エースのプライド|リミット4話


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四月某日。私立西島(せいとう)高等学校は入学式を迎えた。青空の下、散り始めた桜の花びらが暖かい風に舞っている。

 入学式を終えた一奥(いちおく)は、あくびを繰り返しながら遠矢(とうや)と体育館を出た。

 二人は紺のブレザーを身にまとい、入学生の列に流されながら校舎への渡り廊下から教室へ向かっていた。

「なぁ遠矢。何で入学式ってのは眠くなるんだろうな」

「そうかな?寝てたのは一奥だけだよ?」


「そうかぁ?みんなよく我慢できるよなぁ。俺には退屈だよ」

 早く野球やりてぇなぁと一奥が思ったその時、この日を半年間待ち望んでいた杉浦(すぎうら)の巨体が目に入った。

「ちょっと待て!一奥」

「お?懐かしい。この声は杉浦先輩だな」

 すでにユニフォーム姿の杉浦は、ブンブンと素振りをしていた。その豪快なスイングに、一奥は「へぇ~」と口角を上げた。
 

「とりあえず入学おめでとう…とは言わん!挨拶はボールで伝えてやる」

「面しれぇ」

 一奥は、杉浦の態度に微笑んだ。

「挨拶しないの?」

 遠矢は微笑みながら一奥を見るが、杉浦に構わず列の流れのままに前を向いた。

「いいんだよ、遠矢。ボールで挨拶って言ったのは杉浦先輩だぜ?それに、遠矢も気づいただろ?その方が面白そうじゃん」

「まあね。じゃあホームルームが終わったら、グラウンドで挨拶しよう」


「だな」

 止まらない二人を見た杉浦が、「おい……」と素振りを止めた。


「ちょっと待て!一奥」

「なんだよ杉浦先輩。止まったら渋滞しちゃうだろ?逃げないから先にグラウンド行っててよ」

 軽くあしらった一奥に、杉浦は「ぐぬぬ」と悔しがっていた。

「早く来い!一奥。今すぐ勝負だぞ!」

 二人が校舎に入っても聞こえる杉浦の大声に、遠矢は苦笑いをした。新入生たちの注目を浴びてしまった杉浦は、少し照れていた。

「杉浦さん、相変わらずだったね」

「変わってないのは性格だけだといいんだけどな」

 教室へ向かう二人は、すっかり杉浦のペースにはめられていた。早く野球がしたいのは、二人も同じだった。

「杉浦さんのパワーは別格だからね、なんだかんだ言っても、一奥もチームの力として考えてるんだね。」

「まぁな。甲子園で優勝して廃部になるのは嫌だしさ。それより遠矢。あの日、先輩たちをセレクションをしたって言ってたけど、この半年でどれだけ伸びたかな?」


「そうだねぇ。レベルは上がってると思うけど、今日から数ヵ月が勝負だと思ってるよ」

「なるほど。まぁ、まずは監督との勝負だな」


「アハハ。そう言えばそうだったね」

 教室に戻った二人は、窓際の前後の席に座った。
 
「でもさ~遠矢。なんで俺たち負けたんだろうな?」

 振り返った一奥は、半年前の紀香との勝負を思い出していた。遠矢は肘をつき、窓の外をぼんやり見ていた。

「そうだね。一奥のクセが読まれてたのは確かだけど、僕も油断したつもりはなかったんだよね」


「だよなぁ……」

「紀香監督は、只者じゃないって事かな?」


「アハハ!かもしれねぇな」

 短いホームルームを終え、二人は校舎を出てグラウンドへ向かった。その途中、部室らしき木造の建物を発見する。二人が中を覗くと、片方は道具が散らかっている部屋だった。「一年はこっちだろ?」と一奥が言うと、壁沿いに蓋のないロッカーがあることから、遠矢は「そうだね」と言いながら中へ入った。

 ユニフォームに着替えた二人がグラウンドへ小走りに向かうと、ノックを受ける先輩たちの姿に足を止めた。レフトフェンス際で二人が目にしたのは、軽快にボールを打つ紀香の姿だった。

「遠矢……監督って素人だったよな……」

「うん。まるで別人だね。ノック上手いなぁ」

 二人はノックを見ながら、レフトファール際の隅を歩いて三塁ベンチに近づいた。すると、今年度から正式に西島(せいとう)高校野球部の監督となった西島紀香(にしじまのりか)が振り向いた。

「ストーップ!来たわね、あなたたち。ようこそ、西島(せいとう)野球部へ。それにしても身長伸びたわね」

 半年前のスーツ姿からは想像もつかない、すっかり様になってるユニフォーム姿の紀香監督がそこにいた。

「もうすぐ180センチくらいかしら?まぁ、変わったのは身長だけじゃないようだけど」

 紀香は怪しげに二人を見た。一奥は「そうかなぁ?」ととぼけたが、秋のセレクション終了後、一奥と遠矢は一から体を作り直していた。一回り大きくなっていた体に、紀香は(本当に甲子園へ行くつもりなのね)と微笑んだ。

「っていうか、俺たちより監督の方が別人だよ。アップが終わったら、早速リベンジさせてもらうぜ」

「見せてもらうわ。この半年の成果をね」

 三塁ベンチでスパイクに履き替えた二人は、グラウンドの隅をランニングしながら先輩たちのノックを見ていた。

「一奥、どうやら変わったのは監督だけじゃないようだね」

「ホントだぜ。今の守備力なら、半年前の監督のポテンヒットはなかったな……」


「アハハ。まぁそれはそれだよ。だから野球は面白いんだよ」

「だな」

 笑顔でランニングをする二人が、三塁側からぐるりと外野を回って一塁側ベンチに近づいた時だった。パーンというミット音に、二人は目を奪われ足を止めた。

「ナイスボールだ!鶴岡(つるおか)!」

 威勢のいいかけ声と共に、キャッチャーが返球する。そこでは、二人の男がブルペンで投球練習をしていた。

 パシッ「ん?お前らか」

 鶴岡(つるおか)と呼ばれたピッチャーが、捕球と同時に二人に気づく。

「どうも~」
「宜しくお願いします」

 一奥は両手を後頭部へ回し、遠矢は軽く頭を下げた。

「三年の鶴岡だ」

 挑発的に言った鶴岡の元に、球を受けていたキャッチャーが二人を睨みながら歩いてきた。

「俺は三年の村石(むらいし)だ」

 先輩二人の鋭い眼光に、遠矢は口を真一文字にし、一奥はキョトンとしていた。

「杉浦はお前らを認めているが、俺たちは認めない。あの程度のピッチングで、ウチのバッテリーを譲るつもりはないからな!」

 喧嘩腰の村石(むらいし)の態度は、最上級生としてのプライドを感じさせた。しかし、そんなバッテリーに対して一奥はニヤッと笑いブルペンへ入った。

「なら先輩、勝負って事なんだろ?」

「そうだ」
「あぁ」

 三人の闘志がぶつかり合う。そこへ、気まずそうな遠矢が一奥の隣に立った。

「あの、先輩方。この勝負に僕は入ってませんよね?」

「なにぃ?」

 鶴岡の眉間にシワが寄る。間髪入れずに村石が「お前ふざけてんのか!」と遠矢に一喝した。

「すみません。どう考えても勝ち目がないと思いましたので」

 遠矢は照れるように頭を下げた。その態度に、村石は顔を真っ赤にした。

「この野郎ー!」

「辞めろ、村石」

 鶴岡がキレた村石を止めた。遠矢は上目で鶴岡を見るが、動揺のない表情に苦笑いをした。

「勝負はすでに始まってるという事だ!」

「あぁ、すまねぇ鶴岡」

 村石は一歩下がると、鶴岡の前に一奥が立った。

「で?鶴岡先輩。なにで勝負するんだ?」

 ワクワクする一奥に、鶴岡は鋭い視線を送った。

いきなりの紅白戦

「一奥(いちおく)。お前は負けたら敬語を使え。いいな?」

「え?」

 鶴岡(つるおか)の指摘に、一奥(いちおく)は唇を尖らせた。

「同じグラウンドに立ったら一緒だと思うんだけどな……」

「減らず口だな、まぁいい。勝負の内容は紅白戦だ。始めるぞ」

「いいぜ!」

 にらみ合う一奥と鶴岡。そこへ、少し慌てた遠矢(とうや)が「鶴岡さん、少し待って下さい」と割って入った。

「その話でいいんですけど、一奥ちょっといい?」

「ん?」

 遠矢は一奥の左肘を掴んでブルペンの隅に連れていき、二人から離れた。そして一奥に耳打ちをすると「ふ~ん……」と一奥は何度か頷いた。

「どうかな?」

「面白そうじゃん。それでいいよ、遠矢」

 ニヤニヤ歩く一奥と無表情の遠矢は、再び鶴岡と村石(むらいし)の下へ戻る。すると遠矢は、鶴岡に勝負の条件を提案をした。

「すみません鶴岡さん。この勝負ですが、バッテリーを交換しませんか?」

「なに?交換だと?お前が俺のキャッチャーをやるのか?」


「はい。一奥の球は村石さんに捕ってもらいます」

「待て!これは俺たちの勝負だ。バッテリー交換に意味はねぇ!」

村石もいらだっていた。

「そうかなぁ?その方が面白いと思うけど」

 やる気の感じられない一奥を、村石はキッと睨んだ。

「一奥、これは勝負だと言っただろ。面白いが理由になるか?ふざけるなよ!」

「俺も遠矢もふざけてないよ。まぁ先輩、やればわかるさ」

「うるせぇ、黙れ!」

 村石同様、納得していなかった鶴岡は提案した遠矢を睨んだ。

「遠矢、仮に俺たちがバッテリー交換を受けたとして、勝敗はどうつける気だ」

「それはもちろん、先輩方にお任せしますよ?」


「なに?」

 鶴岡は呆れ顔をした。
あまりにも理不尽に聞こえる遠矢の提案。これでは結果がどうあれ、鶴岡と村石が自分たちの勝ちと言えばそうなってしまう。しかし、遠矢はわかっていて提案した。勝負の結果を委ねる事で、この変則勝負を受けさせる狙いがあった。

 黙っていた鶴岡だったが、(まぁ、互いに実力の差を直接わからせてやればいいだけの話……)と胸を張り、自信の態度を見せた。

「いいだろう。結果など俺たちが決めるまでもない。誰の目にも明白だ。行くぞ村石」

「だな」

 二人はノック中の紀香(のりか)監督の元へ行き、紅白戦の話を始めた。一奥と遠矢は、その様子をブルペンから見ていた。

「遠矢」

「なに?」

「遠矢はいいけどさ、俺はどうすればいいんだ?」

「いつも通りでいいよ?」


「そっか。なら問題ないな」


「一奥、遠矢!ちょっと来なさい」

 二人に叫んだ紀香監督は一塁ベンチへと歩き出し、呼ばれた二人はブルペンから小走りで向かった。紀香監督の下に着くと、ベンチに座った紀香監督はニコッと微笑んだ。

「じゃ、今日からあなたたちに任せるから」

「はぁ?」

 鶴岡と村石が突然の提案をしたにもかかわらず、あっさりとした紀香監督の態度は一奥を拍子抜けさせた。

「ちょっと待てよ監督。この半年で色々と変わったんじゃねぇの?」

「一奥、あなた相変わらずアホね。素人の私が、たった半年で指導者になれる訳ないでしょ?」


「だって、ノック上手かったじゃん?」

「あれは……私が試合前に恥をかかない為に練習したのよ」

 紀香監督は、頬を赤らめながら視線を逸らした。

「へ?じゃあ、甲子園に行く特別メニューとか、監督スペシャルみたいな作戦はないって事?」

 話を続ける一奥の態度に気まずい空気を感じた遠矢は、一奥の肩に手を乗せた。

「一奥」

「ん?」


「監督は信頼してくれてるんだよ。僕はさ、セレクションの時に甲子園へ行きますって宣言しちゃったしね」

 遠矢は苦笑いしながら一奥を見た。ここだとばかりに、紀香監督はごまかすように遠矢を指差した。

「そ、そうよ。さすが遠矢ね。わかってるじゃない」

 紀香監督の焦った声を聞いた一奥は、(この顔、絶対わざとだな……)と冷たい視線を送った。

「なによ?一奥。あなた自信があるんでしょ?」

「あるけどさ。こんな監督に負けたのかと思うと……なんか複雑な気分……」

 肩を落とした一奥の姿に、紀香監督は苦笑いをした。

(あれは本当にまぐれ当たりだったんだけど……それは今後の為にも黙っておこうかしら……)

 紀香監督は立ち上がると、咳払いを一つした。

「それより遠矢。私は楽しみにしていたのよ。あなたたちが加わったこのチームが、これからどうなるのかをね」

「はい。僕も待ち遠しかったです」

「そう、それはなにより。でもいきなり紅白戦か……少なくとも今のあの子たちは、秋の一回戦ボーイじゃない。簡単じゃないわよ?」

「そのようですね、楽しみです」

 自信溢れる遠矢の笑顔に、紀香監督は満足そうに二回頷いた。

「それなら、早速始めてもらおうかしら。神山(かみやま)君!集合させて」

「はい。集合!」

 チームのキャプテンである神山に続いて、選手全員が一塁ベンチ前に集合した。

「いい?今から紅白戦を行うわ。この試合は、鶴岡君と村石君によるこの二人との勝負だけど、レギュラー争いは始まっているわ。気にせずおもいっきりやりなさい!いいわね?」

『はい!』

 紀香監督の指示に、野球部員たちが大きく返事をした。そして、キャプテンの神山がバッテリー以外の選手を紅白に分け始めた。

「神山、俺は一奥と別のチームにしてくれ」

「わかっている……」

 高笑いをしながら、杉浦は三塁ベンチへ歩いて行った。そして、初日からいきなりの紅白戦という西島(せいとう)野球部員の戦いが始まった。

 先攻は、三年生エース鶴岡のいる三塁側チーム。投球練習をする一奥は、三塁ベンチを見ながら半年前のセレクションを思い出していた。

(リベンジは杉浦先輩だけじゃなかったって事か。向こうに知ってる顔がウジャウジャいるぜ)

 キャプテンの神山が分けたチームは、実は均等ではなかった。秋のセレクションで、主に一奥の相手をした村石以外の全ての先輩が相手チームにいた。

 今やレギュラーとは呼べないが、このチームの実力者揃いである事には違いない。
だが一奥は、キャプテン神山(かみやま)の粋な計らいを喜んでいた。

(あの人がキャプテンか……優しそうな顔して、中身はなかなかの勝負師だな)


「プレイボール!」


 球審の声と同時に、キャッチャーの村石(むらいし)からサインが出る。勝負を楽しむ一奥(いちおく)は、どんなリードをするのかワクワクしていた。

(さてと、村石先輩。お手並み拝見と行きますか)

 覗き込むピッチャーの一奥(いちおく)に対し、キャッチャーの村石(むらいし)がサインを出した。

(こいつの立ち上がりは悪かった。俺のリードで完全に抑えてやる。まずはこれだ!)

 村石のサインに頷いた一奥が投球モーションに入り、高校野球での記念すべき第一球が投じられた。



「なっ?」

 驚いてマスクを外し打球を目で追う村石(むらいし)だったが、途中で見るのを辞め、マウンドへ小走りで向かった。


「ホームラン!」

『ナイスバッティング!』


「一奥、てめぇ!」

「えっ!?だって俺はサイン通り投げたじゃん?」


「お前、俺のせいとでも言いたいのか?なら今の打って下さいみたいなキレのないスライダーはなんなんだよ!」

「さ、さぁ……多分準備不足かと……」


「お前、この半年遊んでたのか!」

「まぁまぁ村石先輩、落ち着こう。こういう場合は打ったバッターを誉めようぜ」


「くそっ。今日のスライダーは使えないとわかった。次もサイン通り投げろよ!」

「わかったよぉ」

 悔しそうにホームへ戻っていく村石(むらいし)だが、三塁ベンチの遠矢(とうや)が、一奥(いちおく)に向かってOKマークを出していた。

(これも遠矢のシナリオなんですよ?皆さん。本当、味方で良かったぜ)