢(とうや)が組むと、バカリミッターになる。敵味方関係なく、お前らは限界突破させるからな」

「ウフフッ!」


「か、仟(かしら)!笑うなよ。でも、言われるとそうかもしれねぇ。俺と遠矢(とうや)は相手の限界超えを楽しむからな」


 その言葉に白城(しらき)が微笑む。


「まぁリミッターが凄いと言ってもな、発動条件ってのが必ずある。この二人は、チームのムードメーカーって訳さ」

「なるほど、ムードメーカーか。白城(しらき)、お前って頭良かったんだな?」


「一奥(いちおく)、ナメてんじゃねぇぞ……」

「待てよ!誉めたんだから、怒るなって」


「あ!試合が始まりますよ!」


 仟(かしら)が二人に呼びかけると、球審の呼び声で両チームの選手が整列した。互いに礼をし、川石(かわいし)高校が守備についた。


 白城(しらき)は、投球練習をするピッチャーの幸崎(こうさき)を真剣な眼差しで見ていた。


試合は、中盤までゼロで進んでいく。


 流れが変わったのは、名京(めいきょう)四番の国井(くにい)が左中間へ放ったタイムリーツーベースからだった。


 それを見た白城(しらき)が「ん!」と言い、少し背筋が前へ伸びた。


「この七回、おそらく国井(くにい)のタイムリミットが始まったぜ」

『え?』


 同時に返事をした一奥(いちおく)と仟(かしら)は、すぐにグラウンドへ目をやった。


 すると、抜群の安定感だったピッチャーの幸崎(こうさき)が連打を浴び始める。


 そして、投げると言いながら出て来なかった斜坂(ななさか)がピッチャーの代打で出てきた。その姿に、一奥(いちおく)が思わずツッコむ。


「ピッチャーにピッチャーの代打かよ。なんか気に入らねぇな」


 不満そうな一奥(いちおく)だが、白城(しらき)は冷静に応えた。


「一奥(いちおく)、バッターは誰でもいいんだよ。今の名京(めいきょう)は、勝手にヒットになっちまうからな」


「くっそ。幸崎(こうさき)、抑えろよ」


 しかし一奥(いちおく)の言葉に反し、斜坂(ななさか)は初球のストレートをあっさりライト前へ流し打ちした。


「ぬあぁ!斜坂(ななさか)の奴、本当に打ちやがった!」

「これが国井(くにい)のタイムリミットって訳だ。チームの限界が上がっちまうんだよ」


「なぁ白城(しらき)。これもう6点目だぞ?いつ国井(くにい)のタイムリミットは終わるんだよ?」

「それはわからねぇ。ほとんどは、国井(くにい)自身が終わらすらしいがな」


「自分でか?じゃあ、国井(くにい)が終わらせなければ終わらないのかよ」

「それはねぇな。春の選抜準決勝で名京(めいきょう)は負けたが、全国にはリミッターを止めるストッパーがいるんだよ」


「ストッパー?プロの守護神みたいなやつか?」

「あぁ。少なくとも、リミッターのいるチームに勝つには、ストッパーが必要になるだろうな。だが、西島(ウチ)には遠矢(とうや)がいる。奴はリミットリミッターだからな」


「遠矢(とうや)がリミッター?」


 白城(しらき)の言葉に、一奥(いちおく)は驚いた。


「お前、気づいてなかったのか?まぁお前らは、それが普通になっていたらしいからな。半年前に、姉貴と勝負して負けたんだろ?」

「あー!監督か。あれは木村(タヌキ)監督も絡んでたからな。おかげで仟(かしら)には、手抜きと言われたっけな」


 会話を聞き入っていた仟(かしら)は、ようやく本当の意味で理解した。


「その話を聞いていると、一奥(いちおく)さんたちの本気は、本気で野球を楽しむ意味と、相手の限界で戦うという意味があったのですね」

「まぁ、でも手抜きって言われればそうかもな。俺も遠矢(とうや)も、ギリギリの戦いがたまらなく好きなんだ」


 一奥(いちおく)は、ニヤつきながら左手の拳を右手にパチンと合わせた。その姿に仟(かしら)
が微笑む。


「でも、その副産物が梯(かけはし)高校や西島(ウチ)のバッティング向上に繋がっていますけどね?」

「それさ、遠矢(とうや)は小学生の頃から計算してやってたんだぜ?」


「計算ですか?」

「そうだよ。俺が打たれると、遠矢(とうや)はその上の球を要求するんだ。今思えば、遠矢(とうや)は白城(しらき)が言った……なんだっけ?」

「リミットリミッターだ」


「そう、それそれ!仟(かしら)、俺のは遠矢(とうや)をマネただけなんだよ。スゲェ難しいんだぜ?」

「はぁ~、納得しました。私は遠矢(とうや)さんに勝負を挑みましたが、今思うとありえないです」


「遠矢(とうや)はずる賢いって言っただろ?多分仟(かしら)に言わない方が、遠矢(とうや)は勝負を楽しめたって事だろうな」

「ですね……」


 すると、ようやく名京(めいきょう)高校の攻撃が終わった。


「9点か……」


 意味深に言った白城(しらき)の言葉を聞いた仟(かしら)は、スコアボードを見ながら驚いて立ち上がった。


「白城(しらき)さん!まさかとは思いますが、国井(くにい)さんがタイムリミットを止めた理由はこれですか?」

「だな。この試合、名京(めいきょう)高校はこれで終わりだと思っている。それが本当に終わるから、タイムリミットは国井(くにい)が止めていると言われるんだよ」


 それを聞いた一奥(いちおく)が、川石(かわいし)高校を援護するかのように強く言った。


「終わらねぇよ!だって幸崎(こうさき)もリズムなんちゃらなんだろ?」
「残念だが終わりだ……」


 白城(しらき)は静かに、残念そうに言った。


「あの斜坂(お調子もの)は、俺がさっき言ったストッパーなんだよ」

「なに!」


 一奥(いちおく)が驚き、鼻歌混じりの斜坂(ななさか)がマウンドへ向かう。3人の視線は、その斜坂(ななさか)に向けられていた。

ピースパーム

「斜坂(ななさか)がストッパー?」


 一奥(いちおく)は投球練習を見ているが、斜坂(ななさか)から特に変わった印象はなかった。そして白城(しらき)が斜坂(ななさか)を見ながら話を続ける。


「まぁ、斜坂(あいつ)は本来先発だ。今出てきたって事は、余裕なんだろうな。おそらく名京(めいきょう)高校は、何かを試すつもりなんだろう」


「試す?じゃあ斜坂(あいつ)は今から打たれるって事か?」

「多分な。名京(めいきょう)高校のこの試合の目的は、斜坂(ななさか)にリミッターを体験させる事かもしれない。ストッパーとしての自信を確信に変える為にな」


 すると、幸崎(こうさき)のリズムリミットを知る仟(かしら)が話し始めた。


「この回、二番からの攻撃ですよね。幸崎(こうさき)さんのリズムリミットは、自分を含めた連打から始まるそうです。なので、前のバッターが重要ですね」

「そうか。それならあのお調子者は二連打させるかもな」


 白城(しらき)の予想通り、斜坂(ななさか)は三番にヒットを浴びた。一奥(いちおく)は幸崎(こうさき)に打たれた記憶を思い出し、唾を飲み込む。


(ここで四番の幸崎(こうさき)か……。幸崎(あいつ)はここまで3の2。確かに連打はなかったな) 


 仟(かしら)に幸崎(こうさき)からは何も感じなかったと言った一奥(いちおく)だったが、それはリズムリミッターと関係があった。


 斜坂(ななさか)が投げた初球を、幸崎(こうさき)が見逃す。その姿を見て、白城(しらき)は秘密に気づいた。


「そうか!幸崎(こうさき)さんのあのフォームがそうじゃねぇか」


 すぐに一奥(いちおく)が反応する。


「白城(しらき)?どういうことだ?」

「幸崎(あのひと)の構えには、全くリズムがねぇんだよ」


 足でリズムを取るバッター。
腕でリズムを取るバッター。
頭の中でリズムを取るバッター。


 様々なタイプのバッターがいるが、構えたままピクリとも動かないバッターボックスの幸崎(こうさき)は、バッテリーに情報を与えない。


 ピッチャーは視界に入るバッターの動きを、投げる瞬間まで無意識に見ている。


 例えばバントの構えを見せれば、とっさにボール球へ切り替える反応を見せたりもする。しかし、幸崎(こうさき)には動きがない。


 ピッチャーには、投げやすいバッターと投げにくいバッターの二種類がある。しかし置物のような幸崎(こうさき)は、投げやすいバッターになるだろう。感覚で言えば、ブルペンに近い。


 ピッチャーが投げやすいと感じている時点、つまり幸崎(こうさき)と対戦した一奥(いちおく)のように何も違和感のない時点で、すでに幸崎(こうさき)のリズムリミッター内の球を投げさせられていたのだ。


 イメージは、ピッチングマシン相手に打撃練習をするバッターの逆になる。幸崎(こうさき)は、自ら打撃マシンのようになり、投げやすいと感じるピッチャーがタイミングを合わせてくれるという事になる。


 これは、幸崎(こうさき)独特のゼロスイングがあるからこその芸当だった。


 幸崎(こうさき)は右中間へのツーベースを放ち、試合を9対1とした。このヒットで、全く点の入る気配がなかった流れが、一気に川石(かわいし)高校へと変わった。


 自信のある決め球を打たれたピッチャーがリズムを崩すのと同様に、流れが変わると打たれるまで考える必要のなかった不安要素が頭をよぎる。


 次も打たれたらマズイ。
打たれた球は投げにくい。
余裕だったはずなのに、結果が出ない。もちろんフォアボールは出せない。リズムを崩したピッチャーは、他の野手にも影響を与えてエラーの確率も上がる。


 正に負のスパイラル。


 どのスポーツにも言えるが、最高のパフォーマンスが出来るリズムを失った場合、立て直すのは相当難しい。


 しかし悪い流れを変えるには、絶対的に自信のあるものが必要となる。それを持っているのが、ストッパーと呼ばれる絶対的守護神である。


 斜坂(ななさか)は次のバッターにもヒットを打たれ、試合は9対3。リズムリミッター幸崎(こうさき)の力で、ますます流れに乗る川石(かわいし)高校。


 次のバッターにもヒットが生まれ、タイムをかけたキャッチャーの国井(くにい)がマウンドへ向かう。それを見た白城(しらき)は、「ここまでか……」と呟いた。


「一奥(いちおく)、よく見てろよ。ここからが斜坂(ストッパー)のお出ましだぜ」

「なぁ白城(しらき)。流れを切るストッパーがスゲェピッチャーだってのはわかるんだけどさ、斜坂(あいつ)の得意ボールってなんだよ?」


「その前にお前、ストッパーの中でも絶対的守護神と呼ばれる選手の意味がわかるか?」

「あぁわかるぜ!出てきたらもう打てねぇ。試合は終わりだな」


「そういうピッチャーは、わかっていても打てない球を持ってるよな?」

「そうか!確かに得意ボールなんてレベルじゃねぇ」


「あぁ。だが斜坂(ななさか)の球は気に入らねぇぞ?正にあいつそのものの球を投げる。マジでムカつくからな!名前も気に入らねぇ」

「ふ~ん」


 場面はノーアウト1・3塁。

 斜坂(ななさか)がニヤリと笑うと、投げる瞬間ボールの握りが一奥(いちおく)の目に入った。


「なんだ?あの握りは。斜坂(ななさか)の奴、ピースしてるじゃねぇか!」


 斜坂(ななさか)が投じたボールは、バッターの頭の高さからホームベース後ろでショートバウンドするように落ちた。


「い、今の変化は……あのピースした握りで、ここまで落ちるのですか……?」


 驚いた仟(かしら)が答えを求めたが、一奥(いちおく)もあまりの落差に驚いていた。


「人指し指と中指でピースか。握りは丸見えなんだけどな……」


 そこへ、打った経験のある白城(しらき)が説明する。


「あの丸見えのピースがムカつくだろ?だがな、本当にムカつくのは揺れながら落ちる変化だ」


 すると、仟(かしら)が閃く。


「白城(しらき)さん!あれはもしかしてパームボールですか?」

「あぁ、独特だがな。次の球を見ればもっとムカつくぞ」


 そう言った白城(しらき)の言葉に、一奥(いちおく)と仟(かしら)はすぐにグラウンドへ目をやる。


 そして斜坂(ななさか)が投球モーションに入った。握りはまた、丸見えのピースだった。その腕が振られた瞬間、ボールは国井(くにい)のミットへ突き刺さった。


「なにっ?」「えっ?」

「な?ナメてるだろ?」


 再び二人が驚き、白城(しらき)は呆れるように言葉を発する。二球目、斜坂(ななさか)が投げたのはストレートだった。


「握りは同じだったよな?」

「はい、確かに握りは同じでした。なのに今度はストレート……」


 考え込む一奥(いちおく)と仟(かしら)。そして
、白城(しらき)がこの二球を説明した。


「普通のパームボールは、薬指も立てるだろ?だが斜坂(あいつ)は立てない。ピースだからな。あの丸見えの握りで、ストレート・スライダー・シュート・パームを投げ分ける。で、最初に投げたあれが、斜坂(あいつ)いわくピースパームだってよ」


 白城(しらき)は立て肘でグラウンドを見つめる。一奥(いちおく)は、「ふ~ん」と腕を組んだ。


「白城(しらき)の言う通り、あいつにピッタリの球だな」


「まぁな。あのお調子者が、ピースしながらとんでもねぇ球を投げやがる。パームだけでも厄介だ」


 二人の会話に仟(かしら)が口を挟む。


「でも、あれでは何が来るのかわかりませんね。どうしても、ピースの握りに気を取られます」


 それに白城(しらき)が応える。


「頭がパームを予測するからな。体がそう動いちまう。そこから人差し指と中指の動きだけで、球種を変えてくる。あのピースパームだけでも、ムカつくのにな」


 ストッパーの斜坂(ななさか)は、そのまま幸崎(こうさき)のリズムリミットから流れを変えた。九回も三者三振。試合は終わった。


 見終えた白城(しらき)は、両腕を上げて大きく伸びをした。仟(かしら)は、真剣な顔で斜坂(ななさか)の対策を考えている。


そんな中、一奥(いちおく)は幸崎(こうさき)のいる三塁ベンチへと歩き出した。その姿に白城(しらき)が声を上げる。


「おい、一奥(アホおく)。どこへ行くんだ?斜坂(ななさか)に捕まる前に帰るぞ」

「少しだけだよ。このまま土産も無しに帰れるかってね」


 すると、仟(かしら)が立ち上がって一奥(いちおく)を止めに向かった。


「待って下さい、一奥(いちおく)さん」

「なぁ仟(かしら)。監督は、勝負はダメだって言ったよな?」


「そうですけど……」


 すると、一奥(いちおく)は微笑んだ。


「こっちも本番と行こうぜ!仟(かしら)」