リミット2話 最後のセレクション

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(秋に一回戦で負けたとはいえ、彼はホームランを打っている。バッティングはチーム1。最後とは言ったけど、結果的にもセレクションは終了よ……)

 紀香(のりか)は口元を緩めながら、バッターボックスに立つ杉浦(すぎうら)を見つめていた。マウンドの一奥(いちおく)が投球モーションに入ろうとしたその時、紀香はあどけなさが残る声に視線を右へ上げた。


「すみません、先生。キャッチャー交代しても構いませんか?」

 そこには、細身の少年が笑顔で立っていた。

「あなたは?」

「田坂遠矢(たさかとうや)です。僕もセレクションお願いします」

 少年は、帽子を取って軽く頭を下げた。すると、ベンチのやり取りに気づいた一奥がピッチャープレートを外した。

「あれ?遠矢じゃないか!」

 嬉しそうに叫ぶ一奥に、振り返った遠矢はニコリとした。

「久しぶりだね!一奥」

「あぁ!全然気づかなかった。いつこっちに帰って来たんだ?」


 嬉しそうに一奥がマウンドから一塁ベンチへ歩きだそうとしたその時、紀香の声に一奥は足を止めた。

「一奥!あなたはそこにいなさい」

「へ?」

 つまらなそうに一奥はマウンドへ戻る。紀香は一息つくと、遠矢を見ながら足を組み直した。

「あなた、一奥と知り合いみたいだけど、セレクションを見ていたわよね?なぜこのタイミングなのかしら?」

 少し苛立つ紀香の声に、遠矢は苦笑いをした。

「いえ、特に理由はありません。僕は彼と小学生の頃にバッテリーを組んでいただけですから。中学では離れましたけど、僕は彼の球を受けてる時が一番楽しかった……ただそれだけです」


「そう……」


 特に興味なく返事をした紀香だったが、ファイルを開いて田坂遠矢(たさかとうや)のデータを確認した。

(中学では離れたと言ってたわよね……ん?この子アメリカの学校に?さっきの言葉から、野球は続けていたわよね。キャッチャーという事は、アメリカ人の球を捕っていた。でもそれはつまらなかった……)

 紀香の口角が広がる。

(普通に考えても、レベルはアメリカの方が上……面白そうね)


 閉じたファイルをベンチに置くと、紀香はベンチの様子を伺っていたキャッチャーへ交代を告げた。

「遠矢、準備しなさい」

「はい!ありがとうございます」


 遠矢はレガースにプロテクターと、キャッチャー用の防具を着け始めた。その姿を、紀香はじっと見ていた。


(二人は小学生時代のバッテリー。一人は全中制覇。一人はアメリカで本場の野球をしていた。遠矢のリードであの一奥のピッチングがどこまでかわるのかはわからないけど……まぁ、お手並み拝見ね)

 準備を終えた遠矢が走ってマウンドへ行く。一奥は、笑顔で出迎えた。

「遠矢、なんで連絡くれなかったんだよ」

「ごめんごめん。日本とアメリカの入学時期がずれててね。中三の卒業見込みをもらうのに苦労してたんだよ」


「勉強の話か……」

 一奥は、苦笑いで頬をかいた。

「それよりさ、アメリカは面白かったか?」

「そうだね。抑えるのに苦労したよ」

 二人はそれぞれの三年間を思い出すように、薄暗くなりかけていた空を見上げた。

「苦労かぁ……俺もうまく行かなかったよ。遠矢の凄さがよくわかった三年間だったな」

 二人は目を合わせると、互いに笑った。

「それで遠矢。今から助けてくれるんだろ?」

「どうかな?自信はあるけどね」


「サインはどうする?」

「最低3つでしょ?」


「当たり前だろ!」

「はははっ。変わらないね、一奥。なら、ストレートにスライダー。後はスプリットでいい?」

 一奥は腕を組むと、素振りを繰り返すバッターの杉浦を見た。


「ふ~ん、あのバッターはその3つか」

「じゃ、行こう!」


「おう!」


 遠矢は、一奥に右手を上げながらホームへ向かった。笑顔で走る遠矢に、バッターの杉浦は気合いの入った表情で睨みつけた。

「おい、キャッチャー。俺を抑える作戦は決まったか?」

「えぇ、まぁ」

 マスクを着け、座った遠矢が右バッターボックスに立つ杉浦を見ると、その構えは自信とオーラで満ちていた。だが遠矢に焦りはなく、逆にワクワクしていた。

(さてと。セレクションに遅れたおかげで、一奥の現状は把握できたからね。まずはこれで)

 キャッチャー遠矢のサインに頷いた一奥が振りかぶる。
そして、運命のセレクションが始まった。ピッチャーの一奥は、遠矢の構えるミットめがけて左腕を振った。

「でやっ」

 シューとボール回転音がうなる。打つ気満々の杉浦は、初球から反応した。

(インハイのストレート!ナメるなぁ!)

 巨体を揺るがし、杉浦のバットはカキーンと快音を残した。

『いったぁ!』

 盛り上がる三塁ベンチの野球部メンバーたち。しかし、惜しくも打球はファールとなった。

「おっしい」
「さすが杉浦だな」
「まぁ、次はレフトスタンドさ」

 大ファールを見ていたバッテリーだったが、二人には笑みがあった。それはまるで、小学生時代を思い出すような表情。そして、互いの成長を喜ぶ顔だった。


(さすが遠矢。俺ならホームランで終わってたな!)

 遠矢から返されるボールを、一奥はパチンとグローブを振りながら取った。


(さすが一奥。ナイスボールだ!次はこれで)

 遠矢が二球目のサインを出す。それを見ている一奥は、早く投げたくてウズウズしていた。


(へぇ~、やっぱり遠矢は面白れぇ)

 二人がサインを確認する中、バッターの杉浦も一奥を見ながら「フン!」とニヤついていた。

(初球はインハイのストレートだった。どんなキャッチャーかと思ったが、俺には通用せん!あのファールの後は、お決まりの外。球種はスライダーだ!)

 しかし、投じられた球を見た杉浦の上半身は、後ろへと引かされた。

(くそっ。インコースのスライダーだと!?)

 豪快な空振りと共に、遠矢のミット音がグラウンドへ鳴り響く。「ストライクツー」という審判のコールを聞きながら、杉浦は唇を舐めた。


(このキャッチャー、強気のリードか。完全に裏をかかれたな……)

 追い込まれたが、杉浦は余裕の表情で構えた。だが、キャッチャーの遠矢は杉浦が見せた空振り直後の表情を見逃さなかった。


(なるほどね。それなら……)

 遠矢からのサインが出ない。一奥が首をかしげると、遠矢はマスクを外した。

「あのー、先輩」

「ん?なんだ」

「次の球がラストなんですけど、三振する球と、三振するかもしれない球。どちらがいいですか?」

 杉浦は
「なにっ!?」と怒りをあらわにし、構えを解いて振り返った。

「貴様、追い込んだだけで勝ったつもりか!」

「いえ、そんな余裕はありませんよ。ただ、投げられる球種が後一つしかないんです」

 すると、杉浦は「ガハハ」と豪快に笑った。それと同時に、杉浦は遠矢の潔さを気に入った。

「それなら、ホームランになる球を投げさせろ!」

「ホームラン?ですよね……では、インハイでどうでしょう?」


「大好物だ!」

 勝負とは言えない、キャッチャー遠矢の無謀な提案。それを受けたバッターの杉浦。
そして、一奥がサインに首を縦に振り、投球モーションに入った。


「お前の限界は、俺が超える!」