ど真ん中のストレート|リミット36話

 頭から水をかぶり続けていた白城(しらき)を、キャプテンの神山(かみやま)が呼ぶ。


 両チームが整列し、球審の右手が上がった。


「ゲーム、梯(かけはし)!」

『ありがとうございました』


 両選手が各ベンチへと下がり、紀香(のりか)監督は木村(きむら)監督の下へ行った。


「木村(きむら)監督、お疲れ様でした。本気で試合をして頂き、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。まだまだ大変ですが、お互い頑張りましょう」


「はい。では、遠矢(とうや)を病院へ連れて行きますので、失礼します」


 木村(きむら)監督は、一塁ベンチへ戻る紀香(のりか)監督を厳しい表情で見ていた。


(これで、西島(せいとう)野球部は夏で廃部となってしまいましたなぁ……白城(しらき)君も、気になるところではありますが……)


 ふと木村(きむら)監督が気づくと、そこへ九条(くじょう)が現れた。


「監督、帰りましょう。戻って練習をします」

「九条(くじょう)君……」


「俺たちは、この試合に勝ったとは思っていません。これから、改めてよろしくお願いします」

『お願いします!』


 九条(くじょう)が帽子を取って頭を下げると、梯(かけはし)メンバー全員がそれに合わせた。


「君たちまで……わかりました。帰って練習しましょう」

『はいっ!』


「やったぜ!」
「今度は一奥(いちおく)からホームランを打つ!」
「夏はボコボコにしてやるぜ!」


 騒ぎながら帰り支度を終えた梯(かけはし)メンバーは、一塁ベンチに軽く頭を下げながら笑顔で通りすぎた。


 一番最後を歩く九条(くじょう)は、白城(しらき)を気にするように一塁ベンチの様子を見る。そして一奥(いちおく)に近づいた。


「一奥(いちおく)」

「あ……九条(くじょう)か。どうした?」


 九条(くじょう)の目に映った一奥(いちおく)の表情は、負けて悔しいというより混乱しているように見えた。


「いや……なんでもない。またな」

「あぁ……」


 九条(くじょう)は白城(しらき)を目で探したが、すでに白城(しらき)の姿はなかった。


 白城(しらき)はチームに一言謝り、グラウンドを後にしていた。


 梯(かけはし)高校の選手たちが去り、一奥(いちおく)たち一年生はグラウンド整備を始めた。上級生も帰り始める中、遠矢(とうや)は紀香(のりか)の車で治療へ行った。


夕暮れのグラウンド

 薄暗くなったグラウンドで、一通り整備を終えた一奥(いちおく)が大の字に倒れた。


「あ~ぁ。何で白城(しらき)は見逃し三振したんだろうな」


 そこへ、仟(かしら)が顔を出した。


「そうですよね……。あの瞬間、白城(しらき)さんに何が起こっていたのか、私にもわかりません」


 仟(かしら)は立てたトンボを両手で持ちながら、遠くを見ていた。


「元気だせ~!一奥(いちおくん)」

「うぉ!」


 そこへ、笑顔の要(かなめ)が寝ている一奥(いちおく)の真上でトンボを振り回す。


「要(かなめ)!あぶねぇだろ」

「えへへ」


「要(かなめ)さん、トンボの使い方が違うよ?」

「ん?」


 声の方へ振り向く要(かなめ)。三人の下へ現れたのは、制服に着替え終えた2年生の小山田(おやまだ)だった。


 一奥(いちおく)がムクッと体を起こす。


「あれ?小山田(おやまだ)先輩まだいたの?」

「帰ろうと……思ったんだけどね……」


 小山田(おやまだ)は、足下にあった小石を拾って場外へ投げた。そして仟(かしら)が問いただす。


「白城(しらき)さんのことですね?」

「うん……仟(かしら)さんなら、何か知ってるかなと思ってね」


「すみません。私たちにも、どうして白城(しらき)さん程のバッターがど真ん中を見逃したのかわからないのです」

「ど真ん中か……ど真ん中!」


 小山田(おやまだ)の顔が固る。それを見た一奥(いちおく)が、ガバッと立ち上がった。


「小山田(おやまだ)先輩!白城(しらき)とど真ん中に関係があるんだな?」

「う~ん、ごめんね。かもしれないってだけだよ。白城(しらき)は、一奥(いちおく)君のど真ん中をセンターフライにしてるから……」


「そうだよなぁ。あいつ、仟(かしら)がキャッチャーの時も見逃したけど、手が痛いとかなんとか言ってたし……」


 その時、仟(かしら)が小山田(おやまだ)に疑問をぶつけた。


「小山田(おやまだ)さん、白城(しらき)さんは普段から木製バットで打っていたのですか?」

「どうして?」


「私が紀香(のりか)監督に頼まれて白城(しらき)さんをグラウンドに連れていったあの日、私は途中で少し待たされたのです。そしたら白城(しらき)さんは、木製バットを持ってきましたので」

「そうなんだ。理由はわからないけど、白城(しらき)が木製バットを使うのはティーバッティングの時だけだったよ。しっかりボールを芯で捕らえる為だって、言ってたけど」


「そうですか……」


 仟(かしら)が考え込むと、今度は一奥(いちおく)が小山田(おやまだ)に問いただす。


「じゃあ、俺のど真ん中を打った時の木製バットは、フリーで初めて使ったって事だよな?」

「うん。初めて見たよ」


「なぁ仟(かしら)、これじゃ白城(しらき)は金属バットだとど真ん中が打てないって話にならないか?」

「一奥(いちおく)さん……それはありませんよ……」


「アハハ、だよな」


 すると、小山田(おやまだ)が驚いた顔をした。


「まさか……まだ白城(しらき)はあの試合から……」


 三人が小山田(おやまだ)を見る。話したのは一奥(いちおく)だった。


「小山田(おやまだ)先輩、あの試合って去年の夏ってこと?」


「うん。去年の夏の大会、白城(しらき)は全て見逃し三振だったんだよ」

「あの白城(しらき)さんが?全てですか?」


 驚いたのは仟(かしら)だった。


「うん。一回戦の一打席目に、事故が起こったんだ」

「事故?」


「うん。でも、今日は満塁ホームランも打ったし、関係ないと思っていたんだけど」


 すると、小山田(おやまだ)の前へ一奥(いちおく)が迫る。


「小山田(おやまだ)先輩、間違いないぜ!」

「一奥(いちおく)君……」


「それで、その一打席目の事故はどんな事故だったんだ?」

「それは……」


 事故を思い出した小山田(おやまだ)は、ショックを受けた表情に変わる。


「ど真ん中のストレートを打った後だったよ……」