グラウンドに応えろ!|リミット24話

 梯(かけはし)ナインが三塁ベンチへ下がると、ネクストバッターの九条(くじょう)を含め、木村(きむら)監督は全員を集合させた。


「今の君たちでは、あのバッテリーから得点するのは難しいでしょうな」


 不満顔のメンバーもいるが、九条(くじょう)は厳しい表情を崩さなかった。


「九条(くじょう)君、君なら気づいているでしょう」

「えぇ監督。一奥(いちおく)はイップスではありません」


 この言葉に、松原(まつばら)を除く梯(かけはし)メンバーはショックを受けた。キャプテン九条(くじょう)の言葉に皆が悔しがる。唇を噛んだ二宮(にのみや)は、九条(くじょう)をにらみつけた。


「どういう事だ!九条(くじょう)。話が違うじゃねぇか!」

「二宮(にのみや)。お前は二打席目に何も感じなかったのか?」


「それは……だからこれは練習試合だ!公式戦の一奥(いちおく)は……」


 戸惑いながら言葉を詰まらせた二宮(にのみや)に変わり、七見(ななみ)が口をはさんだ。


「優勝から半年の間、もしくは西島(せいとう)高校入学から、一奥(いちおく)はイップスを克服したのかもしれない……九条(くじょう)、そういうことなのか?」

「いや。もしこの試合が公式戦だとしても、結果は同じだ。二宮(にのみや)は三振していただろう。七見(ななみ)、お前の結果も同じだ。一番の五十嵐(いがらし)は、一奥(いちおく)とはこの試合初めての対戦になる。二番の七見(おまえ)から、一奥(いちおく)とは二度目の対戦。この意味はわかるな?」


「くっ……マジかよ」


 奥歯を噛みしめ、七見(ななみ)は中学時代の練習を思い出していた。そして、五番の八木(やぎ)が話し始めた。


「なら九条(くじょう)、今から俺もお前も凡退するのか?」

「そうだ。八木(おまえ)だけではない。梯(かけはし)高校が凡退するのだ」


 自ら弱気な発言をした九条(くじょう)だが、厳しいまま変わらない。九条(くじょう)の目の前に立っている木村(きむら)監督は、その会話を嬉しそうに聞いていた。


(勝つ為の策は、監督が知っている)


 不穏な空気の中、九条(くじょう)と目が合った木村(きむら)監督が静かに話し始めた。


「九条(くじょう)君の言う通りですな。今の梯(かけはし)高校では、西島(せいとう)高校には勝てないでしょう。ですが、私はそれでもいいと思っています。今の君たちには、何が足りないのでしょうか?それを知るのが、この試合の勝利よりも大切な事ですな」

「監督。お言葉てすが、俺たちに足りないものとは何ですか?」


「九条(くじょう)君、それはこのグラウンドが知っています。そして、一奥(いちおく)君がイップスではないとわかれば十分ですな。後は、君たち次第です」


 話し終えた木村(きむら)監督は、ベンチへ振り返った。その表情は、とてもにこやかなものだった。


(ダメかもしれないと思いましたが……西島(にしじま)理事長、いい報告が出来そうです)


 どうすればいいのか梯(かけはし)ナインが戸惑っていると、口を開いたのはピッチャーの松原(まつばら)だった。


「九条(くじょう)、具体的な策はないのか?」

「今はない。だか、俺たちに打てない球はない」


「なぁ、変な言い方は辞めてくれ……」


 すると、九条(くじょう)は突然「ハハハ」と笑い出した。


「おい九条(くじょう)。ぶざけてんじゃねぇぞ!」

「松原(まつばら)。ぶざけてなどいない。俺は……いや、俺たちは今のお前の球も打ってみたいと思っているんだ」


「九条(くじょう)……」


 微笑みながらバットを持った九条(くじょう)は、打席に向かった。その背中を見ていた松原(まつばら)は、ため息をついた。


「仲間だろ……策どころかますますわからねぇ……」


 しかし、九条(くじょう)の言葉を聞いた元 上橋(じょうばし)中のメンバーたちは、次々に笑い出した。松原(まつばら)の肩をポンと叩き、五十嵐(いがらし)が嬉しそうに言った。


「松原(まつばら)。どうやら俺たちはさ、今思うと上橋(じょうばし)中時代に野球バカのクセが移っちまってるんだ。だから松原(おまえ)と梯(ここ)で一緒になった初日に、勝負勝負と言ったんだろうな」

「五十嵐(いがらし)……あれは俺が自信をなくすだけだったぞ?半年前の全中でも打っただろ?」


「だから九条(くじょう)も謝った。とにかく俺たちは、すげぇピッチャーの球を打つのが大好きなんだよな」


 五十嵐(いがらし)の笑顔を目にした松原(まつばら)は、微笑みながら目を閉じた。


(俺がすごいピッチャーだと!?)「フフッ、そうか……なら五十嵐(いがらし)。試合が終わったら一奥(あいつ)の代わりに俺が相手になってやる。サイドスローの俺がな!」


「面白れぇ。ぜってぇ打つ!」


 右拳を松原(まつばら)に向けた五十嵐(いがらし)の手を、八木(やぎ)が掴んだ。


「五十嵐(いがらし)、そういう話なら俺が先だ!俺が松原(まつばら)を打つ!」

「はぁ?ダメだ八木(やぎ)!俺は一番バッターだからな。っていうかお前ネクストだろ。その前に一奥(いちおく)の球をぶっ飛ばしてこいよ!」


「なにぃ!」

『アハハ!!』


 梯(かけはし)ベンチ前が騒がしい中、球審にせかされバッターボックスに向かう九条(くじょう)を見ていた一塁側の紀香(のりか)監督は、その奥にいる木村(きむら)監督と目が合った。紀香(のりか)監督は、微笑む木村(きむら)監督に笑顔で応えた。


その時、対戦が待ちきれない一奥(いちおく)とキャッチャーの遠矢(とうや)は、マウンドから三塁ベンチを見ていた。


「遠矢(とうや。)あいつら、なんか急にうるさくなってきたな」

「一奥(いちおく)。一応言っておくけど、これは試合だからね?」


「なっ!?わかったよ……」

「リードは僕が出す。後は一奥(いちおく)が決める方がいい」


「ん?遠矢(とうや)のサインに首振っていいのか?」

「その代わり、遊ばないと約束してよ?そもそもあれは……」
「わかってるって!」


 一奥(いちおく)は遠矢(とうや)の背中をホーム方向へ押した。


「っと……じゃあ頼むね!一奥(いちおく)」

「あぁ!」


 遠矢(とうや)がホームへ戻る時、マウンドの一奥(いちおく)に三塁ベンチから声がかかった。それはそれは、一奥(いちおく)にとって懐かしく嬉しい言葉だった。おもわず一奥(いちおく)は、元仲間の姿に微笑んだ。


「さぁ勝負だ!一奥(いちおく)!!」
「今日こそぜってぇ打つ!」
「勝ち逃げは許さねぇからな!」


「ああ!打てるもんなら打ってみろ!半年経っても返り討ちだ!」


 野球で失ったものを野球で取り返す。一奥(いちおく)の目は、普段のやる気に戻っていた。ホームに座った遠矢(とうや)は、横目で木村(きむら)監督の様子を伺った。


(木村(きむら)監督。生まれ変わった西島(せいとう)野球で勝負します!)


 そして、同じくここからが本番だと気合いを入れ直した表情の九条(くじょう)が、左打席に立つ。キャッチャーの遠矢(とうや)が視線を移すと、九条(くじょう)へ静かに芯のある声を送った。


「九条(くじょう)、真っ向勝負だ」

「当然だ。この礼は、試合でさせてもらう」


「望むところだよ。しばらく点は動かないはずだったのに、木村(きむら)監督が動いたからね」

「フッ……やはりそのつもりだったようだな」


 九条(くじょう)は、マウンドの一奥(いちおく)を見ながら構えた。


「こい!一奥(いちおく)。寝ぼけたクロスファイヤーを、俺に投げるなよ」

「当たり前だ!行くぜ、九条(くじょう)」


 一奥(いちおく)が勢いよく振りかぶった。


「うおぉりゃー!」

打てない球の探り合い

「むっ!」(インコースのストレート!俺の得意コースだと?)


 眉間にシワを寄せた九条(くじょう)がフルスイングに入った。


「ナメるなぁ!」

 カキーン!パシッ


 九条(くじょう)の当たりはセカンドライナー。あらかじめ一・二塁間に守っていた仟(かしら)の正面だった。


「ナイス!仟(かしら)」


 マウンドの一奥(いちおく)が右手のグローブを仟(かしら)に向けた。仟(かしら)はヒョイっとボールを返した。


「一奥(いちおく)さん、遠矢(とうや)さんはドSですか?」

「はぁ?」


「いえ、何でもありません……ワンアウトー!」


 ボールを取りながら一奥(いちおく)は首を傾げ、照れながら外野へ振り返った仟(かしら)は人差し指を上げた。


(一球で四番を抑えたけど、遠矢(とうや)さんのリードが大胆すぎる。投げた瞬間右へ走れ……か)


 構えた仟(かしら)が、振りかぶった一奥(いちおく)を見つめる。そして、チラッとキャッチャーの遠矢(とうや)を見た。


(今度はノーサイン……定位置のまま……)


 続く五番の八木(やぎ)に対して、遠矢(とうや)はまたインコースのストレートを要求。そして一奥(いちおく)が投げた。


 ガキン
「しまった!」


 つまった八木(やぎ)の当たりは、ふわりと上がってまたもセカンドの仟(かしら)へ。


「アウト」


(また私の所。遠矢(とうや)さんは狙ってるはず。だけどインコースばかり攻めるのはなぜだろう……ん~)


 仟(かしら)が不思議そうに一奥(いちおく)へボールを返すと、今度はキャッチャーの遠矢(とうや)が人差し指と小指を立てて元気に叫んだ。


「オッケー仟(かしら)。一奥(いちおく)、ツーアウト」

「おう!」


 その声に頷いたマウンドの一奥(いちおく)は、仟(かしら)からのボールを取って足下のロジンを拾った。


(仟(かしら)は不満そうだけど、俺はこの遠矢(とうや)のこのリード、結構好きなんだよな)


 ロジンを置いた一奥(いちおく)がサインを見ると、遠矢(とうや)は六番の三好(みよし)に対してまたもやインコースのストレートを要求した。


 パーン!「ストライク」

「チッ……」


 悔しがる三好(みよし)をキャッチャーの遠矢(とうや)は、ボールを一奥(いちおく)に返しながらふ~んと見ていた。


(今のが空振り……一奥(いちおく)、同じ球をボール半分甘く)


 遠矢(とうや)のサインに、一奥(いちおく)が頷く。


(キラーリードか……村石(むらいし)先輩に怒られるぜ?遠矢(とうや))


 ニヤついた一奥(いちおく)が振りかぶり、二球目を投げた。


「うりゃー!」

 ガキン


 またもつまった当たりは、ショート神山(かみやま)の正面へ転がった。


「任せろ!」


 軽快にさばいた神山(かみやま)のプレーを見ながら、一塁側のカバーへ走っていた遠矢(とうや)はホーム付近へ戻ってマスクを拾う。そして、「ふぅ」と一息ついた。ベンチへ戻る途中、一奥(いちおく)が近づいてくる。


「遠矢(とうや)。感触はどうだ?」

「そうだね。一奥(いちおく)が相手の得意コースを知ってるから、なんとかなってるよ」


「こっちはヒヤヒヤするけどな?」

「そんなに楽しそうなのに?」


「アハハ!」


 ベンチへ戻る二人の様子を、キャッチャーの九条(くじょう)が厳しい表情でホームへ向かいながら見ていた。


(あえてバッターの得意なコースに投げ、打ち取る事で相手に精神的ダメージを与える策か。普通は苦手なコースで勝負するが、苦手なコースは見送られる可能性が高い。得意コースは打たれる危険が高いが、打ち取った時のダメージは苦手なコースの何倍にもなる。そして、何より球数を抑えられる)


 ピッチャー松原(まつばら)の球を受けた九条(くじょう)は、一・二塁間を見た。


(俺の打席、仟(セカンド)は右に走っていた。初球を空振りした三好(みよし)への二球目は、インコースいっぱいではない甘めの球。この回、結局あのバッテリーは四球で梯(オレたち)打線を抑えた事になる)


 ボールバックした九条(くじょう)が、二塁へ送球。内野がボールを回す中、座った九条(くじょう)は地面の砂を強く握った。


(全て遠矢(とうや)の計算通りだ。一奥(いちおく)は、腕の振りと球速が矛盾している。わずかにタイミングを外し、俺たちはバットの芯を外された。だが、次は仕留める!)


 二回の裏、西島(せいとう)高校も四番の杉浦(すぎうら)から。打席に立った杉浦(すぎうら)は、仟(かしら)と神山(かみやま)から松原(まつばら)の球を聞いてはいたが、構えながら上へと目を泳がせていた。


 その姿に、ベンチに座る一奥(いちおく)と隣に座る仟(かしら)は、苦笑いしていた。


「仟(かしら)、今の説明で杉浦(すぎうら)先輩はわかったのか?」

「多分、ですけど……」


「やっぱさー、杉浦(すぎうら)先輩に頭を使えって言う方が無理なんじゃないか?俺なら三回振れば一回は当たるよ!って言ったけどな」

「一奥(いちおく)さん、それはあまりにも……」

 カキーン! 「え!?」


「ほれ!いったぜ!」



 二人は腰を浮かせた。


「ファール」


 打球は三塁側の林間に消え、一奥(いちおく)は嬉しそうに指をパチンと鳴らした。


「おっしぃ。いいぞー、杉浦(すぎうら)先輩」


 叫んだ一奥(いちおく)が腰を降ろすと、先に座った仟(かしら)が下を向いている事に、一奥(いちおく)が横目で気づいた。


「どうした?仟(かしら)。いけそうじゃねぇか?」

「その……一奥(いちおく)さん。さっき言った一回は、もう終わりましたけど」

「おぉ…だな……」


 二球目・三球目、杉浦(すぎうら)は豪快に空振りした。


「ストライクバッターアウト!」


 悔しそうにベンチへ戻る杉浦(すぎうら)。すると一奥(いちおく)は、ネクストの村石(むらいし)に何事もなかったかのように声をかけた。


「よし、村石(むらいし)先輩頼むぜ!」


 そんな一奥(いちおく)の姿に、隣の仟(かしら)はホッとしていた。


(もう大丈夫そうですね。一奥(いちおく)さん……)


 だが、村石(むらいし)・鶴岡(つるおか)共にヤマをはって狙いに行ったが、バットはことごとく空を切った。


「スリーアウト!チェンジ」

「よっしゃー、しまって行こうぜ!」


 一奥(いちおく)が元気よくベンチを飛び出し、仟(かしら)も微笑みながら二塁へ向かった。


 三回表、九条(くじょう)は遠矢(とうや)のキラーリードをメンバーに伝え、七番の六川(ろくがわ)はオープンスタンスで構えた。その姿に、ベンチに座る九条(くじょう)は頷いた。


(それでいい。ここで遠矢(とうや)が逃げるリードをするなら、一奥(いちおく)を捉えるのは時間の問題だ)


 九条(くじょう)の思惑通り、キャッチャーの遠矢(とうや)はインコースに構えた。ストレートを投げた一奥(いちおく)の球を見た打席の六川(ろくがわ)は、ニヤリと微笑みながらスイングに入った。


(来た!インコースのストレート!)「もらったぜ!一奥(いちおく)」


 カキン


 捉えた打球は、サード村石(むらいし)の正面へのゴロ。ガッチリ捕った村石(むらいし)は、一塁の杉浦(すぎうら)へ送球した。


「アウト」

「くっそー!」


 悔しがり、ベンチへ戻ってきた六川(ろくがわ)は九条(くじょう)の下へ来た。


「九条(くじょう)の言った通りだった。得意コースもスイングも完璧。なのに捉えきれないって事は、わずかにタイミングがズラされてるのか?」

「そうだ。あの球は矛盾しているが、他にも一奥(いちおく)が何かをしている。お前の打球もバットの先だったな」


「くっそ。腑に落ちないな」


 八番の四本(よつもと)が打席に立ち、九条(くじょう)はマウンドの一奥(いちおく)を見つめた。


(チェンジアップではない……そしてスプリット回転でもない。ストレートにあれだけ腕を振っているが、わずかに予測が外される。一奥(あいつ)は一体なにを投げているんだ……)


 カキン「くそっ!」


 四本(よつもと)も同じように打たされ、ピッチャーフライとなった。打球が上がった瞬間ネクストから立ち上がった松原(まつばら)は、ベンチの九条(くじょう)の下へ歩いてきた。


「九条(くじょう)。ピッチャーの俺がじっくり見極めてやる。必ずお前らに情報を持ってくる」

「あぁ。頼むぞ、松原(まつばら)」


 気合いの入った表情で、松原(まつばら)は打席へ向かった。右バッターボックスで足場を作りながら、松原(まつばら)はキャッチャーの遠矢(とうや)を挑発した。


「俺にもタイミングの合わないインコースを投げろ!見極めてやる」


 松原(まつばら)の険しい声に対し、遠矢(とうや)はサラリと普通に返した。


「初球から打ってくれれば、この回三球で終わるんだけど……」

「それは無理な相談だな。キッチリ三球見せてもらうぜ」


 構えた松原(まつばら)を見ながらサインを出した遠矢(とうや)は、微笑みながら呟いた。


「それは残念だね……」


 振りかぶった一奥(いちおく)が初球を投げる。ボールを見送るバッターの松原(まつばら)は、構えたまま眉を上げた。


(なるほど。わずかだがタイミングが早い……)


 見逃した松原(まつばら)は、バットを下ろして遠矢(とうや)のミットを見た。


「俺にはアウトコースか。まあいい」


 遠矢(とうや)は無言で返球し、松原(まつばら)は厳しい表情のまま構えた。


 予告通り、松原(まつばら)は二球目も見逃す。カウントはツーストライクとなった。


(また外……そしてタイミングが微妙に合わない。外は伸びず、内は伸びるって訳か。だがこの球は間違いなくストレート……ストレート!?)


 構えようとした松原(まつばら)が、閃いた表情でバットを下げて遠矢(とうや)を見た。


「遠矢(とうや)、この球はツーシームか?」

「……そうだね……正解なら教えるけど、縫い目は関係ないよ」


 松原(まつばら)が構えた。


(ツーシームではないだと?だがあの目は嘘を言っていない……)


 すると三球目、サインを見ていた一奥(いちおく)が松原(まつばら)に話しかけた。


「なぁ松原(まつばら)、このまま見逃し三振でいいのか?」

「黙れ!俺はインコースのホームランボールを待ってるんだ!」


「そっか……」


 一奥(いちおく)が振りかぶった。


「そいつは残念だったな!」


 投じられた球に、再び松原(まつばら)の眉が上がった。


(見極めろ……ハッ!)

「バッターアウト、チェンジ」


「フッ……」(なるほどな。わかったぜ、九条(くじょう))


 打席に立ったまま、松原(まつばら)は両腕と頭を下げながらニヤリと笑った。遠矢(とうや)は、サード村石(むらいし)へボールを投げながら、その顔を見ていた。


(松原(まつばら)が笑った。このリードもそろそろ限界かな……)


遠矢(とうや)はベンチへ戻ると、一奥(いちおく)を呼んだ。


「どうした?遠矢(とうや)」

「松原(まつばら)は気づいたよ」


「そっか。で、どうするんだ?それでも変えないんだろ?」

「本気なの?一奥(いちおく)」


 プロテクターを外した遠矢(とうや)は、しゃがんでレガースを外し始めた。一奥(いちおく)はベンチにグローブを置き、その上に帽子を置いた。


「あぁ。さっきからあまりに暇で、グローブの使い方を忘れてる野手がいるからな」


 一奥(いちおく)は、センターから頭にグローブを乗せたままベンチへ走ってきた要(かなめ)へ振り向いた。右のレガースを外した遠矢(とうや)は、左のレガースを外しながら一奥(いちおく)に視線を合わせた。


「一奥(いちおく)、気づいてたんだね?」

「まぁな」


 二人の視線に気づいた要(かなめ)が、目を丸くした。


「ん?何かあった?一奥(いちおく)ん」

「要(かなめ)、それそれ」


 一奥(いちおく)が笑顔で要(かなめ)の頭にあるグローブを指差すと、要(かなめ)は左手でグローブを押さえて笑った。


「あー!アハハ」

「よく仟(かしら)に怒られなかったな?」


「ん?それは大丈夫。仟(かしら)がこっち見たらね……」


 イタズラ顔をした要(かなめ)は、右手で髪をサッとかきあげるように頭のグローブをはめた。


「おぉー!すげぇ」

「えへへ」


 要(かなめ)は、笑いながら再びグローブを頭に置いた。


「ほれっ」


 一奥(いちおく)が持っていたボールを要(かなめ)にトスをすると、サッとグローブをはめて「おっと!」とボールを捕った。


『おぉーー!』


 レガースを外し終え、立ち上がった遠矢(とうや)と一奥(いちおく)が喜んだ瞬間、ベンチから仟(かしら)の声が飛んだ。


「おぉー!ではありません!全く……遠矢(とうや)さんはネクストです。一奥(いちおく)さんはあのサイドフォークを何とかしてください!」


 ふくれ顔の仟(かしら)に、一奥(いちおく)は両手を後頭部に回して微笑んだ。


「な~んだ。仟(かしら)気づいてるじゃん」

「気づいていませ………」


 叫んだ仟(かしら)の声がフェードアウトしながら、その目が泳いだ。眉を上げた視線は、笑顔の遠矢(とうや)を捉えた。


「フォーク?ですか!」

「そう、狙いはそれだよ」


 遠矢(とうや)はマウンドの松原(まつばら)を見た。


「仟(かしら)。この回、均衡を崩そう」