伝統を作りし者と受け継ぐ者|リミット13話


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「紀香(のりか)監督、お久しぶりです」

「えっ!?」

 聞き慣れた声を耳にした紀香(のりか)監督は、驚きながら振り向いた。一塁ベンチの入り口から響いたその声は、とても懐かしいものだった。

「木村(きむら)……さん?」

 そう言った紀香(のりか)監督だったが、帽子を見てそれは間違いだと気づいた。

「まさか、梯(かけはし)高校の監督になられたのですか?」

「えぇ」

 木村(きむら)監督は、照れるように答えた。

「西島(にしじま)理事長に声をかけて頂きまして。メンバーは全員1年生ですので、私も新人監督の気分ですな。」

 するとそこへ、木村(きむら)監督の姿に気づいた一奥(いちおく)と遠矢(とうや)が嬉しそうに走ってきた。

「木村(たぬき)監督じゃん!」
「お久しぶりです」

「ホホッ。二人とも、大きく成長しましたなぁ。いよいよスタートですな?」

「おう!」
「はい!」

 すると、元気に返事をした一奥(いちおく)がイタズラ顔で笑う。

「にしてもさぁ。その帽子を被ってるって事は、まだ現役なんだろ?」

 一奥(いちおく)は、自然に心拍数が上がっていた。木村(きむら)監督のタヌキっぷりをよく知っているからだ。

 そんな一奥(いちおく)を見た木村(きむら)監督は、ストレートに期待に応えた。

「一奥(いちおく)君には敵いませんなぁ。実は今日、来月ここで練習試合をお願いしたいと思いましてな。それで西島(せいとう)に来たのですよ」

「おー!」

 やはりと興奮する一奥(いちおく)。そして木村(きむら)監督は、優しい目で紀香(のりか)監督を見た。

「良いですかな?紀香(のりか)監督」

「もちろんです!」

 応えたのは、紀香(のりか)監督ではなく遠矢(とうや)だった。

 紀香(のりか)監督はベンチからスッと立ち上がると、三塁ベンチに向かって気の入った声を出した。

「神山(かみやま)君!来月ここで、梯(かけはし)高校と練習試合をするわよ!いいわね」

「はい!お願いします!」

 神山(かみやま)は、帽子をとって一塁ベンチへ一礼した。元教え子たちの姿を見た木村(きむら)監督は、帽子をとって軽く頭を下げて応えた。

「紀香(のりか)監督。私は、胸を借りるつもりですから」

「そうかしら?」

 腕を組んで凛と立つ紀香(のりか)監督は、首を傾けながら木村(きむら)監督を見た。

「ホホッ。ではまた、失礼致します」

 再び木村(きむら)監督は軽く頭を下げて帽子をかぶり、30年間共にしたベンチに懐かしい記憶よぎらせながら去っていった。

 一奥(いちおく)と遠矢(とうや)は、バックネット裏の階段を登る木村(きむら)監督の背中を嬉しそうに見送っていた。

 その姿が見えなくなった時、紀香(のりか)監督が選手たちに向かって話し始めた。

「あなたたち。木村(きむら)前監督をキッチリ返り討ちにするわよ!向こうは全員一年生。でも、間違いなくチームは強い。本気で勝ちに行きなさい!」

『はい!』

 三年生15人、二年生12人、一年生の一奥(いちおく)と遠矢(とうや)、そして同じく1年生の仟(かしら)と要(かなめ)。

 彼ら新生西島(せいとう)野球部の初戦が、こうして決まった。

 

 西島野球部の練習が再開される中、校舎の屋上からグラウンドを見つめる一人の男がいた。しばらくして、その男に声をかける人物が現れた。

「西島(にしじま)理事長、色々とありがとうございました」

「ん?」

 男が振り向くと、そこには先程グラウンドに来た木村(きむら)前監督が笑顔で立っていた。

「フフッ。ですから、今はあなたの理事長ではありませんよ?木村(きむら)監督」


「ホホッ、そうでしたなぁ。では失礼ながら、西島(にしじま)君と呼ばせて頂くとしますかな」

 帰ったはずの梯(かけはし)高校監督の木村(きむら)と、その教え子であり、現西島(せいとう)高校理事長の西島一(にしじまはじめ)の二人は、並んでグラウンドを見下ろし始めた。

「それよりどうですか?新しい環境には慣れましたか?」

「お陰様で、毎日楽しく過ごしておりますよ。あの子たちが、昔のあなたたちと重なる程充実しております」


「それはそれは。よい話が聞けて、私も喜ばしい限りです」

「ですが西島(にしじま)君、先程の話は本当なのですか?」


「えぇ、本当です。来年度から、梯(かけはし)高校と姉妹校になると決定しましたので」

「なんと!?まさか、そのような理由があったとは……」


「ですから、今年度から共学となったこれからの梯(かけはし)と西島(ウチ)とでは、どちらの野球部に力を入れるかなど比べるまでもありません」

「そうかもしれませんが、あまりにも時期早々ではありませぬか?」


「木村(きむら)監督。元々3年のリミットと決めた廃部が、2年早まっただけの話ですよ。今年の夏で、西島(せいとう)野球部は廃部にします。西島(ウチ)の生徒に希望者がいれば、梯(そちら)に転校してもらう予定です」

「そうですか……私に経営の話はわかりませんが……そうです!紀香(のりか)監督はこの話をご存知なのですか?」

「えぇ、知っています。納得はしていませんがね……。ですから条件を出したのです。新チームの初戦で勝てないのなら、この夏で野球部は終わりだと」


「ハッ!」

 突風に襲われた木村(きむら)監督の帽子が後方へ飛び、西島(にしじま)理事長のスーツはネクタイが流される程バサバサと音を立てた。


(だから初戦に私が監督の梯(かけはし)高校を……あえてお選びになられたのですね……)


 風が弱まり、西島(にしじま)理事長は木村(きむら)監督の帽子を拾いに行く。軽く払った帽子を両手でそっと前へ出すと、受け取った木村(きむら)監督は、梯(かけはし)高校の監督に推薦された真意とも思える言葉を耳にした。

「不思議なものですよ。私は3年で廃部と決めました。木村(きむら)監督を梯(かけはし)高校の監督に推薦したのも、私なりの恩返しです。そして、娘の紀香(のりか)が監督として前向きになったこのタイミングで、今回の姉妹校の話。これはもう、運命と言うしかありません。やるなら初戦だと。でなければ、周囲は納得しないでしょう」

 西島(にしじま)理事長の切なそう声を、木村(きむら)監督はジッと聞き入っていた。  

「ならば私は、あなたの教え子として見届けたい。かつて闘将と呼ばれた木村(きむら)監督に、もう一度限界を超えて欲しい。そして伝統を受け継いだ紀香(のりか)との試合を、前西島(せいとう)野球対現西島(せいとう)野球のドリームマッチとして楽しみたい。そう、思っています」

 夕焼け空の下、西島(にしじま)理事長の言葉は木村(きむら)監督の心に火をつけた。木村(きむら)監督は、いつしか七三(しちさん)となっていた髪型を、手ぐしでオールバックにしてから帽子を被った。

 西島(にしじま)理事長の目に映ったその姿は、かつて共に常勝を築いた闘将の姿と重なって見えた。


“西島(にしじま)!!”


「!!」

 西島(にしじま)理事長は、木村(きむら)監督の勝負師の目から幻聴を聞いた気がした。それはまさに、当時の師弟の呼び名だった。

「西島(にしじま)君、どうされましたかな?」

 いつもと変わらない木村(きむら)監督の声に、西島(にしじま)理事長は微笑みながら目を閉じた。

「試合、楽しみにしてますよ。木村(きむら)監督」

「わかりました。私にも、梯(かけはし)野球部監督を請け負った責任があります。廃部と決めた西島(にしじま)君の立場の為に、負けるわけにはいかないですな。複雑ですが、全力の恩返しを約束しましょう」


「それでこそ、我が恩師ですよ」

 ガッチリ握手をした二人は、そのまま無言で屋上を後にした。

ここまでのあらすじ

 去年秋の一回戦負けから、西島(にしじま)理事長は野球部廃部を決めた。そして3年のリミットを、娘の紀香(のりか)に託した。

 紀香(のりか)は嫌がっていたが、周囲は理事長の娘という理由で納得した。古豪の終わりにふさわしいと。

 だが、彼らとの出会いで紀香(のりか)自身は変わってしまった。周囲を納得させる結果を出し、野球部を存続させると。

 しかし、野球部以前に高校の存続も怪しくなってしまった西島(にしじま)理事長は、梯(かけはし)高校との合併も視野に入れた姉妹校の話を断れなかった。

 環境が変われば、木村(きむら)監督の才能と経験は即戦力になる。

 西島(にしじま)理事長にとって、梯(かけはし)高校から出された提案は魅力的だった。

 西島(せいとう)高校存続への出資と、恩師・木村(きむら)監督の再就職。

 
 この二つが同時に叶う話は、他にはなかった……


 話が決まった今、弱小の西島(せいとう)野球部に3年のリミットは必要ない。この夏で終わるのは、必然と言える。

 やる気になった娘の紀香(のりか)を納得させるには、梯(かけはし)高校と木村(きむら)監督との勝負しかない。

 
 この試合で負ければ、西島(せいとう)野球部は夏で廃部……


……そして、時は一ヶ月が過ぎようとしている。