勝利への執念|リミット30話

 赤面の仟(かしら)が、紀香(のりか)監督のユニフォームのボタンを上から1つ外す。


 すると、驚いた仟(かしら)は次々にユニフォームのボタンを外していった。手に持ったタオルをベンチに投げ捨てた一奥(いちおく)は、ベンチに座って横目で微笑んでいる遠矢(とうや)の横でおたおたしていた。


「おいおい、こりゃ何なんだよ!バッターの鶴岡(つるおか)先輩がチラチラ見てるぞ!」

「一奥(いちおく)、興奮しすぎ」


「そんなこと言われてもよぉ……」


 一奥(いちおく)へと振り向いた遠矢(とうや)が再び紀香(のりか)監督を見ると、隣に座った一奥(いちおく)も視線を合わせた。


 すると、ベルト付近までユニフォームのボタンを外した仟(かしら)が、紀香(のりか)監督の胸付近を見て固まった。


 仟(かしら)の後ろで様子を見ていた要(かなめ)は前に出ると、紀香(のりか)監督のユニフォームの両襟を持って「えーい!」と脱がした。


『おぉーー!!』

「お?」
「え?」
「なんでぇ?」


 ベンチの部員たちは、驚きと戸惑いに包まれた。


 要(かなめ)にユニフォームを脱がされた紀香(のりか)監督は、もう1枚西島(せいとう)のユニフォームを着ていた。そのサイズは、紀香(のりか)監督の体にフィットしていた。


 仟(かしら)は、その姿に微笑んだ。


「監督、本当にユニフォームを2枚着ていたのですね」

「わっ、私は今日初めて試合用のユニフォームを着たんだから……着方なんて……知らないわよ」


 わざとらしい言い訳をし、紀香(のりか)監督は仟(かしら)から視線を頭ごと左に逸らした。その赤ら顔は、バッグネット裏のベンチに座る白城(しらき)に向けられていた。


「紀香(のり)監督立ってぇ!」


 要(かなめ)が紀香(のりか)監督の両手を引っ張って立たせると、紀香(のりか)監督は驚いた。


 しかし、要(かなめ)は構わず紀香(のりか)監督のベルトを緩め、ズボンを下へ降ろしてしまった。


「おー!えへへ。完成」


 要(かなめ)は、下にも重なっていたユニフォームを確認して笑った。


 上下のユニフォームを脱いだ紀香(のりか)監督の姿は、試合前に自身が間に合わなかったと言った特注ユニフォームに変わった。


 紀香(のりか)監督は、照れ隠しをするように二人へセクシーポーズをした。


「どお?」


 その姿に、立ち上がった一奥(いちおく)が叫んだ。


「どお?じゃねぇよ監督!何で同じユニフォームを2枚着てんだよ?」


「それは……まぁ」


「一奥(いちおく)さん……」


 困り顔の紀香(のりか)監督の声を、仟(かしら)がさえぎる。一奥(いちおく)は「ん?」と返事をし、仟(かしら)と目が合った。

 
 紀香(のりか)監督は「フッ」と笑顔で座り、脱がされたユニフォームをたたみ始めた。


 そのユニフォームを見つめながら、仟(かしら)が口を開いた。


「これは、白城(しらき)さんのユニフォームです」

「白城(しらき)の?」


 一奥(いちおく)は、白城(しらき)の名に不穏な空気に変わったベンチを見渡した。そして紀香(のりか)監督は、無言のままたたみ終えたユニフォームを横に置いた。


 三振した鶴岡(つるおか)がベンチに戻ってきたが、状況を把握した鶴岡(つるおか)は複雑な顔のまま無言でバットとヘルメットを片付ける。

 全てをネクストバッターズサークルで見ていた七番2年生の小山田(おやまだ)は、バットを見ながらグリップを強く握って打席へ向かった。


(白城(しらき)……僕は待ってる。また一緒に……野球がしたい!)


 小山田(おやまだ)は、並々ならぬ決意でバッターボックスに立った。


(今度こそ、僕は白城(しらき)に回すんだ!)


 構えた小山田(おやまだ)を、バックネット裏の白城(しらき)はジッと見ていた。


 その目は、去年の夏の大会で白城(しらき)がネクストバッターズサークルから見ていた目と同じだった。


(思い出すな……去年の夏の大会二回戦。二番の小山田(おやまだ)と三番の俺は、最終回ツーアウトから一点差を追っていた。ミートの天才だった小山田(おやまだ)は、俺と共に1年でレギュラーを獲得したっけな……)


“僕が出て白城(しらき)に回す!サヨナラツーラン頼むよ!”


(お前はそう言っていたが、痛烈なサード強襲の打球がお前を最後のバッターにした。猛然と突っ込んだ一塁へのヘッドスライディングは、今でも鮮明に覚えている。出ろよ!小山田(おやまだ))


 白城(しらき)は、無意識にバックネットを右手で掴んだ。だがその想いに反し、小山田(おやまだ)はあの日の壁に苦戦していた。


「ファール」

「くっ」


 必死に食らいつく小山田(おやまだ)を真剣に見つめる白城(しらき)。

 二人の姿に、西島(せいとう)ベンチは目を奪われていた。


(どうして小山田(おやまだ)さんは、こんなに必死なの?)


 紀香(のりか)監督の前でバッターボックスへと振り向いていた仟(かしら)の視界に、たたまれたユニフォームに伸ばされた手が映った。

 仟(かしら)が視線を移すと、キャプテンの神山(かみやま)がユニフォームを手にした。ベンチの誰もがそれに気づいたが、言葉を発する者はいなかった。


 神山(かみやま)は、そのまま一塁ベンチを出てバックネット裏へ向かった。


 コンクリートの上を神山(かみやま)スパイクがカツカツと鳴らす。その音が、小山田(おやまだ)の打席に集中していた白城(しらき)の耳に入って振り向いた。


 神山(かみやま)が持つユニフォームを見た白城(しらき)は、下を向いて大きく息を吐いた。


 白城(しらき)の横で立ち止まった神山(かみやま)は、強く優しい声をかけた。


「お前の野球魂……ここに置いていくぞ……」

「ハッ!」


 再びカツカツと音をたててベンチへ戻る神山(かみやま)の背中を見た白城(しらき)は、目に涙を溜めていた。


「神山(かみやま)さん……くそっ……」


 白城(しらき)は両手を強く握り、歯を食いしばって下を向いた。両目を閉じた瞬間、2つの涙がズボンを濡らす。その時、打球音が白城(しらき)の顔を上げさせた。


 白城(しらき)はすぐに打球へ目をやる。


 快音を残した小山田(おやまだ)の打球は、サード二宮(にのみや)のグローブを強襲した。はじいたボールが前に転がり、二宮(にのみや)は懸命にボールを追いかける。そしてボールを素手で取り、素早く一塁へ投げた。


 小山田(おやまだ)のヘッドスライディングと同時に、ファーストの八木(やぎ)が捕球体勢に入る。


パン! 「セーフ」

「やった……」


 小山田(おやまだ)は呟き、静かに両手でガッツポーズをした。


「小山田(おやまだ)……」


 思わず立ち上がって呟いた白城(しらき)は、神山(かみやま)がベンチに置いたユニフォームを無意識に右手で掴んでいた。


 白城(しらき)が右手をゆっくり開くと、ユニフォームの胸に輝く西島(せいとう)のローマ字が目に映った。


 そしてユニフォームを再び鷲掴みした白城(しらき)は、ダッシュでバックネット裏の階段をかけ上がって姿を消した。


 その姿を、バッターボックスへ向かう遠矢(とうや)が見上げていた。


(白城(しらき)さん……小山田(おやまだ)さんのガッツが、白城(しらき)さんの心を動かしたのか。僕の予定より、一イニング早かったか……)


 七回の裏、ツーアウト一塁。八番の遠矢(とうや)が打席に立った。


 すると、初球・二球目を遠矢(とうや)は見送った。その不気味な姿に、キャッチャーの九条(くじょう)は遠矢(とうや)を見ながら目を細めた。


(無策のはずがない遠矢(こいつ)が、二球目も手を出さない?……そうか、これはバックネット裏の男が来るまでの時間稼ぎ。なら、八回に見せる予定だった球を使う。遠矢(とうや)、お前の思い通りにはさせないぞ!)


 キャッチャーの九条(くじょう)がサインを出すと、ストレートに続いて隠していたボールのサイトに、ピッチャーの松原(まつばら)はニヤついた。


 集中の増した松原(まつばら)が、セットポジションに入る。


(こいつで三振だ!遠矢(とうや))


 投球モーションに入った松原(まつばら)の右腕がサイドから振られる。その姿に、キャッチャーの九条(くじょう)はニヤついた。


(腕の振りはストレートと同じ。だがこれは縦のスライダー……終わりだ!)


 キン……

(なにっ!初めて見た球を当てただと!)

「ファール。カウントノーツー」


 九条(くじょう)が驚きながら遠矢(とうや)を見ると、「ふぅ~」と息を吐いた遠矢(とうや)と目が合った。


「なるほど。僕は相当、君に嫌われてるようだね」


 遠矢(とうや)の笑みに、九条(くじょう)も笑みで返した。


「あぁ。俺はお前が大嫌いだ」

「だよね。でもそれは、僕にとって最高の誉め言葉だよ」


 マウンドへ目を移した遠矢(とうや)は、嬉しそうにバットを構えた。それに応えるように、九条(くじょう)は再び「フッ」と微笑んだ。


(今の俺は、お前を認めている。だからこそ油断はしない。全力で抑えるのみだ!)


 シュート、スライダー、ストレート、縦のスライダーと投げ分ける松原(まつばら)と九条(くじょう)のバッテリー。だが遠矢(とうや)は、必死にカットしていった。


 極限の戦いが続く中、遠矢(とうや)への投球数は二桁に。九条(くじょう)は、マウンドの松原(まつばら)を鼓舞するかのように、サインを出した後ミットを右手で叩いて構えた。


(我慢だ、松原(まつばら)。ここで遠矢(とうや)を抑えれば、この試合で打席が回る事はない。西島(せいとう)打線で一番厄介なのは、コイツなんだ!)


「ファール」

(くそっ、まだ決められないのか……)


 悔しがった九条(くじょう)の目が松原(まつばら)を捉えたその時、九条(くじょう)は眉をピクリとさせた。


(松原(まつばら)が肩で息をしている?……まさか、遠矢(こいつ)の狙いは時間稼ぎではなかったというのか!)


 九条(くじょう)がマウンドの松原(まつばら)を見つめる遠矢(とうや)を見ると、遠矢(とうや)は松原(まつばら)の疲れた様子に満足するかのように細かく頷いていた。


(八回の裏に、ガス欠で球のキレを失った松原(まつばら)から逆転する。七回では、八回からピッチャーを変える隙を与えてしまうからね。梯(かけはし)高校のエースは松原(まつばら)で間違いないけど、松原(まつばら)に劣るピッチャーでも一イニングでは計算出来ない。追い込まれた最終回なら、もっと計算ができない。点差は3……このプランが乱れたなら、七回に一点でも返しておきたい!)


 遠矢(とうや)の集中が増したその時、キャッチャーの九条(くじょう)が立ち上がって振り向いた。


「球審、タイムお願いします」 

「ターイム!」


 すると九条(くじょう)は、マウンドではなくベンチへと歩き出した。


(これ以上粘られるのはマズイ。遠矢(とうや)以外を松原(まつばら)で抑えられるなら……これしかない)


 九条(くじょう)は木村(きむら)監督に訳を話し、ファーストの八木(やぎ)をベンチに呼んだ。


「どうした?九条(くじょう)」

「八木(やぎ)、お前とキャッチャー交替だ。遠矢(とうや)は俺が抑える」


「わかった」


 八木(やぎ)が防具を着ける中、ファーストミットを持った九条(くじょう)がマウンドへ歩きながら叫んだ。


「松原(まつばら)!お前はファーストだ」

「そうか……ふぅ……わかった」


 九条(くじょう)と松原(まつばら)がグローブを交換する。支度を終えた八木(やぎ)がホームへ走る中、三塁ベンチの木村(きむら)監督は険しい表情をしながらマウンドの九条(くじょう)を見つめていた。


(少しずつ……少しずつですが、私のプランが崩れ始めていますなぁ。やはり、このまま逃がしてはくれませんか……)

もう一人の野球バカ

「九条(くじょう)、サインはどうするんだ?」

「八木(やぎ)、お前はキャッチャーに慣れていない。それと、遠矢(あいつ)に下手な小細工は通用しない。ストレートで真っ向勝負だ」


「本気か?ストレートだけで大丈夫なのか?」

「あぁ、ホームランにさえならなければいい」


 九条(くじょう)には、2つの選択肢があったのを木村(きむら)監督はわかっていた。しかし、道は1つだともわかっていた。


 遠矢(とうや)を歩かす。だが九条(くじょう)は、初回に遠矢(とうや)の敬遠に失敗している。



 九条(くじょう)がホームランでなければいいと八木(やぎ)に言ったのは本音だが、遠矢を抑える可能性を逃したくはなかった。


 木村(きむら)監督があえて言わなかったのは、試合はこれからも続くからだった。


 ここで遠矢(とうや)との勝負に逃げていては、成長が止まってしまう。試合にも勝てない。


 木村(きむら)監督は、九条(くじょう)が同じ選択をしたことには喜んでいた。


 そして、ピッチャー九条(くじょう)がマウンドへ上がる。


「松原(まつばら)、後に備えろ。遠矢(こいつ)だけは、俺が片付ける」

「すまない、任せたぜ」


 松原(まつばら)はファーストへ行き、九条(くじょう)は投球練習を始めた。


 豪快なオーバースローから繰り出されるストレートは、強肩キャッチャーの送球そのものだった。捕球した八木(やぎ)のミットが、バチンと音を立てた。


「ほぉ……九条(くじょう)のストレートを、打ってみたくなるな!」

「辞めろ八木(やぎ)。急造ピッチャーのストレートを打っても、なんの自慢にもならないぞ」


「そんなもんかねぇ」


 しかし、九条(くじょう)の投球練習を見ていた遠矢(とうや)の印象は違った。
九条(くじょう)の球は、どことなく一奥(いちおく)のストレートに似ていたからだった。


 それは、スピードやキレという、見える部分の話ではない。ボールに込められた魂という意味だった。

 絶対に打たせない。

 そんな意思を、遠矢(とうや)は九条(くじょう)のストレートから感じていた。


「カウント、ノーツー。プレイ!」


 遠矢(とうや)への初球、なんと九条(くじょう)は振りかぶった。それを見た一塁ランナーの小山田(おやまだ)はスタート。


 だが九条(くじょう)には、関係なかった。


「ファール」


(さすが九条(くじょう)。セットポジションのストレートは、僕に長打があると考えてる。その証拠が、深い外野の守備位置だ。小山田(おやまだ)さんは走れるけど、これではヒットならホームまで戻れない。……モタモタしてると、松原(まつばら)も回復してしまう。時間稼ぎはもう出来ないか……)


 遠矢(とうや)は焦っていた。やはり七回に動いたのが間違いだった。


 後がない状況なら、エースに託すしかない。今が八回なら、九条(くじょう)にその選択させる事ができた。


 だが、懸命な小山田(おやまだ)を責める事は出来ない。結果的に白城(しらき)を動かしたのは、小山田(おやまだ)の姿だったからだ。


 再び九条(くじょう)が振りかぶり、小山田(おやまだ)がスタートする。迷っていた遠矢(とうや)は、カットを選択した。


(しまっ……)

「ストライク、バッターアウト!チェンジ」


 空振り三振。遠矢(とうや)が見せた、わずかな隙だった。


 絶対に打たせない気持ちで投げた九条(くじょう)と、カットで逃げようとバットを出した遠矢(とうや)の、気持ちの差が勝負を決めた。


 遠矢(とうや)が一点でも欲しかった七回の裏は、3点差のままゼロに終わった。すると、ネクストから一奥(いちおく)が声を上げた。


「九条!八回も投げるよな?」

「お前の相手は松原(まつばら)だ」


「ちぇっ。なんだよ、つまんねーの。ん?どうした?遠矢(とうや)」

「一奥(いちおく)。松原(まつばら)のガス欠は、八回のチャンスの予定だったんだよ。だからこの回、1点でも欲しかったんだけどね」


「そっか。松原(あいつ)打ちにくいからな。俺カット苦手だし……」


 そう言いながら、一奥(いちおく)の目に仟(かしら)と要(かなめ)が映った。


「遠矢(とうや)!くのいちがいるじゃねーかよ!」

「一奥(いちおく)。今3点差だよ?僕はガス欠の松原(まつばら)から、二人にはヒットを望んでいたんだ。カットは三振や凡打の可能性が上がるからね。二桁以上投げさせてヒットにするバッターなんて、プロでも極少数だよ?」


「だよなぁ。あの球を完璧にカットするバッターが西島(ウチ)には……あ!」

「そ、白城(しらき)さんだね。八回に僕は、監督に代打を頼もうと思っていたんだよ」


「でもさぁ遠矢(とうや)。白城(しらき)はどっか行っちゃったぞ?」

「着替えに戻っただけだよ。西島高校(ここ)は白城(しらき)さんのお父さんが理事長だよ?庭みたいなものだし、自宅もきっと……」
「遠いわよ?」


 一塁ベンチに下がりながら話していた二人の会話が、紀香(のりか)監督に聞こえていた。


「えー?」
「監督、ちなみにどのくらいの距離でしょうか……」


 遠矢(とうや)は、恐る恐る聞いた。


「車で片道20分ってとこかしら」

「本当ですか!」
「仕方ねぇ。遠矢(とうや)、白城(しらき)抜きで勝つしかねぇな」


「ハァ……お前ら、姉貴にナメられてんじゃねーぞ」


 一塁ベンチの出入り口から聞こえた白城(しらき)の声に、二人は驚いた。白城(しらき)はユニフォームに着替え、手にはグローブとスパイクが握られていた。


「白城(しらき)!お前も忍者か?」

「一奥(アホおく)。俺は入学から夏まで、そこの合宿所で暮らしてたんだよ。置きっぱなしの道具を持ってきただけだ」


 西島(せいとう)高校は、元々は強豪校。遠方からの生徒は合宿所に暮らしていた。


 古豪となった今では通える距離の生徒ばかりになり、自然に合宿所は使われなくなっていた。


 白城(しらき)は通えなくはなかったが、グラウンドで朝練の時間を確保する為、近い合宿所を使っていた。


 野球を辞めた1年の夏から、白城(しらき)は自分の道具をそのまま合宿所に起きっぱなしにしていた。


「なんだ、忍者じゃないのか……」
「悪かったな!」


「ん?その割りには遅くねーか?」

「鍵が開いてたんだよ!」


「は?」

「誰かさんの親切のおかげで、あちこち鍵を探してたんだよ。無駄足踏んだぜ」


「はいはい!白城(しらき)はウォーミングアップ!一奥(いちおく)と遠矢(とうや)は、さっさと抑えて来なさい!」


紀香(のりか)監督は、何事もなかったかのように声をかけた。そして笑顔の一奥(いちおく)が、グローブを手にした。


「よくわかんねーけど、白城(しらき)が間に合ったんだ。行こうぜ!遠矢(とうや)」

「僕はまだプロテクター着けてないよ?」


 遠矢(とうや)がレガースを着ける姿に、一奥(いちおく)が苦笑いしたその時だった。


「なら、俺が捕ってやる。来い!一奥(いちおく)」

「白城(しらき)……アハハ!左手ぶっ壊れても知らねぇぞ!」


「ナメられたもんだぜ……」


 白城(しらき)と一奥(いちおく)は、笑顔でそれぞれ走って行った。その姿を、紀香(のりか)監督は呆れ顔で見ていた。


「全く……白城(しらき)はそのまま試合に出るつもり?ウォーミングアップくらいしなさいよ」

「すみません、監督。すぐ行きますから」


 プロテクターを着け始めた遠矢(とうや)がフォローした。文句を言いながらも、紀香(のりか)監督は遊び場へ向かう白城(しらき)の姿に満足していた。


 そしてそれは、この一ヶ月紀香(のりか)監督が待ちに待った光景だった。


「行くぜ!白城(しらき)」

(いってぇ。一奥(こいつ)、前より速いじゃねーか。なんなんだよ、この球は)


「白城(しらき)、早く返せよ」

「うるせーなぁ、ほらよ!」


「もういっちょ、行くぜ!」


 パーン!


(やべぇな。捕るのは性に合わねぇ。打ち返したくなるぜ……)


「白城(しらき)さん、ありがとうございました」


 支度の終わった遠矢(とうや)に、白城(しらき)はミットを渡した。


「遠矢(とうや)、一奥(いちおく)に言うのはしゃくだからな。お前に言っておく」

「なんですか?」


「……俺が出来なかった事をやりやがって……スゲェ迷惑だぜ……」


 白城(しらき)は、ズボンの後ろポケットに両手をしまいながら、一塁ベンチへ下がっていった。その背中を、遠矢(とうや)は微笑みながら見ていた。


(迷惑ついでに、楽しんでもらいますよ?白城(しらき)さん)「さぁ行こう!一奥(いちおく)」

「うおぉぉぉ!」


 ズバーン!


 白城(しらき)の参加に勢いに乗る一奥(いちおく)と遠矢(とうや)。


 八回は二番の七見(ななみ)から。そして四番の九条(くじょう)へと、打順は回る。