千本ピッチャー返し|リミット39話

「なんだこりゃ?」


 グラウンドに着いた一奥(いちおく)が目にしたのは、360度を一般男女で囲まれた西島(せいとう)グラウンドだった。ざっと数えても、100人はいる。


 ゴールデンウィークまっただ中という事もあるが、明らかに斜坂剛二の右肩上がりのせいだった。


(斜坂(あいつ)のブログって、こんなにアクセスあるのかよ……すげぇな)


 驚いた一奥(いちおく)は、キャプテンの神山(かみやま)に呼ばれた。


「一奥(いちおく)。早く来い!」


 すると、一塁ベンチへ走る一奥(いちおく)はブーイングの嵐に巻き込まれた。


(なんなんだよぉ……)


 戸惑いながら一塁ベンチへ着くと、今度は先輩たちの攻撃が始まった。


「これは何の騒ぎだ?」

「神山(かみやま)さん、実はブログがさ……」


「ブログ?」


 神山(かみやま)が首をかしげると、そこへ杉浦(すぎうら)がやってきた。


「ちょっと待て!一奥(いちおく)」

「おお、杉浦(すぎうら)先輩。近い近い……」


「てめぇ、昨日逃げやがったな!今日は逃がさねぇぞ!」

「そっちなの?」


「ん?」

 怒っていた杉浦(すぎうら)が首をかしげる。その隙に一奥(いちおく)は、先輩たちに斜坂(ななさか)のブログを見ればわかると説明した。

 そこへ、仟(かしら)と要(かなめ)が走って一塁ベンチへ来た。


「一奥(いちおくん)、すごい騒ぎだねぇ」

「あのなぁ、要(かなめ)。これは斜坂(ななさか)ファンの偵察だぞ?」


「えへへ。それなら見せつければいいのだ!」

「そりゃそうだけど……。あ、仟(かしら)。白城(しらき)は?」


「え?まだ来てませんか?」


 一奥(いちおく)がグラウンドを見渡すと、突然黄色い声援が飛んだ。それは、バックネット裏の階段を降りてきた白城(しらき)に向けられたものだっだ。


 白城(しらき)は不思議そうな顔をしているが、平然と一塁ベンチへ入ってきた。


「神山(かみやま)さん、これなんの騒ぎっすか?」


 そこへ、またもや怒った杉浦(すぎうら)が割って入る。


「白城(しらき)!お前も逃がさないからな!」


「あぁ、杉浦(すぎうら)さん。昨日はちょっと用事がありましてね。勘弁してくださいよ」

「ダメだ!許さん」


 暴れる杉浦(すぎうら)を制して、神山(かみやま)が話を繋げた。


「落ち着け杉浦(すぎうら)。その話は後にしろ。それでだ白城(しらき)。これは名京(めいきょう)の斜坂(ななさか)ファンらしい。だが、お前も人気あるんだな」

「違いますよ、神山(かみやま)さん。斜坂(あいつ)がブログ記事で俺をベタ褒めしたからっすよ。今から情けねぇ姿見せますんで、我慢して下さい」


「まぁいい。それと白城(しらき)、事情は小山田(おやまだ)から聞いた。まさかとは思ったが、かなり重傷のようだな」

「えぇ……」


 道具をベンチに置いた白城(しらき)は、屈伸を始めた。


「俺も、たいしたことないと思っていたんっすよ。だけど、金属バットを持ってど真ん中のストレートが来ると、あの記憶が重なっちまうみたいで……」

「正にトラウマだな」

「ええ。そうらしいっす」


「とにかくだ!白城(しらき)、お前がこのままでは俺たちに夏はない。やれる事をやってもらうぞ」

「よろしくっす」


 キャプテンの神山(かみやま)は、一奥(いちおく)と村石(むらいし)を呼ぶ。


「一奥(いちおく)。今から打撃練習をやるが、球避けのネットは使わない。ピッチャー返しは根性で捕れ!お前なら出来る。村石(むらいし)はキャッチャーだ。俺達には去年の夏の記憶があるからな。何か気づいたら、白城(しらき)にアドバイスをしてやるんだ。いいな?」

「おっしゃ!」「オッケー、神山(かみやま)」


「よし、練習始めるぞ!」


 選手たちがそれぞれ位置に着く。一奥(いちおく)と村石(むらいし)も、声をかけあって移動した。


「じゃ、久々に頼むぜ!村石(むらいし)先輩」

「おう!」


 二人がポジションへつくと、小山田(おやまだ)が白城(しらき)に声をかけた。


「白城(しらき)、無理だけはしないでね」

「あぁ。でもな小山田(おやまだ)。このままなら俺は、夏を辞退する覚悟だ。なんとかするさ」


 白城(しらき)は右バッターボックスへ向かった。


「白城(しらき)、コースはランダムに行くぜ!」

「あぁ、頼むぜ!」


 一奥(いちおく)は、外・内と投げ分けてみた。白城(しらき)は、厳しいコースをウォーミングアップのようにカットしていく。


 それを見ていたキャプテンの神山(かみやま)は、いつもの白城(しらき)と判断していた。


(カットは問題ないな。バットはスムーズに出ている。問題は……)

 一奥(いちおく)が投げ、神山(かみやま)が見守る。


(この、ど真ん中のストレートだな……)


 ズバーンと、村石(むらいし)のミットが音をたてる。神山(かみやま)は、鼻から息を漏らした。


(見逃しか……タイミングは合っているんだがな)


 やはり、白城(しらき)のバットは出なかった。


「くそっ」(一奥(いちおく)の球でも、腕が動かねぇのか……)


 白城(しらき)の姿にざわつく観客たち。そして次のど真ん中を見逃すと、観客たちはガッカリした表情で次々に去っていった。


 ここまで10球あまりではあるが、白城(しらき)はまだ1球も前に球が飛んでいない。たった10球。しかし白城(しらき)は、かなり神経を使っていた。すでに表情には疲労が見えている。


そこへ、要(かなめ)が歩いてきた。


「白城(しら)先輩。ちょっと代わってもいい?」

「要(かなめ)か……」


発想の転換

 白城(しらき)が打席を離れ、要(かなめ)が代わりにボックスへ入った。すると、一塁ベンチ前で素振りをしていた杉浦(すぎうら)の声が飛ぶ。


「要(かなめ)!ずるいぞ!」

「杉浦(すぎうら)さん。今は我慢して下さい!」


「うっ……仟(かしら)……」


 杉浦(すぎうら)は、仟(かしら)に弱いようだ。そしてバッターボックスの要(かなめ)が白城(しらき)に声をかける。


「一奥(いちおく)んはね、ピッチャー返しの処理は抜群に上手いですよ?見ててね白城(しら)せんぱい」


 要(かなめ)が構え、一奥(いちおく)が投球モーションに入る。


「いいか?要(かなめ)。行くぜ!」

「こっちもいっちゃうよぉ!」 

 カキーン!
パシッ!

 要(かなめ)のピッチャー返しを、一奥(いちおく)は見事にキャッチした。


「要(かなめ)、もういっちょだ!」

 カキーン! パシッ

 二人がリプレイのようにピッチャー返しを繰り返した。その結果に、要(かなめ)は笑顔で白城(しらき)を見た。


「ね?白城(しら)先輩。一奥(いちおく)ん上手いでしょ?」


 すると、白城(しらき)は頭をポリポリかきながら再びバッターボックスへ立った。


「要(かなめ)、お前の気持ちはわかるんだけどな……俺とお前では打球スピードが違うんだよ」

「あ!そうだった……アハハ……」


「でもまぁ……気持ちはもらっておくぜ!サンキューな」


 しかし、その後も白城(しらき)に進展はなかった。そこへ、杉浦(すぎうら)が歩いてきた。


「白城(しらき)、代われ。ヘトヘトじゃないか」

「ハァ……杉浦(すぎうら)さん……」


「見てろ白城(しらき)。来い!一奥(いちおく)」


 白城(しらき)をどかし、杉浦(すぎうら)が構えた。一奥(いちおく)はニコリと微笑む。


「杉浦(すぎうら)先輩の打球は速いからな。気をつけねぇと。じゃ、行くぜ!」


 一奥(いちおく)の投じたど真ん中のストレートに、杉浦(すぎうら)はフルスイングした。


「うらーぁ!」

「はぁ?」


ジャストミートした杉浦(すぎうら)の打球は、レフトフェンスを越えた。


「ガハハ!見たか?白城(しらき)。これでいいんだ。一奥(いちおく)!もう一球投げろ」


 ニヤつく杉浦(すぎうら)に、一奥(いちおくは苦笑いした。)


「あのさ……杉浦(すぎうら)先輩。普通に俺の球を打って楽しんでるだけじゃねぇよな?」


「何を言うか!これは白城(しらき)への見本だ!」

「本当かよ……」


 今度はライトフェンスを越えた。


「ガハハ!最高だ。どうだ!一奥(いちおく)」


 バッティングを楽しむ杉浦(すぎうら)。さすがに一奥(いちおく)も、目的を忘れた。


(ぜってぇ昨日の仕返ししてるな……なら……)「杉浦(すぎうら)先輩、もう1球行くぜ!ちゃんと見本を見せてくれよ!」

「当たり前だ!」


 ブン……パーン!


「一奥(いちおく)!何だ今の球は!」

「え?ど真ん中のストレートじゃん?」


 すると、怒った杉浦(すぎうら)はバット片手にマウンドの一奥(いちおく)へ襲いかかった。


「テメー!わざとスピード上げただろー!」

(やべっ!)「そんな事は多分ねーよーぉ!」


 一奥(いちおく)は外野へ逃げた。


「多分だと?バカにしやがって!待てコラー!」

「ひぇぇぇぇ!」

「ゆるさーん!」


 一奥(いちおく)と杉浦(すぎうら)の追いかけっこが続く中、白城(しらき)は三塁側のネクストバッターズサークル付近で座りこんだ。

 やはり、そうとう神経を使っていたのだろう。それと同時に、先の見えない不安からくる絶望感が彼を襲っていた。


 仰向けになった白城(しらき)は、空を見上げた。


(杉浦(すぎうら)さんの見本は、確かに正解かもしれないな。だが俺は、そこまでの選手で終わるかもしれねぇ……)


 白城(しらき)にとっては、弱点を誤魔化して打席に立つようなものだった。基本のセンター返しが打てない。そんなバッターに未来はないのかもしれない。


 途方にくれる白城(しらき)の下へ、小山田(おやまだ)が来る。


「白城(しらき)、焦る事はないよ。また明日やってみよう」

「明日か……小山田(おやまだ)。俺は明日名京(めいきょう)高校に行って来るわ。斜坂(ななさか)が川石(かわいし)高校と練習試合だと言ってたからな」

「白城(しらき)!それマジか?」


 声をかけた一奥(いちおく)は、センター付近に杉浦(すぎうら)を置き去りにして白城(しらき)の下へ走ってきた。白城(しらき)がムクッと体を起こす。


「スゲェ地獄耳だな、アイツは。なんだ?一奥(いちおく)。試合が見てぇのか?」

「ああ!昨日さ、幸崎(こうさき)って3年にマジで打たれたんだよ!まぁ、名京(めいきょう)も気になるけどな」


「お前が幸崎(こうさき)さんに?そうか……」

「ああ白城(しらき)!変な意味じゃねーぞ?」


「おい!気持ちわりーから気を使うな」

「だったら俺に打球をぶつけろよ!」


「……一奥(アホおく)、出来るならとっくにやっている。くそっ、ムカつくな……こいつに千本ピッチャー返ししてぇ……」

「だからやれよ!」
「黙れ!腕が動かねぇんだよ!……イライラするな……一奥(いちおく)!バッティングマシン用意しろ」


「は?何をするんだ?」

「打つに決まってるだろ!」


 しぶしぶ一奥(いちおく)がバッティングマシンをマウンドにセットすると、白城(しらき)は「ど真ん中に設定しろ!」と言った。


 防護ネットの後ろから、一奥(いちおく)がボール入れていく。

 パキーン! シャン……

 快音と共に打球が防護ネットへ突き刺さる。一奥(いちおく)は、打球の速さに驚いた。


「うおっ!白城(しらき)!ピッチャー返し打てるじゃねーか!」

「うるせぇ!だから余計に……」

 パキーン!「おお……」


「自分に腹が立つんだよ!」

 パキーン!


 白城(しらき)の打球を見た一奥(いちおく)は、苦笑いしながらボールをマシンへ入れ続けた。


(この打球スピード。白城(しらき)が言った千本ピッチャー返しが出来たら……俺逃げようかな……)