四強の戦い|リミット87話

 準決勝当日。第二試合の西島(せいとう)高校の姿は、三塁側の内野スタンドにあった。


 準決勝第一試合、第一シードの名京(めいきょう)高校対ノーシードの梯(かけはし)高校の一戦を、試合前から観戦していた。


「シラックマ。ちゃんと相手を見ておくのだよ?」


 要(かなめ)の膝の上には、あのデカイぬいぐるみが座っている。それを見た隣に座る一奥(いちおく)は驚いた。


「要!そのでかいリュックサックの中身はそれだったのかよ?」

「そだよ。ね?シラックマぁ」


 一奥と要より数段下に座る白城(しらき)は、要にシラックマと呼ばれたぬいぐるみを見上げて苦笑いをする。そんな白城の横顔を見た一奥は、「そうか!白城からもらったクマだからシラックマか。要らしいな!」と言うと、隣に座る仟(かしら)と目が合った。


「一奥さん」

「ん?」


「シラックマと命名したのは私ですよ?」

「へ!?」


 一奥が驚くと、会話を聞いていた白城は(仟が名付けたのか……)と、肩を落とした。


「はい。他にも要と色々言ってましたね……え~と」


 仟は曲げた人差し指を顎に当てた。


「西島クマにリミックマ……それから……」
「ベアー斉藤!」

「あー!そうそう!」


 思い出した要が、笑顔で口をはさんだ。一奥は(なんかプロレスラーみたいだな……)と、苦笑いをした。ノリノリなった仟が一奥を見る。


「それから一奥さんシリーズになりまして、それならオックマじゃない?ってなったんですよ」

「オックマぁ?」

「仟、それイチオックマからだったよね?」

「うん」


 返事をする要を見た一奥は(ある意味全部聞きたくなってきたな……)と苦笑いする中、要は笑っていた。


「アハハ!でも仟。やっぱりオックマよりイチオックマの方が一番になれそうだよ」

「そうだね!」


 双子の会話が続く中、一奥は左手でアゴを掴んだ。


「なぁ、イチオックマでもいいんだけどさー、なんでこの試合から持ってきたんだ?」


 その声に二人は微笑む。話したのは仟だった。


「験担ぎですよ。このシラックマ、かわいいですよね?」


 笑顔でシラックマの頭を撫でる仟の姿に、一奥は白城の言葉を思い出した。


「おお!そういえば白城はクマが明日のリミッツスタジアムに連れてってくれるって言ってたな。なるほど、験担ぎか」


「そうなの~?」と要が笑顔で言うと、白城はグラウンドを見ながらまた苦笑いをしていた。だがリミッツスタジアムと聞いた白城は、グラウンドを見ながらその言葉にニコッとする。


(地元プロのホームで県代表を決める……想像しただけでもハイるな)


 すると、白城の視線に三塁ベンチから出てきた松原(まつばら)・九条(くじょう)のバッテリーの姿が映る。同じくバッテリーを見かけた一奥は「お!ちょっと行ってくる」と、駆け足でフェンス際へ下りていった。


「松原!今日斜坂(ななさか)に勝つんだよな?」

「ふん、斉藤一奥か。当たり前だ!俺はその為に梯(ここ)へ来たんだからな」


 松原がボールを軽く九条へ投げると、キャッチした九条が一奥を見る。


「先に決勝で待ってるぞ、一奥」

「ああ!」


 すると、一奥の声を聞いた西島前監督の木村(きむら)が三塁ベンチから出てきた。木村監督はスタンドを見上げると、紀香監督に帽子を取ってにこやかに頭を下げる。


 紀香監督も立ち上がって頭を下げると、木村監督に一奥が話しかけた。


「木村監督、名京は強いぜ」

「ほほっ。わかっておりますよ」


「だよな!それで?国井(くにい)のタイムリミットはどうするの?」

「そうですなぁ……始めないのが一番でしょうな」


「得点圏にランナーを置かないって事か。それ、川石(かわいし)高校の監督もそう言ってたよ」

「ホホッ、そうですか。梯(うち)は誰かさんのおかげで、泥試合が得意ですからなぁ。それで行きましょうかね」

「げっ……そりゃねぇぜ」


 笑顔の木村監督の言葉に、一奥は苦笑いをした。


「九条君、ノックを始めますぞ」

「はい」


「では一奥君、決勝で会いましょう」

「おう!監督も頑張ってな!」


 木村監督はベンチへ下がり、目の前を通りすぎたかつてのバッテリーである一奥と九条は、微笑み頷き合った。一奥は仟の隣に座る遠矢(とうや)の下へ戻った。


「木村監督、いい顔してたね」

「そうか?あれは相変わらずのタヌキ顔だぜ?何考えてるかわかんねえよ」


「ねえねえ、それで君たちは決勝でどちらとやりたいのかな?」


 その声に一奥、遠矢、仟、要が振り向くと、そこには愛理(あいり)と姉の舞理(まいり)記者が笑顔で立っていた。仟が頭を下げると、愛理は要の抱くぬいぐるみに「かわいいクマね!」と言って頭を撫でた。


 すると、一奥は面白くなさそうに愛理にツッコむ。


「愛理さんさー。いっつも暇そうだけど三年だろ?受験しねぇなら勝負してくれよ」


 その言葉を鼻で笑った愛理は、仟に聞いた。


「ねぇ仟、このアホは知らないの?」

「アハハ……そうですね」


「ん?なにが?」


 苦笑いした仟を見た一奥は、隣にいる遠矢と目が合う。


「一奥、愛理さんはプロになるんだよ」

「プロ?へぇ~女子野球のプロか」


 そう言った途端、皆の目が止まった。「へ?」と不思議に思った一奥に仟が話す。


「一奥さん。愛理さんは名古屋リミッツのドラフト候補ですよ?」

「はぁ!?え……リミッツって……マジかよ!」

夢の続き

 一奥の態度を見た愛理は、自信満々に両手を腰に当てた。


「フフフッ。私は女性初のプロ野球選手!この子たちのおかげだけどね!」


 愛理は仟と要の間に立ち、後ろから二人を両腕で抱いた。


「仟と要もこの大会が終わったら廃部でしょ?だから秋から始まるリミッツ傘下のユースチームに入りなさいよ」

「愛理さん。その話はまだ……」
「うん……」

「あ、アハハ。そうよね、ゴメンゴメン」


 立ち上がった愛理は一奥の隣に座り、その隣に舞理記者が座る。


「なんか愛理先輩、一気に遠い存在になったな。いきなりプロなんて、マジでビックリしたぜ」

「そうかしら?」


 一奥に返事をした愛理は、少し寂しそうにグラウンドを見た。


「プロになれても、私の憧れた甲子園はもうないわ……」


 愛理の顔を見た一奥は、「そっか……」とグラウンドを見た。


 プロでの公式戦は、甲子園でも行われる。愛理が憧れと言ったのは、高校生という今しかない輝きの意味があったのだろう。そしてその光を目指す戦いが、いよいよ始まろうとしていた。


 整列を終えた後攻のマウンドには、名京高校先発の竹橋刃(たけはしやいば)が立っていた。