川石高校への潜入|リミット37話

 翌日。西島(せいとう)グラウンドでは、杉浦(すぎうら)がバットをブンブン振り回しながらイライラしていた。


「一奥(いちおく)はどこに行ったぁ!」

「昨日の今日だ。勘弁してやれ」


「なにぃ?」


 キャプテンの神山(かみやま)が杉浦(すぎうら)をなだめるが、どうにも気持ちが収まらない。そこへ、鶴岡(つるおか)と村石(むらいし)が来る。


「杉浦(すぎうら)、俺たちが相手をしてやるぜ!」

「まだ、俺たちはバッテリーを諦めたつもりはないからな」


「フン、面白い。だがダメだ!白城(しらき)はどこ行った!ホームラン競争だ!」


 やれやれと、神山(かみやま)は一奥(いちおく)たち5人の心配をしていた。


(小山田(おやまだ)と仟(かしら)がいれば、問題にはならないと思うけどな……)


 ふと神山(かみやま)が気づくと、鶴岡(つるおか)と村石(むらいし)はマウンドとホームへ歩き出し、杉浦(すぎうら)もホームへ歩き出した。


「神山(かみやま)!お前がホームラン競争の相手をしろ!」

「わかったよ」


 神山(かみやま)が心配していた5人とは、一奥、遠矢、仟、要、そして小山田の5人だった。


 彼らの姿は、去年の1回戦で当たった川石(かわいし)高校にあった。現在グラウンドでは、野球部が練習をしている。


「なぁ遠矢(とうや)、何でこんなにこそこそしてるんだ?」

「う~ん、偵察の定番かなと思ってね」


 一奥(いちおく)と遠矢(とうや)が話す中、彼らはレフト側にある校舎の影からグラウンドの様子を見ていた。


 ふと目が合った小山田(おやまだ)に、一奥(いちおく)がニヤリと提案した。


「ここはさ、やはり2年の小山田(おやまだ)先輩が行くべきだな」

「ぼぼぼぼ、僕なの?」


「小山田(おやまだ)先輩、緊張しすぎだろ。じゃあいいや、俺が行くか」


 一奥(いちおく)は、紅白戦の最中のグラウンドへ入ってしまった。それに気づいた川石(かわいし)メンバーから声がかかる。


「おい!部外者がグラウンドに入るな!」

「まぁまぁ、そう怒るなって。それは、俺の球を打ってから言えよ」


「いい度胸だ。誰だか知らないが、それならマウンドへ上がれ。勝負だ!」

(きたきた!)「もちろんいいぜ!」


 一奥(いちおく)は、ダッシュでマウンドへ行ってしまった。


「一奥(いちおく)さんが行くと、結局こうなるのですね……」

「まぁまぁ、仟(かしら)。とりあえずきっかけは出来たから」


 おでこを抑えた仟(かしら)を遠矢(とうや)がなだめる。4人が見守る中、一奥(いちおく)はすっかり目的を忘れていた。


「行くぜ!」

「来い!返り討ちだ」


 だが、一奥(いちおく)は打たれまくった。


 Yシャツの制服に運動靴姿で投げる一奥(いちおく)。止められた時、すでに九人を相手にしていた。

幸崎との出会い

「ちょっといいかな?君、西島(せいとう)高校だろ?」

「あぁ。1年の斉藤一奥(さいとういちおく)だ」


「僕は、3年の幸崎(こうさき)だ。ヨロシク」

「幸崎(こうさき)?」


 10人目のバッターとして右打席に立ったのは、一奥(いちおく)たちが探しにきた人物だった。


(こいつが幸崎(こうさき)……う~ん、まぁ後でいいか) 「じゃ、行くぜ!」


 スパーン 「ストライク」

「どうした?打っていいんだぜ?」

「今のは打っても内野ゴロだよ」


「うっ……」

「アハハ。その顔を見ると、どうやら図星だったようだね」


「面白れぇ!」(なら見極めてみやがれ!)


 一奥(いちおく)は、回転数を上げたストレートを投げた。そして笑顔の幸崎(こうさき)がフルスイングで応える。


「そろそろ全員出てきてもらおうか!」


 パキーン!

「なっ!」


 改心の当たりに一奥(いちおく)が驚く。幸崎(こうさき)の打球は、言葉通り4人がいるレフト後方の校舎に向かって飛んだ。


 そのまま打球は校舎の前にある大きな木に当たり、ガサガサと音を立てた。ビックリした4人の前にボールがポトンと落ちた時、グラウンドから声が聞こえた。


「おーい!ボールを取ってくれないかー?」


 バッターの幸崎が叫ぶ。嬉しそうにボールを拾って投げ返したのは要(かなめ)だった。


「えへっ、バックホームー!」


 要(かなめ)の投げたボールは、ツーバウンドでマウンドの一奥(いちおく)のグローブへ入った。


「あれ?間違えちゃった」

「じゃ、バレちゃったし僕らも行きますかね」


 遠矢(とうや)に続いて、要(かなめ)と仟(かしら)が歩き出す。だが、小山田(おやまだ)はためらっていた。気づいた遠矢(とうや)が振り向く。


「小山田(おやまだ)さん、行きますよ?」

「う、うん……」


 本当に控えめな人なんだなと、遠矢(とうや)は思った。結局小山田(おやまだ)は、要(かなめ)に背中を押されてグラウンドへ入った。


 4人が歩く中、一奥(いちおく)が幸崎(こうさき)に話しかけた。


「幸崎(こうさき)さんだっけ?まだまだ余裕って感じだな」

「そうかい?でもそれは、君も同じなんだろ?」


「へへっ、バレてるのか。なら見せてやってもいいぜ!その代わり、俺が勝ったら1つ頼みがある」

「頼み?……それは聞けないな」


 幸崎(こうさき)の目つきが鋭くなる。


「僕が……勝つからね……」


 構えた幸崎(こうさき)は、足に根が生えているかのようにどっしりと立つ。


 もうワン勝負あると気づいた遠矢(とうや)は、仟(かしら)をフェンス際に移動させた。要(かなめ)も小山田(おやまだ)を引っ張る。


 そして、一奥(いちおく)が振りかぶった。


(こいつ、九条(くじょう)と同等か?なら……九条(くじょう)に投げた球で勝負だ) 「いっくぜぇ!」


 スタンスを少し広めに取った幸崎(こうさき)の構えは、九条(くじょう)や白城(しらき)のように前足をタイミングに使っていなかった。


 一奥(いちおく)が投じたストレートが近づいても、まだスイングが始動しない。


 その姿に、一奥(いちおく)は気づいた。


(こいつ!ギリギリまでボールを引き付けて見極めるのか!)


 幸崎(こうさき)は頭を軸に、コンパスをくるっと回すような無駄のないスイングで一奥(いちおく)の球を完璧に捉えた。


 その打球は、二球続けてレフトの木へ運ばれた。


「僕の勝ちだ。悪いけど、頼み事は諦めてくれ」


 幸崎(こうさき)が一塁ベンチへ歩き出す。すると、三塁側ファールグラウンドから小山田(おやまだ)が叫んだ。


「幸崎(こうさき)さん!待って下さい!」


 そのまま小山田(おやまだ)は走り出した。幸崎(こうさき)が立ち止まると、そこへ小山田(おやまだ)が来る。


「突然すみません。僕は、西島(選手)高校2年の小山田(おやまだ)と申します」

「2年生か。小山田(おやまだ)君、後輩に指導してくれとは言いたいけど、斉藤(さいとう)君にはいい練習をさせてもらったよ。悪いけど、僕はこれ以上君たちに用はない。彼を連れて帰ってくれるかな?」

「あの……怪我は……幸崎(こうさき)さんの怪我はもう大丈夫なのですか?」


「怪我?」

「はい。去年の夏の試合の怪我です」


 幸崎(こうさき)は、腕組みをして目を閉じた。


「僕はさ、ピッチャー返しを頭に受けたようだけど……覚えていないんだよ。気づいた時には2年の夏は終わっていて、ベットの上だった。あぁ、怪我はもう大丈夫だよ」

「そう……ですか」


「だけどね、わだかまりというか、悔しい思いをした気持ち悪さだけはあるんだ。チームメイトに話を聞いてもリアリティがなくてね。県予選の一回戦だし、その映像もない。まぁ、思い出したいとは思っているよ」

「それなら、西島白城(にしじましらき)という名前はわかりますか?」


「西島(にしじま)……?」

「はい。幸崎(こうさき)さんの球を打った本人です」


「そうか。君たちが今日ここにきた理由がわかったよ。その彼の為だね?」

「はい」


「悪いけど、力になれそうにないよ。もし彼が気にしているなら、もう大丈夫と伝えてくれるかな?」

「はい……わかりました。練習中に突然失礼して、すみませんでした」


「いいよ。楽しかったし構わない。それじゃ。……あ、もしまだ見学するなら、三塁ベンチを使って構わないから」


 幸崎(こうさき)は、一塁ベンチ裏のブルペンへ行ってしまった。せっかくなので、一奥(いちおく)たちは川石(かわいし)高校の練習を見させてもらった。


 しかし、考えるのはこれからの事だった。練習を見ながら、一奥(いちおく)が呟く。


「ピッチャー返しが頭部に……か」


 答えたのは小山田(おやまだ)だった。


「うん。一奥(いちおく)君の言った通り、白城(しらき)は本当に木製バット専用バッターなのかもしれない」


「そうなんかなぁ……あの白城(しらき)がねぇ……」


 そこへ、遠矢(とうや)が口をはさむ。


「白城(しらき)さんがトラウマになっているなら、腕が動かなくなっている可能性は残りますよ」

「遠矢(とうや)君……」


 すると、ボールでお手玉をしていた要(かなめ)が話した。


「ねぇねぇ、白城(しら)先輩を荒治療するってのはどぉ?大丈夫だよね?仟(かしら)」

「うん……やってみる価値はあるかもしれないね」


「よし!ならさっそく明日からやってみようぜ!」


 一奥(いちおく)の言葉に、みんなの気持ちは決まった。5人は挨拶をして、川石(かわいし)高校を後にした。