特殊なセンス|リミット32話

 紀香(のりか)監督の言葉を聞いた白城(しらき)は、ヘルメットをかぶってバットを握り、球審の下へ向かった。


「球審、代打の西島(にしじま)です」


 球審が三塁ベンチへ向かい、白城(しらき)は素振りを始めた。


「代打、西島(にしじま)君です」

「ホホッ、わかりました」


 紀香(のりか)監督の願いは、嬉しそうに返事をした木村(きむら)監督の願いでもあった。


 白城(しらき)の退部を止められなかった木村(きむら)は、責任を感じていたからだった。


(やはり野球で失ったものは、野球で取り戻すしかありませんか……。白城(しらき)君、私は信じて見守る事にしますよ)


 選手に試合を任せている木村(きむら)監督は、再び観戦者に戻った。

 動かない木村(きむら)監督を見ていたキャッチャーの九条(くじょう)は、その意思を理解している。


(梯(おれたち)にとって、最高の監督だな)


 最前線で動く監督が多い中、チームの最後尾でピンポイントのアドバイスで勝利へ導く木村(きむら)監督の采配に、九条(くじょう)は心で感謝した。


(ノーアウト満塁はピンチではない。本当の敵は、ピンチと思う自分自身にある)


 九条(くじょう)は、おくする事なく自信を持って謎のバッター白城(しらき)を打席に迎えた。


 白城(しらき)にいつもの調子はなく、その目は闘志で燃えていた。集中した白城(しらき)の流れるようなルーティーンと構えに、九条(くじょう)はここが勝負所と直感した。


(松原(まつばら)、ここは出し切るぞ!今は九回を考えるな)


 不気味に静まり返った西島グラウンド。初球、九条(くじょう)は横のスライダーを選択した。


「ファール」


 たった一球。バックネットに当たったファールとスイングを見た九条(くじょう)の顔は、驚きに満ちていた。


(このスイングは……こいつまさか)


二球目、警戒した九条(くじょう)はボールになるスライダーを選択。結果はまたファールとなり、九条(くじょう)の顔は厳しいままだった。


(間違いない。白城(こいつ)のスイングは、相手が強者であればあるほど力を発揮する特殊なセンスの持ち主と同じもの。……松原(まつばら)の心が折れる前に、次で決めるしかない!)


 一奥(いちおく)も遠矢(とうや)も知らない白城(しらき)の姿が、そこにはあった。


 今の白城(しらき)は、遠矢(とうや)が見たパーフェクトタイプではなかったのだ。


 白城(しらき)にとってのパーフェクトタイプとは、幼い頃に木村(きむら)監督から野球の個人指導を受けていた時の、憧れの姿だった。


 初球・二球目と、わざとカットしているように見えるのは変わらない。だが、木村(きむら)と白城(しらき)のバッティングには決定的な違いがあった。


 それが、九条(くじょう)の警戒した白城(しらき)の実力だった。


(松原(まつばら)、ここは縦のスライダーだ!低めにコントロールしろ!)


 松原(まつばら)がセットに入り、三球目を投げる。それを見た九条(くじょう)は、(よし!最高の球だ!)
と頷いた。その瞬間、九条(くじょう)の視界からボールが消える。


 パキーンと快音を残したバットが振り抜かれると、九条(くじょう)はその場で動くのを辞めた。


 グングン上がる打球に、九条(くじょう)は目を奪われていた。自分の打ったホームランとは質が違うと、九条(くじょう)は思っていた。


 しかし、心では笑っていた。自分もいつか、こんな打球を打ってみたい……と。


 白城(しかし)は松原(まつばら)の球を、ホームランにするべくして完璧に捉えた。


 木村(きむら)と白城(しらき)の決定的な違いは、白城(しらき)はホームランにできる球が来るまでカットしている訳ではなかった。相手の球に対し、その上へ行ってしまう限定超えのバッターだったのだ。


 白城(しらき)の打球は、グラウンドの静寂と共にスコアボードの上へ静かに消えた。


「うっしゃー!」
「同点だー!」


 静寂から、一気に盛り上がる西島(せいとう)ベンチ。さすがの遠矢(とうや)も、これには脱帽といった表情だった。


 打球の行方を見届け、笑顔でホームへ歩き出そうとした三塁ランナーの一奥(いちおく)を、同じく打球を見ていたサードの二宮(にのみや)が止めた。


「なぁ、一奥(いちおく)」

「とっと、なんだよ?二宮(にのみや)」


「どうしてあいつが補欠なんだ?ずっとバックネット裏にいただろ?」

「そう言われてもなぁ……」


 一奥(いちおく)が立ち止まって考えていると、そこへ二塁ランナーの要(かなめ)が来た。


「一奥(いちおく)ん。抜いちゃうよぉ?」

「待て、要(かなめ)。それはアウトになるだろ」


「えへへ。わかってるって」


 すると、一塁ランナーの仟(かしら)まで三塁に来てしまった。


「二人とも、何をしているんですか?一奥(いちおく)さん、早くホームへ行って下さい」

「いやぁな、仟(かしら)。二宮(にのみや)がさ、白城(しらき)がなんで補欠なのか聞いてきたから本人を待ってるんだよ」


「白城(しらき)さんを?ですか?」

「あぁ」


 仟(かしら)が振り返ると、不思議そうな顔で白城(しらき)が走ってきた。


「何してんだ?一奥(アホおく)。歩いてホームを踏ませてやったんだから、早く行けよ」


「なぁ、白城(しらき)。お前って、なんで補欠なんだっけ?野球部員じゃないからか?」

「はぁ?」


「でも試合に出てるしなぁ。これって監督も部員として認めたってことたよなぁ……」

(何言ってんだ?こいつは……)


 しかし、白城(しらき)は一奥(いちおく)がわざとボケてると思い、カッコつけた。


「それはな、西島(ここ)で一番野球が嫌いだったからだ。わかったなら早く行け」


「ぶっ……だはは、だっせー!白城(しらき)、せめて秘密兵器とか代打の神様とか言えよ」

「うるせーぞ!一奥(アホおく)。ムカついた……俺は先に行く!」


 急に走り出した白城(しらき)に驚き、仟(かしら)もすぐに走り出した。


「白城(しらき)さん!」

「うるせー!どけ!仟(かしら)」


「どきません!」


 要(かなめ)は「一奥(いちおく)ん!」と声を出し、一奥(いちおく)もすくに走り出した。 



「二宮(にのみや)。そういう事だ!じゃあな」

「あぁ……」 (嘘つけ。あれが野球の嫌いな奴の打球かよ……)


 その騒ぎを、一塁ベンチから紀香(のりか)監督が見ていた。


「急に走り出したわね。遠矢(とうや)?あの子たち何してるの?」

「追いかけっこじゃないですかね?」


 笑顔で返す遠矢(とうや)。紀香(のりか)監督は、そんな冗談を冷静に返した。


「確かルールでは、白城(しらき)が仟(かしら)を抜いて、仟(かしら)が要(かなめ)を抜いて、要(かなめ)が一奥(いちおく)を抜けばトリプルプレーの完成よね?」

「そうですけど、いくらなんでもそれは……」


 だが、遠矢(とうや)の気楽さに反して、状況は緊迫していた。


「要(かなめ)、抑えろ!」
「それは仟(かしら)に言ってよぉ!」
「だって白城(しらき)さんが来てるから!」

「許さねーぞ!一奥(アホおく)」


 そして、なんとか3人は順番にホームを踏んだ。


「こんなドキドキしたホームランは初めてだぜ……あれ?白城(しらき)は?」


 一奥(いちおく)が振り向くと、白城(しらき)はホームベース前で足を止めていた。


 一奥(いちおく)に振り回されたが、白城(しらき)グラウンドに帰ってきたと実感したからだった。右手を握りしめ、白城(しらき)は喜びに震えていた。


 その姿に、一奥(いちおく)は微笑んだ。


「なぁ仟(かしら)、ホームベースのホームって、確か家だよな?」

「はい。英語ではそう書きますけど」


「そうか……」

「一奥(いちおく)さん?」


 仟(かしら)と要(かなめ)がホームベース付近で待つ中、一奥(いちおく)は一塁ベンチへ歩き出した。


「白城(しらき)!」

「なんだよ?一奥(アホおく)」


「それ踏んだら、家出はもう終わりだぜ?」

「くせ~んだよ、お前は。フッ……臭くて臭くて、たまらねぇ……」


 白城(しらき)はニコッと笑い、右足でホームを踏むと同時に笑顔で待つ仟(かしら)と要(かなめへハイタッチをした。


『いえ~い!!』

 パチーン


 そして二人は、一奥(いちおく)を走って追った。要(かなめ)にどつかれ痛がる一奥(いちおく)。それを見て笑う仟(かしら)。そんな三人を見ながら歩いて戻る白城(しらき)は、嬉しそうに微笑んでいた。


(やっはり俺は、この西島(いえ)の匂いが誰よりも好きなんだ……感謝するぜ、一奥(いちおく))

汚れた伝統

「どけ!白城(しらき)。満塁ホームランで調子に乗るな!お前に四番は譲らないぞ」

「いいっすよ?杉浦(すぎうら)さん。俺は代打の神様らしいっすから」


「なっ?そこは違うだろ!お前は勝負だ!と言っていたじゃないか」


「それは……まぁ昔の話……。杉浦(すぎうら)さん、キッチリ謝罪してからにしますよ」

「終わった事だ。俺は気にしてない」


 杉浦(すぎうら)は、おもいっきりスイングしてバッターボックスへ向かった。


 ベンチ前で立ち止まった白城(しらき)は、頭を下げてチームに謝罪した。


「すみませんでした!」


 すると、キャプテンの神山(かみやま)が話し始めた。


「白城(しらき)、小山田(おやまだ)から全てを聞いた。先輩たちを殴った事に関してだけ、お前は反省すればいい。これがチームの総意だ」

「神山(かみやま)さん……」


 そして、去年の夏の暴力事件をやっとの思いでチームに話した大人しい性格の小山田(おやまだ)が、白城(しらき)に声をかけた。


「春から何度も謝ろうと思ったんだけど、勇気がなくてごめん。僕は小山田(おやまだ)に謝れと言った白城(しらき)に殴られた先輩から、卒業式の日に皮肉を言われたんだ。お前は残れて良かったなって。僕はずっと勘違いをしていた。白城(しらき)が試合に負けた理由にされて、喧嘩をしたと思っていたよ。だから……仕方ないのかなって思っていたんだ」

「それは違う。小山田(おやまだ)、俺は本当に西島(せいとう)野球部を壊そうとしたんだ……」


「えっ?」


 話は約一年前にさかのぼる。

 白城(しらき)は当時、腐った西島(せいとう)野球部を変える思いで入部していた。


 新入生の白城(しらき)は、今の一奥(いちおく)や遠矢(とうや)と同じような限界勝負をしていたのだ。


 だが、それは上手くはいかなかった。


 野球バカに付き合っていられるかと、去年の三年生は白城(しらき)を相手にしなかった。


 それでも西島(せいとう)野球を復活させたい白城(しらき)の想いは、レギュラー候補の小山田(おやまだ)とよくその話をしていた。


 初めは無謀な白城(しらき)を変わった人だと思っていた小山田(おやまだ)だったが、ただ野球が好きで勝負が好きで、楽しく野球がやりたい一人の高校球児だと知ってからは、印象が180度変わっていった。


 去年の夏は二回戦で負けたが、白城(しらき)も小山田(おやまだ)も活躍は出来なかった。


 負けた試合後。白城(しらき)が道具の片付けの為に部室へ行くと、高校野球に幕が降りた三年生の会話を偶然聞いてしまった。


 それは、白城(しらき)と小山田(おやまだ)、そして木村(きむら)監督を敗因にした会話だった。


 白城(しらき)は自分だけなら許せたが、他は許せなかった。なにより木村(きむら)監督の言うことすら聞かない去年の三年生たちに、監督の文句を言う資格はないと思った。


 だが、去年の三年が不満に思うのには理由があった。


 低迷期の木村(きむら)監督は、負のスパイラルに陥っていた。


 試合や選手の読みや策に間違いはないのだが、選手の力不足があり、それが結果として表れなかったのだ。


 失敗が二回・三回と続くと、選手は監督を信頼しなくなった。木村(きむら)監督自身も自分の衰えと思い、指示を出せなくなっていた。

 これでは、監督不在で練習や試合をするようなもの。


 ある意味自由な西島(せいとう)野球部は、それが数年間伝統になってしまっていた。


 去年の三年生も、入学時から先輩にそう聞かされている。被害者と言えばそうかもしれないが、そんな汚れた伝統を白城(しらき)は変えたかった。


 喧嘩の引き金を引いたのは、去年の三年生かもしれない。だが、こんな野球部なんか廃部になれと、白城(しらき)が手を出したのも事実。


 そして、この暴力事件を起こしたのが自分の息子と知った西島(にしじま)理事長が、秋に三年間で廃部と決めたきっかけにもなっていた。


 だが、今の二・三年生たちは違った。白城(しらき)のやっていた無謀な勝負は、今の二・三年生には楽しかった。


 白城(しらき)が無言で夏から去り、秋は一回戦敗退。廃部の話も聞かされ、どうする事も出来なかった西島(せいとう)野球部に現れたのがセレクションでの斉藤一奥(さいとういちおく)だった。


 あの日彼らは、グラウンドに倒れるまで勝負をした。こんなに楽しく野球をやったのはいつぶりだろう……そんな思いで充実していた。



 白城(しらき)の蒔いた種は、一奥(いちおく)によって花開いた。



 一奥(いちおく)たちの入学前、白城(しらき)はチームの異変に気づいていた。


 だが、今更どんな顔をして戻ればいいのかわからない。なにより、本当に廃部にしようとした自分が許せなかった。この一ヶ月、素直になれない自分が嫌いだった。


 この経緯を、白城(しらき)は全て話した。


「誰もが被害者だった……そういう事ね」


 紀香(のりか)監督の言葉に、白城(しらき)は目を閉じ唇を噛んだ。


 それでも納得できない選手たち。微妙な空気の中、三振して悔しがりながら杉浦(すぎうら)が戻ってきた。


「だぁー!くそー!クネクネ曲がりやがって。男なら真っ直ぐで勝負……ん?なんだ?この空気は?」

「ちょっと待てって!杉浦(すぎうら)先輩」


「おい、一奥(いちおく)。それは俺の台詞だ」

「いや、わかるけどそうじゃなくてさ……」


 すると杉浦(すぎうら)は、目の前に来た一奥(いちおく)をのけた。


「わかっていないのはお前らだ」


 腕組みをした杉浦(すぎうら)は、かなりご機嫌斜めの様子。


「やっとこの白城(バカ)が戻り、俺に自慢するようなホームランを打ったんだ。今チームは押せ押せだ!声を出せ!」

「いや、だからな?杉浦(すぎうら)先輩。それもわかるんだけど、今白城(しらき)がみんなに謝ったところなんだよ」


「何をだ?」

「え?何をって言われましても……え?」


 一奥(いちおく)は困ってしまった。杉浦(すぎうら)に空気を読めと言いたいが、全く聞く耳を持たない。


「白城(しらき)が何をしたんだ?喧嘩なら俺も一奥(いちおく)を試合前にぶん投げたぞ?白城(しらき)。お前は野球をやりに来たんだろ!グラウンドでユニフォームを着ている。他にやる事があるのか?」


 杉浦(すぎうら)は、白城(しらき)の肩に手を回した。


「その通りっすけど……許してもらえるなら……」
「アホか!お前は。許すも何も、もう試合に出てホームラン打っているじゃないか。だが、まだ1本だ。俺も1本。一奥(いちおく)、お前はインチキホームランだからゼロだぞ」

「いっ、インチキぃ?」


「一奥(いちおく)に白城(しらき)……ガハハ!これは毎日忙しくなりそうだな」


「あのー、杉浦(すぎうら)先輩?俺は構わねぇけど、能天気すぎないか?俺も身勝手だったけど、もう少しみんなの気持ちを考え……」
「ちょっと待て!一奥(いちおく)」

「なっ、なんだよ」


「俺が能天気だと?否定はしないが、お前の目はボールしか見えないのか?」

「どういうことだよ」


「俺たちが選んだキャプテンは誰だ!そのキャプテンが何をした!答えろ一奥(いちおく)」


 急に真剣になった杉浦(すぎうら)に、一奥(いちおく)は戸惑った。


「神山(かみやま)先輩……だな」

「わかっているじゃないか。一奥(いちおく)、最終回締めて行くぞ」


「へ?」


 話の途中、村石(むらいし)・鶴岡(つるおか)は内野ゴロに打ち取られていた。守備につく前、檄を飛ばしたのはキャプテンの神山(かみやま)だった。


「これで全員揃った!試合は振り出し。監督の指示は返り討ちにしろだ!お前ら、絶対勝つぞ!」

『オー!!』


「アハハ!よっしゃー!遠矢(とうや)、俺たちも行くぜ!」

「うん!」