リミット4話 騙し合い

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「そうかもな。ベンチにいる時とは別人みたいだし」

「嬉しいですなぁ。私はこれでも、草野球では現役の四番打者ですから」


 一奥(いちおく)はニヤリと微笑み、ボールをグローブにパンと当てた。

「遠矢(とうや)!球種を増やすぜ」

「そう来ると思ったよ。なんでもいいの?」


「あぁ。昔と一緒なら何でもいい」

「わかったよ」

 サインが決まり、振りかぶる一奥を見た木村監督の目は笑っていた。
そして、薄く開いた目で投じられた球筋をジックリと見つめる。


(まさかど真ん中のストレートとは。しかし、これでは打てませんなぁ)

 スパーン!
 平然と見送った木村監督。その姿に、遠矢は細かく頷いた。

「ナイスボール、一奥!」

「へへっ、振らないのか。この監督マジでただ者じゃないな」

 一奥は、勝負を楽しむように遠矢からの返球を捕った。

「130キロってとこですか……一奥君、年寄りに対して手加減ありませんなぁ」

「そうかな?それなら次はもっと楽しめるぜ」


「期待してますよ……」

 二人の笑顔が向き合う。二球目、バッテリーは初球より速いストレートを選択した。バットを振り抜いた木村監督だったが、バックネットに当たるファールだった。

「ふう、速い速い」

 余裕のなさそうな言葉とは裏腹に、木村監督は微笑んだままだった。しかし、キャッチャーの遠矢は前に飛ばなかったことを不思議に思っていた。

(予想通り鋭いスイングだったけど、ファールは真後ろに飛んだ……おかしいな……)

 遠矢のサインに一奥の口が丸くなる。

「ん?」(そういうことか……)

 三球目。外低めいっぱいのストレートを木村監督は見極めた。


「一球外した!という事で良いですかな?」

 木村監督が遠矢に微笑みかける。しかし遠矢は苦笑いをしていた。

「勝負球のつもりだったんですけど……」

「ホホッ、まぁいいでしょう。」

 追い込んでいるバッテリーより、バッターの木村監督の方が余裕がある。

 四球目は、インコースのストライクからボールになるスライダー。
木村監督は、サッと足を引いて鮮やかに避けた。

(やっぱり手は出さない……見切られてる……)

 遠矢がニコッと笑う。そして五球目以降、シュート、スクリュー、スプリット、カーブ、チェンジアップ、フォークと投げ、全てファールとなった。

(木村監督は、初球から仕留められたはず。僕らを試しているのか?それとも……)

 遠矢が木村監督を見上げていると、マウンドの一奥が嬉しそうに話した。

「監督、間違いなく杉浦(すぎうら)先輩より上だぜ?」

 木村監督が「いえいえ」と微笑んでいると、三塁ベンチ前から声が聞こえた。

「一奥!俺は休憩しているだけだ。まだ負けては……いない……」

 杉浦は大の字のまま答えた。その姿に一奥は笑っているが、わずかに息は乱れていた。

(さすがに一奥も疲れてる。要求にズレがあるのは仕方ないけど、木村監督はあきらかにカットしてる。何かを待ってるとしか思えない……ならこれしか)


 遠矢がサインを出そうとしたその時だった。

「一奥君、これで全てですか?」

「あぁ。ここまでやられたら小細工はなしだ。後はど真ん中にぶちこむだけだぜ」

 木村監督と一奥の会話に、遠矢も同じ気持ちだった。

(それしかないけど確実に打たれる。どうする……)

 悩んだ遠矢がサインを出すと、一奥の眉がピクッと動いた。

(遠矢?俺に任せるって言われても、ど真ん中のしかない……あ、ど真ん中でもアレがあるじゃねぇか!)

 閃いた一奥がサインを出すと、遠矢は堪えきれずに大声で笑ってしまった。ニヤリと笑った一奥(いちおく)が、振りかぶった。

「タヌキ監督。この化かし合いは俺の勝ちだぜ。予告通りど真ん中で勝負だ!」

「どうやら、次がラストのようですな」

 両者の気合いが増す。そして、一奥は腕をおもいっきり振った。
その瞬間、バッターの木村監督は「ムムッ!」っと眉間にシワを寄せた。

(ボールが消えた?しかし、そんなはずは……)