斜坂剛二の右肩上がり|リミット38話

 一方その頃、グラウンドに姿を現さなかった白城(しらき)はゴルフ練習場を改造した広いバッティングセンターにいた。


『おぉー!』
「あの子、すごいなぁ。ホームランネット連発だ!」


 他の客の注目を浴びる中、白城(しらき)は一人苦しんでいた。


(マシーン相手なら、ど真ん中も関係なく打てるんだ。とにかく今は、これに慣れるしかねぇ……)

 カキーン!
「ふぅ……」


 打ち終えた白城(しらき)は、打席を外してスポーツドリンクを買う。椅子に座ると、ゴクゴクと飲み始めた。


(ど真ん中のストレートが来ると、あの記憶が襲ってくる。手を出せばまた……)
「くそっ!」


 イライラしていた白城(しらき)は、空き缶を床に投げつけた。


(あれから約一年。一奥(いちおく)との対決で、もう大丈夫だと思っていた。だから仟(かしら)との対決で金属バットを使った。だが腕が動かなかった。満塁ホームランは低めのスライダーか……そしてアレか……。やはり俺は、金属バットでど真ん中のストレートが打てねぇのか……)


「白城(しらき)さん、ダメじゃないですかぁ。空き缶はゴミ箱へ!ってね」

「あぁ?」


 白城(しらき)が顔を上げると、そこには名京(めいきょう)高校の斜坂(ななさか)が空き缶を持って立っていた。


「またお前か。俺のストーカーかよ」

「いやいや偶然っすよ?偶然。ほら、俺ピッチャーだから打撃練習が少ないんですよ。だからたまに、ここで打ち込みやってるんっすよ。って、俺のブログ読んでないんっすか?」


「ブログ?あー、そう言えばそんなこと言ってたな」

「そうですよ!斜坂剛二(ななさかごうじ)の右肩上がり!昨日の白城(しらき)さんの記事も、アップしましたからね!」


「なにぃ?」


 白城(しらき)は急いでスマホを出し、斜坂剛二の右肩上がりと検索した。


「これか……。って、お前!顔丸出しじゃねぇか!」

「いいっすよねぇ。評判もなかなかでしたよ。タイトルが良くないですか?この夏は、俺たちが主役だ!ってね。うんうん、やっぱりライバルがいるってのは、盛り上がっちゃいますからねぇ」


 満足そうな斜坂。そんな彼を無視し、白城(しらき)はさらにスマホをいじり始めた。


「お!まさか白城(しらき)さんがコメント書いてくれるんすか!一奥(いちおく)にも言っておいて下さいよ。挑発的なコメントがいいっすねぇ。盛り上がるし」


 その時、白城(しらき)の指がスマホから離れた。それを斜坂(ななさか)が覗き込む。


「早くないっすか?どれどれ……えーと。ハンドルネーム、ナメもんさん。ど真ん中は投げんじゃねーぞ!か。アハハ、白城(しらき)さんと真っ向勝負の予定だったんですけどねぇ。残念」

「うるせぇ!いいから投げるなよ」


「そう言われましても、俺は国井(くにい)さんのリードに従いますからね。何とも言えないっすよ。……あれ?白城(しらき)さん?」

「お前、これから打つんだろ?俺は帰るぜ」


 白城(しらき)は帰っていった。


「白城(しらき)さーん、ブックマークしておいてくださいよー!あー!それと、明後日ウチのグラウンドで川石(かわいし)高校と練習試合がありますんで、俺投げますから暇なら来て下さいねー!」


 川石(かわいし)の名に、白城(しらき)は一瞬立ち止まった。だが、すぐに歩き出した。


(川石(かわいし)……幸崎(こうさき)さんか……)

夜間の電話

その夜、一奥(いちおく)の自宅の電話が鳴った。電話に出たのは一奥(いちおく)の母だった。


「はい、そうですが……少しお待ち下さいね。一奥(いちおく)~?」


 呼ばれた一奥(いちおく)は、プロ野球中継を見ていた。


「ここはスライダーだろ!ほれ、打たれた」

「一奥(いちおく)聞いてるの?女の子から電話だよー!」


「今いいとこ……へ?女の子?」


 一奥(いちおく)は部屋を飛び出し、階段を下りて一階の固定電話に出た。


「お待たせしました!一奥(いちおく)ですけど……どなたでしょうか?」

《一奥(いちおく)さん、仟(かしら)です》


「な~んだ、仟(かしら)か」

《なんですか!その残念そうな声は!》


「え?あぁ、照れ隠しだよ照れ隠し。それよりどうした?」


《今ですね、要(かなめ)と例のブログを偶然見てしまったのですが……》「例のブログ?」

《はい。斜坂剛二の右肩上がりです》


「あー、斜坂(ななさか)か。それがどうした?」

《はい、そのコメント欄にですね、ハンドルネーム、ナメもんさんという方が書き込みをしていたのです》


「ナメもんさん?」

《多分、白城(しらき)さんかと》


「白城(しらき)?何でわかるんだ?」

《おそらくですが、コメントにど真ん中は投げんじゃねーぞ!と、書いてありましたので。白城(しらき)さんはよく、ナメてんじゃねぇって言いますから》


「なるほど、賢いなぁ仟(かしら)。そりゃ白城(しらき)だ。じゃあさ、打てるもんなら打ってみろ!って、コメント書いておいてくれよ!」

《わかりました》


「じゃ、わざわざありがとな。明日白城(しらき)をグラウンドに呼んできてくれよ?」

《はい、おやすみなさい》


 一奥(いちおく)は、ガチャっと電話を切った。


(ふ~ん、白城(しらき)が斜坂(ななさか)のブログにコメントか……。なんか知り合いっぽかったもんな。でもこれで、本当に白城(しらき)がど真ん中が苦手の可能性が濃くなったな)


 ピリリリリッ…ピリリリリッ


「ん?もしもし、斉藤(さいとう)ですけど」

《一奥(いちおく)?遠矢(とうや)だけど》


「おー、どうした?」

《あのさ一奥(いちおく)、斜坂(ななさか)のブログにコメントした?》


「コメント?あー、さっき電話で仟(かしら)に頼んでしてもらったけど?」

《やっぱりね。だけど、挑戦状みたいになってるけど大丈夫?》


「はぁ?」

《僕は構わないけどさ、ハンドルネームくらい変えれば良かったのに》


「まさか、仟(かしら)の奴そのまま書いたのか?」

《あ~ぁ、それなら書いたのは要(かなめ)だね》


「要(かなめ)かぁ。ならしょうがねぇなぁ。んで、俺のハンドルネームはなんなの?」

《西島(せいとう)高校の一奥(いちおく)さん……》「まんまかよ!」


すると、遠矢(とうや)が《うわぁ……》と声を出した。


《一奥(いちおく)、次々にコメントが書かれてるよ。これは斜坂(ななさか)ファンだね。一奥(いちおく)が完全にヒールになってるよ!》

「おい遠矢(とうや)。嬉しそうに言うなよ……」


《え?そんな事はないよ。それよりさ、このナメもんさんって白城(しらき)さんだよね?》

「多分な。仟(かしら)もそう言ってたよ」


《あ、ちょっと待って。今新しい記事がアップされたんだけど……ん?バッティングセンターが背景なんだけど、白城(しらき)さんっぽい人の後ろ姿が載ってる写メがあるよ》

「マジか?じゃあ、今日白城(しらき)はバッティングセンターに行ってて、そこで斜坂(ななさか)と会ったって事か?」


《だね。これは秘密特訓ってことかな》

(斜坂(ななさか)のおかげで、秘密になってないけどな……) 「そうか、まぁいいや。とにかく明日、白城(しらき)と勝負だな」


《そうだね。僕は捕れないから、キャッチャーは村石(むらいし)さんにお願いするよ》


「そうだな。早く怪我治せよ!」

《一週間の我慢だよ。じゃ、また明日》


「ああ、おやすみ」


 一奥(いちおく)が再び電話を切る。


(白城(しらき)と勝負かぁ……いつもならワクワクでたまらないんだけどな。早く治ってもらわないと、夏が面白くないからな!マジでやらねぇとな)


そして明くる日、西島(せいとう)グラウンドは斜坂剛二の右肩上がりのおかげで、大勢の観客で埋めつくされていた。